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父にどう言うべきか迷っています。

回答数回答 3
有り難し有り難し 26

お世話になります。ここのです。

今日の朝早く、父方の祖母が亡くなったという連絡が入りました。
本当に突然のことだったので私も驚いています。悲しいです。
明日が通夜、明後日が葬式の予定なのですが、父には祖母が亡くなったことを伝えていません。

現在父は脳幹梗塞を再発しほぼ寝たきりの状態になってきます。(短時間の軽いリハビリ程度ならできます。)
人工呼吸器を取り付けられ、声も出ない状態です。
私たち家族もも毎日看護のために父の入院している病院に通っています。

8月の終わりごろ、はじめて脳幹梗塞を発症した時は治療もリハビリも順調に行き、祖母には自分が梗塞をおこしたことを伝えてませんでした。
また、3月の彼岸には実家に帰ることも約束もしていました。

しかし1月半ばに入院先で脳幹梗塞を再発し、一時は呼吸も停止し危篤状態になってしまいました。
集中治療室にも20日間おり、危険な状態でした。

ですが、その時も父は祖母に自分が病気だということを言わないでほしいと私たちに頼んだので、その通りに祖母には何も言いませんでした。
自分が元気になったら、その時また元気な姿で祖母に会おうと思ったのだろうと思います。

しかし昨日の夜、祖母が亡くなりました。

今まで、祖母に元気な姿を見せるためだけに入院生活もリハビリも頑張ってきた父には受け止められない出来事だと思います。

親戚や家族は祖母が亡くなったことはを父には言わず、父が元気になるまで秘密にしようと言っています。

ですが自分の母親が亡くなったことを知らされず残りの人生を父が過ごすのも、私たちがこの事実を隠しながら生きていくのも本当に苦しいです。
しかし、いま父にこの事実を仮に言ったところでほぼ寝たきり状態のため、父は祖母の葬式にも出席できない状態でいます。
その状態の父を考えるとただ、その事実を知って苦しむよりはこのまま言わない方が良いのだろうか、とも思います。

本当であれば2度目の梗塞をおこした時点で祖母に伝えるべきだったのだろうな、ととても後悔しています。

私たちの考え方や行動はとても間違ったことだと思います。
しかし父の今までの闘病生活を考えると、とても言い出せません。

私はこれからどう生きていけば良いのでしょうか。
アドバイスをくださるとうれしいです。

乱文失礼しました。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

母親の子でない人などいないのだから。

返信が遅くなり申し訳ありません。
私であれば、病気であろうが何だろうが母の葬儀には全力で参列します。人の子であれば、母の子たるものであればだれであってもどのような状況であってもそうするべきです。
そしてお母さんのお葬儀は一生に一度っきりです。
人が亡くなって苦しいことは真実ですが、苦しいことばかりで終わらせるべき事ではありません。苦しいままで終わらせなくするための法要が葬儀でもあるわけですから。
今は伝えるべきではあるべきかどうかは、医師にその判断をゆだねるべきでしょう。
ずっと黙っていれば、それはそれでショックを受ける可能性もあります。
それは、あなたの家の長的立場の人と、医師とでこの事を含めて良く話し合うべきことです。
◎人の死というのは、隠しても隠さずしても誰にとってもの真実なのです。
〇亡くなったという一事実
〇亡くなった方への思いが個人個人でそれぞれ沸き起こること
〇亡くなった方への鎮魂 供養 追慕 追悼 感謝 懺悔 …
あなたがお父さんを支えるべき「一立場」であられましょうが、すべて一人で抱え込む必要はありません。
お父さんが今そのような状況であるからこそ、より一層責任感が強くなっておられることとご推察申し上げます。お若くしておつらいこととは思いますが、まずはあなた自身がお通夜、お葬儀できちんとお別れをすることだけでよいでしょう。

