祈るのに疑う
子供の頃から頭が悪く容姿も良くないことを馬鹿にされて自分に全く自信が持てません。努力もそれなりにしてきたんですが裏目にでて自分の選択にすら自信が持てず、様々な神やおまじない等に頼りました。
自分の要求(愛する人と結婚をして子供を産み親を喜ばせたい)を祈り行動してきましたが、付き合っていて本気で好きになった人からは私の容姿を理由に別れを告げられ
焦って優しい言葉をかけてくれた異性に遊ばれる始末。
そんなときもほぼ毎日近所の神社に参拝しお祓いを受け旅行先でも有名な神社を探し祈りますが
すぐどうせ無駄だという思いが出てしまいます。それならやめればいいのにまた参拝を続けてしまいます。(自分の氏名を名乗ったり家族が無事であることを感謝するなど作法は守っています)
祈るだけではなく幸せになるべく行動もしてますがうまくいかず神社通いももはや依存症レベルです。
疑っては通い、通っては疑う私は参拝する権利などないのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
神様はいつも応援しています。
祈っても神様は、私の願いを聞いてくれない。困った時の神頼みということですね。
しかも祈るだけでなく努力もしているのに・・・となります。
キャラメルさんの、どうにかして欲しいというお気持ちも分かります。なんとかしたいですね。
さて、神様からみれば、常に応援はされていると思います。でも、行く先々でお願いをしていては、あなたはどの神様を信じているの?となります。言い換えれば、キャラメルさんご自身が一番不安定になっているのかもしれませんね。
祈る作法が重要ではなく、キャラメルご自身がもっと自信を持つことだと思います。この世に醜い人はいません。でも、心が醜ければ容姿には反映されます。
心が輝ければ、ちゃんと見ている人は、素晴らしさを見つけてくれます。
何でも祈ってさえいれば叶うというものでもありません。まずは、ご自身の心次第と言えます。うまくいかないことを神様のせいにされても解決はしません。
少し角度を変えてみてはどうでしょうか?神様としても、あなたが変わることで、さらに応援し道は開けると思います。
神社に通わなくても神様はどこにでもおられるのです。あなたの家にもたくさんおられます。
トイレに神様はいますよね。玄関にも、台所にも、居間にも、お風呂にも。
ですから、ご自宅を綺麗に保ち、メイクの神様に頼みながらメイクを向上して、台所の神様に頼みながら、美味しい料理を作りましょう。
また、お酒の神様に怒られないように、酔っ払って理性を失わないように。
ご先祖様に怒られないように、悪い人に遊ばれないように気をつけて、良い人を探してくださいね。
もちろん良い人というのは容姿で無く中身の人間性が良い人ですよ。
良い人が見つかるといいですね。
手に入るもので満足する
神様に祈っても、手に入らないものは入らないし、祈ってなくても手に入るときもあります。
神様に要求するのをやめましょう。
今日必要なものは全て手に入っている。
そのような気持ちを持つようにしましょう。
結婚とか子供とかは、結果的についてくるものだと思って、それらを要求する気持ちを手放しましょう。
神様は、幸せになる方法を教えてくれません。
仏様は、幸せのコツを教えてくれます。
仏様(真理に目覚めた者、ブッダ)は、2600年前のインドに実在した人物(本名ゴータマ・シッダールタ)であり、その教えは今もこの世に受け継がれています。
実際に幸せになるコツを、仏様の慧慧と慈悲の教えを、少しずつでも学んでみてください。
それを学ぶこと自体が最高の趣味であり娯楽でもあります。
質問者からのお礼
遅くなりましたがアドバイスありがとうございます。あれからいつも言っていた神社にいつもの5倍くらい払い、私利私欲のわがままばかり言って申し訳ないことを謝りそれ以降訪ねていません。
お守り等は処分できる日まで一まとめにしました。
仏壇にも祖父母のためにお菓子を供え心配させないようにしばらく拝むのをやめました。
今も尚一層元彼のことが好きでつらく新しい場を求めては後悔をし、仕事以外はひきこもる毎日が続いてます。