SNSでのお坊さん
相容れない意見の僧侶の方をこき下ろしたり、お坊さん同志が白熱バトルを繰り広げたり、
他宗派を嘲笑するような投稿を目にする機会があります。
敬意が感じられない他者批判や、嘲りと悪意に満ちた投稿を全体公開にされているので、とても悲しい気持ちになります。
お坊さん同志の対立はよくある話なのですか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ディスりんね
なぜかここ数日リツイートされているので貼らせていただきます。まずはご覧下さい。
https://hasunoha.jp/questions/4067
「オタクだから〜」とか「お坊さんなのに〜」というメガネで見ると話がややこしくなりますが、やってることは全部同じなんです。要するにこき下ろす人はこき下ろす人で集まるし、レスバする人はレスバで、嘲笑する人は嘲笑する人で集まり、そういうのが気持ち悪い人は気持ち悪い人としか一緒にいられない…と、ただそれだけのことなんです。
だのに悪目立ちしているグループを見て「お坊さんにはああいう人が多いのかなぁ」と、心理学でいうところの「過剰一般化バイアス」をこじらせてしまいがち。
それがチリツモになると、まるで世の中にまともな人がいないかのような悲しい気持ちになっちゃうんです。そんな厭世観がオタクガー、宗教ガー、政治家ガー、公務員ガー、白い巨塔ガー、業界人ガー、社畜ガー、ニートガー、既得権益ガー、ベンチャーガー、老害ガー、最近の若者ガー、某国人ガー、本国人ガー、人種ガー、キノコガー、タケノコガー…。。。ってヤツの正体ですよね。
そういう意味ではこのご質問も、こき下ろす投稿に感化され始めの第一歩になってしまっていると感じますよ。
私自身ある時、文章を打っていてアッ!と気付いて反省しました。その人個人を批判するわけにいかないと思って、「日本仏教ガー」みたいに対象を大きくすると、個人攻撃してる感は無くなるんですよね。それで「私はあげつらっていない」と思えちゃう。
でもその人個人を100ポイント攻撃していないとしても、日本全国25万人だか35万人だかのお坊さん全員に1ポイントづつ引き伸ばして攻撃しているだけなんです。
その人に面と向かって「あなたのそういう行為は嫌です」と言うリスクを自分で背負わないで、代わりにその責任を25万人だか35万人に回らし向けてブン投げるって、よくよく考えるとこんなにエゲツないことは無いでしょう?
と言いつつ、またウッカリやっちゃうんだろうなぁ…と思ってしまうのですが、そういう自分を点検し懺悔するためのものが仏教なんですよね。
>ディスる心は苦の輪廻を回します。ディスることをディスっても輪廻が回ります。
勉強になったなぁ…(←自分で書くと馬鹿っぽい)
確かに悲しい気持ちになりますね。
そのような事は私の周りではないですし、他でも聞いたことがないですねぇ。
またそのような行為はお坊さんとしていかがなものかと思います。
質問者からのお礼
回答ありがとうございました。
あまり気にしないように努めます。