それをきちんとする事、しっかりお別れをする事を全うすることで、上記の通り参列してもらえるかどうかは病状を一番把握している医師の判断です。
後でお父様に告知した時にあなたがお父さんに寄り添ってあげるべき事がハッキリわかると思います。人間は、いつか自分の母親の死を体験するものです。
それはお父さんだけが受け入れるべきことです。
あなたはあなたとしておばあさんときちんとお別れをして、お父さんはお父さんとしてお別れをするべきです。

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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

どの道も、苦しい道

ここのさま
なごみ庵の浦上哲也です。

お祖母さまが亡くなり半月、皆さまいかがお過ごしですか。
また、お父さまにはお伝えすることが出来ましたか。

私もここのさんのご家族の状況であれば、お祖母さんにお父さんのことを伝えるか、またお父さんにお祖母さんのことを伝えるか、非常に悩んだと思います。
そしてどの方法をとっても、誰かが苦しみ傷ついたでしょう。皆さん悩みながら選んだ道ですので、すでに決断したことは、あまり後悔をしないで下さいね。

お祖母さんとの別れは、ご家族皆さまそれぞれにとって大きな出来事です。急いで心の整理をする必要も、乗り越える必要もありません。じっくりと時間をかけて受け入れていって下さい。

そしてお父さんのことです。やはり人にとって母というのは特別な存在です。だからこそお父さんはお祖母さんに元気な姿を見せることを目標に頑張ってこられたのでしょう。その母が亡くなった、葬儀に出られなかったと知った時のお父さんの悲嘆はいかばかりでしょう。

でも私は、事実を伝えなければならないと思います。皆さんが隠せば、お父さんは薄々気付いていても気付かないふりをしなければなりません。それも苦しいことだと思います。
いつ伝えるか、どなたが伝えるかで、また悩ましい時が来ると思いますが、ご家族でよく相談なさって下さい。

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おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

後生大事へ向けて

ここの様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

人は誰もがやがて死にゆきます・・避けられないこの無常なる理・・

一度風が吹きますと桜の花びらが激しく舞い散るこの季節に想うことを下記問いにて書かせて頂いております・・

問い「仲良くしていたおじいさんが亡くなりました」
http://hasunoha.jp/questions/419

そして、愛する者との別れの苦しみ・・「愛別離苦」・・

「愛別離苦」へのアプローチとして、下記問いも参考として頂けましたらと存じます・・

問い「友人の死について」
http://hasunoha.jp/questions/91

この「苦」の現実といかに向き合い、そして、いかにして解決を図るべきか・・その道をお示しになられましたのが、お釈迦様でございます。

「・・お悟りを開かれたお釈迦様は、それらの苦しみの対処法として、苦諦・集諦・滅諦・道諦の「四聖諦」を諦らかになされました。それは、苦しみは確かにあるが、その苦しみには、必ず原因・条件(縁)があり、その原因・条件(縁)をしっかりと見極めた上にて、その原因・条件(縁)を解決させることによって、当然に結果としてのその苦しみを無くすことができるのだとして、そのための方法・手段を様々に巧みなる方便にてお説きになられました次第でございます。・・」

この度は、既にお祖母様へは、お通夜・お葬儀式にてご導師様より確かなるご仏縁、ご引導を賜られたのではないかと存じております。

どうかお父様にはしかるべき時に、お母様は、既に仏様と確かなるご縁を結ばれて、お悟りを目指されることとなり、私たちはお母様への感謝報恩の想いを持って、これからもしっかりと追善供養に勤めていくということ、お父様もどうか安心して、お母様が安らかに、仏様の世界にてお過ごしになられますようにとしての御供養を宜しくお願い致しますということの旨を、お伝えになられてはどうかと存じております。

そして、この度のお祖母様のご仏縁もご縁として、私たちもしっかりと確かなるご仏縁をこれからも頂戴していくことによって、いずれお悟りが開けますようにとして、できる限りに今世においても善行・功徳を積みて、後生大事のために努めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

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おきもち

質問者からのお礼

丹下覚元さま

ご回答ありがとうございました。
すべてのことが終わり、わたしは祖母とお別れをしてきました。

父のことは酸素があっても長い間起きておられず葬儀に出席できないということだったので親戚中で話し合った結果、父の様態が改善したら本当のことを話す、ということになりました。

