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お坊さんのお金の使い方

回答数回答 3
有り難し有り難し 46

お坊さんには金持ちの方や貧乏の方様々な方がいらっしゃいますが、お金というものは誰かの借金であり、誠に不浄なものですのでそれを必要以上に持たないという教えはないのでしょうか?
お葬式代でぼったくって贅沢をしていらっしゃるお坊さんは本当に悪行を積まれていると思います。

2019年6月29日 15:56

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お浄財からお給料をいただくのが僧侶

ですから
お金の使い方にまで
気を配る必要はあると思います。

檀家数が多く収入も多いお寺なら
果たすべき義務も大きいはず。
そういうこともせず
贅沢と思われるようなことするのは
やはり駄目だと思います。

2019年6月30日 10:29
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有り難し
おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

日本のお坊さんの場合は

少なくとも日本のお坊さんの場合は、お金を扱ってはいけないという決まりはないと思います。
ただ、本来、お坊さんが教えを説くのはお布施と引き換えではありませんし、お布施もサービス料金ではありません。
ですから、葬儀のお布施の金額をお坊さん側から指定して要求することは望ましくないでしょう。
何をもって「ぼったくり」と言うのかはわかりませんが。
サービスの対価と考えるのではなく、檀家は宗教法人(お寺)の構成員であること、お寺は檀家のものであることを考えれば、何らかの形でお寺を維持する費用を檀家の皆さんで負担する必要があると思います。
消費者・お客様感覚でお金を払ってサービスを受けるという感覚ではなく、自分たちのお寺を自分たちで維持していくという感覚で考えていただければわかりやすいと思います。
草野球チームの部員が檀信徒。チームの維持費はチームの部員たちで集めるのが基本。住職は雇われコーチです。
檀信徒はお客様ではなく、お寺の運営者側なのです。
お坊さんが贅沢な暮らしをしているというのも、偏ったイメージではないでしょうか。
少なくとも田舎では、大半のお坊さんは他の仕事と兼業しなければ食べていけないと思います。
ただ、収入が多い人が、収入にみあった生活をするのは、悪いことではありません。
お坊さんであっても、贅沢が単純に悪だというわけではないと思います。
観音様などの菩薩像を見ても、豪華なアクセサリーをつけています。
サラ金に借金してまでアクセサリーをつけるのは問題かもしれませんが、収入の範囲で贅沢するのはべつにかまわないのでは。

2019年6月30日 1:16
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

三輪清浄

 お布施の大原則として「三輪清浄」という言葉があります。
まず、施す人が見返りを期待してはいけない。
次に、受け取る人が欲望にとらわれていてはいけない。
最後に、施す物が盗んだ物や、邪な物であってはいけない。
 渡す人、受け取る人、施すもの、すべてが清浄でなくてはなりません。納めた側に「ぼったくられた」という気持ちがあっても、いただいた側に「もうかった」という気持ちがあってもいけません。

 「お金は天下の回りもの」という言葉があります。経済的な観点から言っても言い得て妙だと思います。また「お金とは、肥料のようなもの。集めるだけでは臭いが、まくと役立つ。」という言葉があります。お金は使うことによって、それを売った会社が儲かり、会社員の給料が上がり、社員がお金を使うようになる。その循環が景気を支えます。お金が誰かの借金ということはありません。

 お金は決して不浄なものではありませんよ。上手に使うことができると良いですね。

「お葬式代でぼったくって贅沢をしているお坊さん」というのが実際にいるとしたら、それは悪行となると思います。多くのお坊さんはそのような事はないと思います。

2019年6月30日 11:30
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有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/40歳代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが...

「お坊さんのことを知りたい」問答一覧

禅の心

以前、代々ご家族の血縁でお寺をされている長男のお坊さんとお付き合いさせて頂いておりました。 私は、小さい頃からずっと日本の文化が 好きです。行動や意味、全てに想いが詰まっていると思うからです。禅もそうだと思います。宗派や教えは違いますが、修行する意味、教えの意味、そこにある想いは一緒だと思うのです。 彼は継ぐ決心が出来ず、実家のお寺を離れて大学生をしている時に出会いました。彼のお父様にお会いした時、すごく違和感を覚えました。言葉では表しにくいのですが、冷たい…ドライな感覚です。彼もお坊さんになる決心をして、修行に行くまでの期間、その違和感に似たものが私の中でどんどん大きくなっていきました。偏見の言葉や、権力には敵わないなどの発言も多くなっていきました。お父様そっくりでした。 お別れした後、周りの方からは「私達には分からない世界だからそれは仕方ない」「私達には分からない重圧があるのだろう」と。 それが私には納得がいきません。生きていくだけで辛い事、苦しい事が沢山あります。それはお坊さん一般人関係なく平等にあるものだと思います。 お寺の世界とは、一般の世界とは違うものなのですか?今まで自分が信じてきたものが分からなくなる時があります。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

坊主と乞食はどう違いますか?

挑発的なタイトルで申し訳ありません。もっとマイルドにしたかったのですが、字数の関係でできませんでした。決してお坊さんを馬鹿にしてやろうとか、悪口を言ってやろうとかいう気持ちはありません。むしろ日々尊敬しております。なのでそこの所をご理解いただけたら幸いです。 本題に入ります。 まことに、大変失礼な質問だとは思いましたが、心の中にふと思い浮かんでしまいました。 仏教書を読んでいたら、「仏教の出家者は一切の生産活動を放棄して修行に専念しなければならないので、一般の人たちからお布施をもらわないと食べていけません。」とありました。 その部分を読んだ時に浮かんだことは、「お布施をすることによって、お布施をした人にはなんのリターンがない。これでは乞食に施しをするのと同じでないか?」ということです。 もちろん、お布施をすることによって功徳が積める、物惜しみに打ち勝つことができるというのは分かっているのですが、現代人にそんなことを言ってもそれが何だよ?と鼻で笑われるでしょう。もし私が誰かに「坊主と乞食って何が違うの?笑」と聞かれたら私はなんと答えればいいのでしょうか? ちなみに身近なお坊様(そこそこ名のある立派な人です)にこの質問をしたら「違わないんじゃね?」とのことでした。ハスノハのお坊様方はどうお答えになりますか? 大変罰当たりな質問だと思います。このことで私の身に不幸が起こったら甘んじて受けるつもりです。しかし、後学のためになんとかお答えしていただければ幸いです。

有り難し有り難し 59
回答数回答 3

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