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火葬の意味

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日本では葬儀のほぼ全てが火葬で行われていると聞きます。

その由来はお釈迦様に由来すると言われていますが、私はなんとも残酷だなと言う思いが抜けないのです。

火葬の意味と言いますか、なぜ人を火葬するという行為で見送る事になっているのでしょうか?

子供のような質問で大変申し訳ないのですがご教授いただけませんでしょうか

2018年12月30日 6:02

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死者を火葬して、煙と共に天に送る

 仏教における火葬の歴史はお釈迦様の御臨終に起源すると思います。インドの伝統的な葬法に則って、お釈迦様の御遺体を火葬しました。火葬することで、故人は煙と共に天上界に昇っていく、という信仰が根底にあるようです。

  仏伝によると、薪を積みお釈迦様の御遺体をその上に乗せ点火しようとしました。ところが点火しようとしても火が点きません。そこに一番弟子の迦葉尊者が布教の旅から到着しました。迦葉尊者が松明を手に取り薪に点火して、ようやく火葬することができた。と言われております。これが仏教における葬儀の起源とも言われております。

 インドのガンジス川西岸の歴史ある街ヴァーラーナシーは、ヒンドゥー教徒にとってもっとも神聖な場所とされています。インドでは、この地で火葬し、その遺骨と灰をガンジス川に流すことを、尊んでおります。屍衣に包まれた遺体がガンジス川に運ばれ、洗い清められて、マニカルニカ・ガートと呼ばれる火葬場で荼毘に付されます。火葬によって肉体から魂が解放されると信じられています。

 『続日本紀』によると、日本で最初に火葬された人は僧道昭であり、文武天皇4年(700年)のことです。天皇で最初に火葬されたのは持統天皇(702年)である。8世紀ごろには普及し、天皇に倣って上級の役人、公家、武士も火葬が広まったようです。源氏物語や徒然草に「鳥辺野の煙」という記述がありますように、平安時代の京には火葬場があり、火葬という葬送法自体既に一般的なものになっていました。決して「残酷」とは感じていなかったと思います。
地方の場合土葬が一般的な葬法でした。昭和30年代40年代までは土葬する地域はかなり多かったと思います。しかし、墓地のスペースという事情や行政主導による火葬の推進(衛生上の理由が大きいようです)の関係上土葬が難しくなり火葬のみになりました。

 御遺体を処理する葬法に関して、日本人には火葬土葬が知られています。でも、世界を見渡せば、水葬、風葬、鳥葬という葬法もあります。これらの葬法を残酷と思う人も多いかもしれません。しかし、」我々の限られた経験と知識で一方的な価値観を押し付けることは好ましいことではありません。それぞれの地域の葬送儀礼はそれぞれの地域の風土や生活文化の中から生まれてきていることを、理解してください。

2018年12月30日 12:02
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有り難し
おきもち

火葬って不思議なんですよね。
2時間前に炉前でワンワン泣きながらお別れをしていたお婆さんが、収骨室に入った瞬間、「まぁ〜、綺麗になったモンだわね!」とケロッとしていたりするものです。もちろん反応には個人差や一族差がありますが。

遺骨を目の当たりにすることには心理的な意味があるのでしょうね。先入観や知識で推し量らず、感覚にお任せして送り出しの儀式に望んで下さい。そうでないと先入観や知識で感性を潰し、儀式の効果が損なわれてしまいます。

先日、東北大学の実験で「お経を聴くと死別のストレスが軽減されることが確認とれた」というYahoo!ニュースもありましたしね。

きっと色んな思いが頭の中を駆け巡っていると思いますが、お別れは誰もが避けて通れない道です。こればっかりはどうしようもないありません。自然の摂理です。あまり考え過ぎず、流れに身を委ねましょう。なるべきようになるのですよ。

2018年12月30日 23:02
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有り難し
おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

質問者からのお礼

洞林寺 吉田俊英 様。
丁寧に火葬に関する故事をお教えいただきありがとうございます。
日本においてだけでも千数百年の火葬に関する歴史が残っているのですね。
近親者にお別れの近い者が居ます。
日本の風土や生活習慣にならい、野辺の送りをしたいと思います。

ありがとうございました。

吉田俊英 様への回答に書きましたが、お別れの近い近親者というのは父です。
これまでも祖父母や叔父叔母の火葬には立ち会いましたが、父がと思うと胸が張り裂けそうなのです。
お別れは誰もが通る道、流れに身を任せるというのはまさにそれが自然の摂理に逆らわない方法なのかもしれません。
父の今際の際に臨み、様々な事を教えられている、そんな気がしています。
このhasunohaでご回答をくださる僧侶の方々を含め様々な方々とのご縁もいただきました。
これも父のこの世での最後の教えと肝に銘じ、自然体で父を送りたいと思います。

ありがとうございました。

上の投稿7行目からは大慈様への返信です

失礼をいたしました。

「供養全般」問答一覧

結婚後の父母の供養

いつもお世話になっております。 こんな歳になって私が結婚をすることになり(同居で義父の介護のお手伝いをするため)、お墓と仏壇を、遠方の兄に託す事になりました。 兄は、お墓の祖父母と父を恨んでおり、直ぐにお墓と仏壇を終わりにして、その後の供養もしないそうです。 父は生前、お酒の依存で暴力が酷く働かず、貧乏だった事を、兄は未だに許せずにいます。そんなお墓をそのままに亡くなった母をも許せないらしく、納骨もできずにいます。 お寺さんにも相談しましたが、「貴方(私)は、嫁ぎ先のご先祖を大事にしなさい。こちらの事は全て置いて出なさい。写真に手を合わせるだけで十分です。」と私の立場を気遣ってくださいました。 そうは言っても、母はまだ一周忌が終わったばかり。母と私は、父の暴力に怯えながら、互いを置いて出ることもできずに、ずっと一緒に生きてきました。母に執着しているのかもしれませんが、この先、何もしてあげられないのが悲しくて辛いです。今はまだ一人なので、写真にお供えとお線香で手を合わせています。 先日、久しぶりに菩提寺の本山の奥の院へお参りしてきました。そこで写経セットが目にとまり頂いて帰りました。作法やお経の意味を調べつつ、母の写真の前で写経をし、心を込めて無心になれたようなスッキリした気分に恵まれました。 命日に奥の院へ納経し、御首題帳を頂いて母の写真に供えました。 仕事が朝方終わることもあり、車を使えば朝のお勤めにも間に合うようなので、次回は朝お参りにもと思っています。 こういった事でも、父や母の供養にはなるのでしょうか? 祖父母は弔い明けをしていますが、父は次が三十三回忌です。兄に託しておきながら、私がお年忌をするのも兄の顔を潰すようで申し訳なく思います。 それでもお年忌はお願いした方がよいでしょうか? 宜しくお願い申し上げます。 それから、、 前回の私の質問の直ぐ後に、他の方への回答で「恩返し」ではなく、「恩に報いる」生き方をと、お坊様がおっしゃっていました。私、質問で何度も恩返しと、、。顔から火が出ましたが、とてもためになりました。他の方への御言葉もいつも拝読して、私にとって、沢山の気づきがあり感謝しております。 いつも長くなり申し訳ありません。

有り難し有り難し 24
回答数回答 1

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