難しいとは思いますが父は父としての祖母とのお別れをきちんとし、受け入れてほしいです。
また、私たちのそういった考えによってこれから父はとても苦しむことと思います。そのとき、家族のひとりとして私も父のことを支えていきたいと思います。

丹下覚元さま

ご回答ありがとうございました。
すべてのことが終わり、わたしは祖母とお別れをしてきました。

父のことは酸素があっても長い間起きておられず葬儀に出席できないということだったので親戚中で話し合った結果、父の様態が改善したら本当のことを話す、ということになりました。

難しいとは思いますが父は父としての祖母とのお別れをきちんとし、受け入れてほしいです。
また、私たちのそういった考えによってこれから父はとても苦しむことと思います。そのとき、家族のひとりとして私も父のことを支えていきたいと思います。

ご回答ありがとうございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありません。

実は未だに父には本当のことを話せていません。
ですが近いうち、必ず話したいとは思っています。

ありがとうございました。

「父親のこと」問答一覧

旦那の亡くなったお父さんの思い

初めまして。 私の旦那の両親は旦那が小学生の頃に離婚しており子ども達は父親の家に残りました。 (母親は隠していたつもりのようですが、その当時から付き合っている人が居て離婚して数年で一緒に住んでいます) しかしそれから間もなく父親の了承も面倒を見ていた祖父母の了承もとらずに祖母が外出しているすきに母親が嫌だと泣き叫ぶ旦那を無理矢理車に押込み連れて行ったようです。 その後父親はショックから体調を崩し亡くなりました。 その際にも危ないと連絡があったにも関わらず母親は連れて行かなかったようで旦那は今でもその事を恨んでいると話していた事があります。 月日が流れ私と結婚しました。 母親と義父はいつでもパチンコ屋に開店から閉店まで入り浸る程のパチンコ好きです。 お付き合いしている頃から旦那が家に居る日は0歳児を残しパチンコに行っているぐらいでした。 それからしばらくして義父は旦那に借金をするように言い始めました。仕事中でも電話したり、休みで旦那が私の所へ逃げて来ていてもしつこいくらいに連絡してきていて、夜中の3時頃帰っても待っていて早く借金してよこせって感じで1ヶ月程追い回された結果旦那が参ってしまって借りたようでした。 結婚する時に旦那名義の物をすべて把握するため話し合いをすると旦那が知らない借金もいくつも出てきて問い詰めると『今まで育ててきてやったんだから、このぐらい当然だ。あんたじゃわかんないだろうから嫁に聞いてみろ』等自分の息子を否定するような言葉を義父、実母から沢山投げ付けられました。 しかし、どの返済も期日過ぎてから返済するような感じになっていたためその辺を正すため私が間に入りなんだかんだやっていました。 その間『ろくでもない嫁。あんたと結婚したからこうなった』いろいろ言われました。本当に心が折れそうだったけど、旦那が縁を切ると言ったため私も必要な時以外連絡するのはやめ、距離をとっています。 そのなかで心につかえてることがあり、毎日考えています。私と出会い結婚したばかりにこんなことになり旦那を家族から引き離してしまったこと、亡くなったお父さんはどう思うのかな…酷い嫁だと思うかな…と考えてしまい結婚して数年立つのに今でも心につかえています。 私のやっていることは正しいのでしょうか。

