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今自分に余裕がなく、気持ちも一杯一杯

回答数回答 3
有り難し有り難し 21

はじめまして。
さつきと申します。

今自分に余裕がなく、気持ちも一杯一杯で感情のままになり、また内容が分かりにくく、大変ご迷惑お掛け致しますがもしよろしければ、回答頂ければ幸いです。

すみませんが、よろしくお願い致します。

【要点】

私は以前、中絶をしました。

悪さをした時期もあり、迷惑かけた人もたくさんいますが、自分の為より人の為に生きてきたつもりです。

なのに自分では支えきれないほどの罪を負わなければならないのでしょうか?反省、後悔、憎しみ、苛立ち、の繰り返しで、気持ちの整理ができず、葛藤しています。

人の為に生きればきっといいことがあると信じて生きてきてしまったのに絶望しています。

腑に落ちる答えがなく、人のために生きるなんで信じれずでも信じないと生きて行けない・・・そんな人生歩みたくない・・・でも・・・

とすごく葛藤していてなかなかこの闇から脱することができません。

また人を恨んでしまいます。

・恨むなら「世のため、人のため」に生きるなんて間違いなのでしょうか?
・そもそも「世のため、人のため」に生きるなんて間違いなのでしょうか?
・それとも人生は、すべては仏様からのメッセージでしょうか?

他何かアドバイス等がございましたら、お忙しい中申し訳ございませんが、御回答の程よろしくお願いします。

【詳細】
私は昔から、自信がなかったからか人の目を気にする傾向がありました。

その為か目立ちたかったのか、欲深かったのか・・・

すごく派手な格好をしたり、威嚇するように悪いこともたくさんしてしいました。
(いい格好したり、自分を偽ったり、夜のお仕事の体験を少ししたり、友達と一緒になって自転車を少し借りて捕まったり、お臍にピアスをあけたり、大学でも毎日遊んで騒いでいたり・・・)

そのことは今となっては恥ずかしいし、ご迷惑お掛けした人には申し訳ないとは思います。

でもその反面、昔から、「世のため人のために」という教えの宗教のようなところに、4歳頃から話を聞きに行っていたので、自分のことよりも人のことを優先して生きたつもりです。(身内以外)

世の為まではいかなくても、「人のために」と私の中では常に考えて生きてきたつもりです。

子供ができてしまたのも、度々あやまった行為をした訳ではなく、当時の彼の誕生日のお祝いをするつもりでいたのに、財布が盗まれてしまいお祝いが出来なかったので、かわいそうだし申し訳なく・・(言い訳なのはわかります)

でも、もう怒りに狂ってしまいそうです。

中絶をした病院の先生は、「一度供養をしたら後は、一日も早く忘れて下さい」とのことだったので3回供養をしたのでその後は忘れるようにしていました。

が忘れれるわけもなく、友達の子供が大きくなるに連れ罪悪感、一生の親が子供を殺すという、一番してはいけない罪に襲わて人間として失格だし、毎日涙しての繰り返しです。

本当に申し訳なかったと思います。

でも自分で言うのはおかしいですが、人の為に生きてしたつもりです。
なのに何故、自己中の人じゃなくわたしなの?!!

我が子を人を殺したという、深ーーい闇の黒いものにものに襲われ苦しみ涙する半面、子供に本当申し訳なく思い涙する反面、何故もっともっと人を踏みにじって悪いことをする人、人の気持ちを理解せず自分だけ良ければいいという自己中な人ではなく私なの?!!

神様仏様がいるなら私にこんな重く重く一緒に沈んでしまいそうな罪を私に背負わせたの?!!

神様、仏様にそんなこと言ったらダメなのは重々承知ですが、どうしてもこの気持ちが整理できず、人のために生きるのがあほらしくまた怒り狂いそうな出口の見えない闇からなかなら出ることができません。(腑に落ちない)

もう自分で自分がコントロール出来きず、またやるせない気持ちで生きる気力も次第になくなってきています。

世のため、人の為に生きるというのは間違いでしょうか?
自己中にはなりたくないのでが、苦しむ人のところに苦労が集中するならもうやってられません!!こりごりです!!

