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仏壇について

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有り難し有り難し 10

両親は私が9歳の時に離婚。私と妹は母と暮らして来ました。父は後も独身で、一人で亡くなりました。優しい父でした。お金も残してくれてました。亡父の仏壇は父の実家に立派な仏壇が有ります。私は気持ちとして小さな仏壇を構えお参りしてます。ちゃんとした供養は独身の時に数回母とお坊様に家に来て貰いお参りしました。結婚し今も私がその小さな仏壇を家に構えお参りしてます。近々引っ越しでお参りの気持ちは変わりませんが、小さな仏壇は母と妹に預け、引っ越し先では、写真に迎いお参りを続けたいと思ってます。父への感謝の思いやご先祖様への感謝、この世に生かされていることへの感謝の思いは何も変わりません。
しかし、小さな仏壇、魂が入ってるとか何もわかりません。母に託して良いのでしょうか?

お墓は父のお金で作りそのお墓の建立者は父の亡った実家の兄様と私、妹の名前だけ入ってます。年に1回程度はお墓参りに行ってます。仏教信仰など何もわかりませんがこのようなことで良いのでしょうか?
どうぞよろしくお願いいたします。

2019年7月13日 14:30

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

仏壇とはどういう場所か

ご相談拝読しました。

信仰の在り方や供養の形についてのご相談ですね。「こうすればこうなる、こうだからこうしなきゃ」という一朝一夕の問題ではありませんからゆっくり考えていきましょう。

一番よろしいのは数回お参りに来ていただいたお坊様や、現在お付き合いのあるお寺があるのならそちらにご相談なさることだと思います。そうしたことがなければhasunohaを通して考えていきましょう。

仏教は「仏様の教え」あるいは「仏様に成る教え」であり「先祖教」ではありません。ですから本来は仏壇は「先祖供養檀」ではなく「仏様の世界の象徴」です。

仏様とは真理に目覚め生死を超えた存在です。生まれたからには必ず老い、病み、死んでいく命を生きている私たちがどうしたら苦を超えていけるのかを明らかにされた方です。

しかし中々私たちは仏様の教えを聞きたいとか、仏様になりたいなどとは思えません。自らもいつか必ず死ぬ身であるのに、そこには思いが至らないものです。

その私たちに死の事実をとおして仏様の教えを聞くご縁を与えてくださるのが先祖や身近な人たちの存在です。

必ずこうして死んでいく命をあなたはどう生きるのか?何があなたの本当の幸せなのか?

亡き人は私たちにそう問いかけてくださっているのではないでしょうか。その問いが明らかにならない限りはご先祖様への感謝も自分の命の意味も明らかになってこないのではないでしょうか。

なぜ生まれたことが尊いのか。必ず死ぬのになぜ生きるのか。死んだらどうなるのか。

そうした問いを私たちはごまかし見ないようにして生きていきます。その目をその問いに真向いにさせてくれるのが身近な人の死です。

供養とは「捧げる」の意味ですが、本来は亡き人への捧げではなく、仏様への捧げです。しかし対象が仏様でも亡き人であっても、お供え物や真心などを捧げることができるのは、こちらが捧げる以前に仏様や亡き人がいてくれたからです。向こうが用意してくださった場が供養の場なのですね。
つまりお仏壇という場所はこちらが祈りや願いを捧げる場ではなく、亡き人や仏様の願いを聞き尋ねていく場ということです。

どうしたらそのような場になるか。そこを考えてお母様とご相談なさってみては?最近は壁掛けタイプのご本尊もあります。形にとらわれる必要はありませんがやはり形は大事。何はなくともご本尊を是非。

2019年7月13日 16:55
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有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

