hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

今自分に余裕がなく、気持ちも一杯一杯

回答数回答 3
有り難し有り難し 21

はじめまして。
さつきと申します。

今自分に余裕がなく、気持ちも一杯一杯で感情のままになり、また内容が分かりにくく、大変ご迷惑お掛け致しますがもしよろしければ、回答頂ければ幸いです。

すみませんが、よろしくお願い致します。

【要点】

私は以前、中絶をしました。

悪さをした時期もあり、迷惑かけた人もたくさんいますが、自分の為より人の為に生きてきたつもりです。

なのに自分では支えきれないほどの罪を負わなければならないのでしょうか?反省、後悔、憎しみ、苛立ち、の繰り返しで、気持ちの整理ができず、葛藤しています。

人の為に生きればきっといいことがあると信じて生きてきてしまったのに絶望しています。

腑に落ちる答えがなく、人のために生きるなんで信じれずでも信じないと生きて行けない・・・そんな人生歩みたくない・・・でも・・・

とすごく葛藤していてなかなかこの闇から脱することができません。

また人を恨んでしまいます。

・恨むなら「世のため、人のため」に生きるなんて間違いなのでしょうか?
・そもそも「世のため、人のため」に生きるなんて間違いなのでしょうか?
・それとも人生は、すべては仏様からのメッセージでしょうか?

他何かアドバイス等がございましたら、お忙しい中申し訳ございませんが、御回答の程よろしくお願いします。

【詳細】
私は昔から、自信がなかったからか人の目を気にする傾向がありました。

その為か目立ちたかったのか、欲深かったのか・・・

すごく派手な格好をしたり、威嚇するように悪いこともたくさんしてしいました。
(いい格好したり、自分を偽ったり、夜のお仕事の体験を少ししたり、友達と一緒になって自転車を少し借りて捕まったり、お臍にピアスをあけたり、大学でも毎日遊んで騒いでいたり・・・)

そのことは今となっては恥ずかしいし、ご迷惑お掛けした人には申し訳ないとは思います。

でもその反面、昔から、「世のため人のために」という教えの宗教のようなところに、4歳頃から話を聞きに行っていたので、自分のことよりも人のことを優先して生きたつもりです。(身内以外)

世の為まではいかなくても、「人のために」と私の中では常に考えて生きてきたつもりです。

子供ができてしまたのも、度々あやまった行為をした訳ではなく、当時の彼の誕生日のお祝いをするつもりでいたのに、財布が盗まれてしまいお祝いが出来なかったので、かわいそうだし申し訳なく・・(言い訳なのはわかります)

でも、もう怒りに狂ってしまいそうです。

中絶をした病院の先生は、「一度供養をしたら後は、一日も早く忘れて下さい」とのことだったので3回供養をしたのでその後は忘れるようにしていました。

が忘れれるわけもなく、友達の子供が大きくなるに連れ罪悪感、一生の親が子供を殺すという、一番してはいけない罪に襲わて人間として失格だし、毎日涙しての繰り返しです。

本当に申し訳なかったと思います。

でも自分で言うのはおかしいですが、人の為に生きてしたつもりです。
なのに何故、自己中の人じゃなくわたしなの?!!

我が子を人を殺したという、深ーーい闇の黒いものにものに襲われ苦しみ涙する半面、子供に本当申し訳なく思い涙する反面、何故もっともっと人を踏みにじって悪いことをする人、人の気持ちを理解せず自分だけ良ければいいという自己中な人ではなく私なの?!!

神様仏様がいるなら私にこんな重く重く一緒に沈んでしまいそうな罪を私に背負わせたの?!!

神様、仏様にそんなこと言ったらダメなのは重々承知ですが、どうしてもこの気持ちが整理できず、人のために生きるのがあほらしくまた怒り狂いそうな出口の見えない闇からなかなら出ることができません。(腑に落ちない)

もう自分で自分がコントロール出来きず、またやるせない気持ちで生きる気力も次第になくなってきています。

世のため、人の為に生きるというのは間違いでしょうか?
自己中にはなりたくないのでが、苦しむ人のところに苦労が集中するならもうやってられません!!こりごりです!!

また自分が人の為にすることによって、人の為にしない人(自己中な人)に腹が立つし、人を振り回してケロッとしている人、人の痛みがわからない人、平気で人を傷つけるような人・・・そんな人を見ると人一倍腹が立ってしまいます。

生き方が間違えていたの?
私が悪いことを昔したから罰があたっているのでしょうか?
神様仏様は何かご計画がおありなのでしょうか?