また自分が人の為にすることによって、人の為にしない人(自己中な人)に腹が立つし、人を振り回してケロッとしている人、人の痛みがわからない人、平気で人を傷つけるような人・・・そんな人を見ると人一倍腹が立ってしまいます。

生き方が間違えていたの?
私が悪いことを昔したから罰があたっているのでしょうか?
神様仏様は何かご計画がおありなのでしょうか?

もうどのようにして生きて行けばいいかわからず、そのことばかり考えていたらノイローゼのようになり頭が働かずおかしくなってきています。人に迷惑かけないようにと外では明るくするので人生がおかしくなってきています。

頭の中だけで生き、人生がとまっているようです。どうしていいかわかりません。完全に受け入れようとすると、吐きそうな暗くて恐ろしい闇に飲まれそうです。

子供のためにと頑張って頑張っても、もうくたくただし終わりのない罪に苛立ちを感じ、また責めすぎて毎日気分が悪く吐きそで、もう限界に達しています。

自分の気持ちが整理できず、この感情を抑えきれないまま感情的に記載し申し訳ございません。

そして長々と申し訳ございませんが、よろしくお願いします。

2014年1月25日 18:01

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

宝物

さつきさま
なごみ庵の浦上哲也と申します。
同様の質問がありますが、より心からの叫びであるように感じたこちらの問いにお返事させて頂きます。

さつきさんは、以前に中絶した子どものことで悩み苦しみ、またご自身は人の為に生きているのに、そうでない人より苦しみを多く与えられているようで不公平感を感じていらっしゃるということでしょうか。

ひとつ申し上げたいことがあります。
「人の為」つまり人偏に為と書いて「偽」という字になります。
私は「人の為」なんて言葉は「偽り」だと思っています。
真の意味で「世の為、人の為」ということは有り得ないのではないかとも思っています。
どんなに素晴らしい聖者であっても、自分を全くの無にすることは出来ないのではないでしょうか。

厳しい言い方になりますが、さつきさんも「人の為に生きている、だから報われたい」という思いがどこかにあるから、葛藤し、絶望し、恨み、怒ってしまうのではないでしょうか。

私自身も、僧侶として人の為になるよう生きたいと思っています。でも心の奥底に、「人の為に生きているのだから、もっと認められたい、素晴らしいと思われたい」というドロドロした願望が渦巻いています。
ただ、私は浄土真宗という教えに出逢っていますので、そんな愚かで醜い自分でも、そのまま生かされていくしかないのだと覚悟をしています。

もうひとつ。
お世話になった病院の先生は、間違ったことを言いました。それは「1日も早く忘れて下さい」という言葉です。さつきさんを思っての言葉ですから悪気はありません。でもさつきさんは、この言葉によって「供養をして忘れなきゃ」と思ってしまったのではないですか。

忘れてしまう人、悪いとも思わない人も世の中に大勢いるでしょう。そんな中、我が子を殺してしまったのだと苦しみ続けるさつきさんを、私は素晴らしいと思います。お辛いでしょうが、その苦しみを忘れてしまってはいけないのです。

神さま仏さまは罰を与えたりしません。
計画を立ててさつきさんを苦しめているのでもありません。
どんなに苦しくても、さつきさんご自身の人生を受けとめて生きていくしかないのではないでしょうか。その苦しみは、さつきさんを育てていく宝物だと、私は思います。

追伸
これからも迷い悩むことがあるかと思いますが、そのほんの一助にでもなれば幸いです。

2014年1月25日 22:44
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有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

大切なこと

さつき様
開運寺の秋山現信です。
忘れることは、必要でありますが、忘れるわけありません、と言うか忘れてはいけないのでしょうか?思い続けることによって、新しく生まれてくることもあります。人間は動物。忘れる生き物です。しかしながら、仏の教えに、恩をを忘れるのは、畜生にも劣る。(畜生とは犬や猫その他の動物)
たくさん生きていれば、つらいことがたくさんあります。でもそれは自分にとっての勉強です。人間は一生が修行とたかれています。しかしながら難しい問題です。人を変えるのは不可能に近い。まず最初に自分が変わる。仏教のキーワード。笑顔。とにかくつらくても、自分が回りに対して何時も笑顔でいれば、かならず変わるはずです。

2014年2月2日 0:15
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有り難し
おきもち

3月11日の突然起こった東日本大震災。私の住む茨城県水戸市も大きな被害を受...

