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母が亡くなり辛いです。

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昨年秋から闘病していた母が
1月に亡くなりました。
ご臨終に間に合い看護師さんから
「お疲れ様」と言われ、
これでやっと母は身体が楽になったという思いと、私も毎日面会に通い心身共に消耗していたので正直安堵の気持ちになりました。

その後葬儀の準備等いろいろ
忙しく悲しむ余裕もなく過ぎたのですが
亡くなって一ヶ月たち落ち着きを取り戻しつつある今、
急に寂しさと悲しさが押し寄せてきています。母がいなくなって話しが出来ない
ということがどうしようもなく辛いです。

生きる気力も湧かず
事故にでもあってあっという間にあの世に行けないかなぁとか毎日そんな事ばかり考えています。

よく、時間が経てば悲しみも癒やされると言われますが今の私にはそのような
言葉もしっくりきません。
なんとか頑張らなければと思いますが
一日一日を消化するのでいっぱいいっぱいです。

この先どのように生きて行けば
いいのでしょうか。
アドバイスいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

2016年2月18日 13:37

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

卒哭忌とは、感情に溺れることから卒業すること

  6年前の11月に私の父親は亡くなりました。その4か月後、母親が亡くなりました。実家を離れていたので、入院中なるべくお見舞いに行くように努めましたが、自分の寺の住職としての仕事がありましたので、あまり見舞いに行けませんでした。止むを得ないこととは言え、申し訳なく思っております。
  
  葬式後、「亡くなった両親が喜んでくれるような生き方をしよう。」「亡くなった両親が安心してくれるような生き方をしよう。」という気持ちで、日々精進しなければ、という気持ちでおります。但し、その気持ちの通り100%実行できているかと言うと、残念な結果で終わっているというしかありません。というように、あまり偉そうなことを言える立場ではありませんが、敢えて私がアドバイスを申し上げるとしたら、「お母様の御恩と思い出を大事に、一生懸命生きていきましょう。」この言葉に尽きます。
 
 人間ですから、いろいろと迷いが生じます。後悔したくなるのは、みんな同じです。愚痴を言いたくなることも有ります。泣きたくなることも有ります。しばらくは、そういう日々が続くのもやむを得ないでしょう。

 もう四十九日は終わったと思います。四月になれば、百箇日を迎えますね。百箇日のことを正式には、卒哭忌(そっこうき)と言います。哭とは「泣く」と言う意味の言葉です。一般には「泣くことを卒業する日、泣くことをやめましょう。」と説明する場合が多いようですが、私はちょっと違う解釈をしております。

  百日過ぎても、十年過ぎても、五十年過ぎても、亡き人を偲んで泣いて構いません。但し、泣きっぱなしジャまずいです。お母様も自分の死を悼んで泣いてくれることに感謝していると思います。でも、泣きっぱなしでは、今度はあなたのことを心配し、お母様が悲しんでしまうと思います。何年過ぎたって泣いていいんです。でも、後の時間は涙を堪えて日々の生活で自分のやるべきことを一生懸命に努める。その姿をお母様に見せていくことが、あなたの大事な仕事だと思います。泣く事も大事です。でも、感情に溺れすぎちゃだめですよ。
  お母様は亡くなられて、仏様の世界に行かれました。。あなたが前を向き、今を一生懸命生きていれば、「善哉、善哉。」と褒めてくれます。あなたが頑張って生きる姿を見守っていてくれますよ。