もうどのようにして生きて行けばいいかわからず、そのことばかり考えていたらノイローゼのようになり頭が働かずおかしくなってきています。人に迷惑かけないようにと外では明るくするので人生がおかしくなってきています。

頭の中だけで生き、人生がとまっているようです。どうしていいかわかりません。完全に受け入れようとすると、吐きそうな暗くて恐ろしい闇に飲まれそうです。

子供のためにと頑張って頑張っても、もうくたくただし終わりのない罪に苛立ちを感じ、また責めすぎて毎日気分が悪く吐きそで、もう限界に達しています。

自分の気持ちが整理できず、この感情を抑えきれないまま感情的に記載し申し訳ございません。

そして長々と申し訳ございませんが、よろしくお願いします。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

宝物

さつきさま
なごみ庵の浦上哲也と申します。
同様の質問がありますが、より心からの叫びであるように感じたこちらの問いにお返事させて頂きます。

さつきさんは、以前に中絶した子どものことで悩み苦しみ、またご自身は人の為に生きているのに、そうでない人より苦しみを多く与えられているようで不公平感を感じていらっしゃるということでしょうか。

ひとつ申し上げたいことがあります。
「人の為」つまり人偏に為と書いて「偽」という字になります。
私は「人の為」なんて言葉は「偽り」だと思っています。
真の意味で「世の為、人の為」ということは有り得ないのではないかとも思っています。
どんなに素晴らしい聖者であっても、自分を全くの無にすることは出来ないのではないでしょうか。

厳しい言い方になりますが、さつきさんも「人の為に生きている、だから報われたい」という思いがどこかにあるから、葛藤し、絶望し、恨み、怒ってしまうのではないでしょうか。

私自身も、僧侶として人の為になるよう生きたいと思っています。でも心の奥底に、「人の為に生きているのだから、もっと認められたい、素晴らしいと思われたい」というドロドロした願望が渦巻いています。
ただ、私は浄土真宗という教えに出逢っていますので、そんな愚かで醜い自分でも、そのまま生かされていくしかないのだと覚悟をしています。

もうひとつ。
お世話になった病院の先生は、間違ったことを言いました。それは「1日も早く忘れて下さい」という言葉です。さつきさんを思っての言葉ですから悪気はありません。でもさつきさんは、この言葉によって「供養をして忘れなきゃ」と思ってしまったのではないですか。

忘れてしまう人、悪いとも思わない人も世の中に大勢いるでしょう。そんな中、我が子を殺してしまったのだと苦しみ続けるさつきさんを、私は素晴らしいと思います。お辛いでしょうが、その苦しみを忘れてしまってはいけないのです。

神さま仏さまは罰を与えたりしません。
計画を立ててさつきさんを苦しめているのでもありません。
どんなに苦しくても、さつきさんご自身の人生を受けとめて生きていくしかないのではないでしょうか。その苦しみは、さつきさんを育てていく宝物だと、私は思います。

追伸
これからも迷い悩むことがあるかと思いますが、そのほんの一助にでもなれば幸いです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

大切なこと

さつき様
開運寺の秋山現信です。
忘れることは、必要でありますが、忘れるわけありません、と言うか忘れてはいけないのでしょうか?思い続けることによって、新しく生まれてくることもあります。人間は動物。忘れる生き物です。しかしながら、仏の教えに、恩をを忘れるのは、畜生にも劣る。(畜生とは犬や猫その他の動物)
たくさん生きていれば、つらいことがたくさんあります。でもそれは自分にとっての勉強です。人間は一生が修行とたかれています。しかしながら難しい問題です。人を変えるのは不可能に近い。まず最初に自分が変わる。仏教のキーワード。笑顔。とにかくつらくても、自分が回りに対して何時も笑顔でいれば、かならず変わるはずです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


3月11日の突然起こった東日本大震災。私の住む茨城県水戸市も大きな被害を受...