「水子供養」と「自利・利他」について

さつき様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

水子供養に関することにつきましては、下記の二つの問いにても扱わせて頂いておりますが、忘れる必要はありませんし、これからも御供養される中で、水子さんのことをお地蔵様に御任せを致して、将来、結婚、妊娠ご出産のお子様に対して、その水子さんにしてあげれなかったこと、できなかったことを二人分して差し上げて頂けましたらと存じております。もちろん、他の方のお子様たちへでも構いません。それよりも、あまりにも苦しみ続けることは、水子さんにとりましても良くないことだと少しでもご理解を頂けましたら有り難くに存じます。

問い「宗旨変えについて」
http://hasunoha.jp/questions/291
問い「娘の死、その後」
http://hasunoha.jp/questions/280

「人のために」とのお考え、誠に大切なことでございます。私たちは、様々な関係性の世界の中における支え合い、助け合い、分かち合いにおいて過ごすことのできる存在であり、利己主義・自己中心主義・自己満足主義では成り立たないものでございます。

仏教では、「自利・利他」と申しますが、あまりに自分のことばかりでもいけないですし、かといって、他のことばかりでもいけないという「中道」を勧めることになります。相手も幸せとなり、自分も幸せになるというバランスが求められます。

また、仏教における「他のため」というのは、分け隔てなく、あらゆる全ての他の者たちのためにとして、平等に、慈しみを向けて行うことが大切となります。

非常に難しいことではございますが、全てのものたちの迷い苦しみが無くなりますようにとしての「利他」が望まれることになります。

更には、問い「仏教における徳積みとは?」( http://hasunoha.jp/questions/119 ) にて述べましたように、三輪清浄としての見返りを求めることなく行うことも必要となります。

仏教では善因善果、悪因悪果の法則を重視します。もちろん、すぐに結果は出ないかもしれませんが、できる限り悪いことを成さずに善い行いに努め励むこと、これが仏教の基本となります。

是非共に頑張って善い行いに努めて参りましょう。必ずや変われるかと存じております。

川口英俊 合掌

2014年2月2日 16:00
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

浦上様
早々お返事を頂いていたのに、遅くなり申し訳ございません。
また内容のまとまっていない長文を読んで下さり、気持ちを察し、理解して下さりありがとうございます。

浦上様のおっしゃる通り「人の為に生きている、だから報われたい」と言う気持ちがありました。そしてそれがいつの間にか、自分で気づかないうちに「人の為に生きているのに、なぜ報われないのか!」に変わっていたことに気づきました。
そして、ドンドンと「人の為」ということに囚われ、歯止めが利かなくなり、人の思いなんて関係なく、ひとりで突き進み、勝手にイライラし、崩れてしまっていたように思います。

この間違いに、気づかせ下さりありがとうございます!
「人の為」で偽りなのですね。何か少しすっきりました。
考え方が、間違えていたように思います。

また、先生の「早く忘れるべき!」と言うことが、「間違ったこと」とおっしゃって下さったので安心しました。感情の渦に巻き込まれ、このまま駄目になるなら、本当に早く忘れた方がいいのかも…と思ったりもしましたが…。

「自分の人生受け止めて生きていくしかない」この言葉に頭を打たれました!
本当ですね。私は自分を責めたくないからか、人のせいにばかりしていました。での人と比べたり、人に責任をなすりつけようとしたところで解決はしないですね。

だいぶ気持ちの整理ができ、葛藤の渦からは抜けだせそうです。
ありがとうございます。
今度はしっかりと向き合い、一生忘れれことなく思い、償いながら生きて行こうと思います。

本当に、本当に、有難うございましたm(__)m

開運寺 秋山現信 様
お忙しい中、御回答頂きありがとうございます。

すごく生きるのが辛く、こんな人生もう疲れた!何故こんなに迷惑かけてまで生きなくてはいけないのか…生きていて何になるのか...と今は思ってしまいますが、私だけではなくみなさん人生修行なのですね。

恩を忘れていたから、こんなに生きることが辛く思うのかな。
気持ちにまだまだ波がありますが、「つらい経験も勉強だ」と思えるように、早く切り替えていければと思います。
そして、あの子の辛さを思うと「笑顔」はいけないと思っていましたが、笑顔は大切なのですね。
今後は秋山様のおっしゃる通り、笑顔を大切にしてみたいと思います。

