不安の手放し方、良い行いについて
ひろ無回答/10代
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有り難し 7
私は以前の質問のように不安になりやすいタイプだと思います。この不安の手放し、善を積んでいきたいのですが、その不安からか良い行いをしようとするとどうしても良いことをしたと自己満足をしてしまう自分が嫌になります。どのようにすれば心よく良い行いができるのでしょうか。
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不安も自己満も一瞬。
こんばんは。私はよく、キョロキョロ下を見ながら歩いています。それは、ゴミを拾うためです。勿論、街中どこででも…ではなく、公園とか自分の生活範囲とかに限られますけど。
ゴミを発見し、一瞬嫌な気持ちになります。で、拾う。安心します。で、次に見つけたゴミ箱に捨てる。時々忘れて、洗濯カゴに入れる時に思い出したりしますけど。
ということで、タイトル通りですが「良いことをして、その嬉しさも一瞬味わって、もう次へ進む。」これをお勧めします。「今日、家を出る時にゴミを拾った。俺っていい奴〜」なんて、いつまでも覚えていても何の役にも立ちません。次の人は、ゴミが落ちていたことさえ知らないでしょう。誰かに褒められることもありません。勿論求めてもいません。
どうでしょう、気軽に、小さな、良いことを。
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有り難し
質問者からのお礼
お礼のコメントが遅くなってしまい誠に申し訳ありません。
佐藤様
私も、善い行いをたくさんすることで
それはいつしか普通にやる事だからと思える、つまり普通のことが普通に出来るよう、善い行いを積み重ねて参ります。ありがとうございました。