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何も好きなことがない

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何も好きなことがありません。好きかもと思ってはじめても、やっぱりそんな好きじゃなかったと思ったり、他に興味が移ったり、真っ向向き合えた試しがありません。

色々と試し、浅い経験ばかりを増やして来ましたが、空しくなってきました。いま何か興味のあることが出てきても、同じことの繰り返しになりそうです。趣味も人間関係もある程度深まると嫌になって、自分からフェードアウトしてしまいます。こんな習慣を変えるにはどうしたらよいでしょうか。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたはマジメすぎる、のかも

すもももさん、こんにちは。
「この分野ではもうかなわないひとがいる」「もっとできるひとがいるから他に任せよう」
先が見えてしまうと、萎えてしまう。よーく分かります。

あなたはマジメすぎる、のかもしれませんね。
丹下師の仰るように、自分を見ずに、まわりを見過ぎている。
現状把握は大事です、じぶんがどこにいるか?
自分に集中することも大事です、ひたすら前を向いて進んでいく。
さらに大事なのは、そのバランス。

こんつめすぎず、まわりのことは放っておいて。出来る人にまかせることは悪いことではありません。その分、自分のしたいことを出来るわけですからね。20代のいまからコツコツ積み上げてもいいでしょうし、まだまだ探してもいいかもしれませんね。

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臨済宗妙心寺派 陽岳寺 住職 1985年生まれ。 東京都江東区深川出身・在住。 大学卒業後、鎌倉の円覚寺専門道場で修行。 2010年に陽岳寺に戻り副住職となった後「ようがくじ不二の会」を立ち上げ坐禅会、ゲーム部、お茶の会などを企画開催。 昔からお寺はお手繋ぎをしていました。もっとご縁を結んでいただきやすくしたいと思い、結婚相談所を開所いたしました(門前仲町 下町結婚相談所)。 hasunnohaでは、微力ながら考えたこと、思ったことを回答させていただきます。

そうやって理想を先に立てるから苦しいのです。

あなたの悩みは、何か理想を先に立てているような気がしますね。
今の自分を観ていないのですよ。
(^<^)たった今の自分に親しむ、ことができていないだけ。
いま、息をして、立って、坐っているところが現実のあなたの真実です。
この真実を度外視して、遠くの外のことばかり求めていることに気づいてください。
だから頭の中で現実の今と、想定した絵空事とのギャップが起きてストレスになっているのです。
好きなことがないとおっしゃらますが、好きかどうかは、やる前から決めて、想定して、設定してかかることではありません。
「今を生きる」誰もが口にする。
じゃあ、今を生きるってことを本当に理解している人はどれくらいいるでしょうか?
本当に今を生きるという事は今を生きるといういい響きの言葉を頭の中に再生することではありません。
頭の中で納得して、わかったような気になっていても、それでは結局頭の中のネット住人です。今を生きるということは、その頭の中から飛び出してくることです。
こういう話をすると、「じゃあ、どうやって?」「では、どうすれば?」という疑問がわいてくるでしょう。
←それこそが頭の中でやっている、事なのです。
まずは、理屈をこねくり回すことを止める。

誰かのために役に立つことをやってみてください。
好きであるかどうかではなく、やってみて、実感してみることですよ。
実際に人のお役に立つことをしてみるのです。
そうすると自然に自己肯定感、自己有用感が高まります。
でもアタマでやっているうちは、手は動きません。
いくら腕のいいパン屋でも、こねなきゃ、焼かなきゃパンにはならない。
パン屋さんが、パンを作らず、コナを売るだけでは、パン屋として必要としてくれないのですよ。あなたは幸せになるためのパンが欲しいはずです。それなのに頭の中でレシピばっかり追って、手が動かないから、いつまでたってもパンが仕上がりません。
頭で考えている世界と、実際に行動する世界との境目をはっきりさせてみてください。(^<^)

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お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

「縁」

すももも様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「好き」、「嫌い」にも実体はありません。これも「縁」によりコロコロと変化していく相対的なものでしかありません。

そのため、昨日好きだったものが、今日は好きでなくなるなど状況、条件(縁)によって当然にあり得ることです。

好きな食べものでも、好きだ、好きだといつまでも食べ続けてしまえば、または、毎日毎日三食、そればかり食べ続けていれば、やがて見るのも嫌になるぐらいに嫌いになります。もちろん、これは明らかに御腹、体調を壊すので実際に試さなくても良いですよ(笑)

試すことは大切です。何でも試さないと実際に分かりません。頭で考えるよりかは試して判断することが重要です。二十代ですから、まだまだ融通の利く時期なだけに、できるだけのことを試して、その中で、「これだ」というものが見つかると大したものです。もちろん、見つからなくても、可能性は無限に広がっています。自分でその可能性をシャットアウトしてしまわずに、現実の中においても試せることは試してみることが肝要です。世の中には試したくても、色々な事情があり試せない境遇の方も多くいらっしゃいます。試せることは幸せなことです。

「同じことの繰り返し」・・仏教的には、この世におけることで「同じ瞬間」が続くことはあり得ないと考えます。ここで仏教の時間論を述べ始めると煩雑となりますが、この「今」というものを止めれない限り、この「今」を示すことはできません。「今」と言った瞬間には、もうその「今」は「今」で無くなってしまっています。「今」は示せないのであります。もちろん、過去や未来と相対的には一応「現在」と言えることはできますが、絶対的なものとしてはあり得ないものでございます。

実は、同じことを繰り返しているようで、同じことを繰り返せていることなどあり得ない現実にも気付くことが大切となります。日々、取り返しの付かない毎日を私たちは過ごしています。できる限り、日々、瞬間、瞬間を大切に過ごしていきたいものでございます。

とにかく「縁」によりて存在している自分の「今」のありようをお考え賜れる少しのきっかけとなりました幸いでございます。

川口英俊 合掌

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質問者からのお礼

「理想を先に立てている、今の自分を観ていない」…あぁ、ほんとうそうだなぁと思うことばかりです。いままで私が逃げてきた場面は共通して、「この分野ではもうかなわないひとがいる」とか「もっとできるひとがいるから他に任せよう」って思うときでした。お坊さんのおっしゃるように、自分を観ず、理想が実現できないとなると、とたんに思いが消えてしまう弱さがあるんだなぁと思います。「自分を観る」、少々怖い気もしますが、そこからはじめないとまた繰り返してしまいますよね。ありがとうございました><

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