へその緒を切った瞬間から自分の人生
生きることは、何故こんなに苦しいのですか?
自分が 喜怒哀楽 の楽だけを欲しがっていることに気づきました。
経験したことや、感動したことは
自分の財産になると考えると、
たくさんいろいろなことを経験したい!と思います。
ですが楽だけでは、自分の成長にならないですよね、、
成長するためには、喜怒哀が必要ですよね。
しかし、こうやって自分を成長させるためにたくさん経験したいと思うことは利己的な考えのでしょうか?
持病の治療で使う薬の強い副作用で体が弱ってきて、死を考えることがあります。
生き抜いてやったぜ!って思うこともあれば、まだ死にたくないと思うことがあります。
私は迷いの中にいるようです。
ご助言頂ければ幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
一日、一日を…
拝読させていただきました。慈陽院の平本と申します。
生きることは、なぜ苦しいのか?そして生きていくためには、色々な経験をした方がいいのかお悩みになっている感じでしょうか。
まず仏教では、生きることは、苦しいことであると説いています。
なぜ苦しいのか、それは人間には、思い通りにしたい気持ちがあるからです。
しかしこの世の中は、いつ何時なにが起こるか分からない世界です。そんな世界では、思い通りにならない事の方が圧倒的に多くなってきます。
なので思い通りにしたい気持ちを減らし、あらゆる現実を受け入れていけば、楽になっていきます。
次に、重い病を患った人やお年寄りが特に死について考える機会が多くなると思いますが、健康で順風満帆な人も死について考えた方がいいと思っています。
健康な人でも明日確実に生き抜く保証は、誰一人持っていないのです。
また私達は、生まれた瞬間、死に向かって生きています。
そんな私達は、色々なことをやりたいと思い生きていますが、実は、一番やってほしいことがひとつあります。
それは、一日一日をできるだけ五感で感じ、そして生きていることに感動し感謝することができれば、人生の長さ関係なく美しい人生を歩めると思っています。
しかしこれは、なかなかできないものです。
お坊さんというのは、日々心を鍛錬し、一日一日を噛み締めながら生きようとしているのがお坊さんだと思います。そういう体験がお坊さん自身を成長させますので、色々経験することは、とても大事なことです。色々経験し、一日一日を感じていくことができれば、生きること、死ぬことについて、また違った見方ができるようになると思います。
うまく伝わったか分かりませんが、参考になれば幸いです。
質問者からのお礼
平本優眞様
ご回答いただきまして、ありがとうございます。
思い通りにしたい気持ちが私にもあったなと思いました。
ですが、なんでも全てが思い通りになる人生で感動や学びがあったかな?と、考えることができました。
そう考えるきっかけを頂けたことに感謝です(*^^*)
身体が不自由になって初めて、生きることや身体にも感謝できました。
お言葉をありがとうございます。