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父親に恋人との関係を破壊されそうです

相談失礼します。 私は父に否定され続けるあまり、小学生の頃から自己肯定感をほとんど失い、希死念慮を抱くようになりました。大学合格のときもそうでしたが、就職が内定してもまず私の新たな環境を否定し、嘲笑するような父親です。 親元から離れたことで精神状態は少し改善しましたが、この度親と関わらねばならない新たな問題が持ち上がってきて、困っています。 私には3年間付き合っている彼氏がおり、結婚を考えています。私の就職と彼の大学院進学を機に、同棲を始めようと思っています。 私の両親はそれに反対はしておらず、彼氏の両親も快く承諾してくださっています。しかし父は「なんで結婚しないのに同棲はするの?」と私に詰問したり、「お前の彼氏にプライドってもんはないんだね」と、会ったこともない彼氏をバカにします。 私が反論しても、自分が言い返せなくなると自分の主張を繰り返し、彼氏のことやその家のことをなじります。 自分一人で抱え込むと苦しくてたまらず、自殺企図にまで追い込まれてしまうので、彼氏に相談していたのですが、とうとう彼に「しんどい」と言われてしまいました。 父と縁を切りたくてたまりませんが、父に服従しているふりをしなければ、母親が私の生活費を振り込んでくれないので、それもできずにいます。 (余談ですが、父は正社員ではなく、パートで食いつないでいます。心身の事情で正社員になれないのではなく、職探しをする気がないのです。もちろん私の生活費は出せないのですが、母親が祖父の遺産を崩し私を大学に通わせてくれています。 私は大学に行かずに働くものだと思っていましたが、父は自分が稼いでいるように見せかけて大学に行けと言う一方で、母は父の年収を私にリークし、本当は自分がお金を出していると暴露しました。その上で、父の言うことに従わなければ、自分は仕送りをやめると私を脅迫しています) 父と少しでも話すたびに、私はその後数日間精神のバランスを崩し、寝たきりの生活を送っています。 もう彼氏に相談することもできません。 結婚してもこれが続くのかと思うと、どうしたらいいかわかりません。 父は「こんなにお前を愛してやったんだから」と言いますが、父に愛されていると思ったことなどこの生涯一度もありません。私は彼に人生を破壊され、その上結婚相手すら奪われるのでしょうか。 いっそ生まれてこなければよかったです。

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父の性格をどう理解するか

28歳既婚女性、子ども2人。 実父について相談させてください。 私の父はとても難しい性格をしています。いつでも自分の考えが100%正しいと思っています。母と結婚する前から飲食店を経営しており、今は母と2人で切り盛りしているのですが、特に仕事中の母に対する態度は本当にひどいと思います。私もそんなに頻繁にお店に行くわけでもないのですが、母が少しでも父の思い通りに動かないと、本当にお前はダメだとか平気で母を傷つける言葉を言います。 客観的に見て、母は普通に仕事しています。 特に動きが遅いとか聞いたことをすぐに忘れるとかそんな事はありません。 そして父は確かにテキパキ仕事をしているかもしれませんが、自分で言ったことを忘れていたり、間違ったことをしてることもあります。例えば母に、明日何時に〇〇が遊びに来る、と言われそれを了解したのにも関わらず、次の日になって、俺は聞いてないお前は明後日と言ってた、と平気で言ってなぜ大事なことをちゃんと俺に伝えないのか怒ります。 多分聞き間違えてるだけですが。 でも決してそれを認めません。母は基本的に黙って責められてるだけですが、たまに言い返しても更にブチ切れてくるだけです。私が母の味方になっても変わりません。 私は昔からそんな気難しい父を見てきてたので、今まで父と口論になったりはほとんどありません。ならないようにしています。 ただ、母に対する態度が本当に許せないのです。このまま父は自分の意見が全て正しいと思って生きて行くのか、母に対する態度は母が悪いから仕方ないと思っているのか、そう思うと腹が立ちます。 しかしわたしも既に結婚して家を出ていますし、父と母は家では比較的穏やかに過ごしていると思います。また、経営しているお店はまもなく40年を迎え、お客さんは父の人柄に惹かれたと言ってくれる人もいます。でもやっぱり納得いきません。 こんなところで私が相談してもなにも解決にならないと思いますが、父は死ぬまでずっと自分が100%正しいと思い、生きていくのでしょうか。それはもう仕方のないことなのでしょうか。

