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宗派の違う供養、海外の考え方はだめですか

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昨年、父方の祖父を亡くしました。
先日、母方の祖父を亡くし、
葬儀を終えたところです。

今も悲しく辛いのですが、みなさま尽力してくださり、良い葬儀ができました。
今もそこで見守ってくれているような気がします。

おじいちゃんが大好きでした。
ずっと忘れたくありません。
お盆には必ずお墓参りをしますし、これからもそうします。

話は変わりますが、祖父たちの宗派をよく知らないのですが(無知ですみません。)
私も特定の信仰があるわけではありません(ごめんなさい)
私は死について考えるようになり、世界の考え方を少し調べました。
メキシコの死者の考え方がとても素敵だなと思い、
お盆には変わらずお墓参りはしますが、
11月も、写真を飾り祭壇を作り、祖父を思い出したいなと思いました。

そしたら年に2回祖父に会えるのでしょうか。
やはり、海外の考え方は、意味がないでしょうか。

2020年1月28日 1:32

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

良いと思います

お悔やみを申し上げます。

 日本人はハロウィンをしてクリスマスをして、お寺で除夜の鐘をついて神社で初詣をしています。日本人の信仰はこんなに入り混じっているのに、まだらにならず、きれいに混ざりあい信仰されるのが良いところです。メキシコの「死者の日」をお祝いするのも良い事と思いますよ。ちなみに沖縄では二十四気の一つである「清明」(せいめい。沖縄では「シーミー」と読む)の日に、死者のお祭りをします。4月ですので、これもお祝いすれば、お盆と合わせて年に3回ですね。

2020年1月28日 7:32
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・曹洞宗/静岡県/40歳代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが...

ミルキーさんなりの御供養となれば、それでいいと思います

 メキシコでそういう行事があるんですね。

 私の寺の先代住職はブラジルで布教活動したことがあるので、ブラジルの日系人の方々とそこそこ交流があります。また、2回ほどブラジルに行ったことがあります。ブラジルでも11月2日を「死者の日」と言って、多くの人々がお墓参りに行きます。日系人の方々は「ブラジルのお盆」と言ってました。岡村淳さんというサンパウロ在住の映画監督が撮ったドキュメンタリー映画で「死者の日」の墓参風景を見たことがあります。夜に多くの人々が手にローソクを持ち行列する映像は、とても幻想的でした。

 光禅師が回答で沖縄のことに触れてましたが、沖縄では門中墓といって一族みんなが同じ墓地に入る場合が多く、洞窟のような墓地の前に一族集まり食事をし泡盛を酌み交わしカチャーシーを踊る。そういう墓参りが一般的なようです。秋田県でも、お墓の前に家族みんなで座り食事をすることが多いそうです。
 山形県庄内地方では、8月下旬に亡くなった先祖の霊を山に送る「モリ供養」という行事があります。いろんな地域でいろんな形で亡き人への供養が行われています。其々の行事、其々の参拝方法に相応の由来や意義があると思います。「みんな違って、みんないい」と思います。ミルキーさんにとって「メキシコの死者の日」が心に響くなら、それを取り入れてみることは大いに結構なことだと思います。

 多くのお寺で団参(団体参拝の略称)といって、宗派の本山やいろんな名刹を参拝する旅行を企画します。私の寺でも、何年に1回の割合で企画して参拝旅行に行きます。参加者への挨拶で「参拝旅行は一種の武者修行です。自分の見聞を広め自分の信仰を深める旅です。禅宗には歩歩是道場という言葉があります。我々の歩く一歩一歩の其の場所が修行道場である、という意味です。この旅の行く先行く先を修行道場として下さい。尚、皆さんにとっての一番の修行道場では、皆さんの菩提寺である〇〇寺です。そのことをお忘れ無く。」と申し上げております。

 いずれは、お祖父さまの菩提寺や宗派のこともしっかり学んでみましょう。

2020年1月28日 9:28
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「供養全般」問答一覧

直接知らない方のお位牌のご供養や保管

高齢の祖父と相談が難しいため、お力添えをお願い致します。 祖父には、昭和初期に亡くなった奥様がいらっしゃいます。奥様の故郷やご遺族の連絡先もわかりません。 複雑で、分かりづらい説明になることをご容赦ください。 先日引越しにあたり、その奥様(以下、先妻とします)のお位牌が出てきました。 私の母(祖父の後妻(私の祖母で既に亡くなっています)の娘)は、祖父方の親戚に辛くあたられていた過去があり、その中には先妻を理由とした苦しみもあったそうです。 ですので、母はあまりお位牌を手元に置きたくない(置いていても大切にできる気がしない)ということで、私の手元にやってきました。 先妻の方には息子(母の腹違いの兄)が一人いるそうですが、そちらも行方しれずで私も探すことができません。 機会があるとすれば、祖父が亡くなる時に戸籍等を辿って連絡できるかもしれない…程度ののぞみです。 そこで顔も知らない私ですが、若くして苦労なさり亡くなった先妻さまのお位牌を見ると不思議と涙が出て、大切に供養したいと思うのです。 当然ながら、先妻の息子さんが見つかればお渡ししようと思っております。 それまでの期間、私のような縁もゆかりも無い人間が仏壇もない自宅に安置してお位牌に手を合わせるのは良いことなのでしょうか。 もしかしたら先妻の息子さんもかなり苦労なさったそうなので断られるやもしれません。 そうなれば、どこかお寺さんに相談して供養をお願いしようと思います。 長くなりましたが、ご意見を頂きたいのは、これからの数年先妻さまのお位牌を私が預かって手を合わせることは良いことなのか。 それから最終的に、宗派もわからず檀家でもないお位牌をお寺さんに供養して頂くことができるのか、ということです。 非常にわかりづらい内容ですし私の独りよがりな考えです。 どのようなお叱りでも構いません。お坊様方のご意見をお願い致します。

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