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死にたいほど辞めたいのに

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有り難し有り難し 16

ずっと身の丈に合っていないなと思う職に就き、それでも自分なりに頑張っていました。

そんな中、同僚に人格から能力まで私の全てについて逃げ場のないような言葉の攻撃を受け、体調を崩して休職しました。

同僚は厳重注意処分を受けましたが、異動が難しい職場なので彼と離してもらえません。上司をはじめ周囲は面倒を避け、誰もサポートしてくれず孤立していきました。同僚の暴言からも立ち直れませんでした。どんどん心身が壊れていきました。

打つ手がないもどかしさもあるのでしょう、暗くなった私を疎ましいと思う人が増えていきました。出勤しても一言も誰とも口を聞かない日がほぼ毎日です。声をかけても露骨に無視する人もいます。

体調に配慮という名目で業務外しもされました。何年か頑張りましたが自分の存在の無意味さに絶望して死にたいと思うようになりました。何度も首を吊ったりベランダから飛び降りそうになったりしました。死なないために長期出張をもぎとり一息つきました。

でもあと少しで戻らなくてはなりません。ようやく「死にたい」から「生きている意味がわからない」まで、少しだけ回復したのに、あの職場に戻ったら1カ月ともたないのではと思います。  

思い余って、出張から戻る時は所属部署と物理的に離してほしいと上に頼みましたが回答がきません。
私の希死念慮のことは相談しています。死ぬために戻るような気持ちです。

死にたいほど辛いのなら辞めるべきと思いますが、特殊な職種で潰しがききません。スキルがなく心を病みその間に年齢も高くなった私に何ができるのかと考えたら、全く先が見えなくなりました。死にそうだから辞めたいのに、辞めたら生活の不安で死にたくなりそうです。

進む方向が定まらず、何を考えても破滅的な方向にしか思いが向きません。眼前の仕事に集中できず、更に自己嫌悪がひどくなります。

何もかもから逃げ出したい。永遠に逃げ出すのが一番良いように思われてしまいます。

どうしたら迷いを取り去り前に進むことができるでしょう。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたを救う一歩を踏み出す勇気を

ご相談拝読しました。

お辛い中でずっと頑張って来られたのですね。ちょっと休みましょうか。

辞めることから始めてみてもいいのではないかと思います。確かに生活の不安は大きいでしょう。それはわからないことからくる不安です。でも今のままではどうにも立ち行かなくなっていることはおわかりなのだと思います。

ならば勇気ある一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

それは必ず辞めなければならないという一歩ではありません。辞めようが辞めまいが、あなたがあなたを引き受ける一歩こそがあなたを救うのです。

>何もかもから逃げ出したい。永遠に逃げ出すのが一番良いように思われてしまいます。

心の栄養も体力もない今、置かれている環境から逃げることは選択としてあるでしょう。
しかし、どこに行こうともあなたがあなた自身であることからは逃げられない。

だからこそ、あなたがあなた自身を引き受ける一歩があなたを救う。

それはあなたの理想の自分を目指して努力するということではない、今そのままのあなたからでしか出発はないということ。
理想の自分に照らしてそうならない自分を責めるのでなく、今このままの自分を認める。どんなにダメで至らない自分であろうと、他に誰にも代わりの効かない唯一無二の存在である自分を尊ぶのです。

100万年続いた暗闇も光に照らされれば一瞬で晴れる。救われる時は一瞬です。

それはある日突然劇的にあなたの周りの環境があなたの理想通りになるというのではない。
光が闇を晴らしてもそこにあるものは変わらない。ただ見通しがよくなり自分が自分の立ち位置を掴めるのです。

光や闇はどこまでも譬えであって、あなた自身に起こる事実としては、自分の姿が明らかになり、その自分を引き受けて、目の前の状況に立ち向かっていく力を得るということ以外にはありません。

前に進むだけが救いではありません。進もうが戻ろうが、自分の姿が見えていないならば暗中模索です。

暗くたっていいじゃないか。何が悪いのか。

他人の言葉が私を傷つけるのか、他人の言葉に自分が思う事に自分が傷つくのか。傷つくとしたら自分は自分をどう捉えていたのか。

>何を考えても破滅的な方向にしか思いが向きません

という今、ちょっと立ち止まってみましょう。

あなたが今のあなたで悪いことなど全くない。悪いとしているのは一体誰なのか。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

答えづらい悩みへのご回答ありがとうございました。私は今の自分は甘えてきた結果なのだと思っています。それを認め、身の丈にあった暮らしに入れるよう動きたい。楽になりたい。でも現実を考えると動けません。お金はたくさん必要ではないかもしれませんが、仕事を辞めれば老後は生活保護になりかねません。そう考えて合わない所に留まり自分を痛めつける。それも結局は自分を引き受けていないということかもしれません。でも具体的にどうしたらいいかも闇の中、眠ろうとすると息苦しくなります。
与えていただいた回答はとても難しいです。でも向き合わねばならない課題なのでしょう。

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