「水子供養」と「自利・利他」について

さつき様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

水子供養に関することにつきましては、下記の二つの問いにても扱わせて頂いておりますが、忘れる必要はありませんし、これからも御供養される中で、水子さんのことをお地蔵様に御任せを致して、将来、結婚、妊娠ご出産のお子様に対して、その水子さんにしてあげれなかったこと、できなかったことを二人分して差し上げて頂けましたらと存じております。もちろん、他の方のお子様たちへでも構いません。それよりも、あまりにも苦しみ続けることは、水子さんにとりましても良くないことだと少しでもご理解を頂けましたら有り難くに存じます。

問い「宗旨変えについて」
http://hasunoha.jp/questions/291
問い「娘の死、その後」
http://hasunoha.jp/questions/280

「人のために」とのお考え、誠に大切なことでございます。私たちは、様々な関係性の世界の中における支え合い、助け合い、分かち合いにおいて過ごすことのできる存在であり、利己主義・自己中心主義・自己満足主義では成り立たないものでございます。

仏教では、「自利・利他」と申しますが、あまりに自分のことばかりでもいけないですし、かといって、他のことばかりでもいけないという「中道」を勧めることになります。相手も幸せとなり、自分も幸せになるというバランスが求められます。

また、仏教における「他のため」というのは、分け隔てなく、あらゆる全ての他の者たちのためにとして、平等に、慈しみを向けて行うことが大切となります。

非常に難しいことではございますが、全てのものたちの迷い苦しみが無くなりますようにとしての「利他」が望まれることになります。

更には、問い「仏教における徳積みとは?」( http://hasunoha.jp/questions/119 ) にて述べましたように、三輪清浄としての見返りを求めることなく行うことも必要となります。

仏教では善因善果、悪因悪果の法則を重視します。もちろん、すぐに結果は出ないかもしれませんが、できる限り悪いことを成さずに善い行いに努め励むこと、これが仏教の基本となります。

是非共に頑張って善い行いに努めて参りましょう。必ずや変われるかと存じております。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

浦上様
早々お返事を頂いていたのに、遅くなり申し訳ございません。
また内容のまとまっていない長文を読んで下さり、気持ちを察し、理解して下さりありがとうございます。

浦上様のおっしゃる通り「人の為に生きている、だから報われたい」と言う気持ちがありました。そしてそれがいつの間にか、自分で気づかないうちに「人の為に生きているのに、なぜ報われないのか!」に変わっていたことに気づきました。
そして、ドンドンと「人の為」ということに囚われ、歯止めが利かなくなり、人の思いなんて関係なく、ひとりで突き進み、勝手にイライラし、崩れてしまっていたように思います。

この間違いに、気づかせ下さりありがとうございます!
「人の為」で偽りなのですね。何か少しすっきりました。
考え方が、間違えていたように思います。

また、先生の「早く忘れるべき!」と言うことが、「間違ったこと」とおっしゃって下さったので安心しました。感情の渦に巻き込まれ、このまま駄目になるなら、本当に早く忘れた方がいいのかも…と思ったりもしましたが…。

「自分の人生受け止めて生きていくしかない」この言葉に頭を打たれました!
本当ですね。私は自分を責めたくないからか、人のせいにばかりしていました。での人と比べたり、人に責任をなすりつけようとしたところで解決はしないですね。

だいぶ気持ちの整理ができ、葛藤の渦からは抜けだせそうです。
ありがとうございます。
今度はしっかりと向き合い、一生忘れれことなく思い、償いながら生きて行こうと思います。

本当に、本当に、有難うございましたm(__)m

開運寺 秋山現信 様
お忙しい中、御回答頂きありがとうございます。

すごく生きるのが辛く、こんな人生もう疲れた!何故こんなに迷惑かけてまで生きなくてはいけないのか…生きていて何になるのか...と今は思ってしまいますが、私だけではなくみなさん人生修行なのですね。

恩を忘れていたから、こんなに生きることが辛く思うのかな。
気持ちにまだまだ波がありますが、「つらい経験も勉強だ」と思えるように、早く切り替えていければと思います。
そして、あの子の辛さを思うと「笑顔」はいけないと思っていましたが、笑顔は大切なのですね。
今後は秋山様のおっしゃる通り、笑顔を大切にしてみたいと思います。

長い文章を読んで下さり、また良きアドバイスを下さり有難うございました。

開運寺 秋山現信 様
お忙しい中、御回答頂きありがとうございます。

すごく生きるのが辛く、こんな人生もう疲れた!何故こんなに迷惑かけてまで生きなくてはいけないのか…生きていて何になるのか...と今は思ってしまいますが、私だけではなくみなさん人生修行なのですね。

