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祖母の見舞いに行きたくない

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母から祖母が長くないからと見舞いに来てと言われました。
小さい頃から祖母は好きになれず(子どもの粗相を「たわけ!!」をる、人の見方が差別的、認知症で同居時、大変過ぎて母のフォローが子ども心に辛かった)、本音では葬式は何としても行く、という感じです。
以前から祖母に対してだけは行きたくない気持ちがあると伝えていましたが、母から冷たいと否定されたり、あんなに可愛がって貰ったのにと怒られます。介護で母自身がぼろぼろになり、私がもう母は十分やったと励まして母が施設に入れる決断をしたことなど、なかったことになっているようです。
危篤の時だけならと親に言いましたが、行きたくないです。自分の心に嘘をつく感じがして、涙が出てきます。
父は理由を聴いてくれましたが、理解は難しそうでした。
祖母以外なら違うと思いますし、母から何かを強要されることのトラウマもあると思います。
自分も対人援助職ですから、見舞いに行くのが常識だと思いますが、対人援助職だからこそ、家族自身の気持ちも大事では?と思います。
危篤の連絡が来ましたが、私は自分の気持ちに嘘をついて、行かなければならないでしょうか…
お知恵をお貸しください。

2018年10月24日 18:39

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私にも、そのような相手がいます。

私にも、
会うのすら嫌な相手がいます。

私も、
その人のお見舞いにも
お葬式にも行きたくありません。

大人の対応をしなければ
私には損しかありません。
お寺の評判も落とすかも知れません。
生前に会わなくて後悔するかも知れません。
でも、
それでも構わないと思えるくらい嫌いなんです。

難しいですね。

2018年10月24日 21:46
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有り難し
おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

会ってこそ、後々納得に繋がります。

今、色々なことが葛藤されていると思います。

私たちは知らず知らずの間に、成長をし好きな人・嫌いな人を判断できることも出来るようになっています。

祖母が亡きあとは、私に何かを伝えたかったのか?理由を追いかけるようにもなることがあります。
嫌いで会いたくないお気持ち重々理解します。しかし、慈悲の心を最大限に引き出し、会ってあげてください。

今行かなければ、時が経過し、祖母亡き環境が到来したときに、一度くらい顔を出しておけば良かったと後悔の念にかられるよりはマシです。

祖母には色々と人生で厳しいことを教えてくれて、ありがとうと冥土の土産をしっかり持たせてあげてください。

合掌

2018年10月25日 8:07
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おきもち

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大人としての対応もあります

sakanaさん、こんにちは。

嫌いな祖母に、会いたくないのですね。その気持ちもわかります。
人は完璧ではありませんが、好き嫌いがあって当然。身内であっても嫌いは人はいるものです。でも人間社会では、嫌いであっても会わなければ行けない事もあります。それを仏教の教えでは八つの苦しみの一つ「怨憎会苦」として教えてもらっています。

大人になるということは、そういう嫌いな人とでも大人の対応として会うことはいくらでもあります。それは嘘でもありますが、大切な社会上のコミュニケーションなのです。特に身内ですので、辛いとは思いますが、プールの水に口鼻押さえて我慢して沈むように、心は嫌でも顔はにこやかにして、最後の別れをしてきましょう。

 たとえ嫌なことをされたとしても、それはもしかして立場の違いかも知れません。嫌いな親の指導が自分が親になってそれが大切だったとわかるように、sakanaさんも歳をとったらわかることなのかも知れません。その時に「お婆ちゃん、ごめん。あの時に会っておけば良かった」と思っても後の祭りにもなります。

 それができるのも立派な社会人としてマナーの一つです。もう一度どの対応が一番いいのか、考えてみてくださいね。

合掌

2018年10月24日 19:43
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おきもち

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質問者からのお礼

様々なご視点をくださり、ありがとうございました。
夫についてきてもらい、危篤の際に一瞬病室に入って帰ってきました。
結局行くと、祖母に付き添って疲弊している母を見ることが、介護で子どもながらに気を遣って大変だったトラウマを想起し、ますます祖母の存在に感謝などできないというスパイラルになっていました。
結局自分の気持ちに無理をして会いに行くより、葬式の方が私は心安らかに祖母にしてもらったことについて考え、心の中で手を合わせることができた気がします。
そうした結論に至れたのは、hasunohaでご相談しながら葛藤して行動してみたおかげです。
これからもよろしくお願いいたします。