2016年2月19日 0:31
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おきもち

預かっているのです

今晩は。夜分遅くに申し訳ございません。松阪市養泉寺 釜田隆介ともうします。
ご質問読ませて頂きました。文面からみかん様のお母様を思われるお気持ち大変伝わりました。
お母様が亡くなられた時、みかん様は「これで母もやっと身体が楽になった。」と思われたようですが、実はお釈迦様も死は決して恐怖なのではなく、それは生老病死という苦しみの基盤である身体、もしくは迷いの根源でもある身体から解き放たれることと受け止めておいでです。
お母様も今はきっと、御釈迦様の仰られるように生前中受けたあらゆる苦から脱して安らかに黄泉へと赴かれていらっしゃるのでしょう…。
お母様のご冥福を心よりお祈りいたします。私達人間は、大切な人を失ってしまった時に悲しみから中々立ち直れなかったり、生きている意味さえも見失なってしまうことがあります。又、みかん様の様に「事故にでもあって、あの世にいってしまいたい。」と死を考えられる方も中にはいらっしゃると思います。しかし、みかん様もそうですしそう言った考えを持たれた方は恐らく、「今自分の持っているこの命は自分だけのものだ。」という思い込み、錯覚によって死にたい気持ちが煙の如くモクモクと身体から湧き出て来ているのです。
この自分のものと思っている命は仏教では仏さんからの預かり物と言われています。今ある、みかん様の命、一人の人間として存在出来ていること、それは紛れもなくみかん様のご両親、更には無数のご先祖様方がみかん様に至るまで命の受け渡しを途切れさせることなく繋いでくださったからこそ今があるのです。ご先祖様から受け取ったこの命は、いつか又仏さんにお返しする時がやってくるのです。その時まで「命ある限り、しっかり生きて行く。」それが遺されたみかん様の使命でもあるのです。人生は晴れよりも曇りや雨が多いです。楽しく幸せな時よりも苦しい、辛い、悲しい時が多いです。みかん様は今とても苦しいです、辛いです。それならその苦しみを懸命に味わってください。その辛さに出来るだけ寄り添ってみてください。そうすることで新たな気づきを発見できるはずです。今生かされておる命への感謝であったり、家族、知人友人への思いやりだったり、色々な気づきを少しずつ見つけては拾い上げ、みかん様がゆっくりでも前進されることをお祈り致します。命をお返しする日まで日々を大切にお過ごしください。釜田隆介 合掌

2016年2月19日 3:27
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おきもち

少しでも皆様のお気持ちに心を寄せて行けたらと思っています、どうぞ宜しくお願...

みな自らをかけて

こんにちは。お話拝読しました。心中をお書きいただけた事、誠に容易ならぬ事と思い有難く、心中お察しします。
我が母も最近老いが目立ち、「いづれは、そういう日が来るのだな」という事を、ぼんやりと感じております。寂しいです。
先般のご質問も読ませていただきました。その中のお返事にも書かれておりましたが、まさに私たちは命がけで、周りの人たちに教えているのです、「命とは、こういうものだ」と。今あなたの感じている事もまた、命の姿の一つ。「母を失うとは、こういう事なのだ」を、お母様から教わりつつ、誰かに伝えているのです、少なくとも私に。
願わくば、自らも同じ世に命を持つ者として、その大切さをしっかりと抱きしめて生きて頂きたいと思います。
お名前も存じませんが、明日の朝のお勤めで、お祈りさせていただきます。

2016年2月18日 17:30
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊...

質問者からのお礼

佐藤良文様
御回答いただきありがとうございます。
母は最期まで必死に頑張って病と闘い
満身創痍で私に生きること、死ぬことを
伝えてくれたんですね。
母には「よく頑張ったね、ありがとう」と伝えたいです。
そして母が教えてくれた命の大切さを
しっかりと胸に抱き生きていきたいです。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

祖父の死を受け入れる覚悟ができません

初めて質問させていただきます。 拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。 現在唯一存命の祖父が長くないと言われました。 最初にその話を聞いたのは3年前のちょうど今頃の時期でした。 当時、祖母が亡くなって2年。一人暮らしを始め、なかなかうまくいって楽しい生活を送っていると聞いていました。 そんな祖父も寄る年波には勝てずそれほど難しくなかったのですが心臓の手術をすることとなり。そしてわずかな確率で併発すると言われていた脳梗塞を発症しました。 あれから3年。 病状も徐々に回復し、リハビリを頑張りそれでも麻痺は残ったため 1人で生活はできなくなってしまいましたが、施設に入り それなりに楽しく生活していました。 しかし先月再度脳梗塞を発症し、今度こそ寝たきりになってしまいました。 そして2週間前。 母からもう余命3ヶ月と伝えられました。 でももしもう一度脳梗塞を発症したらそれより短くなってしまうこともあると言われました。 私は頭が真っ白になり久しぶりに大声で泣きました。 そして私は今祖父母の家にいます。 両親に生後半年の息子を預かってもらって1人で来ました。 幼い頃から休みになるとよく来て遊んだ思い出がたくさんあるこの家に。 寂しくて、悲しくて着いてからずっと涙が止まりません。 祖母の仏壇の前で連れて行かないでくれと泣き、ふとした瞬間に様々な思い出が蘇ってはまた涙しの繰り返しです。 まだ祖父には会えていません。 明日病院にお見舞いに行く予定ですが感情を抑えられる自信がありません。 でも今回の面会が最後になるのは確実です。 後悔がないように、そして最後は笑顔で。 そう考える度に終わりが近いんだと思い知らされまた涙が止まりません。 幼い頃から私達姉弟を文字通り溺愛して1番可愛がってくれた祖父。 大人になってからも会いに行けば昔と変わらず可愛がってくれる祖父でした。 私の結婚も心の底から喜んでくれ、息子の写真も施設の部屋に飾ってくれて。 お盆になったら息子を連れて会いに行こうと話していた矢先の余命宣告でした。 人はいつか亡くなるって分かっていても。 でもその覚悟と気持ちの整理ができません。 どうしたら良いのでしょうか。

