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お坊さんは、どこまで自分のために贅沢やお金を使っていいの?

回答数回答 5
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誤字等あれば、ご容赦ください。

今回は、先日感じたことについて、色々なお坊さんの意見を聞いてみたいと思い、投稿しました。
聞きにくい事ですが、勇気をもって質問させて頂きます。
お付き合い頂けるお坊さんがいてくれたら幸いです。

自分は先日、菩提寺に行った時に、住職の車が外車なのを知りました。
よく回答して頂いているお坊さんなどはご存知だと思いますが、その時精神的に沈んでて、「外車かよ…」と悪く思ってしまいました。
というのも車整備のバイトをしたこともあり、日本の車道にはやはり日本車があっていること知っていて、実用面よりブランドで選んだ、執着しまくりじゃんと思ってしまいました。

今振り返ると、大人気ないです(-_-;)

ただし、お坊さん達は、お坊さん達が上等なものを持つという事に対して、どういう考えをお持ちなのかは、ふと気になることがあります。

「お坊さんだって好きなもの欲しい」「お金があるならいいだろう」というお坊さんもいると思いますし、自分もある程度はいいと思います。
ですが仮に、全うに稼いだお金が潤沢にある一僧侶や一寺院が、ロールス・ロイスやリムジンを持ったとしても、同じことが言えますか?と考えてしまいます。
例えば、超貧乏な檀家さんを前にして。

テレビに良く出演されているある方は、ある宗派の本山の金文字入ったキャデラックに、追い越される際、全身土埃浴びせられ、追いついた際「あなた達の開祖は貧乏な人々に寄り添い、信仰を集め広めていったのに、弟子であるあなた達はなんなんですか、そのヤクザみたいな金文字入った高級車は必要なんですか」と問い詰めたそうです。

清貧であるべき、節度があれば、自身の金なら無問題など、それぞれに仏教的回答があると思いますし、正解があるのかもわかりません。
多分お坊さんによっても考えが違うのではと思います。
ただ、だからこそ現在に生きるお坊さん一人一人の考えを聞いてみたいと思いました。
そもそも、あなた人を金だけで見ないようにでも結構です。

可能な範囲で結構ですので、回答頂けると嬉しいです。
よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

たくさんコミュニケーションしましょう

一番ご関心があるのは執着として如何だと思います。
これは日本人は潔癖すぎて逆にお釈迦さまの教えから外れてい部分があります。実はですね、日本仏教より南伝の上座部仏教のお寺の方がはるかに金ピカです。
http://myanmarlog.blogspot.jp/2013/06/no1.html

なぜでしょう?確かに贅沢に溺れるのは当然間違いですが、逆に変にアレルギーを持つのも執着です。両極端でしか無く、嫌う心は嫌う心で苦の原因になるからです。
実際、お釈迦さまは深山幽谷ではなく、程よく人里に近い場所か町中にお寺を建てなさいとおっしゃっていますし、寄附された金色の絹布のお袈裟をお召しになって亡くなっています。

「贅沢品を持っていると穢れる」のような感覚は中国発祥の清貧思想であって仏教ではありません。日本ではおそらく江戸時代の朱子学によるものでしょうね。

本来、仏教的には「質の良し悪しに目をつけるから苦が生じる」という点が大事です。所有自体が悪いのではなく、所有するとせざるとに関わらずブレない心が問われます。このような「中道」を丁寧に説いてこそのお坊さんだと私は思います。

実体はほとんどのお坊さんが外車や高級車に手を出せる経済力が無いというのも含め、誤解だらけの仏教を丁寧に説明し直さないといけないのだと私は考えています。

とはいえ私も義両親を本山にご案内した折、お坊さんのクラウンを見て何とも言えない嫌〜な雰囲気になりました。それが一般的な感覚です。たとえ余裕が出来ても高級車は控えようと感じました。でも、お檀家さんの中にはウチの葬儀にはレンタカーでもいいから高級車で来てくれという人もいるそうですからね…単純ではないですよ。

私の愛車はホンダのフリードです。田舎の盛大な自宅法要や自宅葬儀では、大きな椅子に木魚や大小の鐘、太鼓やシンバルのような物、旗、卒塔婆、法衣バック等々を入れて師匠と2人乗りますので、ある程度大きさが必要です。お給料も元をたどれば浄財ではありますが、お坊さんとしての仕事に関わるものですのでご容赦いただければと思います。

あるいは、あるお坊さんは年間4万kmを走り回り、各地でお説教をなさっていますが、そういう人は遊ぶ暇もありません。せめて移動くらいは快適にさせてあげていただきたいと思うのですが、難しいでしょうか?

