四十九日が過ぎてからの魂のゆくえ
いつもお世話になっております。
この様な時間に申し訳御座いません。
今年の3月に最愛の父を亡くしました。間もなく5月に四十九日を迎えます。
生前の父からは、「人としてあるべき姿」や数え切れない程の処世術を学びました。
私が人間関係で苦悩する時には、一番の相談相手でした。又、就職氷河期で行き迷う私を、正社員になれるよう全力で応援してくれたのです。
人の魂がこの世にとどまれるのは、四十九日の間であるそうですね。
あの世にあがった魂が、この世に降りて来れる季節などは御座いますでしょうか。父の存在を感じることができたら、心強いです。
お教え頂けると幸いです。
宜しくお願い致します。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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命の時間には制限はないと思います。
お早う御座います。
私も、妻を病気により看取りました。その後、過去に生きて自分自身を見失いながら必死に溢れ出す心を封じ込めながら子育てをしていた私を元の姿に取り戻そう・・と見返り無い愛情で包んでくれたご縁があった彼女を震災で失いました。高齢の祖母や病気で追うように父も看取りました。
命の時間。それは亡くなった方の霊魂は生前愛した人の中に入って・・共に想い出などに共感をして共に思い切り泣いて、それぞれの新たなストーリーに向けて時を過ごす時間です。此岸から彼岸に旅立ったとしても、いつでも心の中には愛した人はいらっしゃいます。四十九日などはあくまでも区切りです。命の時間はそれぞれ顔の形や容姿が違うように、違って良いのです。ただし、未練と言う鎖でつないでいる事はせずに大切な時を過ごして下さい。
生きる全て・・亡くなったら終わりではなく、新たなステップに転換をするのです。純粋に強く願っていれば、生まれ変わっても繋がる事が出来ます。同行二人となりあなたを先導して見守ってくれるのです。そして・・私たちもいつかは、此岸から彼岸に旅立ちます。その時に、会いたかった人と出会えるのです。それまで、託された事や、願いを成就して自分らしく笑顔で過ごされる事が一番のご供養でありお父様の願いでもあるのです。
姿形は見えないけれども、側に居るのです。純粋に祈れば・・ご先祖様も側に現れ、その祈る姿に微笑んで応えてくれるのです。お仏壇は此岸と彼岸を繋ぐ電話と同じなのです。お仏壇が例えなくても祈った瞬間、繋がり合えるのです。
私たちの身体は、幾度も困難を乗り越えて来た先人や父母の願い・想い・生きた証でもあります。あなたが生まれた日の事を心から喜んで、名前に精一杯の愛情や想いを託し、必死に育ててくれてこの瞬間を生きる事が出来ているのです。大切な気づきを多く残していってくれましたよね。その気付きを大切にして、過去でもない、訪れていない未来をふと思うとそれらが不安や心配になってしまうのです。それよりも、一度しかないこの瞬間を自分らしく大切に辛い時だからこそ笑顔で過ごして欲しいと思います。人生も運命も自分自身もいくらでも変えられる事を絶望の中に生きた時に知る事が出来ました。自分自身を見失わず、この瞬間をお父様の想いを抱かれてお過ごし下さい。決して一人ではないのです。お父様に・・南無大師遍照金剛 合掌
質問者からのお礼
永寛様
今晩は。
先行きをとても案じておりましたところ、お陰様で胸の内がすっきりとして、爽やかな心持ちが致します。
幸い我が家には仏壇がありますので、いつでも父と対話することができます。
御返答頂きまして、誠に有り難う御座います。