質問者からのお礼

ご丁寧なお話を聞けてありがとうございました。このような相談の場に出会えて幸せです。今回のお話をよく考えたいと思います。本当にありがとうございました。

「位牌・仏壇」問答一覧

実家の仏壇にお参りできない。

よろしくお願いいたします。長文ですみません。 父は建築士でした。実家は父が設計し平成元年に家を建てました。平成6年に父は全身に癌が転移し他界しました。母は20年前に乳がんでその後肝炎になり現在肺に転移。去年末に先生にもうダメです。と言われましたが生命力が幸い強く元気になり今月緩和ケアに入りました。私は平成7年に結婚し長女を産みました。母は父が亡くなった寂しさ紛らわせる為娘を凄く可愛がってくれました。平成9年に弟が結婚。同時に実家で同居を始めました。実家増築の為私は遺産相続放棄しました。お嫁さんが母に何かするのが嫌だったから私は黙って放棄。その後長女が小学生に上がる前に私は離婚。子供の姓が変わるのが気になり旦那の姓のままです。もうお分かりですが娘と私は本当に天涯孤独の身で、娘を守らなきゃといけない一心で今まで過ごしてます。実家には父の仏壇があります。私が実家に出入りするのを初めからよく思っていないお嫁さんです。私はお嫁さんの居ない時間にLDKのテレビの部屋の窓を叩いて母の所にお邪魔してました。実家の鍵は私も持ってます。母の面倒はずっと見るから。と実家渡したのですが、末期癌で流石に突然異変したら困るので見れない。と言ってきました。気持ちわかるのですが、母にも家に帰れないよ。お嫁さんが帰ってきても困ると言う事で緩和ケアに今入ってる状態です。母に何かあれば勿論実家の仏壇に父と一緒の入る訳ですが、母が万が一の時は実家整理後鍵を返します。自由に出入りする訳にいきません。仏壇に手を合わせる事もできません。 お墓参りはできますが、仏壇に手を合わせられない娘。ってなんか情けないなぁ。と思ってます。 仏壇に手を合わせられなくても両親は私達を薄情だと思わないですか?墓参りでだけでは両親は悲しみますか? どうしたら私は両親を供養してあげれますか?今後の事で申し訳ないのですが あまり親孝行な娘ではなかったのでせめて。。。何か。。。 どうしたらよいでしょうか?

有り難し有り難し 6
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仏壇にいる母が母だと思えない

お盆前になり、色んな方が母に会いに訪ねてくれています。 初盆ではありませんがまだお墓はありませんので母は家にいます。 皆さん「そろそろ遺影だけじゃなくほかの写真も飾ったら?」や 「お墓に入れてあげたら?」などとアドバイスをくれます。 もちろんずっと家にいるのもかわそうだと思うので、和尚さんに相談してみようと考えています。が私が一人っ子ですのでお墓は建てても将来的に面倒を見きれないと思っています(まだ20代前半で結婚はしていませんが将来結婚しても子供を持つ予定はありません) もしお墓を建てない場合、お骨はどうしたらいいか教えてください。 後、私は今仏壇にいる母が母だと思えません。 でも写真を見ると思い出すと未だに泣いてしまうので母だとは分かっています。写真を変えたら、昔の写真を飾ったら?という母のお友達の意見も分かります。もし私が親友の立場だったら元気な頃の写真を見たいと思います。(母は病死でした) ですが私はもう何年も経っているのにおかしいですが元気な頃の写真でさえ直視できません。ずっと玄関に飾っている写真は見られる程度です。 昔のアルバムなどは辛くて一切見られません。 今年もお盆の季節に母の親友の方が帰られて一緒に過ごす日があるのですが、の際にどの写真がいいか選んでもらえばいいのでしょうか。 「もう何年になるね、」と言われた時、来てくれた方が歳をとって体の不調がではじめたよ、なんて聞く時に私はまだ母の死で止まったまんまなんだ、と感じてしまいます。きっと同じような経験をされても皆さん前に進んでいらっしゃると思います。 ずっとこのような気持ちは持っていくと思いますが、 いつか母に向き合えるのでしょうか。

