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月命日に来られるお坊様。

回答数回答 3
有り難し有り難し 48

4年前 大学卒業間近の息子を事故で亡くしました。あまりにも突然の死を受け入れ事は出来ず、未だに涙する日々ですが、毎朝、お仏壇にお花、ご飯、コーヒーをお供えしお線香を上げて、「我が家に生まれてきてくれてありがとう。亅と語りかけています。友達も多かったので
帰省の折には、必ず我が家にお参りに来て下さり、お線香を上げ息子を偲び、私の体調を心配してくれます。
優しいお友達に恵まれて、本当に幸せな21年間だったのだなあと思います。

 

お坊様にお聞きしたい事は、月命日に
来て下さるお坊様が、お供えしてある
お土産や本、手紙などを、当たり前のように、手に取って、中をみたり読んだりされるのが嫌で、辞めて頂きたいという相談です。
お茶を出すために、席を外し戻ってきたら、遺品の財布を開けられている事もありました。お坊様だから勝手に触る権利はないですよね。その方個人のモラルだと思うのですが、お坊様が来られる日は、お仏壇の周りには、何も置かないようにしています。

 
ところが、先日お茶を持って部屋に戻ってきたら、息子のパスポートを見ながら
「あちこちの国に行かれたのですね。」
とー
床の間の端に置いてあったパスポートや
本を離れている場所から持ってきたようで、パラパラめくっている所でした。
悪意はなく、ただ興味本位でされている様ですが、不快でたまりません。
実はお経を上げている時も、珍しいものがないかと、首がぐるぐる回ってあちこち見ているのが、後ろに座っていてもわかります。世間話でも、自分の息子の話をされているので、配慮のない方だなと悲しくなります。
主人の家が長くお世話になっているお寺ですが、月命日の日が本当に憂鬱です。
主人は、私以上に悲しみの底にいて
未だに、お墓にも行けず、お仏壇にもお線香を上げる事はできない状態ですので、相談もできません。
私が、神経質なのでしょうか?
出来れば、月命日に来られる方も、他のお坊様に変えて頂きたく思っています。
どうか、良いアドバイスをお願いします。
長文読んで頂き、ありがとうございました。

2020年3月9日 13:13

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お断りしていいですよ。

かなり常識のないお坊さんですね。
私が施主であれば、月回向を断ります。
イルさんにしてみれば、断ることが大変な罪のような感じられるかもしれませんが、息子さんからみれば、お母さんが毎回、苦しい悲しい思いをしていることの方が、いたたまれないと思います。そこまでしてお経をあげて欲しくはないと思っています。
なぜなら、皆さんが心地よくお経なり法要を営んで頂くところに、そこが浄土であり天国です。それを嫌な気分にさせたりするのは地獄、餓鬼、畜生界の様相です。

いかに、供養される方々が心地よく、お参りできる環境(お坊さんの容姿から、お経の声も含め)の快適さを提供するのもプロのお坊さんと思っています。
まずは、丁重に月回向をお断りしてもいいと思います。
そういう方に限り、皆さんを不安にさせるような言葉を言うかもしれません。そうであれば、本当にプロとして恥ずかしいかぎりです。

2020年3月9日 14:33
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有り難し
おきもち

日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...

私も同じく同感です。

初めまして、今日は。

私も、30歳初めに病気により妻を見取りました。その後にご縁があった方を東日本大震災で失いました。

何年と月日が過ぎましたが、その日が訪れると・・心が今でも切なくなります。それだけ・・存在が大きく愛おしい人の死とは人生を左右されるほど大きな出来事であり経験した人ではないと理解出来ない事だと私は思って、同じ体験をされた方々の心と寄り添わせて頂いております。

お坊さんだけでなく・・大切な家族や人の物を勝手に手を取ったり・・見られるのは私でもご遠慮して頂きたいと思います。そして、絶対にそのような事をするのは言語道断です。土足で人の思い出の中に無理やり入り込む事と一緒です。命の時間を過ごし、心と身体の傷を取り戻そうとしている中で傷口に塩を塗るような出来事に私も悲しくなります・・。

ご供養とは、立派にお金をかけることではありません。例え下手なお経でも純粋にその方を想う祈りなのです。

せっかくのご供養がこれでは・・

菩提寺のご住職さまに、きちんとご説明をされて他の方に代わって頂く事などをお願いする事をお考えになってはどうでしょうか?ご供養をお願いして心そこにあらずではご先祖さまや息子様も悲しんでしまいます。

