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煩悩を消す方法ってありますか?

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人間は欲がなくなった時死ぬと聞きました
欲が煩悩になるなら、
人間はどうして、死ぬまで終わりのない
苦しみを抱えながらでも生きる事が価値がある事だと言えるのでしょうか?
そもそも、煩悩の意味もネット検索しただけで、そんなに、知識がない私ですが、

私たちから煩悩をとったら何もなくなってしまいます。
欲があって苦しみを感じる事ができて、
苦しみがあって欲が生まれるなら果てしないと思います。宇宙みたいです。
そこにある。という存在、生命が無くならない限り煩悩を消す方法はありません。

では、苦しみはなくならないのでしょうか。

煩悩を消すって可能ですか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ありのまま、あるがままを受け入れる

拝読させていただきました、慈陽院の平本と申します。

煩悩、苦しみを消すことは、可能かどうかお悩みになっている感じでしょうか。

まず、欲がなくなったときというのは、悟りを開く、真理に到達した状態であると説かれています。なので死ぬわけでは、ありません。

次になぜ人が苦しむのか。
それは、人には思い通りにしたい気持ちがあるからです。
しかしこの世の中は、何が起こるか分からない世界です。
そんな世界では、思い通りにならないことの方が圧倒的に多いのです。
よって人は、思い通りにならずに苦しむということになります。

違った角度から見れば、理想と現実の差が広がれば広がるほど苦しむことになります。

では、どうやって理想と現実の差を埋めるのか。

ひとつは、理想に目指して頑張ることですが、うまくいかなかった場合には、大きな苦しみが生まれます。

そしてもうひとつが、今ある現実をありのまま、あるがまま受け入れることができれば苦しみは大きく軽減します。

では、どうすれば、ありのまま、あるがままを受け入れることができるのか。

それは、考えないで感じることに意識を向けるのです。

五感で自然を感じます。太陽の日差し、風の音、外の匂い、鳥のさえずり、木々や草花を五感で目一杯に感じます。そして大きく深呼吸をします。

また目をつぶり、呼吸の流れに意識を向けて、ゆっくり呼吸をして長く息をはきます。

小さな幸せや仏様やご先祖に感謝をしたり、自然の美しさを目一杯感じて、呼吸をすることを感じていけば、今までとは違ったことに気づくことができ、自分の中にある固定概念にも気づくことができると思います。

一朝一夕とはいきませんが、よかったらお試しください。

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おきもち

悟れば心が楽になる

 煩悩がなくなる=悟る、です。
 悟ったらいきなり死ぬわけではありません。釈尊も、35歳で悟ってから80歳で涅槃に入る(死ぬ)まで、煩悩のない平安な生涯を過ごしました。
 完全な悟りに至らなくても、四段階の悟りがあります。最初の悟り、預流果(よるか)に悟るだけでも、悟りへの流れに預かり、そのままやがて悟れるので、相当気持ちが楽になります。

 悟るためには修行が必要です。本当の修行は、智慧を磨くことです。大乗経典には悟りの話はなかなか出てきませんが、原始仏教とか初期仏教とか言われている釈尊のお経を読むと、「私」は幻で、「私」も物事も、一瞬ごとに移り変わるだけの、実体のないものだと分かってきます。諸行無常です。無常なので、空しいものだと分かってきます。一切行苦です。ということは、しがみついている「私」も、他の何物にも実体がないと分かります。諸法無我です。
 このようなことが本当に納得できたら、預流果です。執着が、相当減ります。楽になります。

 スマナサーラ長老のyoutubeとか拙著『悟りの四つのステージ』などをご参照ください。

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初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本...
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質問者からのお礼

平本様

ご返答有難うございます。

理想と現実の差を眺めてばかりでした。
思い通りにしようとジタバタして苦しんで、
思い通りにいかないことを人のせいにしては受け入れてるつもりになっていたりしました。
現実を受け入れる事、ありのままを受け入れる。それは、容易ではないですが、その心が大切だと教えていただけたこと、とても有り難い事です。
また一つ得ることができました。

有り難し。

ご返答有難うございます。

諸行無常、諸法無我、一切皆苦。
少し調べたらとても興味深いものでした。
私はあまり仏教に詳しくないのですが、もっと知りたいと思いました。
人々の生きている根源がある気がしたので興味深いです。
YouTubeの情報有り難うございます
時間を見てゆっくり見てみます。
有り難し。

「煩悩」問答一覧

「足るを知る」と「向上心」のバランス

明けましておめでとうございます。 全ての皆様にとって、健やかな一年となることを祈念いたします。   *   「足るを知る」と「向上心」をどうバランスさせるかについて質問です。   ■質問の内容 ・人間の煩悩はキリがありません ・煩悩とうまく付き合うために「知足」が重要との理解です ・一方で、より良い生を営むには、「向上心」が必要です ・しかし「知足」「向上心」は、ときに相容れないように思われます ・そこで、両者の使い分けについて、ご意見を頂戴したかったもの   ■質問の背景 ・私は肉体や精神、能力等の向上(=欲求を満たせる自分に成長すること)を目標として努力してきました ・結果、自分自身や周りの人の幸せを実現できると考えてきたためです ・しかしある時、幸福度は上昇していないことに気付きました ・そんな時に「知足」の重要性に気付き、「向上心」との折り合わせについて強い興味を抱いたものです   ・両者の使い分け方法について、下記2パターン考えました   ■仮説① 行為の目的(相手のため/自分のため)で、以下の通り使い分けるべき 【良さそうな例】 A「相手のため」×「向上心」 (例)より喜ばれる仕事をしたい B「自分のため」×「知 足」 (例)菜食で十分 【悪そうな例】 C「相手のため」×「知 足」 (例)今の仕事の質で十分 D「自分のため」×「向上心」 (例)より美味しい食事をしたい   ■仮説② ・「知足」と「向上心」のバランスを考える必要は無い。 ・自らの欲求を満たせる自分に成長する「向上心」が重要である ・逆説的だが、向上心(欲望)を満たした経験により「足るライン」を把握できるようになる ・肥大する向上心(欲望)を実現した経験が、「自らを満たさない、長く続かない」ことを体感させる ・知足は、頭で理解するものではない。体得させる必要がある    (例)お金をもっと稼ぎ、食事にお金をかける。結果、最高級の焼肉もファミチキも両方美味しいし、どっちも幸せで、(実は)どっちも大差ないことを体感する。 しかしずっと貧しいままだと、どうしてもやせ我慢での知足となる。「知足の習得」には、欲求を満たして「こんなもんか」という体験が必要不可欠。 お釈迦様が王子の頃に豊かだったことは、悟るための必須条件。。?   少し漠然とした問いで申し訳ございません。 どうぞよろしくお願い致します。

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