有り難し有り難し 5
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宗派違いのお仏壇

ご閲覧ありがとうございます。 この度新しくお仏壇を迎えるにあたって悩んでおります。お力添えお願いします。 私の実家は四国で、母は15年前に亡くなりました。 その時は母方の祖母の強い希望で母方の宗派浄土真宗で葬儀を行い、 お仏壇、過去帳は母の実家、お骨は母方のお寺の納骨堂にしまってあります。 そして一週間前に父が亡くなりました。 父は真言宗なので真言宗で葬儀を行いました。お仏壇は父の実家です。 そこで私がつい最近家を新築で関東で購入したため、小さいながらお仏壇を購入しました。 49日法要が終わりましたら、位牌を私用にもう一枚頂き、私のお仏壇にお祀りします。 なお、余談ですが、今後の法要は 母は母の実家でもう一回法要を終えたら永代供養します。 父は父の実家で今後法要します。 そこでなのですが、 私のお仏壇に父の位牌と 母の過去帳もしくは法名軸を私用に、もう一枚お作り頂き、祀ってもよろしいのでしょうか。 私の家では法要はしない予定ではありますが、宗派の違う位牌と法名軸を並べてもよろしいのでしょうか。 私にとってはかけがえのない両親なので、安らかに見守ってくれたらこれ以上に嬉しいことはないので悩んでおります。よろしくお願いします。

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毎日のお仏壇へのお参りについて

毎日のお仏壇へのお参りについてお教えください。 私は強迫性障害という精神的な病気を20年以上患っております。 この病気は自分の意思に反して嫌な言葉や想像が次から次へと連想ゲームの様に浮かび強迫観念に囚われてしまう、おかしな病気です。特に縁起恐怖、神仏への強迫観念があります。 その為、毎日のお仏壇へのお参りの時も強迫観念が浮かんでしまい、とても時間がかかってしまいます。 決してお仏壇へのお参りは嫌ではないのに、この病気のせいで精神的な負担になってしまっています。 私のお参りの仕方は仏飯やお茶を用意し、お仏壇のホコリを拭いてからお供えをして「家族を代表してご挨拶をさせて頂きます。私の邪念邪心雑念、強迫観念を取り払って聞いてください」とお願いし、お線香をあげ 今日も一日、家族全員が安全に健康に無事に幸せに過ごせますようにという事と特に強く願っている一人娘の幸せを具体的にお願いしています。 そして、何十年も前になりますが流産をしてしまった子へ「いつかきっと元気に私達家族の元に生まれて来てね。会える日を家族全員で楽しみに待っています」と伝えています。 こうして、お参りをしていて強迫観念が浮かんでは、もう一度言い直すことの繰り返しです。 お仏壇へお願い事をしない方が良いという事は、こちらの問答を拝見して分かってはいるのですが、もしもという事があるかもしれない!?毎日お願いしているのに今日しなかったら、、、と強迫観念が浮かんできてしまいお願いしてしまいます。 毎日、一々お願いしなくても神様仏様は私の願いや思いを分かってくださっているから大丈夫。そして、嫌な想像や言葉が浮かんでも私の本心ではない事も分かってくださっているし悪い事は起こらないから大丈夫!と自分に言い聞かせてはいるのですが強迫観念に囚われてしまいます。 就寝前のお参りも「今日も一日、家族全員をお守りくださり、願いを叶えてくださり、幸せをお与えくださりありがとうございました。お陰様で家族全員無事に幸せに過ごす事ができました。これからも、どうか宜しくお願い致します」とキチンと御礼をお伝えして、ご挨拶をしないといけないのではないかと強迫観念にかられてしまいます。 朝晩のお参りの際、どの様に ご挨拶をしたら良いのでしょうか。 また強迫観念が浮かび邪念邪心が入っても大丈夫なのでしょうか。 お教え頂けたら幸いです。