長い文章を読んで下さり、また良きアドバイスを下さり有難うございました。

開運寺 秋山現信 様
お忙しい中、御回答頂きありがとうございます。

すごく生きるのが辛く、こんな人生もう疲れた!何故こんなに迷惑かけてまで生きなくてはいけないのか…生きていて何になるのか...と今は思ってしまいますが、私だけではなくみなさん人生修行なのですね。

恩を忘れていたから、こんなに生きることが辛く思うのかな。
気持ちにまだまだ波がありますが、「つらい経験も勉強だ」と思えるように、早く切り替えていければと思います。
そして、あの子の辛さを思うと「笑顔」はいけないと思っていましたが、笑顔は大切なのですね。
今後は秋山様のおっしゃる通り、笑顔を大切にしてみたいと思います。

長い文章を読んで下さり、また良きアドバイスを下さり有難うございました。

川口 英俊 様

お忙しい中、御回答頂きありがとうございます。

「水子供養」に対して、お地蔵様にお任せすると言う言葉に安心しました。
何かとりつかれたように泣いていましたが、あまり長く苦しむのは良くないのですね。
自分で泣き子の分まで…と力が入り体を壊し、と悪循環に陥っていたように思うので、もう少しお地蔵様にお任せしてみようと思います。

「自利・利他」仏教では善因善果、悪因悪果の法則と言うのが基本で、また「人の為」に囚われていましたが、「相手も幸せとなり、自分も幸せになる」というバランスが大切なのですね。
川口様の日記の「菩提心論」も少し拝見させて頂きましたが、いつか私も気持ちが安定したらこの「菩提心」を伴った善徳行が出来るようになればいいなと思います。

大変勉強になりました。有難うございました。

「中絶・堕胎からの救い」問答一覧

過去に犯した過ちとの向き合い方

4年前私は中絶をしました。 仕事で海外にいく、相手との関係の不和、また自分の行いも悪いなどの自分勝手な理由でしたが当時はそれしかない最善の方法と思い決めたことです。 当時は子供を殺したという意識が低く、何故もっと早く今のような気持ちにならなかったのかと思います。 現在妊娠中、過去の自分の過ちと弱さと愚かさに気づき日々悔いています。 中絶から4年の間、それしかなかったのだと思い生きてきたツケでしょう。 お腹の子が気づかせてくれました。 そんな理由で命を奪ったのかと、何度も時間が戻ればと悔いました。 どんなことがあっても産むべきだったと、子供を守るべきだったと思います。遅すぎますね。 恥ずかしながら死ぬことも考えましたが、お腹の子が引き止めてくれました。 今は産まれてくるこの子に愛情をありったけ注ぐこと、家族の為に尽くすことが償いかなと感じています。 日々の中で4年前の子と向き合う為に日記をつけています。見てくれているでしょうか? 死後子供に会うことができると伺いました。誰にもわからないと思いますが、もしそうなら生きる支えになります。 また、将来お腹の子に産まれてこなかった兄弟がいると伝えたいと思っています。なにも伝えないのはあまりにも可哀想な気がして、よくないことでしょうか? やってしまったことは取り返しがつきません。 まだまだ向き合い方がわかりませんが、もぅ泣かずに重い十字架を強さに変えていけるようにしたいです。 死んだ後、子供にあって頑張ったよと言える人生を送れるように。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

