転生?
投稿させていただいた質問に対する回答へのお礼に書かせていただいたのですが
私は動物との縁が深く
死んだ動物、傷ついた動物などのお世話をしたりしています。
動物は天国に行けるか?との質問に人間以外は極楽浄土へはいけないから転生するとのお答えをもらいました。
一年くらい前に突然見ず知らずの子供に抱きつかれて「ありがとう、やっと言えた」と言われました。会ったことがあるのかと聞くと「ずっと前に、ずっとずっと前に覚えてないけど覚えてるよ。」と言われて再び抱きしめられてから別れました。
また、ペットショップでオウムが逃げ出した瞬間に立ち会ってしまったんですけど、その時は肩に止まりながら繰り返し「アリガトーアリガトーアエタアエタ」と鳴かれ、店員さんも若い子で、来たばかりで言葉なんて教えてないのに不思議だと言っていました。
この子達は私が供養をしたり看取っていった動物たちの生まれ変わりなのでしょうか?
また、この子達のために神仏に祈ればこの子達は天国、極楽浄土に行けるのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
阿弥陀仏にお任せ
不思議な体験でしたね。
その子達はあなたが供養した子の生まれ変わりかもしれません。
または、あなたの前世がその子の前世と何か関わりがあったのかもしれません。
前世で友達だったとか、親子だったとか。
私は仏教なので、神様の事は詳しくはないのですが、阿弥陀仏の事なら回答出来ます。
あなたがその子達の為に阿弥陀仏にお願いすれば、阿弥陀仏はその子達の望みも聞いて、導いてくれるでしょう。
その子達達が極楽浄土を望めば極楽浄土へ、
あるいは、その子達がまた生まれ変わる事を望めば生まれ変わるように、阿弥陀仏は導いてくれるでしょう。
南無阿弥陀仏とお称えして、阿弥陀仏にお任せしましょう。
六道輪廻
不思議なご経験をされましたね。
涼穏さまが体験された出来事、それが過去世においてかかわりのあった動物なのかどうかはわかりません。
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上
お聞きになられたことがあるかも知れません。六道。生きとし生けるものはこの6つの世界を生まれ変わり死に変わりしている。
「人間以外は極楽浄土へは行けない」この考え方は私も同じです。
仏法に出遇うという事、仏法を聞くということ、仏教の教えを実践するということ、これが大切なことですから。
ただ、人間に生まれたから必ず極楽浄土に行けるかと聞かれるとこれも必ずしもそうではありません。まず最初に仏法に出遇わなければならないからです。地獄に行くか餓鬼道に行くか、わからないところではあります。
浄土真宗本願寺派のご門主は、『世のなか 安穏なれ』という著書の中で、
「動物が死後ただちに極楽浄土へ行けるかどうか、仏ではない私たち人間にはわかりませんが、生きとし生けるものを照らし、仏にしたいと願われている阿弥陀様ですから、人間とは別な手立てをご用意されていることでしょう」 (90頁)
と書かれています。はっきりお答えすることが難しいとも受け取れます。愛する動物の存在をこのようにしかお答えできないのは心苦しいのですが、私どもはこの仏さまの願いを聞かせていただき、今を生かさせていただいております。動物のおかげによって命について考えさせていただくご縁をいただくのも確かです。
「一切の有情はみなもつて世々生々の父母・兄弟なり。いづれもいづれも、この順次生に仏に成りてたすけ候ふべきなり。」(歎異抄5章)
浄土真宗の祖、親鸞聖人が生前に語られたといわれる言葉です。生きとしいけるものは皆兄弟であると。生まれ変わり死に変わりし、必ず人間に生まれ、仏法に出遇い、極楽浄土に生まれさせていただく。仏にならせていただくのだと。動物も人間も、死ねば別の命に生まれ変わる。それがまた動物なのか人間なのか、はたまた地獄なのか極楽なのか。
いずれにせよ阿弥陀如来の救いに遇わなければ生死を離れることもできず往生浄土もかないません。
※申し訳ありません。主に浄土真宗の視点からの回答となりました。
動物供養について
涼穏様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
動物たちとのご縁が深くおありであり、動物たちへの慈悲の思いをお持ちでいらっしゃいますこと、誠に尊いことでございます。
輪廻転生については、それぞれの心の連続体(心相続)における行いの集積となる業・カルマの因縁(原因や条件)次第となります。
私たちも、過去世より引き継いできている業・カルマの結果として、人として生まれたり、畜生として生まれたり、あるいは、餓鬼や地獄へと生まれたりとすることになります。
六道輪廻については、人間と畜生以外について、様々な議論がありますが、その心の連続体(心相続)の因縁による多様な迷い、苦しみの状態の代表的なものとして六つがあり(現に、人間としての心においても、餓鬼や地獄の苦しみ、あるいは天人の楽や苦しみを受けることがある)、またこれも因縁次第となりますが、物質的な何らかの形態をとる場合もあれば、微細な意識のみの存在(例えば、意成身)として、迷い、苦しみを受けるということも、もちろんあり得ると考えます。
そういった中において、過去世で、現在存在するものたちとも、何か関係があったということは、当然にあり得ると考えられます。
ですので、お話のようなこともなくはないと存じます。
いずれにしても、お互いにまだまだ迷い苦しみの輪廻にいることには変わらず、できれば、仏様とのご縁を頂戴致して、悟りへの道となる仏道を歩められるようにとして、ご供養や回向をしたりすることが大切となります。
拙生が動物供養において用いさせて頂いている回向文の中には、「(どうか、次には、)浄域(仏様の教えにあずかれる清らかな境涯(浄土や仏国土など)、あるいは、この現世のように仏様の教えがまだ残ってある世界)に生まれて、悟りへの道をのぼらしめたまわんことを」という一節がございます。
次こそは、このご供養、回向も機縁として、確かなる仏縁によりて、善き心の変容をなすことで、悟りへの道を歩める境涯へとなりますように、そして、やがては全ての迷い苦しむものたちが、悟りへの道を歩みて、悟りへと至れますようにとして、ご功徳を頂けましたら有り難いことであるかと存じます。
お優しい慈悲のお心、誠に尊く、有り難くに存じます。
川口英俊 合掌
質問者からのお礼
有難うございます、皆さんの回答を読んだら涙が出てしまいました。
仏様は人間しか救ってくれない、などと少し斜に考えてしまった時もありましたが今回のことでいずれどの子も救われるのだろうなぁと信じることが出来ました。
合掌