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おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み)。仮面系お坊さんYouT...
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僧侶失格です

私が先輩僧侶から教わったのは、
車にしろ、テレビのサイズにしろ、個人的な所有物は、檀家さんの所有物の平均の少し下にしなさい、という事です。
なので、お金があるからといって高価な車を持つ事は、私から見れば僧侶失格です。
ただし、もし檀家さんが是非これを使って下さいと布施した高価な物を、大切に使わせていただく、という場合なら許されるかな。

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おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...
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僧侶にもセルフケアが必要です。が、ほどほどに。

竹丸さま
聞きにくいところ、質問ありがとうございました。目黒・五百羅漢寺の佐山と申します。
竹丸さまも仰っているように、僧侶ひとりひとりの見解が違う問題だと思います。私見だと思っていただければ幸いです。

まずそもそも、お寺に停まっている車が、すべてお寺のものとは限りません。
檀信徒の数が少なく、仏事だけではお寺の維持が成り立たないお寺の場合、土地を駐車場として貸し出しているところもあります。
そして、お寺にはいろいろな人が訪ねて来られます。中には、お金持ちの方や偉い政治家の方などが来られる場合もあります。
そういった方々が高級車を境内に停めていた時に、誤解されてしまう場合もあります。

「でも、お寺で持っている車が高級車の場合もあるでしょ?」と仰る方もいます。
お寺では、様々なお客様の送り迎えをすることもあります。その中には、偉い先生や、偉い僧侶の方もいらっしゃいます。
その時に、より安全にお客様を送迎するために、高級車を所有しているお寺もあるかもしれません。

「そんな事を言っても、本当は結局、お坊さんが個人的な趣味で高級車に乗っているんでしょ?」と仰りたいかもしれません。
確かに、なんだかんだ言って、個人的な趣味で高級車に乗っている僧侶もいます。ですが、それは竹丸さまも仰っているように、ある程度は仕方ないと思います。個人的な趣味なのですから。
人に迷惑をかけていなければ、問題ないと思います。

私は「セルフケア」という言葉を大事にしています。人の悩みや相談事を聞くとき、自分自身の精神や身体が健康状態を保っていないと、落ち着いてお話を伺う事ができません。
そのため、自分がオフタイムの時は、趣味などによって、自分の心を癒す事が必要なのです。
それが、高級車に乗ることだという僧侶も、いるのだと思います。

ただ、あまり檀信徒の前で乗り回しすぎると、当然印象は良くないですよね。
そういう空気の読めない僧侶たちが、今後徐々に人気がなくなっていき、見向きされなくなっていく事は十分に考えられると思います。

ほどほどに、人に迷惑をかけず、「良い加減」で楽しんで欲しいものです。

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おきもち

佐山拓郎
浄土宗の佐山と申します。 浄土宗教師の資格を得たあと、10年間のサラリー...
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見る人次第で意味が変わる、安定しない物

一概にこうとも言いにくい難しい問題です、ですが疑問は最もです

僧侶の経歴の中にも様々な方がいらっしゃいます。
例えば家がお寺で僧侶資格は若いうちに取ったが大学を出てからは一般企業や公務員として務め、先代住職が出来なくなったので仕事を退職して住職になる、こういった方は主に会社員としてや公務員としての立場で過ごしてらっしゃったので外車が好きな人は乗っていたりします。

他にはお寺だけだとどうやっても生活していけないので平日は企業で働き、週末だけ僧侶としての職務を行う、こういう場合も半分以上は会社員などですのである程度趣味にお金をかけたり見た目が派手なものになってしまうのもしょうがないのかもしれないな、と。

上記の2パターンは檀家さんなど状況を知っている方からすれば理解は得られるかもしれません。

僧侶だけをしていて外車に乗る、というのは檀家さんからもイメージは決して良くないでしょう
そしてこれまでの3パターン全てにおいて言えることですが「その人が僧侶の資格を持っていると知っていて、外車にのっているのを知っている」、場合は普段企業勤めをしていることを知らなければ反感を買うでしょう。

対人に対して話をする人、というのはある程度道具を心の中に持っている必要があると私は考えています。
それが趣味であったり、様々な俗知識であったり、そういうものを持っているからこそ相手に共感が出来る、より相手を理解するためのツールになると考えています。