恩を忘れていたから、こんなに生きることが辛く思うのかな。
気持ちにまだまだ波がありますが、「つらい経験も勉強だ」と思えるように、早く切り替えていければと思います。
そして、あの子の辛さを思うと「笑顔」はいけないと思っていましたが、笑顔は大切なのですね。
今後は秋山様のおっしゃる通り、笑顔を大切にしてみたいと思います。

長い文章を読んで下さり、また良きアドバイスを下さり有難うございました。

川口 英俊 様

お忙しい中、御回答頂きありがとうございます。

「水子供養」に対して、お地蔵様にお任せすると言う言葉に安心しました。
何かとりつかれたように泣いていましたが、あまり長く苦しむのは良くないのですね。
自分で泣き子の分まで…と力が入り体を壊し、と悪循環に陥っていたように思うので、もう少しお地蔵様にお任せしてみようと思います。

「自利・利他」仏教では善因善果、悪因悪果の法則と言うのが基本で、また「人の為」に囚われていましたが、「相手も幸せとなり、自分も幸せになる」というバランスが大切なのですね。
川口様の日記の「菩提心論」も少し拝見させて頂きましたが、いつか私も気持ちが安定したらこの「菩提心」を伴った善徳行が出来るようになればいいなと思います。

大変勉強になりました。有難うございました。

「中絶・堕胎からの救い」問答一覧

繰り返した中絶、現在

私は今まで4回中絶経験があります。 不倫などではなく、全て主人との子です。 中絶した事情は色々ありましたが言い訳するつもりはありません、ただただ自分の勝手な都合でしかありません。 うち、流産も含みますが流産の原因も自分の生活習慣が悪かったせいだと、わたしが殺したと思っています。 主人に相談出来ずに勝手に決めてしまったこともありました。 中絶から数年経ちましたが、事情があったにしろ自分がしてきた罪を後悔する日々です。 そんな中、先日また妊娠がわかりました。 今度こそきちんと産みたい、これ以上、いのちを粗末にしてはいけないと思い出産を決意し、今のところ順調に胎児は育っています。 しかし、産むと決めたら決めたで今まで産んであげられなかった子達に申し訳ない気持ちがより増しています。元気に育ってくれている姿を見る度に自分のしてきた事の罪の深さを思い知らされます。 しかし、いくら後悔しても過去に戻れるわけではありません。(決して開き直っているわけではありません。) 今私に出来ることはないのか考えました。 ・自分を責めて後悔するよりも、自分のしてきた事を受け止めて罪を償って生きていくしかない。 ・お腹の子を無事に産んであげれるように今私に出来ることをするしかない。もしお腹の子に何かあったら、障害などを持って産まれてきたら…全て私が今までしてきたことがこの子に返ってきてしまった、責任を持って受け止めるしかない。 ・中絶と向き合うことができずきちんと水子供養をできていない子もいます、遅いかもしれませんが水子供養をしよう。 産むと覚悟したから、これらのことを誓うと決めました。このような考えはただのわたしの自己満足でしょうか。産んであげられなかった子達はもっと他に私に望んでいることがあるのでしょうか…もしかしたらこんなことより、とっとと私に死んでくれとおもっているのでしょうか…。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

中絶後立ち直れません

6月に中絶手術を受けました。相手は堕してほしいと強く望み、そう言うしかない彼の事情はここには書きませんが私もわかっていました。 それでも、お腹の張りやつわりの症状、そして何よりお腹に手を当てることで、そこに確かに命があることを身をもって強く感じていた私にはどうしてもその愛おしい小さい命を消してしまうという選択はできませんでした。 毎日のように話し合いをしましたが、例え彼の協力が得られないとしてもどうにか産み育てたい私と、どうしてもそれを許してくれない彼とで、話は平行線のままでした。 最終的には、初期中絶の期限が迫っていること、私が1人で育てていくことが本当に赤ちゃんのためになるのか、生まれてきて幸せだと思ってもらえるのか、心の底からの自信を持つことができなかったこと、そして1人で産むと言うのなら自分の知らないところで自分の子供と私が生きているなんて耐えられないので俺は死ぬと言う彼のことを守りたいという思いから、手術を受けました。 自分で決めて手術を受けたのに、後悔と罪悪感から心が不安定になってしまい、死にたいと思うようになりました。 赤ちゃんを犠牲にしても守りたいと思った大好きな人なのに、中絶したのは彼のせいだという思いもどうしてもなくなりません。 そして、そんな風に、泣いてばかりいたり、八つ当たりをしたりする私に対して、手術直後は「俺が助けるから大丈夫」と言ってくれていた彼はだんだんと苛立ちを隠さないようになっていきました。そして先週ついに「もううんざりだ、二度と関わりたくない」と言われてしまい、LINEはブロックされ電話も出てくれなくなってしまいました。そのような状態で直接会いに行く気力もありません。 赤ちゃんの命を消してしまい、結局大好きな彼も離れていってしまい、私は一人ぼっちになってしまいました。 私はどうすればよかったのでしょうか?その時々で自分にできることを精一杯考えてやってきたつもりですが、この結果を見たら全て間違っていたのではないかと思ってしまいます。 赤ちゃんのことを自分の手で殺してしまったという事実と、大好きな彼が離れていってしまったことと、辛くてたまりません。 手術の後から、毎日空に向かって赤ちゃんのことを祈っています。それ以外に何か私にできることはあるのでしょうか? どうしたらこの苦しみから抜け出せるでしょうか?助けてください。

