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病気で死ぬのが怖いときの心の持ち方

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有り難し有り難し 2

元々体調の些細な変化が気になる性格ですが、産後、病気を機に一層ひどくなりました。
 
数年はそれでも波があり、元気なときもありましたが、最近は毎日何かしら気にしています。一年前に脳動脈瘤が発覚し、落ち着かない毎日です。
幼児二人がおりフルタイムで働いていますが、健康的な食生活、運動もしていて、健康に対する意識や行動は他人から見たら恐らくやりすぎなくらいだと思います。
不健康になる要素はありません。

でも気になって仕方ありません。
実際症状はありますが、病院に行くと経過観察になったり何でもなかったりです。

みんないつかは死ぬ。周りにはそう言われましたが、明らかに死につながる原因がすでに自分に存在していることがわかっているので、自分にとっては死があまりにも近すぎます。

1日1日を大切に過ごしたいのに、頭から離れず、穏やかに生活できません。

どのような心構えでいればよいでしょうか。よろしくお願いいたします。

2019年7月11日 8:11

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

脳動脈瘤がどんなものか分かりませんが

抱えておられる脳動脈瘤がどんなものなのか分かりませんが、病院で見てもらっていて経過観察だとか、それほど心配ないものなら、心配してもしょうがないのではないでしょうか。でも、それが気になるんですよね。

だったらトコトン気にしたら如何でしょう。実は、私たちの宗派、浄土真宗の親鸞聖人は19歳のとき、あなたの余命は後10年、みたいなお告げをもらったという伝承があります。あと10年しか生きられないなら、というので今日一日を大切に生きようと真剣になるのではないでしょうか。

緊張感がないからボケっと生きているので、少ししか生きられないと思えば貴重な今日一日と思えるはずです。それは禅の老師たちが説かれることと同じです。

禅の老師がおっしゃるのは、過去は過ぎ去ったことであり、既ににどうしようもない終わったことである(そこから教訓を得ることはできます)。未来はまだ先のことだから気にしてもしょうがない(不安って、ほぼ将来への不安ですね)。何とかなるのは今、現在しかない。今、現在を大切に生きるのがもっとも効率的である。そのためには過去に引きずられたり、未来を不安視する思いをできるだけ断ち切って減らしていく。その分だけ原罪を生きる力が増す。

あなたは不安を抱えているなら、後がないと思うことを現在を生きるエネルギーに転換していくのがよいのではないでしょうか。すぐ死ぬかもしれない、それが怖いと思うのを、だから今日を生きよう、に転換できるよう自分で考え方を変えたり、禅や瞑想を学んだらよいのではないでしょうか。

20190714追記
そんなにも大きなものを抱えておられたのですね。不安が大きくなったら、hasunohaでも私個人でもよいから、ご連絡ください。なんにもできませんが、遠慮なさらないでください。お話しを聞くことしかできませんけど。

2019年7月13日 7:15
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有り難し
おきもち

私はお坊さんといっても、ひと様に何か答えらしいものを提示できるような立派な...

質問者からのお礼

ありがたいお言葉をありがとうございます。
脳動脈瘤は大きくなり破裂すると死につながりますが、今の大きさではリスクが大きいため手術ができず、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えたまま、定期的な経過観察をしている状態です。
しかし、おっしゃる通り、この不安を現在を生きるエネルギーに変えるのが最も効率的ですね。例えいつ破裂して死んだとしても後悔はなかった、そのような人生にしていきたいと思います。ありがとうございました。

追加でコメント頂きありがとうございます。温かいお言葉、感謝いたします。また不安になりましたら相談させていただきます。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 3
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死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 38
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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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死を怖れる子供

いつもお世話になっています。 私の子供、21歳なのですが、母親である私をとても愛してくれています。当たり前の事ですが、近頃は私の年齢や体の事等(骨系の障害者で発達障害もあり)が心配なようで、人はいつか死ぬ、それはわかっているけど、その後、どうやって生きていったらいいのか、と涙することもあります。子供は小学校の低学年の頃に学級崩壊に巻き込まれて心療内科に3年ほど通っていた事があります。その際に『非常に母親に執着、というのか、一心同体みたいなことがありますね。成長するにしたがって自立はしていくのでしょうが、』と言われたことがあります。 その後、中学、高校と不登校になり、高校は卒業できませんでした。それから仕事もなかなか見つからず、アルバイトはしてみたものの、長続きしません。私が通っている心療内科では、『お子さんも発達障害の傾向があるかもしれないね』と言われたのですが本人はそんな事はない、と受診は拒否しています。 しかし、私もこのままでは死ぬに死ねないし、離婚しているので父親が生活面でサポートはする、とは言っていますがそれもお互い初老ですからあてにできません。 仕事をしたい、と本人は意欲があるのですが、いざ働き始めると起きれなかったり、人間関係が、等と辞めてしまうのです。 私も先日はついに職場でも子供ので事もいろいろあって休職してしまいました。 私は薬や職場の配慮でまた復職できることになりましたが、この先の心のもちようはどうしたらよいのでしょうか?夜、寝る前にも『明日お母さんが起きてこなかったら』等と泣いていることもあります。もちろん、子供が心療内科なり受診するのがベストなのはわかっているのですが…。相談というより愚痴になってしまいました、申し訳ありません。

有り難し有り難し 5
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