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仕事と父の死について

いつもお世話になっております。 突然ですが、先月の20日に医療過誤で父が他界しました。 それから1週間仕事をお休みを頂いて、今月から復帰しました。 新人という事もあり、仕事も覚えられていない中で1週間のブランクは大きく、失敗ばかりで先輩に呆れられてしまいました。 父の死に目にも立ち会えなかった事、生前父に恩返しの1つも出来なかった事、それら全てを見たくないと逃げるように仕事に行きましたが、仕事は失敗ばかり。家に帰れば父の姿はなく、現実が襲ってきて、帰って来るなり泣きながらシャワーを浴びて寝るという日々を過ごしてます。 会社の先輩には、もう少しお休み頂いても良かったんじゃない?と温かいお言葉を頂きましたが、社会人なのにいつまでも悲しみに暮れて仕事が出来ません。なんて言い訳が通用する訳もなく、殆ど気力で仕事をしてました。 けど気力でなんとかなるほど仕事は甘くなく、失敗ばかりして先輩には迷惑ばかり掛けてしまってます。 失敗すると自己嫌悪で半日は引きずるタイプで、泣き虫なのに泣いたら先輩に迷惑だと涙を堪えて、家に帰れば現実を受け入れられず泣いて。 会社の先輩方はいい人達ばかりで、父の死の事には触れず、仕事だけをきちんと向き合ってくれます。 それなのに私は、仕事は身が入ってない、覚えは悪い、失敗すると自己嫌悪オーラを放つ、キツく言うと泣く…… こんな自分が心底嫌で仕方ないです。 まだ四十九も新盆もあるのに、こんな 調子で母を支えられるのか不安です。 母は自分の心配だけしてればいいから!と言われましたが、頼りない姉のせいで私がしっかりしないといけないので、仕事中もこれからの事を考えて不安になってしまいます。 こんな負のループで何事も上手く行きません。 どうかこれからの事ご教示いただけないでしょうか。

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回答数回答 1

恩師の死から現実が混乱する

こちらで恩師の死について何度も質問させて頂きましたが、相変わらず受け入れられない日々が続き一年以上たちました。でも一瞬、失った悲しみを感じることがあり急に号泣したり名前を呼んだりしてしまいます。でもまたすぐに理解できず、何事もなく普通に戻ります。自分では意識していないのにとうとう体の不調も出てきました。離人感に襲われたり、急に不安になったり、自分がもう一人いるような感覚になり、おかしくなりそうな自分を必死に閉じ込めるような感覚です。きっと内科的には異常はなさそうで、心療内科へ行くべきですが、行きたくありません。薬漬けにされたくもないです。 私は病んだり恩師の死にストレスを感じている意識はありません。でも、受け入れられず、理解もできず。。なのに恩師に会えない。一年も会ってないなんて不思議なあり得ない感覚です。 私自身とても戸惑っています。恩師と一緒に仕事していた頃の元気でパワフルな姿と、病気で痩せ細り変わりゆく姿も、同一人物とは思えず今も元気でいるような感覚もするし、でも病気になって亡くなった現実もたまに感じるし、自分でも混乱中です。あまりにも衝撃的な出来事だったのだと感じます。ゆっくり何年もかけて咀嚼しながら受け入れていくつもりでしたが、時間が経てば経つほど、自分の中で分離していくというか。元気な恩師がいる世界と、亡くなってこの世にいない世界を私が行き来しているような感じです。そのため、今が何曜日なのか今の季節が夏なのか冬なのかも分からなくなってしまうことがあります。恩師の死だけでなく、現実そのものが狂っていくような、ずれていくような。。 今いるこの世界も現実も、夢のような気がします。かといって、毎日泣いたり病んだりしていません。普通に過ごしています。体の不調や離人感を除けばいたって普通です。たまに混乱することがありますが、気持ちは消して病んではいません。専門家にかかるのが1番なのはわかっています。きっとそれが1番だと思います。でもその前に、ここで聞いてもらいたくて。私の心や体の不調はお医者様に任せようと思います。でも、また違った目線で私と恩師のことを見てくださいませんか、、

