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他界した祖父を思うと涙が止まりません

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先日母方の祖父が突然亡くなりました。病死ではなく、一般的に事故死と呼ばれる亡くなり方でした。

母方の祖父なので一緒に過ごした日々は少ないし、ここ近年は正月盆に顔を合わせても会話もないような関係でした。
でも訃報を聞いた今、悲しくて悲しくて涙が止まりません。泣いて泣いて気付けば朝です。

最近流行しているコロナとは無関係のためお葬式はできるそうですが、感染拡大防止のため、離れて暮らしている私は葬儀には出席できません。お別れが出来ないことが悲しいです。
そして、訃報を伝えるために電話してきた母の涙を押し殺したような声が忘れられません。母にとっては父親ですし、いずれ死の瞬間を傍で看取ることを考えていたのでしょうから、1人で逝ってしまった祖父の最期を嘆くのは当然だとおもいます。そんな苦しい心境であろう母の傍にいてあげられないことも辛いです。

突然すぎで私自身祖父の死をどう受け入れたらいいのかわかりません。漠然と悲しい気持ちだけがあって涙が止まらないです。遠方の祖父の死を受け入れるためにはどうしたらいいのでしょう。
また、私が離れた地で祖父や母にしてあげられることは何かあるのでしょうか。

混乱していてお見苦しい文章になっていると思われますが、ご回答頂けますと幸いです。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お葬式に立ち会うことだけがすべてではないです。

5秒10秒でも何かの折りに祖父様のことを想い手を合わせて、静かな時間を過ごしてくださるだけでも十分です。

時間や世の中に余裕ができたら法事に参列することも話にのぼるかと思いますし、行けなくても49日や100か日、一周忌に花を供える形もあるかと思います。

以下の文は地区の仏教会でいろいろな宗派の集まる法要や托鉢の結びで使う偈文です。

願わくはこの功徳をもって
あまねく一切に及ぼし
われらと衆生と
皆ともに仏道に乗ぜん。

++++++
お返事ありがとうございます。
お気持ち、聴かせていただきありがとうございます。

仏事では100ヵ日法会を卒哭(そっこく:涙からの卒業)とする地域・宗旨もあります。
逆に言えば、100日間は悲しみが消えなくて当然。悲しみから早く抜け出すのがいいことではなく、その間は悲しみを丁寧に大切に扱うべき期間だと私は思っています。

ただ、悲しみが癒えるとともに、その存在を忘れてしまうことも少なくありません。7回忌終われば無縁という価値観も増えてきています。
悲しみを慈悲に転じるという視点が仏教の考え方の一つでもあるので、悲しみは悪い面ばかりではないです。

お母様につきましては辛いけど「#つらいがいえない」状態かもしれません。
声かけや何かしてあげるというより、言葉を拾う、話を聴いてあげることを大事にするとよいかと思います。

さっそくのお返事ありがとうございました。

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有り難し
おきもち

hasunohaに出会えた私は幸せ者。地方の町の小さなお寺に居ます。カニとおろし蕎麦と水ようかんが美味しいですよ。街のイルミネーションはまぶしく、人混みは得意じゃないけれど、ここでの対話があるから孤独じゃない。ありがとう。
一人だけで抱えられるほど軽くないのがイノチ。僧侶となって40年経ちました。 社会福祉士、公認心理師として社会では働いてます。事業や組織を背負うと言えないこともあるけど、仏教を背負うと語る内容も変わります。悩みなくても話してみたいときは相談ください

泣きたいだけ泣いてください。

本当に悲しいことですね。
掛ける言葉も見つかりません。
どうぞ泣いてください。

あなたのお気持ちを
素直にお母さまに話してみませんか?
お母さまと悲嘆を分かちあうことは
お母さまを支えることにもなります。

お祖父さまはもう成仏されています。
西の方角に向いて合掌念仏し
あなたの想いを
お祖父さまにお話しください。

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有り難し
おきもち

 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱サラし、親戚筋の超覚寺に入寺、45歳で住職継職。  遺族の分かち合いやお悩み相談などグリーフサポート活動を続け、お寺の掲示板による法語伝道にも尽力している。カープ坊主の会会員。
こちらに法事が入っていなければ、ご希望の日時に相談させていただきます。 想いを吐き出しても、あなたの環境は変わりませんが、あなたの気持ちは変わっていきます。 どうぞ安心してお話しください。