有り難し有り難し 25
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おはちさんと、仏壇について

実家も嫁ぎ先も浄土真宗です。 結婚前、実家では毎日朝晩仏壇へお参りしていました。おはちさんを朝食前にお供えし、領解文を唱える祖父の後ろで手を合わせて、感謝を込めて、一緒に南無阿弥陀仏を唱えます。夕飯前も同様にお参りしたあと、おはちさんをさげていました。 今日久しぶりに、留守をする両親の代わりに愛犬の世話のため、実家へ泊まってます。 この春三回忌を迎えた祖父がしていたように、枯れかけていたお花を替えたり、お線香を供えてお念仏を唱えて手を合わせ、昔のようにおはちさんを供えました。 そこで、ふと疑問に思ったのですが…おはちさん、1日お供えしていたら、ご飯が傷むんじゃ…と思いました。本来、1日お供えするものなのか、それとも早めにさげていいものなのかなと思いました。どうするのがよいのでしょう? それと、私達夫婦の住んでる家には、仏壇がありません。幼い頃から朝晩参ってきたのですが、結婚してからは、お仏壇に手を合わせるのは、主人の実家や自分の実家だけになりました。 結婚以降、この家で亡くなった人はいません。この場合、仏壇は置かない方がよいのでしょうか?もしくは、仏壇の代わりになにか置いたりしたほうがよいものですか? 頂き物をしたら、仏壇にお供えしたり、朝晩のお勤めしたり…そういう習慣のなかで暮らしてきたので、結婚した後からずっと気になっています。 よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 23
回答数回答 2

亡き主人の仏壇、遺骨はどうすれば宜しいですか

三年前に主人が亡くなりました。心不全です。主人はタイ人で(仏教です)現地でお葬式も終わり、火葬も終わりました。その時の遺骨は散骨でして、主人の田舎で行われました。散骨はちゃんと決まった場所がありその森にされましたが、私はどうしても主人の遺骨が少しでもほしいので頼んで頂きました(砂になっている状態)。ハンカチに包んで日本へ持って帰りました。その後、プラスチックの小さな入れ物に入れて主人の写真と棚に置いています。骨壺も買ったのですが大きくて部屋に置くのが異様なのでその中には遺骨を入れず主人が使っていたものを入れてタンスの奥にしまっております。タイの習慣では仏壇がなく花のお供えもありませんから、私もほとんど何もしていません。なので私の家にも仏壇がないと言うことです。お線香もあげたことがありません。タイの主人の家族はいつもお世話になっているお寺へお布施をしには行っていると思います。後、私と小学生の娘は時々、綺麗な色とりどりの花を飾ってあげたりしていますが、このようなことで宜しいのかと思っています。主人が亡くなってその後の四十九日など私は参加できていません。この3年ほぼ手を合わせておりません。タイ人だからタイのやり方をしているのですが大丈夫でしょうか。それと、遺骨も本来ならタイに散骨したのに私が少し持ち帰ってよかったのですか。

有り難し有り難し 3
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お仏壇とのむきあいかた

5月は 息子の命日があります。 27年前 7カ月の早産で生まれてしまったため、 わずか1日で天国に行ってしまいました。 突然の腹痛と出血で、赤ちゃんが出てこないような手術を受け、絶対安静の寝たきりで点滴を打ち続けて痛みに耐えること2週間。 このままでは、母子ともに危ないと出産になりましたが、あまりに小さく、1日生きるのが精一杯だったようです。 何がいけなかったのか、何とかして助けてあげることは出来なかったのか… 毎日毎日 お仏壇の前で 泣いて泣いて… 自分を責め続ける日々が続きました。 今でも 昨日のことのように思い出すので お仏壇にむきあうと涙が出て、つらくて たまりません。 普段の生活をしているときは、何事もなかったように、笑ったり楽しく過ごせていますが、 それでいいのか…と ふと考えていることもあります。 もちろん 息子は 私が泣き続けることは望んでいないと思いますが、悲しくなるからと お仏壇と むきあう時間が少なくなることは、いけないことでしょうか。 お花は 欠かしたことは ありません。 誕生日には お花やお菓子やジュースなど 多目にお供えしています。 お仏壇にむきあう心構え、今の私の気持ちが 少しでもいいからラクになる考えかたなど教えていただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 6
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