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死が怖い

回答数回答 3
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私は春から大学生になった女子です。

突然ですが死が怖いです。コロナウイルスが怖いです。自分があのウイルスにかかっている気がするかかって死んでします。家族や親戚がかかったら死んでしまう。その恐怖で毎日夜泣いて眠れません。もしこのまま眠ったまま死んでいたらどうしよう。と思うとさらに眠れません。とても辛いです。

死が怖いと考えたのが小学6年生くらいでした。夜寝る時にふと考え大号泣しました。それからあまんまり深く考えていませんでしたが、今回のコロナウイルスで更に怖くなりました。あの頃はまだ幼かったのであまり深いところまでは考えれなかったのですが今は悪い方悪い方にしか考えれずにインターネットで調べてはまた泣く毎日です。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

心を惑わされたり奪われずに、自分を見失わずに。

初めまして、お早う御座います。

私たちの命は様々な繋がりがあります。幾度も、幾度も困難と言う嵐を乗り越えて来た先人方の生き抜いた証でもあり、さらに父母の願いと想いが込められているのです。

私たちにも、乗り越えて行く力があるのです。昔は・・風邪でも命の危機があったのです。それらと同じで、この困難の嵐も時間が過ぎ去るのと一緒で留まることなく動き出します。

極力、メディアを見ないようにする。視野を広げることや、思考を変えて見る・・そういった工夫をされて、大切な心を惑わされたり、奪われたり、自分自身を起きていない出来事にあおられてしまって、ふと考えてしまうから・・それらが不安や心配になるのです。

過去でもない、未来でもない、二度とないこの瞬間を私たちは生きています。先人方が乗り越えて、未来への懸け橋となり様々な事を引き渡し、私たちも未来に引き渡す役目がそれぞれにあり、今を生きているのです。

この嵐よりも、大きな忘れかけていた”気づき”を与えられたと思っております。目の前にある全ては、当たり前ではないことや与えて頂いた環境、地・・全て私たちは謝った使い方をして・・違っているんだよ!と気づきを与えて頂いていたのに、それらを見ない振りをしたからこの嵐が来たのだと私は思って瞳をそらさずに受け止め、立ち止まって考えるチャンスを与えて頂けた事に逆に感謝をしております。

しっかりと、睡眠をとって栄養ある食べ物を摂取させて頂き、不平や不満を言ってしかめっ面をするよりも、有難うという言葉を増やして見て下さい。目の前にある全てが愛おしく、見違えて見えるようになるのです。

人生という冒険旅行は、いくらでも変える事が出来ます。人生も運命も自分自身は変えられるのです。今、ひとり一人が立ち止まって・・ジタバタせずに困難の嵐が過ぎ去るのをジッと待つのみです。逆らってしまうと逆に留まり続けてしまって時だけが過ぎ去ります。私たちには様々な力を持ち備えています。必ず、この困難という嵐に打ち勝て、新たな素晴らしい世界を築く事が出来ます。慌ただしく過ごしすぎたのです。ほどほどに・・ゆっくりと冒険旅行を楽しんで歩んで見てください。

いつでも心苦しくなった時はここに来てください。

あなたらしく人生という冒険旅行を仕合せに歩めますように、お祈り致しております。

合掌

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有り難し
おきもち

皆様、初めまして。ストレスの多い現代・・お寺とはご葬儀や法事のみではなく、悩みを相談し気軽に参拝出来る”心のよりどころ”であって欲しい・・・その願いを叶えさせて頂きました。仏縁を頂き真言宗の小さな手作りのお寺を開山させて頂き4ヶ月が過ぎました。妻を脳腫瘍で看取り、東日本大震災で彼女を失い、父を心筋梗塞で看取り、障がいのある長男と健常児の次男を育てる父子家庭の父、押し寄せるこれでもか!と来る障害。・・どうにかなるさ!と思考を変え、今日に至っております。一切衆生をお救いする事、それは経験させて頂いた出来事があるからこそ、その痛みがわかるからできるのことです。迷わず、負けずぶれず道一筋に、あなたの希望ある光輝く人生を楽しめますように。濃霧も時がたてば天晴の如く見通しが良くなるように人生の羅針盤となり皆様に寄り添い、慈悲の回向の光を届けさせて頂きます。 開かれたお寺と志を忘れないよう挑み続けます。合掌 礼拝