今はしっかりと、命の時間を大切にされて・・ご両親さまと息子様がそれぞれ、もう大丈夫と思った時に、それぞれが新たなストーリーを歩み始めます。今は悲しんで共感していても、ゆっくりと笑顔になってください。私たちが悲しんで下を向いて日々を過ごす事を望んではいません。笑顔で過ごす事が、ご供養だとも思います。お仏壇は彼岸(あの世)と此岸(この世)を繋ぐ電話だと思っています。祈る姿を、ご先祖さまや息子さまも隣に現れて・・微笑んで応えてくれます。

苦しみ、辛さ、しがらみ・・全てから解き放たれ、新たなストーリーを歩み出そうと準備をしています。辛い事も、思う気持ちも十分に体験をした私には理解出来ます。愛おしい息子様を思うからこそ・・笑顔と心を焦らずに取り戻して、新たなストーリーを描き歩み出す後押しをして上げてください。私たちもいつか彼岸にたどり着きます。その時に想い出のアルバムを開き抱きしめ語って上げてください。私もその日の為に、この瞬間を生きています。

息子様に、心から南無大師遍照金剛

合掌 礼拝

2020年3月9日 13:58
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有り難し
おきもち

永寛
皆様、初めまして。ストレスの多い現代・・お寺とはご葬儀や法事のみではなく、...

こんにちは。
 大切に育てたお子様が、そのような形で亡くなってしまったとは、さぞかしおつらかったでしょう。お悔やみを申し上げます。

 最近は、お通夜やお葬式の際に、故人の遺品を展示して、それを見ながら故人を思うような事が行われます。
 私の寺では月参りの風習がないので、檀家さんのお宅に伺うのはお盆の時だけですが、やはりお部屋に故人を偲ばせるものがあったり、おうちの方の趣味で集めたり作ったりしたものがあったら、お話を聞かせていただいたりします。お経だけで全く会話がないのでは、お坊さんとしてさびしいかなとも思います。そのお坊さまもあなたと一緒に故人を偲びたいお気持ちでそのような事をしているのかもしれません。
 一方で、声もかけずに勝手に家のものを触るのはあまり良くないな、とも思いました。

 4年間ずっとそのような事があったようなので、今さら「触らないで」とは言いにくいでしょう。また「お坊さんを替えてください」とも言いにくいでしょう。方法としては、お断りできるものなら、「もう4年も経ちましたので月参りは終わりにしてください」などと月参り自体をお断りしてしまうか、または触って欲しくないものは、仏壇の部屋に置かないようにする、という方法もあると思いました。

2020年3月9日 18:46
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有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/40歳代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが...

質問者からのお礼

(編集部より。公開の場所のためお名前は非表示にしました。)

早速の回答、驚きと感謝です。
ありがとうございます。
文を打つのに時間我かかり、
上手く伝える事が、できませんが
後日また送らせて頂きます。
1番の供養は、笑顔で過ごす事ですね。

はい、頑張ります。 
この事は、きちんと住職さまに相談いたします。
息子にも、温かい言葉ありがとうございました。感謝いたします。

          

「お寺とのトラブル・嫌なできごと」問答一覧

納経所にいるお坊さん

皆様がこの不安な世の中を生きるために苦しい胸の内をご相談されているなか、このような質問をするのは忍びないですが、是非ともお教え願いたいです。     最近、神社やお寺をお参りしていて、四国に住んでいるのもあり、四国霊場のお寺を順番は関係ないですが行ける時に行ける範囲の所へ足を運んでいます。       昨日、子供たちを旦那が見ていてくれるというので、少し距離はありましたが香川のお寺にお参りにいきました。 14時を少し過ぎて到着し、御朱印帳を用意して納経所へ行ったのですが誰もいらっしゃらず、インターホンがあったので鳴らしました。 次にお寺に行った時はお線香をあげさせてもらいたいな、と思っていたので、初めてだし質問してみようかなとワクワクしながら待っていました。 すると別の建物から若め?のお坊さんが出てきてくれたのですが、あからさまにめんどくさそうな顔をされ、会釈をしても、お願いしますと声に出して言ってみても無視され、御朱印帳もぱっと取られ、お釣りの小銭も御朱印帳の上に置いて返されました。 お礼はなんとか言えたのですが、内心すごくショックで、お線香のことも聞くに聞けずでした。 自分なりに大事にしている御朱印帳なので、小銭置きにされたのは正直腹が立ちましたし、それなりの時間をかけて子供たちも旦那に預けてお参りに行っていたので本当に残念でなりませんでした。       しかし家に帰る途中、ひょっとすると神社とお寺の御朱印を一緒にしていたのがいけなかったのかな、それとも緊急事態宣言が解除されたとはいえ、このご時世の中来ないでほしかったのかな、と頭によぎりました。     今まで行ったお寺では、特に何を言われるでもなく、ようお参りくださいました、とまで言ってくれる方もいたので、謎です。   もしかして、14時くらいからお坊さんのお昼ご飯は始まるのでしょうか。   なにか私に悪いところがあれば、納得もいきますので、どうかお教え頂きたいです。