有り難し有り難し 26
回答数回答 1

自分勝手な中絶

私はいまの彼と知り合って間もない頃に、避難の失敗で妊娠をしました。 最初の気持ちとしては、嬉しいはなく、困惑でした。 けれどそれを彼に伝えると、結婚・出産しようと言ってくれ、私も一度はそう決意したものの、知り合って数ヶ月だったため、本当に彼と生涯を共にできるのか、すぐに不安になって、結果的には中絶をしてしまいました。 今振り返るとマタニティブルーと、まだ彼との関係性が不十分でないことから、彼も私の性格(ネガティブ)を理解しきれておらず、最後は2人とも産むべきか分からなくなってしまって、中絶になりました。 もうすぐ一年になりますが、後悔ばかりです。彼とは結婚を視野にお付き合いしているので、なおさら産めばよかった..と思いますし、またいつか授かりたいと思うのですが、その時にこんなに可愛い我が子を殺した..と思ってしまうのでは、と考えると不安です(とりあえず今すぐということではないので考えないようにしていますが)。 中絶という人として最低な行為をしており、水子供養もしましたが、赤ちゃんに対しても彼に対しても罪悪感でいっぱいで、前向きになれません。 時が解決するどころか、どんどん後悔が大きくなると思うと、本当に憂鬱です。 彼が好きなので生きていたいですが、頭からずーっと離れず、囚われていて苦しいです。

有り難し有り難し 24
回答数回答 3

中絶を選択しました。

妊娠初期だと発覚しました 結婚を前提に考えていた男性との子です。 自分たちが悪いとは言え きちんと避妊をしていたけれど 予想外の妊娠であり、 いつかは赤ちゃんが欲しいとお互いに思っていましたが、とても驚いてしまいました。 私自身、今年はキャリアアップのチャンスが舞い降りてきて、頑張ろうとしていた時だったので正直躊躇いましたし、 まだお母さんになる準備はほとんどできていませんでした。 しかし、赤ちゃんがいるとわかると しっかりと覚悟がないけど、産んでも良いかと思いました。 一方彼の方は喜んではくれましたが、 準備ができていないのに、産んでも良いのか?2人での時間をもう少し過ごしてからが良いのでは?○○(私)に少しでも産むことへの不安があるのでは、赤ちゃんと○○(私)がお互い幸せになれないのでは? また、妊娠が発覚するでお酒もかなりの量を飲んでいたので、赤ちゃんへの影響も大きいのでは?などと言われ 現実的に考えるべきだと言われました。 私は現実的に考えることができず、感情的におろすことができないと思っており 彼は現実的に考えて順序が違うから、準備できてから赤ちゃんわ産むべきだから今回は諦めようとのことでした。 彼の意見に同意することにした私自身にも、赤ちゃんに対する思いや、覚悟がなくとても最低なことは分かっていますが やはり、受け入れることができません。 私を選んでくれた、 何か意味があってきてくれたのにも関わらず、こんな結果になってしまいとても苦しいです。 私に愛されるために来てくれたのに 産んで抱っこしてもらうために来てくれたのに と思うと、とても辛いです。 今回は産んであげられないけど 2人がパパとママになれる準備ができたからまた来てねと自分勝手ではありますが 心から願っています。