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父を亡くした寂しさが癒えない

はじめまして。 私の父は62才で肺がんで亡くなりました。 亡くなってから14年も経つというのに未だに父を思い出しては涙してしまいます。 いつも父の事を考えて暗い気持ちでいる訳ではなく、ふと何かのきっかけで思い出した時に涙が出てとても寂しくなってしまうのです。 家族を亡くした人は皆、多少は後悔がある事も、最後は痛みで本当に辛い思いをした父もきっと今は成仏して穏やかに過ごしているであろう事も、私の後悔も許してくれている事も分かっているのですが、それでも寂しくてたまらなくなるのです。 もう一度だけでいいから会いたいです。 私は実家から離れて暮らしているので、最後に会ったのは亡くなる2か月前でした。 その時はもう薬の影響で家族の事も分からず、見た目はお爺さんの様になっていました。 父は三姉妹の末っ子の私を本当にかわいがってくれましたが、仕事で家を開けることが多く、私も二十歳前に実家を出たので亡くなってから父と過ごした時間の短さに愕然としてしまいました。 無理にでも実家に帰ってもっと父との時間を大切にすればよかった、と後悔して仕方ありません。 やはり私はそんな自分を許せずにいるのでしょうか。 世の中には家族を亡くした人が沢山いますが、皆さんも私の様にいつまでも泣いているのでしょうか。 父の話をすると泣けてしまうので、誰にもこの気持ちを打ち明けたことはありません。 だから辛いのでしょうか? アドバイスがあれば、お願いいたします。

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疎遠だった父の死

こんにちは。20日に疎遠だった父が亡くなりました。父は57才から若年性アルツハイマーで亡くなる翌日が67才の誕生日でした。 私が幼少期の父は今で言うイクメンでとても可愛がってもらってましたが、私が成人した頃の父は、単身赴任先で彼女を作り、家にお金も入れずろくに戻って来ない自由奔放な生活を送っていました。 そのせいで母も私も特にお金の面で苦労をし、いつしか父と関わりたくないと思うようになりました。 そんな父がアルツハイマーになり、仕事が出来なくなり、最初はデイサービスでお世話になってましたが、2年前に施設に入所をしました。 デイサービスの時は父にある程度の食料等を送ったり、電話があれば話すこともあったのですが、施設に入る頃は何も解らない状態だったため会いに行ったり連絡を取ることは全くありませんでした。 最後に父に会ったのは2年前にデイサービスから施設に移る説明を聞きに行った時です。娘の私のことを認識することはありませんでしたが、無邪気にしている父の様子が今も印象に残ってます。 今月の頭に母と妹と一緒に2年ぶりに父に会いに行く予定をしていましたが、コロナで騒いでいた時期だったため、私の延期しようと言う決断で予定が無くなり、結果、最後に元気な姿を見ることもなく逝ってしまいました。 なぜ、しっかり予防した上でなら大丈夫と言う決断を出来なかったのか? 2年の間になぜたった1日でも会いに行かなかったのか? 私の延期と言う決断によって、母も妹にも最後に父に会わせてあげられなかったと言う後悔しか出てきません。 昨日父の顔を見に行ってきて、葬儀はこれからとなります。 肺炎が原因でしたが、とても穏やかな顔をしていたことと、施設の人の話を聞いたら、毎日明るくみんなと楽しく過ごしていたとのことで、それは安堵しました。 ただ、延期しなければ会えていたこと、2年もの間会いに行かなかった自分を責めて仕方ありません。