有り難し有り難し 12
回答数回答 2

小さな冤罪

彼岸会に参らせて頂き、別院で2時間程の行事に参加した後の事です。 本殿(観光地となっています)前の野外で親子で順に1人づつお線香に火をつけていた時、本殿の奥から 「あんたお金払わないといかんよ」と怒鳴られました。あぁ、間違いかな と思い「払いましたよ」と応じたところ 「ずっと見ていたから払っていないの分かるよ」「悪い事はしたらいかん」「この人が払ったよ、見とった あんたは払っていない」 と、こちらが いついつこういう形で払ったという度に表に出てくる事なく中から大声でおっしゃるので、本殿の中に入りお参りするのも悲しく辛い状況になりました。 「この人が払ったのは見た」という、この人とは私の家族です。家族でひとりだけお線香代をくすねる訳無いと思うのですが。 お線香代は、良心販売方式で箱に100円入れる様になっていて本殿中からは3M以上離れています。 同行していた幼い子がお中日のお線香初体験を楽しんでいましたので、この子に気持ちが落ち込んだ事が伝わってはいけないと思い本殿にすすみ手を合わせましたが、疑いをかけた人物は不審な者を追うような目で睨みを利かせていて怖かったです。 まだ昨日の事なので、幼い頃から親しんだお寺に怖い印象が湧いてしまいそれが悲しく辛いです。どの様な心持ちで思い直せば良いのでしょうか?

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

お通夜での出来事が許せません

先日、父が亡くなり親族葬を行いました。 突然の死でしたので残された家族と共にバタバタしながらも、父や列席していただいた方々に失礼のないよう努めてまいったつもりです。 そんな中、お通夜のお焼香の時に一人ずつ順番に出て行ったところ、お坊さんのお経の方が早く終わってしまい席を立たれてしまいました。さすがに退場されることはありませんでしたが、その時にお坊さんが「もっと早く出てこなあかん!お焼香は喋るとこちゃうよ!」とお怒りになられました。 喋るというのは恐らく、親族の方々が順番が来て前後の方と「どうぞ」「ありがとうございます」とやり取りされてたことだと思います(狭い会場でしたがそれ以外に会話は聞こえませんでした)。 たしかにお焼香は一人ずつ席を立たず前の方の後ろに並んで途切れることなくすべきだったのかもしれません。お葬式に不慣れとは言え、お坊さんにとっては無作法で失礼に値することだったのかと反省するところはあります。 しかしながらお通夜にも関わらず高齢の親族へ声を荒げられたお坊さんに対し、憤りを感じてしまったのも事実です。 故人である父はこういう場面だと「皆さん足元気ぃ付けておいでください。」と親族を気遣うような人です。その父に背を向け親族を怒ったことが許せませんし、父の通夜を、列席していただいた皆様の思いを侮辱されたような気分です。 何より喪主である母が「こんなことになってお父さんに申し訳ない」と落ち込んでいるのが辛いです。 いまだに気にしてしまっていること自体、父に失礼なような気もしますし、それよりも父を思う気持ちが大事だということは分かってはいますが、この出来事がなかなか頭から離れません。 我が家はお坊さんのお寺の檀家で、これまでも長く付き合いがあり、これからも顔を合わせることはあると思います。 どうやったら落ち込む母を励まし、またこの出来事を乗り越えて、今後もお坊さんとわだかまりなく付き合えるのでしょうか。

有り難し有り難し 34
回答数回答 3

法要時、肝心な箇所を間違われたら?

