死ねばよかったのにと思ってしまいました
私には歳の近い兄がいます。
その兄が先日交通事故に遭い、なかなか大きな事故だったらしく、お医者様からは即死してもおかしくなかったと言われたそうです。
その報告を母から聞いた時、死ねばよかったのにと思ってしまいました。
また、今私は外国に住んでいるのですが、母から帰国してほしいと言われて、何故兄のために帰国しないといけないんだとも思ってしまいました。
昔から兄のことが大嫌いだけど(兄の反抗期から関係がこじれて、今は話すこともないです)、家族だから一応情はあるし、死んでほしいなんて思ったことはなかったのに
交通事故に遭ったと聞いて、死ねばよかったのにと思える自分が怖いです。
また、交通事故に遭ったと聞いても何とも思わなかった自分が怖いです。
なんで兄のために帰らないといけないんだと思ってしまいます。
すごく自分が冷たい人間のように感じます。
どのように気持ちを整理すればいいでしょうか。支離滅裂で分かりにくい文章だと思います。すみません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
家族との距離感を考えてみる。
りんご 様 相談ありがとうございます。
「死ねばよかったのに」と思うほど、お兄さんとの出来事があった。と
過去を受け入れることです。
受け入れるとは、
その過去から何かを学ぶとしたら、何が学べますか?
お兄さんは酷い!としたらその酷いことからあなたは何を学んだのでしょうか
そしてお兄さんは、りんごさんとこじれるような事を何のためにしたのでしょうか
お兄さんにとって、その時の両親との関係とか、友人とか、学校とかどうでしたか
また、そこからりんごさんは、何を感じたり、教訓的なものを考えますか?
今のりんごさんだったら、その時どう対処しているでしょうか?
というように考えてみることです。
そうして、これからの関係は、りんごさんにとってどうありたいのでしょうか?
このままでいいと思うのであれば、まだ離れていてもいいし、
少しだけでも修復して関係を持ちたいのであれば、何から始められるだろうか
どんなアプローチがいいかな
距離感はどれぐらいが適当だろうか
と、考え方はたくさんあります。
一面ではなく多方面から出来事を見ていくと、少し感情とか思いが変わるように思います。
決して、りんごさんが冷たいわけではなく、そう思ってしまうだけの過去があったという事です。
それで、多方面から出来事を見てみたら
本当は、どんな関係を築きたいのかな?
そこを考えてみてくださいね。
正解というものはありません。家族の形は千差万別です。
自分の心・気持ちを大切にした距離感を築くことが大切です。
参考までに。
お読みいただきありがとうございました
一礼
意外とそういうものでは
意外とそういう考えが浮かぶことは珍しくないのかもしれません。
誰でも、自分が一番かわいいのですから。
しかし、他人もやっぱり自分がかわいい。
だからこそ、慈悲が必要になる。
あまり気にしないでください。
離れて暮らしていると、心の距離も離れてしまうものでしょう。
だって、多くの人は、目の前の日常でせいいっぱいですから。