有り難し有り難し 18
回答数回答 1

中絶するか一人で育てるか

現在私は実家暮らしで付き合って半年の彼がいます。結婚はしていません。 先日妊娠検査薬、そして病院での診断で妊娠していることがわかりました。 現在4週後半です。 妊娠のことを彼氏話したところ、 『無責任なことを言ってるけど俺は今子供は欲しくないし、産むのであれば別れる。』と言われました。 彼は過去に別の女性との間に二回子供を下ろした経験があります。 その時のことについて聞いたところ、 その当時は事の重大さが分からず、"子供ができて育てられる環境ではないからただ下す。"という安易な考えだったそうです。 彼自身、今になって事の重大さ、そして自分が犯してしまった罪の重さを強く感じているみたいです。 話し合いを重ねて、 ・一人で育てるという強い決断ができない ・別れで育てるとなっても大嫌いな彼になってしまうし子供に罪はないとわかっていても大嫌いで自分勝手な彼の子供に愛情を捧げる自信がない ・仕事の関係、経済的な面、時間の関係で育てる事が困難である という事で私自身、中絶する決断をしようとしています。 彼とは毎日会い、いまだに話し合いを続けています。 妊娠がわかって数日間は、 中絶して、その罪を一生背負っていくのは辛いし嫌だと思ってしまっていました。 でも自分の中の考えを紙に書き写し整理したところ、 "一生背負っていくのは嫌だ"との発言はどんなに無責任で浅はかだったのか自覚しました。 次の婦人科の診察日までの数日間、 引き続き彼と二人で話し合いを続けようと思っています。 ただ、自分達のした事だから母には話さず、自分達で背負っていくべきなのか話し合いを重ねてもそこは解決ができません。 毎日子宮が痛くなり吐き気もあり旦那に小さくてもお腹の子が今生きている事実を痛感します。 今必死に大きくなろうとしている子に、 自分達の無責任な行動から日の目を見せてあげられない事、 自分の手でその命を摘んでしまう事、 とても辛いです。 その子のためにも自分たちが幸せに生きなければいけない、 でも先の人生に幸せがあるのかわかりません。 今は毎日光がない世界で答えを探そうと必死に生きています。 母に言うべきなのか、今後支えるとは言ってくれているが今までの行動が無責任な彼とは別れるべきなのか 自分はどうしていいのかわかりません。 なにかお言葉いただけたらと思います。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

中絶後の関係

繰り返し質問すいません。 私は同じ彼の子供を2回も堕胎してしまいました。 2回目の時私は進学が決まっており、彼は地元から少し離れたところに就職が決まっているという状況でした。私は進学を諦めて働いてもいいから産みたいと言ったのですが、彼に地元から離れるし経済的に厳しいから無理だと言う意見でした。どうしてもそうしたいならそうすると言われたので、親に一緒に言いに来てほしいというと、それはまず私から伝えて自分は言えないと言われました。その時、私が一人で育てられる経済力もなく、相手もその気ではないのに無理に産んでしまってはいけないと思って堕胎することを決めてしまいました。 お金は彼が出し、手術もついてきてくれました。その後一緒にいてくれて、その時も離れたくないとは思っていたのですが、頑張ったら産めたのではないかという気持ちが無くならず、親には言えない無理だと諦めた人と一緒にいていいのか分からなくなりました。 私が精神的に落ち込み、相手にあたってしまう時期が約半年続き、最近落ち着いてきました。彼の立場になったとき産もうと言えてたのかなとも考えるようになりました。 何度も離れようと思い連絡を断ったりしましたが、どうしても離れられなくて連絡を続けています。 お互いに責任があるし、一緒にいたくないのなら別れると言ってくれたらいい。でも私は続けたいと思うし自分達が責任を取れなくて2回もこうなったのだから責任が取れるようになるまで、することは我慢して欲しいと言いました。やれないから別れたいとも思わないけど、やれないのなら自分から一緒にいたいとは思えない。私がそう思うのなら我慢するし付き合い続けるよといいます。 でも、本当にそれでいいのかなとも思ってしまいます。 いろんな思いがあり、どうしても自分から離れることができずに、かといって一緒にいてもいいのかと思います。 客観的に見て彼はどうなのでしょうか。男の人は行為がないと付き合いたいとは思えないのでしょうか。たくさん考えたのですが分かりません。私はこの彼と一緒にいていいのでしょうか。

有り難し有り難し 27
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る