「大切な人が危篤・余命宣告」問答一覧

何を言われても死ぬと思います。

去年の12月に夫が救急車で運ばれ、1月に小腸がんの発覚、1か月の余命宣告を受けました。抗がん剤治療をしてうまく合っても5か月程しか生きられないと言われ、本人がしないという選択をしました。 夫は当時35歳でした。 1月で私は仕事を辞めて、毎日病院にお見舞いに行っていました。 その後緩和ケア病棟を経て在宅医療を受けています。 最初のうちは良かったのですが、体調がどんどん悪くなり、痛みがひどくなり、今はもうトイレもベッドで行い、自分で寝返りを打つこともできません。 介護は義母と2人で行っています。義両親とは物理的に距離が離れているところに住んでいたので、年1-2回しか会うことはありませんでした。 今回共に介護をしてみて、考え方や生活スタイルが違い、ストレスを感じています。 そうは言ってもトイレにも行けない相手を一人で介護することはできないため、なんとか頑張って暮らしています。 夫は食べると腸から出血が増すため、点滴で生きているのですが、その点滴の中に今日から睡眠薬を混ぜて眠らせることにしました。 痛みがひどく、モルヒネや座薬などではもう効果が少ないための、最後の手段です。 痛みが酷い以外にも、私や義母を呼びつけてお願いをされるため疲労が蓄積してしまったことも、混注に踏み切った一因です。(本人了承済みですが) きっとこのまま、どんどん状況は悪化していき、いつか旅立ってしまいます。 本題です。 私は自分も後追いしてしまいそうです。 今は職もないし、夫の介護が生きてる意味になりつつあります。 介護はとても辛いです。 私は親族と絶縁しているため、頼る身寄りもなく、子供もいません。 義母とは争うこともあるので、義父母に頼ることはできません。 友人はいますが、友人がいたからなんなのでしょう? 私が死んだらきっと悲しむでしょう。でもきっといつか忘れます。 生きる意味を探しているのではありません、もう何をすることもできません。 苦しまない自殺があったら、確実に行っていると思います。 死ぬ気になればなんでもできると言いますが、なにかを始める気力がありません。 将来私は1人で死ぬのであれば、今死んだ方が遺骨も夫の墓に入れてもらえるしいいのではないかとしか思えません。 相談したところで、何か解決できるわけでもありませんが、書き込んでみました。

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有り難し有り難し 7
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三人兄弟で長姉、次姉は既婚で私は独身です。 半年以上前に親が重病に罹患し余命宣告を受け入院しました。 入院中は、長姉の意向で面会時間中はずっと親に付き添うようになり、平日は長姉と次姉が交代で、土日は私が付き添うようになりました。 完全看護ですが、親が寂しがったり要望に直ぐに応えらように付き添いしているため、ほとんど部屋から出られません。 私も親と少しでも長く一緒に居られるように時間もお金も親優先で頑張ってきました。 幸い、親はまだ生きてくれており嬉しい気持ちでいっぱいです。 しかし、平日は仕事で忙しく帰宅は22時から23時くらいですし、休日は病院の付き添いのため肉体的にも精神的にも疲れてきました。 たまに息抜きしたい気もあるのですが、時間もないのでできません。 長姉に相談してもこんな状況なのに何を言っているのかと怒られます。 親には感謝しており、少しでも長生きして欲しいです。 それなのに休みたい、出かけたいという親不孝極まりない考えが浮かんでくる自分が嫌になってきます。 また、年齢も40歳に近づいてきているため婚活もしたいのですが、現在休止状態になっています。親と過ごせる時間は今しか無いから婚活なんて今するなと長姉にまた怒られます。 病院からの帰り道に遊んで帰って来る方を見かけると本当に辛くなりますし、なんで私はこんな目にと最悪なことを考えてしまいます。 こんな私にアドバイスを頂戴できますでしょうか。

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