本当に信じてますか?
仏教でもそれぞれの宗派があって
開祖とされる方がおられますが、
お坊さん達はそれらを信じてますか?
お経を唱え信仰を持てば
その通りになると心から信じてますか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
期待?確信?
【誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ】
たとえば、浄土真宗の親鸞さんは、主著『顕浄土真実教行証文類』「総序」にてこのように仰っています。
「聞思して遅慮することなかれ」とは、言われたとおりに黙ってやってりゃあいいんだよ、という意味ではありません。教わった事をしっかり自分の身に引き当ててよく吟味し、どこまでも我が事として受け止めていくというプロセスの抜け落ちた学びではダメだ、教わった事を単純に鵜呑みにするだけではダメなんだと戒めてくださっています。乱暴な言い方をすれば、これはある意味で「疑ってかかれよ」であると思っています。
あなたの”本当に信じてますか?”という素朴な疑問は、至極当然なものだと思います。単純にそう思い込んでいるに過ぎない「信じる」と、この事ひとつ間違いなしという確信に裏付けられて「信じている」というのとでは明確に違いがありますね。
さて、転落院はどうなんでしょうね(笑)
<追記>
”仏教徒でありたいと思っています”
仏教の信仰はこれが<はじまり>であり、そして<すべて>です。
どうか、仏様と、仏様の教えと、仏様の教えを学び実践する仲間をあなたの拠り所として今日から生きていってください。
そうありたいと願います。
宗祖を信じていますかというより、宗祖の説いたこと(法)を信じていますかということと取りました。仏教はお釈迦様が入滅された時に自灯明法灯明(自らをともしびとし、法をともしびとせよ)の教えを残されたことでもわかる通り、法を大事にします。法とは法律ではなくその上に来る仏法のことです。仏教という言葉も明治時代にキリスト教に対抗して作られた翻訳語で、それ以前は仏法と言っていました。その仏法も平安時代までは学問の南都六宗と天台・真言しかありませんでしたが、鎌倉時代になり法然上人が天台から出て浄土宗を開いてから(『七箇条起請文』署名に天台沙門源空とあることから、本人には開宗の意図はなかったし、天台僧との自覚があった。)鎌倉新仏教が次々とできていきます。ただ、鎌倉新仏教論はもう古くて、今歴史的に主流なのは権門体制論というものです。やはり天台・真言が力を持ち続け、その隙間で鎌倉新仏教は存在していたとの論です。鎌倉新仏教説は東大印度哲学科の初代学科長を務めた真宗系の教授(名前失念)の言い始めたことですから、どうしても鎌倉新仏教に比重を置いた史観ですね。話をもとに戻すと、宗祖である法然上人のようにありたいと思い、その法を学んでいます。またうちは派祖でありかつての宗祖であった一向上人への信仰があります。うちはかつて時宗一向派でありました。一向上人は一遍上人や日蓮上人と同じく鎌倉第三期の鎌倉末期に活躍したお坊さんです。その説かれた法についてはまだあまりよくわかっていないのですが、おおむね法然上人・聖光上人・良忠上人の鎮西流良忠義に沿っていたものとみられています。宗祖だけでなくその流れを追うことも大事なことで、その流れの広がりの中で宗派のダイナミズムが生まれてくるのです。だから私は浄土真宗も西山浄土宗も時宗も好きです。それぞれ味があると思います。ただ、自分の信仰としては法然上人のお言葉に直参し、一向上人の生き方に学ぶ毎日でしょうか。私の考えとしてはこんなところですが、お答えになりましたでしょうか?
信心は迷いです。
信じられるときもありますし、全く信じられないといもあります。
好調にうまくいっていれば有難い!
逆にうまくいかなければ神も仏もあるものか!
人間というものは愚拙を筆頭に我が儘勝手なものでございます。
辛いと次から次へと愚痴がでてきます。
情けない話です。
逆にふと思うのですが、
自分にとって都合の悪いこと、不運なことこそが、
なんでしょうかね??
この愚かな私の非力さを教えてくださるきっかけでは
なかったのかと。
苦しいから悩み苦しむ。
もがいてもがいてそこに新しい道を探し出す。
その醍醐味を与えてくださった。
是もまた御縁でございます。
運が良くても悪くとも、
うまくいこうが悪くあろうが、
こうして生きていることが有難い。
もう信じて信じて、感謝しか言わないようにしようと、
心に決めるのですが、
ついつい、何とかなりませんか?と愚痴る。
こんなさもしい私を神仏はお見通しだと思いますよ。
愚痴って泣いたらいいんですよ。
そんなあなたを神仏は暖かく見守ってくださっています。
はい。 信じています
はい。信じていますよ(^^)
お経を唱え、日々の生活1日1日自分が出来ることを一つ一つ学び、悩みながら実践していく事が私の仏道です。そして仏教は本当に深くて面白い!と感じています。合掌
質問者からのお礼
おはようございます。
お返事くださった先生方、
ありがとうございます。
まとめてのお返事で申し訳ありません。
信仰…難しいです。
それでも、心の拠り所が欲しいので
仏教徒でありたいと思っています。
情緒不安定を理由にしてはダメなのですが度々の訳の分からない問いにお答え頂いて感謝しています。
振り返ることしか出来ない性格を
前を向けるように努力します