ただ、そういうものは見せびらかすような場所に置いたりあまり人に見えない部分で遊ぶものだと思います。
レジャーなどで使用しているのを写真に撮ってブログに載せたりくらいはいいでしょうが普段から見せびらかすものではない、という意味ですね。

そういう点では車はどうしようもないから難しいでしょうね、もちろん車好きに対して話をする分にはいいでしょうが不特定多数に見られることを考えると・・・・難しい

例えばゲームであるとか、アニメグッズや漫画であるとか、ロードバイクであるとか、家の中に普段置いているようなものだと良いと思いますが。
外車が好きなのもいいとは思いますが見られにくい工夫はしなければいけないのではないか、とは思いますね

やはりそれだけを見るとイメージは良くないでしょうから。

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何を買うかより、どんな気持ちで買うかが問題

二つの側面がある問題です。
1つめは、仏教徒としての修行の問題。
これについては、執着しなければ贅沢自体は悪ではないのです。その人の経済状態からみて異常な買い物でないなら異常な貪りでもないし、ケチケチするのはむしろ怒りの煩悩ですから、使えるお金があるなら使ってよいのです。消費することは地域経済にもプラスですし。
高級車を他人に見せびらかしたいプライドの煩悩があるなら、善くありません。
車屋さんに「買ってもらえませんか」と頼まれ、たまたまお金があったから「オッケー」と即答、別にどんな車でもよかったが頼まれたから買っただけ、とかなら問題ありません。能力的に可能なら、犯罪以外はどんな頼みも引き受ける身軽さも、人徳です。

2つめは、イメージ戦略の問題です。一般的に、お坊さんが高級車や派手な車に乗ってたら印象悪いのが常識なので、お寺や仏教のイメージアップを意識するなら、車選びにも配慮するはず。それをしない(できない)のは、お寺の経営能力としては問題かも。

まぁ、何が贅沢なのかという基準も絶体ではありません。
都会ならマイカーを持つことも贅沢かもしれないし、田舎なら一人1台車がないと不便。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

返礼がかなり遅れて、申し訳ありません。
返礼を、書かせて頂きます。

翔玄さん、回答ありがとうございます。

一般人側から見えないお坊さん側の話が、なるほどなと感じさせて頂きました。
正に、見る人次第で意味が変わる。自分的には、どれだけ事情を知っているかで見方が変わると思いました。
趣味、俗知識が、話をするのに必要という点も、共感しました。
興味のある、面白いことには、人は関心を持ちますしね。

大慈さん、回答ありがとうございます。

南伝の上座部仏教のお寺…、「すごく・・・金ぴかです・・・」
確かに…、言われてみればあっちのお寺金ぴかだわです。

お釈迦様の話、清貧思想の話は、歴史好きの自分としては、なるほどと思わせて頂きました。
クラウンの件(くだり)での、何とも言えない嫌〜な雰囲気の台詞が個人的に好きです。

高級車で来てくれという人もいるんですね。
そのことに、お坊さんはどうするのか、興味を持ちました。

最後の、あるお坊さんは年間4万kmを走り回り、~。の文ですが。
個人的には、必要なら購入は何も問題ないと思います。
自分だって、その人には移動くらい快適にして頂きたいです。
だからキャンピングカーでもいいと思います。なんだったら風呂付きでもいいです。
でもジャグジー付きは、本当に必要かと考えてしまいます。
そして風呂釜が黄金じゃないと快適じゃないといわれたら、自分はNOです。

ちゃんと何故かを文章で書くのは、意外と難しそうですが。
やっぱり、その人にとって必要かどうか、他の人から見ても許容できるかどうかだと思うんですよね。
寝たきりの人には、動くベットって必要ですが、一般人には必要ないものです。
しかし、その動くベットに、極端な装飾はいらないですよね?
でも、マットの硬さ、心地よさぐらい、選ばしてあげたいものですよね?