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父の死について。

はじめまして。今、本当に心が苦しくて頼れる人もいないのでここで相談させて頂きたく思っています。 私は、今23歳で6人家族の長男です。家族構成としては、父、母に妹が3人です。去年の11月に大好きな祖父が亡くなり正直なところまだ立ち直れずにいます。 そんな中、昨日父が自死で息を引き取りました。普段物静かな父は、自分のことは何も話さない性格で仕事のことも一切家では話さない人でした。話しかけると嬉しそうに話すのですが。 しかし、3年前から仕事がうまくいかないことを話していておれが死ねばお金が入るからおれは死んだほうがいいと言うようになっていました。当然私は怒り、死んだら許さないと言いました。 そして昨日父が首をつっていてすぐに119番通報で救急車を呼びましたが間に合いませんでした。普段からコミュニケーションをとっていなくて寂しい思いをさせてしまいまったと思っています。仕事のことなど1人で抱え込ませてしまいました。長男である私としては後悔と悲しみで心が壊れそうです。もっと普段から仕事のことなど話しかければよかったんじゃないか。もっと甘えればよかったんじゃないか。という後悔に押しつぶされそうです。私たち家族のために保険金などのために死を選んだと思うと死にたくなるほどの思いになってしまいます。 父は本当に安らかになれるのでしょうか。心が苦しくて本当に辛いです。

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妊娠中に父を亡くしました

私は現在妊娠中です。 辛い悪阻や仕事を乗り越え、 やっと産休に入ったばかりでした。 里帰りを控え、今は自宅でのんびりと自分とお腹の赤ちゃんと心穏やかに過ごしていました。 しかし、父が急に倒れてそのまま亡くなりました。 赤ちゃんを迎えるための準備も整い、 来月からの里帰りを楽しみにしていたのに、急に地獄に落とされた気分です。 初孫を一度も見ることもなく、 なぜこのタイミングで父は亡くなってしまったのか、、 気晴らしに外出しても、 楽しそうに歩いている子供、親、祖父母を見かけるたびに胸が苦しくて苦しくて。 私が出産後に赤ちゃんと過ごす予定の部屋に今父親の遺骨が置かれています。 今後この部屋で育てていくかと思うと悲しみしかありません。 これが運命なんだろうし、受け入れるしかないんでしょうが、 周りの人からは、 ・時間が解決するよ ・お父さんの為にも頑張って  元気な赤ちゃんを産んで ・これから母親になるんだから しっかりしろ など、正論や綺麗事ばかり言われてウンザリです。 そんな事分かってるけど、 出来ないから苦しんでるのに なぜ他人はこんな事を 良かれと思って言ってくるのか。 もう誰とも関わりたくないです。 父がまだ生きていて、孫の面倒を見ているシーンをひたすら想像してしまいます。 私が望んでいた未来は、そんなにも贅沢な事だったのでしょうか

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父の最後の心からの願いを叶えられなかった

いつも有難う御座います。 つい先日、父の四十九日法要を、お寺で行いました。その翌日、仏具屋さんから帰って来た母が「四十九日が済んだら、線香は朝と夜の2回で良いと言われた」と言っていました。私は父の死後、一つ一つの挨拶ごとに線香をあげて、挨拶していたショックでした。「遂に仏さんになって、本当に遠くに行ってしまったのか」と実感しました。 別に「絶対に朝と夜以外に線香をあげてはいけない」と言う禁止では無いとは思います。然し、改めて言われると、「何でダメなの?」って思ってしまいます。 四十九日が終わり、又強い悲しみ、苦しみがあります。それは父の葬儀の時とは違う、それ以上の苦しみ悲しみがあり、涙が出てきます。 まだ入院前、家で介護を受けていた時に、ずっと自分の甥っ子や姪っ子の名前を呼び続けていました。当時私は、「ほら、又始まった」としか思いませんでした。然し今考えると、父は自分が長くない事が判り、「死ぬ前に会いたい」との思いで、ずっと呼び続けていたんじゃ無いか?と思います。何故甥っ子や姪っ子に「顔見せてあげて」と、連絡して上げなかったんだろうと、父の最後の願いを聞いて上げられなかった事が情けなく、悔しく、父に申し訳ない気持ちです。葬儀では全員揃いましたが、実際父が観ていたかどうか判りません。 きっと父は怒り狂っていると思います。今更悔やんでも父は帰って来ませんし、私の「ゴメンね」の声も届きません。凄く苦しいです。自分が情けなく、申し訳ないです。 この気持ちを、どう整理したら良いか判らず、困っています。

有り難し有り難し 14
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