中絶の後悔

誰にも相談出来ず悩んでいます。 生きるのがこわいです。 私には中絶した過去があります。 中絶するのが良くないことは分かっていましたが、産むことを選べなかった自分が悔しくてたまりません。 それから数年経ち、今年の夏に出産。 同じ命なのに産めなかったことを妊娠中から後悔し、今後は後悔しないような人生を送りたいと思っていました。 それなのに生まれた子の名付けにも後悔。 令和元年に産まれたことから、名前に「令」の字を使っていますが、漢字の意味がいいつける、命ずるといった意味であり気に入らないこと、画数が良くなく、いかにも流行にのった名前にしてしまったことを悔やんでいます。 改名についても考えてみたものの、戸籍にも残ってしまい子供に罪悪感があるので、私の性格上、改名したとしても後悔すると思い、勇気もなく、誰にも相談していません。 また上手く表現出来ませんが、2人目の卒園、平成の終わり、20代の終わりが重なったことにより、今までと生活が大きく変わってしまい心に穴があいたような感じで、令和の響きに慣れず、平成や20代にやり残したことへの後悔が大きくなってしまいます。 出来ることならあのとき産んであげていればという想いが強いです。 ちなみに上の子2人は私の連れ子、3人目は今の夫との子供です。 私自身が気に入っている響きでもない令和の字を名付けに使ったこと、どうしても後悔してしまいます。 そして何か後悔するごとに、中絶したせいだ、中絶したからこんな人生を歩むことになったんだと、何でも中絶のせいにしてしまう自分がおり、自分に嫌気がします。 子供は授かりものなのに、授かったのに私が殺してしまったからだと強く思い、辛くなり何事をするのもやる気がありません。 後悔のない人生を送ることは難しいのは分かっていますが、私は自分である決めたことに責任をもてないので、今後の人生においても何か重大なことを決断する勇気が持てません。 子供の名前も気に入ってたくさん呼んであげたいです。 前向きに生きたいと思います。 今後の人生において何かを決断する時に心がけること、中絶との向き合い方について、何かお言葉をいただきたいです。

有り難し有り難し 29
回答数回答 1

中絶した事について

私は2年程前に中絶経験があります。 中絶した事に対してはもう今は気持ちの整理がついており、赤ちゃんには本当に申し訳ない事をしてしまいましたが、今は心が落ち着いています。 しかし、最近やっと気持ちの整理がついて来たと思ったらまた別の悩みが出て来てしまいました。それは中絶した事を友人に話してしまった事です。8人もの友人に知られています。話した時期は手術後間もない頃だったので一時の感情で誰かに聞いてもらいたいと思い、話してしまいました。話した時は優しい言葉を掛けてくれる子もいて話して良かったなと思いましたが、今になって誰にも言うべきじゃなかったと後悔しています。それは知られたくない人に広まるのも怖いし、その堕ろした赤ちゃんの父親とも今も良好な関係が続いており、結婚も考えています。 私は彼の事がすごく大好きで自慢できる良いところをたくさん知っています。そんな彼を悪く思われてるんじゃないかと思うと余計に辛いです。 自業自得ですが、どうしたらこの悩みから抜け出す事が出来るのでしょうか。話してしまった友達ともうあまり関わらないようにしようとまで考えてしまいます。 それと最後にもう一つ質問があります。それは自分勝手ではありますが、辛い経験を思い出すのが嫌で赤ちゃんの水子供養を行っていません。大丈夫でしょうか。 どうか救いのお言葉を宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

過去の中絶の後悔

現在9歳、7歳の子がおり、3人目を来月出産予定ですが、3年前の夏、中絶したことをとても後悔しています。 中絶した理由はいろいろあります。 子連れ再婚し数ヶ月しか経っていなかったこと、子供達も再婚に伴い環境が変わり落ち着いていなかったこと、私も主人も定職についておらず収入が不安定で経済的に苦しかったこと、私も臨職で転職して数ヶ月しか経っていなかったこと、予定日が目指して国家試験と重なっており出産を考えれなかったことなどです。 中絶は夫婦で話しあって決断し、今は家族4人の生活を大事にして子供達が落ち着いたら3人目を作ろうと決めました。 実は再婚前にも主人との子を中絶を決意し流産したこともあります。 その時は付き合い始めてすぐでもあり、正直中絶しなくてすんだと安堵した自分がいました。 今思えばとても情けないです。 中絶後はしばらく産む気もなくピルを服用していましたが、義兄夫婦にも子供が出来、義弟夫婦は子連れ授かり再婚をしたこともあり、服用をやめました。 でもその後は現在まで妊娠することもありませんでした。 そして中絶を今ほどまで悔やむこともありませんでした。 妊娠した今、お腹の子が成長していくにつれて同じ命なのに主人との子供を中絶したこと、産んであげられなかったことを1日中考え、後悔しています。 中絶したことは親や友達にも言っていません。そんな人に言えないようなことをしてしまった自分、供養もせず何年も経ってから後悔している自分が情けないです。 また中絶後は主人は仕事でもプライベートでも怪我や事故が増え、私も転職に失敗、国家試験にも落ちる等、中絶して罰が当たったのだと思ってしまう自分がいます。 もうどうやっても過去には戻れないこと、取り返しのつかないことをしてしまったことは分かっています。 でも戻りたいし、あの時の子供にあってごめんねと言いたいです。 今度生まれてくる子は中絶した日の2週間後が予定日で、中絶した日に生まれてくる予感がし、何か運命を感じます。 生まれ変わってまた私達のところにやってきてくれたんでしょうか? 生まれ変わりでもそうでなくても自分勝手な理由で中絶した私のところにやってきてくれた命、大事に愛情をもって育てていきたいと思います。 中絶したことは一生忘れません。 でもどうやって生きていけば良いのか、辛くて分かりません。

