人を不愉快にさせてしまいます。
私は物事を肯定的に捉えることが少なく、否定的に見てしまうことが癖になっております。
長年の習慣であるからか、いつ否定的な発言をしたのか、それが否定的なのか認識することも難しい状態です。
物事を否定せず、肯定的に捉えるようになりたいのですが、否定的な所ばかり見る癖が抜けません。
自信が無い事が原因なのか、必要以上に自分を下げたり、まず何か「対象の欠点」を指摘してから会話を始めることがほとんどです。
それで人を怒らせてしまったり、不愉快にさせていることが多々あります。
どうしても直したい。しかし、何かしらの欠点や間違いを許せません。
今より少しでも、物事に対して否定せず、肯定的に捉えるようになるにはどうしたらよろしいのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
おはようございます。
まず、あなたの自己認識を讃えます。
癖というのは気づくまでがむずかしいところ、
あなたはその段階をのりこえたんだと思います。
そして、あなたのおっしゃる通り、否定的というのは
自信のなさからくる防衛本能の一つの現れなのかもしれませんね。
しかし、世の中には癖をもったまま
成功してる人が多いように見受けられます。
そのコンプレックスをバネにして、
人より抜きんでてたり。
あなたの気づく性質は厳密なチェックが必要な
業務などには向いているでしょう。
とはいえ、対人ではやはり控えないといやがられますよね。
どうしたもんでしょうねえ。
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肯定的に捉えるには、まず自分がプチご機嫌になることを
小さなことでも、なんでもいいのでもつことが大事だと私は思いました。
それから、やはり対象の欠点を言いそうになってる時点で気付いて、
意識的にやめていくことでしょう。
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スマホは便利だけど、目が悪くなるとか。
欠点は一面で、かならず肯定的な面もありますよね。
あなたが何に重きを置くかで、
見え方はかわるものなんじゃないかな。
あなたは正しいほうに重きを置いてるんじゃないでしょうか?
しかし、人間は自分を振り返っても
正しいことなんて少ないんじゃないでしょうか?
生き物ですから。
だからこそ、正しさは目標であり、理想です。
何のためにそれがあるかというと、
自分が周りが幸せであるためだと思います。
本来それは皆の目標であって、
正しさは、隣人を切るためにあるんではないと思います。
あなたの「特徴」を生かしながら、
時間はかかるかもしれませんが、
対人だけでいいのでなおして行ってみてください。
次のご報告を
待っていますよー。
コミュニケーション力も、気長な訓練が必要。
冨永さん、こんにちは。
相手への否定的な見方を変えたいのですね。
でも、まずその問題をあなたが理解していることはもう一歩前にすすんでいるのです。あとは訓練です。
コミュニケーションは、自然では、産まれてからの生活環境で自然に身につくもので、自分で意識的に作ってきたわけではありません。
だから、大人になってから、自分で心をコントロールしながら作っていく必要があります。仏教ではそれを『八正道』という修行で作ります。
自分の行動にルールを作る。それを死ぬまで人生をかけて努力するのです。ゴールは仏さまですから。あっという間にできるわけはありませんね(笑)。
ネットや仏教書に八正道の説明がありますので、一度覗いてみてください。
がんばって!合掌
質問者からのお礼
染川智勇様
ご回答ありがとうございます。
八正道について調べてみましたが、まだよくわかっておりません。
これからの人生で、少しずつ理解して、身につけていかなければならないのだなと思います。
ご回答ありがとうございました。
沙門一緒様
ご回答ありがとうございます。
たしかに正しさは理想であって人を切り捨てる武器ではありませんね。
まだまだ簡単に判断することはかないませんが、少しずつ変わってる…と思います。…おそらく。
時間はかかると思いますが、少しずつ見方を変えていこうと思います。
ご回答ありがとうございました。