お母様の心に寄り添ってください。

初めまして、お早う御座います。

私は、病気により妻を看取りました。そして、数年後に過去を追って自分を失いながらも僅かに繋がる糸を切らさないように・・必死に生きていた私を見返りない愛情で包んでくれた彼女を、東日本大震災で突然失った過去があります。

私たちの身体には、幾度もの試練を乗り越えて来たご先祖様や先人方の生き抜いた証でもあり、さらに父母の願いや想いが込められて過去でもない、未来でもない、二度とないこの瞬間を生きています。沢山の命と繋がっているのです。そして、当たり前の様に・・明日が訪れて命があるのではないのです。誰もが、明日の命も明日が訪れる保証はないのです。失った出来事よりも大きな大切な気付きを与えて残して行かれた事だと思います。

お母様の心と寄り添って、命の時間を大切にお過ごしください。人は亡くなると終わりではありません。霊魂は生前愛した人の中に入って、共に思い切り泣いて・・想い出などに共感して過ごす大切な時なのです。そして、新たなストーリーに歩み出す準備をして行く時でもあります。

離れていても、純粋な祈りと思いや願いは必ず届くのです。祖父さまにも必ず届いています。お母さまが、自分自身を見失わないように、あなたを生んでくれて必死に育ててくれたからこそ、今があるのです。それと同じように・・祖父さまもお母様を必死に育ててくれたから、今が成り立っているのです。

今、出来ることを一つずつ丁寧に・・お母さまに寄り添って我慢せずに思い切り一緒に泣き、ご恩返しをされて見ては如何でしょうか?一緒に居ることやご葬儀に出席されるという枠などにこだわらずできる事があります。

この見えない困難と言う嵐が落ち着いた時、しっかりと目の前で手を合わせてください。今は、姿形は見えませんがあなたの側でしっかりと・・思いにありがとうと言って微笑んでくれています。しがらみも、苦しみも、辛さも・・全てから解き放たれ本来の姿になっているのです。

心、切なくなった時はいつでもここに来てください。

祖父さまに心から、南無大師遍照金剛

合掌 礼拝

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有り難し
おきもち

皆様、初めまして。ストレスの多い現代・・お寺とはご葬儀や法事のみではなく、悩みを相談し気軽に参拝出来る”心のよりどころ”であって欲しい・・・その願いを叶えさせて頂きました。仏縁を頂き真言宗の小さな手作りのお寺を開山させて頂き4ヶ月が過ぎました。妻を脳腫瘍で看取り、東日本大震災で彼女を失い、父を心筋梗塞で看取り、障がいのある長男と健常児の次男を育てる父子家庭の父、押し寄せるこれでもか!と来る障害。・・どうにかなるさ!と思考を変え、今日に至っております。一切衆生をお救いする事、それは経験させて頂いた出来事があるからこそ、その痛みがわかるからできるのことです。迷わず、負けずぶれず道一筋に、あなたの希望ある光輝く人生を楽しめますように。濃霧も時がたてば天晴の如く見通しが良くなるように人生の羅針盤となり皆様に寄り添い、慈悲の回向の光を届けさせて頂きます。 開かれたお寺と志を忘れないよう挑み続けます。合掌 礼拝

質問者からのお礼

ご回答くださった御三方、ありがとうございます。
本日祖父の葬儀が行われたそうです。やはり最後に顔を見ることが出来なかったのは辛いですが、今後は毎日少しずつ生前の祖父を思い出し死を受け入れていこうと思います。

当たり前のように明日が訪れて命がある訳では無い、理解しているようで出来ていないことでした。いずれ別れの時が来るとは思っていても、今日も明日も今年も来年も当たり前のようにまた顔を合わせて笑うことが出来るのだと思い込んでいる自分がおりました。当たり前の明日なんてないことを肝に銘じて今後は生活していこうと思います。

母にはまだ何と声をかけていいのか言葉が見つかりませんが、こちらも離れた地からではありますが少しずつ寄り添えるようにしていきたいです。素直な気持ちを伝えるというのもなかなか難しいものですね…

まだまだ心の整理はつきませんし、夜一人になると涙が止まらなくなります。きっとしばらくはこんな夜を過ごすのでしょう。

1日でも早く、祖父の仏前で手を合わせられる日が訪れることを願います。

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