お坊さんのお金の使い方
お坊さんには金持ちの方や貧乏の方様々な方がいらっしゃいますが、お金というものは誰かの借金であり、誠に不浄なものですのでそれを必要以上に持たないという教えはないのでしょうか?
お葬式代でぼったくって贅沢をしていらっしゃるお坊さんは本当に悪行を積まれていると思います。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お浄財からお給料をいただくのが僧侶
ですから
お金の使い方にまで
気を配る必要はあると思います。
檀家数が多く収入も多いお寺なら
果たすべき義務も大きいはず。
そういうこともせず
贅沢と思われるようなことするのは
やはり駄目だと思います。
三輪清浄
お布施の大原則として「三輪清浄」という言葉があります。
まず、施す人が見返りを期待してはいけない。
次に、受け取る人が欲望にとらわれていてはいけない。
最後に、施す物が盗んだ物や、邪な物であってはいけない。
渡す人、受け取る人、施すもの、すべてが清浄でなくてはなりません。納めた側に「ぼったくられた」という気持ちがあっても、いただいた側に「もうかった」という気持ちがあってもいけません。
「お金は天下の回りもの」という言葉があります。経済的な観点から言っても言い得て妙だと思います。また「お金とは、肥料のようなもの。集めるだけでは臭いが、まくと役立つ。」という言葉があります。お金は使うことによって、それを売った会社が儲かり、会社員の給料が上がり、社員がお金を使うようになる。その循環が景気を支えます。お金が誰かの借金ということはありません。
お金は決して不浄なものではありませんよ。上手に使うことができると良いですね。
「お葬式代でぼったくって贅沢をしているお坊さん」というのが実際にいるとしたら、それは悪行となると思います。多くのお坊さんはそのような事はないと思います。
日本のお坊さんの場合は
少なくとも日本のお坊さんの場合は、お金を扱ってはいけないという決まりはないと思います。
ただ、本来、お坊さんが教えを説くのはお布施と引き換えではありませんし、お布施もサービス料金ではありません。
ですから、葬儀のお布施の金額をお坊さん側から指定して要求することは望ましくないでしょう。
何をもって「ぼったくり」と言うのかはわかりませんが。
サービスの対価と考えるのではなく、檀家は宗教法人(お寺)の構成員であること、お寺は檀家のものであることを考えれば、何らかの形でお寺を維持する費用を檀家の皆さんで負担する必要があると思います。
消費者・お客様感覚でお金を払ってサービスを受けるという感覚ではなく、自分たちのお寺を自分たちで維持していくという感覚で考えていただければわかりやすいと思います。
草野球チームの部員が檀信徒。チームの維持費はチームの部員たちで集めるのが基本。住職は雇われコーチです。
檀信徒はお客様ではなく、お寺の運営者側なのです。
お坊さんが贅沢な暮らしをしているというのも、偏ったイメージではないでしょうか。
少なくとも田舎では、大半のお坊さんは他の仕事と兼業しなければ食べていけないと思います。
ただ、収入が多い人が、収入にみあった生活をするのは、悪いことではありません。
お坊さんであっても、贅沢が単純に悪だというわけではないと思います。
観音様などの菩薩像を見ても、豪華なアクセサリーをつけています。
サラ金に借金してまでアクセサリーをつけるのは問題かもしれませんが、収入の範囲で贅沢するのはべつにかまわないのでは。