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四十九日が過ぎてからの魂のゆくえ

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有り難し有り難し 19

いつもお世話になっております。
この様な時間に申し訳御座いません。

今年の3月に最愛の父を亡くしました。間もなく5月に四十九日を迎えます。
生前の父からは、「人としてあるべき姿」や数え切れない程の処世術を学びました。
私が人間関係で苦悩する時には、一番の相談相手でした。又、就職氷河期で行き迷う私を、正社員になれるよう全力で応援してくれたのです。

人の魂がこの世にとどまれるのは、四十九日の間であるそうですね。
あの世にあがった魂が、この世に降りて来れる季節などは御座いますでしょうか。父の存在を感じることができたら、心強いです。
お教え頂けると幸いです。

宜しくお願い致します。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

命の時間には制限はないと思います。

お早う御座います。

私も、妻を病気により看取りました。その後、過去に生きて自分自身を見失いながら必死に溢れ出す心を封じ込めながら子育てをしていた私を元の姿に取り戻そう・・と見返り無い愛情で包んでくれたご縁があった彼女を震災で失いました。高齢の祖母や病気で追うように父も看取りました。

命の時間。それは亡くなった方の霊魂は生前愛した人の中に入って・・共に想い出などに共感をして共に思い切り泣いて、それぞれの新たなストーリーに向けて時を過ごす時間です。此岸から彼岸に旅立ったとしても、いつでも心の中には愛した人はいらっしゃいます。四十九日などはあくまでも区切りです。命の時間はそれぞれ顔の形や容姿が違うように、違って良いのです。ただし、未練と言う鎖でつないでいる事はせずに大切な時を過ごして下さい。

生きる全て・・亡くなったら終わりではなく、新たなステップに転換をするのです。純粋に強く願っていれば、生まれ変わっても繋がる事が出来ます。同行二人となりあなたを先導して見守ってくれるのです。そして・・私たちもいつかは、此岸から彼岸に旅立ちます。その時に、会いたかった人と出会えるのです。それまで、託された事や、願いを成就して自分らしく笑顔で過ごされる事が一番のご供養でありお父様の願いでもあるのです。

姿形は見えないけれども、側に居るのです。純粋に祈れば・・ご先祖様も側に現れ、その祈る姿に微笑んで応えてくれるのです。お仏壇は此岸と彼岸を繋ぐ電話と同じなのです。お仏壇が例えなくても祈った瞬間、繋がり合えるのです。

私たちの身体は、幾度も困難を乗り越えて来た先人や父母の願い・想い・生きた証でもあります。あなたが生まれた日の事を心から喜んで、名前に精一杯の愛情や想いを託し、必死に育ててくれてこの瞬間を生きる事が出来ているのです。大切な気づきを多く残していってくれましたよね。その気付きを大切にして、過去でもない、訪れていない未来をふと思うとそれらが不安や心配になってしまうのです。それよりも、一度しかないこの瞬間を自分らしく大切に辛い時だからこそ笑顔で過ごして欲しいと思います。人生も運命も自分自身もいくらでも変えられる事を絶望の中に生きた時に知る事が出来ました。自分自身を見失わず、この瞬間をお父様の想いを抱かれてお過ごし下さい。決して一人ではないのです。お父様に・・南無大師遍照金剛  合掌

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有り難し
おきもち

永寛
皆様、初めまして。ストレスの多い現代・・お寺とはご葬儀や法事のみではなく、...
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質問者からのお礼

永寛様

今晩は。
先行きをとても案じておりましたところ、お陰様で胸の内がすっきりとして、爽やかな心持ちが致します。
幸い我が家には仏壇がありますので、いつでも父と対話することができます。
御返答頂きまして、誠に有り難う御座います。

「法事・法要・49日」問答一覧

菩提寺不明、法事を忘れた!

見つけてくださってありがとうございます。お恥ずかしい話です。 祖父の命日も三回忌もすっかり忘れてしまいました。そして、菩提寺不明、故人と私は違う宗派な状態ですが、宗派が違うお寺さんに拝んでもらってもいいのでしょうか。 私は、臨済宗妙心寺派の宗派です。 私の父方の祖父(故人)は、私と同居しておらず、おじ夫婦と一緒に暮らしていました。元々おじ夫婦は、私と同じ宗派だったのですが、おじが仏教系の新興宗教に入りました。祖父はわけもわからないまま、その新興宗教に入っています。 おじの新興宗教入会(?)がきっかけで、おじと他の兄弟で分裂し、音信不通です。 時間がたつにつれ、私の父は故人に、兄弟達は病気に、で、動けるのが私だけとなりました。 おじは新興宗教(先祖供養を大切にしている、とネットに書いてありました)に一生懸命な人なので、もしかすると、法事をしたのかもしれません。宗派によってはしないのかもしれません。しかし、歴代の同じ宗派の先祖の法事をやらなかったことを考えると、祖父も…と考えてしまいます。 三回忌も命日も忘れ、どうしようと悩んでいます。 三回忌に間に合っていないのに法事をしてもいいのでしょうか。 位牌もなにもない、菩提寺もわからないですし、宗派が違うのですが、お寺さんにお願いしてもよいのでしょうか。 唯一わかるのは、お墓です。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