初めて相談をさせて頂きます。宜しくお願いいたします。 先日親戚の四十九日法要と納骨がありましたが、その際に僧侶の方が「参列者の名前を間違えて唱える」という場面がありました。 ※卒塔婆を立てる参列者の名前を読み上げていったのですが、私の家族全員が「名字」を誤って読まれました。 ※私の名字は、故人が生前 結婚する前まで名乗っていた旧姓でもあります。また故人は生前私達の家に対して大きな愛情を持って接して下さいました。 ※墓所と法要を行ったのは葬儀会社が運営する霊園です(今回の僧侶の方は霊園職員の方が手配。霊園と提携するお寺のようです) 亡くなる直前まで私達の家族を愛して下さった親戚。私の家族もまた故人を愛していましたし深く感謝しています。だからこそ今回「名前を間違われた」事は悔しく感じました。 法要後、思わず僧侶の方に『恐れ入りますが名前を間違われて読み上げられました。▲▲(間違った名字)ではなく、●●(正しい名字)です』と申し出てしまいました。 しかし僧侶の方は「じゃあ墓前納骨時に言い直しますから」という『軽くあしらわれた』と感じる言動を取られました。これには参列者一同唖然となりました。 今日の為に必死に準備をしてきた施主や関係者全員、そして私の家を心から愛してくれた故人の事を思うと…あの言動は非常にショッキングでした。 納骨時には正しい名字で言い直してお経を上げて下さいましたが、参列者全員わだかまりが残ってしまい非常に残念です。 実は前回、祖母の回忌法要においても同様の事件がありました(回忌数を間違われて読み上げられた) 連続して類似問題が起こり、悲しさと憤りを抱いてしまいました。 霊園職員の方には「2度連続で誤って進行された」と抗議したので次回以降はこのような事がないよう願うばかりです。 さて、このような事態を経験してしまったのでお伺いしたいのですが、法事の席で僧侶の方が名前や回忌数など「参列者にとっての重要点」を誤って進行する事はあり得る事なのでしょうか? またこのような誤りがあった場合、参列者はどのような対応を行うのがベストですか? そして…故人に対する供養はどうすれば良いでしょうか?今回はモヤモヤが残るような法要となってしまい…故人に申し訳ない思いがあります。 稚拙な文章で恐れ入りますが、お知恵を拝借願えますと幸いです。宜しくお願いいたします。

有り難し有り難し 21
回答数回答 1

菩提寺に不信感。寄付って何?

私には先祖代々の菩提寺があり、いつかそれを継いで行くんだなと漠然とした想いがありました。 でも最近の菩提寺のやり方?経営に疑問を持つようになりました。 事の発端は住職さんが代わってからお盆の供養で自宅に住職さんが来て私達に話したことから始まります。 その時は祖父から孫の代までみんな集まり住職さんにご先祖様達を供養して頂きました。 供養が終わり、ありがたいお話を頂けるのかと思ったらなぜが、ずっと本堂以外にある小さな観音堂の建て替えをするための寄付金が足りないと言う話をされ続けました。 私は目が点になりました。 供養の場でそんな寄付金の話ばかりされるとも思わなかったですし、ここ数年で、永代供養用のとても大きく豪華な大仏や建物が建てられたり、お寺の中やお墓が整備されていたからです。 その時は寄付金を集めたりはしていませんでした。 それなのになぜそれだけ多くの事にお金を使っておきながら、わざわざ寄付金を集めて観音堂を建て直さなければならないのか。 それならあと数年まって、年会費を貯めて建て直したり、あんな豪華な永代供養大仏を建てるならそこの費用を削って観音堂にまわすなど出来たと思うのです。 あまりの経営の雑さ、そして寄付金が一口〇万円以上でないといけない、観音堂を建て直すにあたり観音堂(本堂以外とは言っても人が10人は入れる大きさです。)をあけてみたらお飾りもボロボロになっていたので全て新しくしようと思うなど、普通、寄付なら1円からでも寄付であってその人の心なのに、仏に使える人が〇万円以上でないと寄付金でないと言ったり、普通時々でも観音堂の仏様にお経をあげていたり、掃除していたりしたら前々から少しずつ修理したり出来たと思うし、本堂がものすごい豪華なので、そこの費用を抑えて観音堂にまわせたりもすると思うのです。 こうゆうやり方や、はお寺としては普通なのでしょうか? なんだか檀家を都合の良いATMのように見てるとしか思えなくなってしまいます、、

有り難し有り難し 36
回答数回答 2

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