自分のこと
はじめまして。初投稿失礼します。
私はこの春大学生になった者です。
私は幼い頃から気が弱く、泣きたくないのにすぐに泣いてばかりいます。いつも周りの人の顔色を伺い、自分の意見や感情は押し殺していました。とにかく周りから良い子に見られたいと思い、嘘をつくことも少なくありませんでした。
そのためか、小中高と形は違えどいじめに遭いました。今でも忘れられないのは小学生の時に同級生に言われた「泣けばいいと思うなよ」という言葉です。こんな泣いてばかりで意見もろくに言えない自分が大嫌いでした。
いつか大きくなればこの泣く癖は治ると思っていました。ですが、大学生になった今も一向に治っていません。今でも些細なことで涙が止まらなくなります。ふと自分は何かの病気なのではないかと疑いはじめ、SNSや本で調べた結果、強度のHSPであると分かりました。このHSPについて母に説明をしても、遠回しに嫌がられるだけで取り合ってもらえません。最近は私のことを分かってほしいのにと思うことすら烏滸がましいことだと感じてしまいます。
つい先日、ご近所の方からお借りしている駐車場の壁に車をぶつけてしまいました。幸い人身事故には至りませんでしたが、壁の修理と車を修理に出す必要があります。もちろん、アルバイトをしているので修理代は自分で出します。ですが、ただでさえ両親には私立高校、私大と通わせてもらい更には車も買ってもらい何不自由なく生活させてもらっているのにこんな迷惑をかけてしまった自分なんて。と思い詰め、申し訳ない気持ちでいっぱいです。思い切ってこの旨を親に伝えたところ、「まだ学生なんだから。」とか「起きたことはもう仕方ないんだ」と言われました。慰めて元気づけようとしてくれているのは十分理解できますし感謝をしています。でも私はそれを素直に受け取ることが出来ず、なぜだか嫌悪感を抱いてしまいます。親から「もっと強くならなきゃ。泣いてちゃだめだよ」とも言われました。生まれてから18年間ずっとこの弱い心と生きてきた私には強くなる方法も泣かない方法も全く分かりません。
書きなぐったような拙い文章ですみません。読んでいただきありがとうございました。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
こんにちは。
初投稿いただくまでにも気持ちの揺れや不安、勇気などあったかと思いますが、ここに気持ちを書いてくださり、ありがとうございます。
いろいろ辛い経験もあったかと思いますが、大丈夫ですよ。
自信を持ちにくい体験が今までいろいろあったかもしれませんが、まや様がダメというわけじゃないですよ。
HSPについては、ネット情報とご自身の心当たりだけだと「思い込み・執着」を手放せなく恐れもあるので、医療機関も活用した方がいいように思います。「HSPにあてはまる私の状態を家族に理解してもらえず辛い。どうやって家族に理解してもらえる」という聞き方で医療ソーシャルワーカーの助言が聞けるといいのかなとも思います。
(私は特性や傾向と病気は別物だと思う立場です。直す消すでなく、つきあう理解するを大事にしたい路線です)
努力や頑張りだけで何とかしようと思って、学習性無力感に陥るのも悪循環です。
わかっているつもりでも、得意なことと苦手なことを今一度自分自身で理解して、苦手なことを自分に求めない。苦手なことで自分を責めない。
そうやって「できることや得意なこと」ベースで生きる上に必要なたくましさや力強さを身につけていく方がいいんじゃないかなと思います。
「泣いちゃいけないを実践するのは苦手」を自分で受け容れる。
「強い人になることも苦手」も自分が受け容れ理解した上で家族に伝え理解を促す。
人は泣いてイイんですよ。
泣いてばかりでも悪いことないです。
似たお悩みのかたに私は「強い人になるより、弱いままで生き延びる方法を探りましょう」と助言することが多いです。
その方が健康的に生きやすいです。
親にはごちゃごちゃ思わず「ありがとう」でいいです。
今だけで迷惑とか損得考えず、あとで介護が必要となったときにサポートしてあげればそれでプラスマイナスゼロです。
それが互いのチカラを活かしあう関係になると思いますよ。
どんまい!!
質問者からのお礼
お返事ありがとうございます。
なんだかほっとして心が軽くなりました。
今までは治そう、変えようとばかり思っていたのでこれからは「受け入れる」を視野に入れていこうと思います。