亡き父の年忌法要をあげたくありません

年少のときに母が精神疾患を発病。 父は、大して面倒も診ずに放置。 母は医師の力でなんとか病気がおさまりました。 しかし私が小学生の時に再発。 その後20年間父は、精神疾患を抱えた母を自宅に放置しながら、 自分の給料をギャンブルと風俗につぎ込み、家にはお金を入れない状態が続きました。 私が成人したあと精神疾患について調べ上げ、入院と適切な治療が不可欠と判断し、きちんと面倒を見てくださる病院に入院。先生方のご尽力もあり、母は快方に向かいました。 その後、平穏な暮らしが戻りましたが、数年後に母は末期癌を発病。 母が他界するまで、積極的に治療にかかわろうとはしませんでした。 父は母の遺産をギャンブルで使い果たしました。 そんな父も数年前に他界。 家族を苦しめ続けた父を供養する気持ちなど、まったくありません。 墓石に戒名を刻みましたが、消したいくらいです。 骨も適当に海洋散骨したい気分です。 そんな父ですから、親戚の墓参はまるでありません。 墓は父方の墓です。母も入っています。 父方の先祖はあったこともありません。 相談です。 父の供養をしたくありません。父の先祖なんで知ったことではありません。 寺から知らない先祖の50回忌あげさせられて、怒り心頭です。 なぜ、知らない先祖の供養のために高い金払わされて、会社休んで読経聞かなければならないのか。 父方の先祖代々の墓を適当に処分して、愛する母だけきちんと年忌法要したいのです。 お知恵を拝借ください。

有り難し有り難し 4
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僧侶として人として

父兄は曹洞宗の住職、副住職の僧侶です。 寺族である母が亡くなりました。 その後四十九日、秋春のお彼岸、一周忌、新盆。 何も連絡がありません。 伯母や従姉妹達にも連絡はありません。 亡き母の誕生日に孫達が実家に集まる事も拒否されました。 理由を教えてくれる事もありません。 こちらからの連絡は直接してはならず弁護士を通すように伝えらています。 法要とは故人を偲び、残された遺族が悲しみをのり越えて生きていくために、心の折り合いをつける大切な仏教行事であると思っています。 その機会を尊敬していた僧侶である父兄に一方的に奪われて 驚きと理不尽さと不安で心がいっぱいです。 今年は三回忌になります。 たぶん連絡は来ないでしょう。 お寺で産まれ、一生をお寺の為に尽力した母があまりにも可哀想で不憫でなりません。 今後、僧侶として檀信徒の方々に何を布教していくのでしょうか。 僧侶も人間です。 間違いも犯すでしょう。 保身に走りたくなる気持ちも分かります。 でも、逃げずに向き合う時は必要です。 やってない。俺じゃない。知らない。覚えていない。分からない。 と逃げ回っていても誰も解決などしてくれません。 誤魔化し、嘘をつき、欺くことをやめて 自分の立場を自覚して誠心誠意、他者に対して心を尽くす事を 人して僧侶として今生を生きて欲しいと思っていますが、 無理な願いでしょうか。

有り難し有り難し 23
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亡くなった母についての質問です

いつも参考になる回答ありがとうございます。 母が亡くなってから、明日で四十九日となります。四十九日に関して気になったことを質問をさせていただきます。 五七日の翌日、祖母の下へ母が来たそうなのですが、その時母が「私何か悪い事したかな」と言っていたそうです。 調べてみたところ、五七日は生まれ変わり先が決まる日だと書いてあったので、自分は勝手に「生まれ変わり先が、母にとって良くない結果だったのかな」と考えてしまいました。 お坊様は母の発言についてどのように考えますか? また、四十九日までは、母が見守っているのだと思って過ごしていたので気持ちが少し落ち着いていたのですが、四十九日経つと母の魂があの世へ旅立ってしまうということを知り、不安になってしまいました。 「すぐに生まれ変わるのか」「見守っているのか」「修行などをして過ごしているのか」など、様々なことを考えてしまいます。(そもそも四十九日や、その日までの解釈が間違っているかもしれないですが) 旅立ったあとは、何をしているのでしょうか? 色々と考えてしまいすぎて、あまり良くないと思いますが、気になってしまいます。答えられる範囲でいいので、回答いただけると幸いです。 拙い文章で長々と申し訳ございません。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

父の三回忌を教会でしたいと義姉が言います

質問させていただきます。 お寺にお墓のある人の法事を、教会で行うというのはお坊さんから見てどうなのでしょうか? また、義姉と折り合いをつけるにはどうすればよいでしょうか。 . 私の父は2年前に亡くなり、この度3回忌を行うこととなりました。 そこで私の兄のお嫁さん(以下義姉)が「キリスト教の教会で三回忌をしたい」と言って揉めています。 義姉は2年ほど前にキリスト教になり、教会へ通っています。普段会っても勧誘や説教はされなかったので今回突然のことに驚いています。 . 父が熱心な仏教徒であったわけではないのですが、父の墓は浄土真宗のお寺にあります。わざわざ教会に死んだ父を呼びつけて法事を行うというのは違和感です…。 . そのため それはおかしいのではないか、と義姉を諭すと泣いて癇癪を起こしてしまいました。 義姉の言い分は「教会の方が安く済ませられる」「お寺は家から遠い」「自分の信じていないものにお布施をしたくない」「教会の神父さんにももう頼んでしまったので後には引けない」などです。 . それならお金は払わなくていいし来なくていいとも伝えましたが、そういう問題ではないそうで。 兄は家庭を大事にしており、義姉には強くものを言えません。私も兄の家庭には平和であってほしいです。 しかし今回の話があまりにも平行線であるため、本職の方の意見をお伺いしたく書き込みました。 . 最後に重複となりますが、「お寺にお墓のある人の法事を教会で行う」というのはお坊さんから見てどうなのでしょうか? 義姉と折り合いをつける方法はありますでしょうか? 私としては先祖を改宗させるような行為はバチ当たりなのではと思ってしまいます…よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 18
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