私も死ぬのが怖いです。

でも
生まれた以上
いずれ必ず死ぬんです。
いつ死ぬのか
どのように死ぬのか
それが分からないことも怖いです。

あなたは若いから
普通なら60年以上は生きられるはず。
でも
事故に遭ったり
病気になったり
もしかしたら殺害されたり…。
そんなことを想像するのも嫌ですね。

でも
そのような思いにとらわれていたら
せっかく生きている今を無駄にしてしまいませんか?
恐怖に怯えて何もできないのは
もう死んでしまっていることと同じことです。

いつ死ぬか分からないいのちだから
今を粗末にすることなくしっかり生きようと
そういうモチベーションにして頂きたいと思います。

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有り難し
おきもち

 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱サラし、親戚筋の超覚寺に入寺、45歳で住職継職。  遺族の分かち合いやお悩み相談などグリーフサポート活動を続け、お寺の掲示板による法語伝道にも尽力している。カープ坊主の会会員。
こちらに法事が入っていなければ、ご希望の日時に相談させていただきます。 想いを吐き出しても、あなたの環境は変わりませんが、あなたの気持ちは変わっていきます。 どうぞ安心してお話しください。

怖いままの安心

こんにちは、初めまして。

仰るように、死は怖いですよね。
昨今のコロナ騒動で一層その思いは強いことでしょう。

「家族や親戚がかかったら」とご心配しておられます。
そう、死は自分のことだけではなく、身近な人との問題でもあるのですよね。
そのお考えとお気持ちは、至極無理のないことです。

あなたも小学生に既に気づかれていたように、死はそもそも私たちの隣にある問題です。交通事故での死者は年間約3000人、自死者約20000人、ガンによる死者370000人(2018年)等とこう考えると、コロナ禍以前に人間はいつ、どこで終わるか分からない命を生きているのでしょう。

これに対して、仏教は宗派によって二つの方向性があると思います。

一つは、死に動じない心を練っていく方向、もう一つは死を恐れるそのままで死と向き合う方向です。私は、浄土真宗なので後者です。

私も死が怖いです。
家族との別れがありますし、やり残していることが沢山あるからです。
しかし、必ず命終えるときがきます。その時は、死を恐れるそのままではありますが、極楽という受けとめられていく世界があります。崖っぷちから深い深遠に向けて闇に落ちていくというイメージではなく、光り輝く世界に往かせていただくと思えるのことは安心です。恐れの中に安心があるという、一見矛盾していますが心地よい矛盾とも思います。その矛盾しているはずの世界に、自分が受け止められる、そして家族と再会できる安心が融合しているのです。

もし、あなたがこのような受け止められていく世界を心に秘めることができるなら、あなたの怖さに一定の方向性が得られるかもしれません。

ご参考まで

※縁があったら、私の動画ページをご覧下さい。
「浄土真宗とは」|浄土真宗のいろは 第001回
https://www.youtube.com/watch?v=14QKXhgPgkM&list=PLc6UK2ZHyUaHIMHzH7jNRqcgO9zJPbxC1

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有り難し
おきもち

浄土真宗本願寺派報恩寺住職(兵庫県三木市) 本願寺派布教使 元本願寺布教研究専従職員 元龍谷大学講師 元篤志面接委員(法務省管轄) 真宗学修士、心理学学士 Fmみっきい(地元ラジオ局)出演中 趣味:サックス 2019年末頃から回答しています
応談できる時間帯は、その日によって違いますのでお確かめ下さい。 月曜日〜金曜日(祝日除く)13時〜21時 土曜、日曜、祝日 18時〜21時 お盆(8月1日〜15日)、お彼岸は対応できません。

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