必要と、他の人から見ても許容できるわがままが、自分の考える「中道」かなと思いました。
でも、そんなこと考えてたら、今度はなんで他の人から見ても許容されないといけないのと、悩むようななってしまいました。
トホホ…(-_-;)

願誉浄史さん、回答ありがとうございます。

文章の中で、
執着しなければ贅沢自体は悪ではない。
身軽さ。
配慮。
が、個人的に印象になりました。

身軽さが、浅慮にならないようにしなければならない。
行為には責任と結果が伴うと感じました。

聖章さん、回答ありがとうございます。

清貧であるべきに近いお坊さんもいるんだなと、思わせて頂きました。
ある意味、新鮮でした。

佐山拓郎さん、回答ありがとうございます。

丁寧に段階を踏んで、書いて頂いてありがとうございます。
でも、その中で、唯一、偉い先生や、偉い僧侶の方辺りが、ちょっと心に引っかかりました。

言葉の揚げ足取りのようで、申し訳ないですが、偉い人だから高級車が必要なのか、偉くないと必要ないのかと考えてしまいます。
より安全にお客様を送迎するための方も、軽自動車と高級車でそんなに違うのかや、送迎ならせいぜい1~2時間でしょと考えてしまいます。(もちろん車いすの方や、ローマ教皇のように命を狙われるなどの理由で必要なら別ですが)
自分が仮に送迎側だとして、車のランクに文句をつける人がいたら、どんなに偉い人でもなんて心の狭い奴だと思うでしょう。
もちろん送迎側が、礼を尽くす、配慮するの意味で、多少良いもの取り扱うというという事は、理解しています。
ただ、ちょっと偉いというワードが、少しだけ引っかかったので述べさせて頂きました。
他意はないので、あしからずでお願いします。

基本的には、なるほどと思ったり、共感させて頂きました。

今回、皆さんの色々な考えを聞かせて頂いて嬉しかったです。
なるほどと思ったり、うんうんと共感させてもらったり、もう一度考え直したりしながら読ませて頂きました。
また突っ込んだ、とがった質問をすることもあると思うので、その際はまた回答いただけるとありがたいです。

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指圧の心 母ごころ 圧せば命の泉湧く

先日、hasunohaのお坊さんの法話をお聴きする機会に恵まれ、お寺の全国の集まりに参加することができました。 バスの中で、お咳の止まらなくなった方がいらしたので、会場に入る前のほんのわずかな陰で、兼ねてから勉強していた治療学(指圧)の実践をしました。咳の原因は、後ろ向きに体をよじって、緊張気味でうつむきがちなの多くの御年配の方々の顔を見ながら高い声を出し続けたために、酷使したお喉に邪気が…自然と絞り出すように咳が体のサインとしてあらわれたようにお見受けしました。 ですから、バスを降りた時、ゆっくりと後続の方々がお出でになるまでのほんの僅かなひとときに、咳に効くツボを快圧、と、さらにその場で、腹式呼吸をわかりやすくイメージできるように言葉にしてお伝えした結果、その後の本番では呼吸が乱れる様子なく、お咳も一切出ることなく、落ち着きを取り戻された模様でした。 このように「診断、即治療」をモットーとした、指と心が成す思いやりの予防医学、日本の伝統医療をお寺でも継いでいきたい、故に学校へ入りたいと、前から仏さまにお願いしてきたことが「あなたならできる、思ったことをすぐに行動に現してご覧なさい」と仏さまのお達しどおりに動いた結果、ひとつの望みが実現した一日でした。 余談ですが、午後の次第まで進み、お席を立たれた時に「お咳、治りましたね」と具合をお尋ねしたところ、「実は、〇〇性〇〇炎で…」その方の既往について、さらにお話を伺うことができました。「からだの炎症は、こころの炎症。心身一如」おそらくそちらも、治す方法がある、こうすれば良いのでは、と直感した訳ですがまだまだ修行中なので、学会の指導員の先生や、現役で治療に当たられている先生にお尋ねしながら自分の中の引き出しを更に広げたいと、意欲が湧き出ている母の日です。 徒然となりましたが、本来ならばその日は仕事を休めない日でしたのに、hasunohaのお坊さんがお導きくださったお陰で、上司も先輩も送り出してくださり、お寺の参道で手に入れたお土産も喜んでくれました。一日、朝早くから皆様方とご一緒できたことで、夕方仕事先へ戻ったあとは、身も心も軽く仕事が一段と見違えるように捗り、たくさんのヒントが心に浮かび、職場でさらに良い評価を紡ぐことにも繋がっています。 その節は本当にありがとうございました。 今後とも、よろしくお願いします。