有り難し有り難し 24
回答数回答 1

中期中絶への迷い

待望の2人目を授かりましたが、妊婦健診で赤ちゃんの異常を指摘されました。 居ても立っても居られず、専門病院を受診したところ、ダウン症の確率が高く、状態から見てもほぼ確定でした。 確定診断の結果が近々出ます。出生前診断については私も迷いましたが、ハッキリとした心疾患があるため、医師に原因の特定のためにと勧められ、受けました。 しかし、結果として、やはり私にとって確定診断は「命の選別」になりました。結果によっては中期中絶を考えています。 悩みの原因は、まだ幼い娘が1人いることにあります。 もしも程度の重いダウン症の赤ちゃんが産まれたら、重い内臓疾患の赤ちゃんが産まれたら…娘はどうなるのか。娘が傷つき、苦しむのではないか。幼いうちはよくても、大きくなるにつれて、嫌な思いをすることも増えるのではないか。私たち親の死後はどうなるのか。全て娘に背負わせてしまうのではないか…。 また、私自身、娘の世話をしながらダウン症の子を育てられる自信がありません。 しかし授かった命。見殺しにして良いのか。生きているのに。今は元気に、たくさん動いているのに。 葛藤しています。赤ちゃんへの愛しさは募るばかりです。でも、将来のこと、娘のことを思えば「愛しい」という感情だけで決めることはできないと思い、毎日泣くことしかできません。 しかし、命の選別をしようとしている私に泣く権利はあるのか。お腹の子を愛しいと感じる権利はあるのか。 中期中絶を考え始めてから、お腹を撫でることも怖くなってしまいました。 勝手な都合で中期中絶された赤ちゃんは、どこへ行くのでしょうか。恨みや憎しみにとらわれることなく、温かくて優しいところへいけるために、私たち夫婦にできることはあるのでしょうか。 中期中絶を決断することになれば、どう償えばいいのでしょうか。どうすれば赤ちゃんに詫びることができるのでしょうか。 自分の親から命を奪われる赤ちゃんに、どう向き合えばいいのでしょうか。

有り難し有り難し 13
回答数回答 1

人への憎しみ 中絶への後悔の念

夫に裏切られ連帯保証人にされたり、ずっとお金を巻き上げられていた。夫からの暴力モラハラも酷く今は優しいですが、今もたまに暴力があり正直散々暴言も吐かれたので本音は分かりません。疑心暗鬼になります。 働いてた時は休みなく働き仕事を掛け持ちしていたのですが旦那も休みなくずっと仕事と嘘をつき遊び呆けていました。 その時に誰のお陰で生活できてるのか等、義理の母にボロクソに怒鳴られた事が何度もある。 1度中絶経験もあり。それも悩みに悩み中絶出来る期限ギリギリまでどうにかならないかと悩み駆け回りましたが結局金銭的な理由で中絶。 妊娠後も、ギリギリまで仕事を続けると言うことに対して断固拒否され後々夫が給料を誤魔化してたので金銭的に産めたことが発覚しました。手術中も麻酔が途中きれ記憶があり、たまにその事を夢に見ます。 その後再び妊娠でき子供を生むことができましたが後悔の念と周りの人達への怒りや悲しみが抑えきれません。 フラッシュバックした際に自分自身死にたい消えたいとも思うし 私を傷付けてきた人達への怒り憎しみ死んで欲しいなどの感情が湧き出てしまう。 それまでの人生滅多に怒ったりすることもなく、ポジティブに暮らしておりましたが色々度重なり怒りや憎しみという感情が最近とても強くなってます。 数々の暴言により自信をなくし心身ともにボロボロでこのまま生きていて幸せになれるのか、とも思います。 出来たら気持ちを軽く自分の為にも子供の為にも前向きに生活したいのですが、どうしたら良いでしょうか?

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

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