お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

生き続ける

生きるとは何なんでしょうか。いつかは僕も死んでいきます。
そう考えると頑張ったり、努力しようという気が失せてきてしまいました。
つい最近祖母が息が苦しいということで入院しました。
家族、親族でお見舞いに行くと鼻にチューブを入れて息苦しそうにしていました。
「もう、こんな状態で…チューブ刺して生きとうない。もう年を取り過ぎた。楽に死にたい」と言いました。
でも家族や親族は「何言ってるんですか。生きてくれないと私たち悲しいですよ」とか「頑張って乗り越えていきましょう」とか言っているわけです。
でも僕は「もうこんなに息苦しそうにしてて、老衰でこれから改善していく可能性はほぼ0。楽にしてあげたらいいんじゃないか」って思ってしまいました。
祖父もチューブを鼻に刺して最後は本当に苦しそうにして死んでいったそうです。
僕も立ち会っていましたがあまりにも息苦しそうにしていたのでたまらず部屋を出てしまいました。
そういうことを考えると苦しまず楽に死なせてあげてはって思ってしまいます。
またそういうのを目の当たりにしていると先に述べた結局死が来て無になるんだし、頑張ったり努力したりしてもなって…なんかこう生きる活力的なのが一気に失せてしまいました。
こんなこと思うと虚無感がここ最近ひどい感じになってしまって…。
何かこう生きる意味だったりを教えて頂けないでしょうか。何をするにも虚しく感じているんです。
それと苦しくても生き続ける意味とかもあるのでしょうか。何か周りの気持ちだけで楽にしてあげるのを阻害している気がして祖母を可哀そうに思っています。
宜しくお願いします。

生きる意味
有り難し 25
回答 2

質問投稿日: 2018年12月12日 10:05

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

藤川 誠海

自分の死に方は自分で選べるのが理想です。

質問読ませていただきました。

仏教では「臨終の一念」と申しまして、臨終をどのような心持ちで迎えるかによって、次の命が決まるとされています。花に心を奪われれば来世は蝶にうまれるとあります。所有する黄金の茶釜に未練を残せば来世はそれを守る大蛇にうまれるとあります。
このように、臨終を迎える際の心持ち、一念で来世に産まれる場所が決まるのです。

では、苦しみのない世界に命を受けるにはどうしたらいいか。それは臨終の際に、心安らかにお題目を心の中で念じることです。それができれば成仏は間違いないでしょう。
もちろん、来世も苦しみの世界に生まれたいんだ、成仏なんかしたくない!!って人がいれば、それなりの臨終を迎えれば叶うでしょう。それは強制される事ではなく、自分が来世にどんな命を受けたいか、その思い次第です。

つまり、来世の命をどのような形で受けるか、そのために今の命の臨終をどのように迎えるか、これをしっかり考えて周りにそのことをしっかり伝えて準備しておく事がとても大切なのです。
ですので、自分の死に方は周りに強制されるものではなく、周りに迷惑をかけない程度で自分にとって納得できるものであるのが理想です。
「理想です」と申したのは、現実には色々な問題があってなかなか自分の理想通りに臨終を迎える事は困難であるという場面を数多く見てきましたから、そのように申し上げました。

では、心安らかにお題目を念じながら臨終を迎えられなかったら、次の命は苦しみの世界に生まれてしまうのか?その可能性は十分にあります。ですので少しでも苦しみを和らげていただくように亡くなった方を供養するのです。
盂蘭盆経にというお経には、お釈迦様のお弟子の方が、苦しみの世界に生まれ変わったお母様の苦しみを和らげるために供養した話があります。

このように、何の未練も無く臨終を迎えることが大切ですが、そのためには今の命を一生懸命生きる事が大切です。一生懸命生き、「自分のやる事はもうやった」と思える事が出来て始めて未練無く臨終を迎えられるのでしょう。
ですので、まずは一生懸命に今の命を生きて下さい。そして時間があれば少し仏教の事も学んでみて下さい。

ヒサシさんが今の命を精一杯生き、未練無く心静かに臨終を迎えられるような生き方が出来る事をお祈り申し上げております。

7ヶ月前

祖母様の事は辛いですね。
可能ならなるべく手を握ってあげて、話しかけてあげてくださいね。頑張れとか言わなくていいので、普通にね、今日こんなことがあったよ、とか、普通の話をしてあげたらいいと思いますよ。
ところで、子供や孫は祖父母や両親の姿からしっかりと学ばなければいけません。このような場合では、やはり、命の儚さを学ぶことができると思います。
命の儚さをしっかりと目に焼き付けて、自分自身を振り返り、自由に歩けること、自由に話せること、自分が今いかに自由に生きているのかを感じてください。
そして、自由に動ける今のうちに、やりたいこと、やるべきこと、それを見つけてやり遂げましょう。それが後悔の無い生き方だと思いますよ。大切なのは結果ではなく過程なのです。
あなたがやりたいことは何ですか?
あなたがやるべきことは何ですか?

7ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

三宅 聖章様、藤川 誠海様、忙しい中ありがとうございます。
やりたいこと、やるべきことと言われましてもイマイチピンときません。
ちょっと今は自分自身に持病がありまして自由は制限されています。出来る範囲で何か見つけられたらと思いますが、やはり気が重い感じがします。頑張ってみます。
生まれ変わりということですが本当にあるのでしょうか?僕は無になるんじゃないかなと思っています。
生まれ変わりがあるのなら少し気持ちが軽くなりそうです。何とか頑張ってみます。
祖母についてですが、手を握って話をすれば楽になるのでしょうか?つまらない男ですので話もどうしようかと悩んでいます。
次、お見舞いの機会があればそうしてみることにします。ありがとうございました。

「生きること・生きるとは」問答一覧

「生きること・生きるとは」問答一覧をすべて見る
関連する問答
このページの先頭へ