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他人がやってる寺を兼務で引き受けたくない

40代独身で、500件ほどの檀家がいる田舎の寺の住職をしております。 近所の住職死亡後、やり手のない寺を数件、兼務しており、合わせると500件ほどになります。 もともと別の自宅住まいでサラリーマンをしてましたが、途中親が病気にかかり、長男で跡取りだった私に、やってくれと親から頼まれて継いだのがきっかけで、仕事を辞めて継いだのですが、もともと私は他人とコミュニケーションを取るのが苦手なので、現在寺の檀家との関りが大変で、葬式が入る都度、寺の仕事が嫌でたまりません。 そのような状態で、精神科に通院しながら、精神安定薬と睡眠薬を処方してもらいながらなんとか寺の仕事をしてます。独身の姉にも協力してもらい、私が檀家の対応全般、姉は裏で火事全般しながらどうしてもの時だけ檀家の対応・・・みたいな感じでやってます。 近所に檀家100件にも満たない兼業住職がおり、結婚してますが子供に恵まれなかったようで、私はその寺のほうるいという立場になってます。 その寺の行事を手伝っているのは私だけで、ほかにもほうるい住職が数名いますが、書類の名前だけで、何かあっても一切かかわりたくないような状態になってます。 その住職が近々危なく、後もいない状態で、その住職の兄弟などの身内はいても、皆仕事をしており、寺なんかやりたくないと皆いっております。 今後その住職はなくなった際は、ほうるいの私がその寺を兼務として引き受けないといけないのでしょうか? 今現在500件ほどの檀家の対応を私と姉で行っており、相当きつく、これ以上ほかの住職がやってる寺の檀家のめんどうまで見れません。 正直な話、もう今なんとかやってる自分の寺の檀家の対応だけでも相当大変なので、これ以上ほかの寺の檀家まで兼務で押し付けられたくなく、関わり合いになりたくありません。 こういった場合、今後その住職がなくなった際、その寺の兼務を断ることは可能でしょうか? 本山に事情を説明し、頼めばだれか代わりの住職を派遣してもらい、後を継いでやってもらうことはできるのでしょうか?

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離婚問題で悩んでいる時、バツイチのお坊さんと知り合いました。最初彼から遊びの誘いがあり。失礼な人と断りました。今は友人として付き合っています。 友人関係が続いたのは、後日先日の行動が人として大変失礼な対応だった。反省していると、彼から謝罪があったからです。その際にも、ちゃんとしたお付き合いの話はありませんでした。 私は元夫から多種のDVをうけ男性不信になりました。いつか恋愛出来たらいいなと夢見ながら、男性が怖いです。結婚は絶対に無いです。 加えて彼は寺の跡取りで一緒に家庭を築き、寺に入り子供を産める人を探しています。私は子供を産むこともできません。だからあえてハッキリさせないようにしてました。 その後仲良くなるにつれ、プライベートを明かさなかった彼が以前より私にプライベートを見せるようになりました。気付けば毎日メールで連絡をし、月2~3回程度、昼夜時間を割いては健全に遊んでいます。トキメキはないけど気持ちは【凪】です。友達以上恋人未満の1番いい感じの時 自然と今以上仲良くなる予感があり、仲良くなりたそうな行動が見えたり、泊りがけで旅行に行くような話もチラホラ、ただ、お坊さんの勤務形態ってどうなんでしょう? 私は会社員で有給もあります。毎月月末に翌月の予定が未定。次のデートの約束は大抵決まりません。休みがまだ決まらない。分からないって、そんな事ありますか?もうずっとそんな状態で、深く付き合いたくないから、遠回しにそう言ってるのだと思うようになりました。 嫌なら嫌と言って欲しいのに旅行は行きたい、遊ぶのも仕事終わりなら全然大丈夫、凄いケチなのに自分から遊びにも誘って車も出してくれます。 どうゆうこと?と、モヤモヤしてますが、でも誰にも聞けず、彼もはっきり言わないので、やっぱり遊ばれているのでは?と思う反面、彼は嘘をつくのがべらぼうに下手で、私には嘘をついた事がない為、もしかして本当なのかも?と思いたい気持ちからこちらにお聞きしました。 休みが分かりにくいって業界的に本当ですか?何でですか?ちなみに彼は実家の住職をしながら、別のお寺に本業で務めています。本業の休みの日に実家で法事をしたりしています。 この関係がハッピーエンドにはならないと分かっていますが、一緒にいるだけで気持ちが穏やかになれる相手です。嘘ばかりの元夫の毒が抜けていく気がして魂が救われています。

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