有り難し有り難し 19
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心が苦しくて苦しくて

長分ですが、経緯をお話します 先月前夫が突然亡くなりました。 大動脈解離でした。 私と子供達が骨を拾いました。 昔から嘘ばかりをついて、お金でも、ものすごく苦労させられました。が、楽しい事もあったりで憎みきれず、生活を立て直す為5年間別々に暮らしましたが、孫の世話の為、近々また家族一緒に暮らすよう家の購入準備していました。 今だに嘘ばかりで亡くなってからわかりましたが、今年に入ってから仕事を辞め、働いているふりをしていました。さみしかったのか半同棲の女もいました。その女が倒れていたのに救急車を直ぐに呼ばなかった為手遅れで、私達は最期に間に合いませんでした。 私には「家族と一緒に暮らしたい」と言って家族で住む家を一緒に見に行ったりしていたのに、裏切られたようで。 私も強がって「一緒に暮らすまでは」と思い優しくしなかったし、頻繁に会わなかったし。 私がもっと早く家を決めて一緒に暮らしていたら、例え倒れても直ぐに病院に運んで半身マヒでも生きていただろうと自分を責める事しか出来なくて。 何が本当で何が嘘なのか、もう本心を聞く事も出来なくて、心にポッカリ穴が空いたようで、ただただ、さみしくて会いたくて、会って本心を聞きたくて。 四十九日までは愛する人の傍にいると聞きましたが、どっちにいるのかわからないし。さみしくて悲しくて。そんな事ばかり考えてて心が悲鳴をあげて心います。 助けて下さい。

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回答数回答 1

最愛の父の死が辛いです。

初めて質問させていただきます。 よろしくお願い致します。 五日前に父が他界しました。 元々肺気腫で通院していたのですが、日常生活に問題なく、いつも愉快で楽しくて明るい父でした。家族みんな本当に仲良しでした。 それが、私が引いた風邪を拾ってしまい、高熱を発し……救急車を呼んで即入院。 たった4日で眠るように逝ってしまいました。 指定難病を持っている母には父の死が耐えきれず体調をガタガタと崩したため、親戚の助けを借りながら通夜や葬儀は私が全て取り仕切り、骨上げまで必死に頑張りました。 父は母を本当に大事にしていて、母を守るのを生きがいにしていた人です。 そんな人がいなくなり、母は日に日に気持ちが弱っていっています。 私も最愛の父の死を受け止められず、弱っている母の前で号泣してしまったり、母を守りきることが出来ません。 もし風邪を移さなかったら? 父が風邪を引いた時すぐに病院に連れて行っていたら? 24時間父に寄り添っていたら? 後悔と罪悪感で押し潰されそうです。 母の前でも、街の中でも、気がつけば父を呼び、涙が溢れてしまいます。 ふとした拍子に胸から痛みが駆け抜けます。 このままでは母にさらに負担をかけてしまいます。 でも父に会いたい・父の死が辛いんです。どうしても表に出てしまう。 私は父の死を乗り越え、母を守りきることができるでしょうか? すごく辛くて、苦しくて寂しいです。 どうすれば母を元気づけてあげられるでしょうか? 父に会いたい。 風邪を移してしまったのを謝りたい。 最愛で最強のお父ちゃんだったと伝えたい。 苦しくて苦しくて……。

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