功徳
私は統合失調症で色々な妄想や生きているだけで他人から圧力を感じ生きづらい人生を送っています。しかしこんな私でも苦しみや痛みを感じるたびに仏教の因果応報の真理を思い起こします。
なんで私だけがこんなに苦しむのとかなぜ悪いことばかり起こるのだと泣き言言うのは簡単です。しかしこんな人生でも世のため人のため功徳を積んで明るく生きたいです。
悪いことでも立ち向かえば人生が見つかると思うのです。その人生に立ち向かうツールが功徳を積むという事です。大げさでなくても挨拶一つでも功徳かもしれません。
ボランティアとまで行かなくても他人のために何かできないものでしょうか。お寺では功徳を積むことについてどのようの説法されているのでしょうか。
統合失調症で自分の面倒さえままならぬ私ですが。家に引きこもってじっとしているより社会に出てみたいです。このまま死ぬまで家でじっとしているのはつらいです。
私に何かできることはあるのでしょうか。
被害妄想がひどくて道を歩いていて自転車に追い抜かれるだけでかっとします。後座禅していても妄想はなかなかとれません。因みに女性とお付き合いしたこともありません。以上です
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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菩薩道
功徳を積むことを一言で説明するなら「菩薩道を歩む」ことだと思います。
菩薩道は「菩薩行を行う=自利利他(人も自分も一緒に幸せになる)」ことです。
「悪いことが起こらないように」「いいことがあるように」と、こんな期待をもってする行いは"功徳を積む"ことにはなりません。
なぜなら期待を裏切られた時に落胆してしまうからです。
お檀家さまにいつもいつもお掃除を下さる方がいました。
お礼をしようとしても「好きでやってるんだから」と受け取らず。
お参りの方といつもニコニコお話ししていました。
残念ながら逝去されましたが、数年経った今でも
「素晴らしい人だったね」ってみんなでよく話します。
その方は掃除という修行をしながら「みんなと楽しく過ごす」という菩薩行をされていました。
宮澤賢治の「雨ニモマケズ」は理想の菩薩行です。
"欲はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている。・・・
褒められもせず、苦にもされず、そういうものに私はなりたい"
誰かの役に立っても、立たなくてもかまいません。
社会に出て、自分以外の存在と楽しい時間を過ごしてください。
そこから、功徳を積む菩薩道の第一歩がはじまります。
募金、ゴミ拾い、宝くじ、慈悲の心
募金箱に小銭を入れることなど、小さなことで良いと思います。
たとえば、昼食を1回ぬいて、その昼食分の金額を募金するとか。
おやつ1回分でもよいのですが。
あとは、道端や公園のゴミを拾うのとかも、世の中の役に立ちます。
宝くじを買うのも良いです。
宝くじの売上は、地域振興の事業など社会のために役立てられていますから。
それと、心の中で、生きとし生けるものの幸せを願う気持ち(慈悲の心)を育てましょう。
これは、あなた自身が明るく生きるために役立つと思います。
質問者からのお礼
功徳について助言くださってありがとうございます。小さなことからコツコツと言ったのはかの漫才師の西川きよしですが私も小さなことでよいから善行を積んで菩薩道を歩みたいと思います。お釈迦さまみたいに悟れはしないかもしれませんが少しでもこの世にいる間でも良き人生を送りたいです。それが結果的に慈悲の心を培うことにつながれば幸いです。