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動物たちにお線香をあげたいけれど…

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私は今まで飼ってきた動物・昆虫たちに対して酷い態度をとってきました(基本的に餌と水しか与えずあまり良くない環境下で生活させる・間違った知識で傷つけてしまう・人になつく種類のものではないためこちらから愛情を注がないなど)
早死させてしまうこともありました…

彼ら・彼女らに謝罪したいと思い、供養になればとお線香や香炉、香炉灰を新たに購入しましたのですが「一度始めたら、ずっとやり続けなければいけないのではないか?」と突然不安になりました。

今は謝罪の気持ちもあるけれど、忙しい日々が続けばその想いも薄れ、お線香をあげることも無くなるのではないか。
そうなれば、かえって彼らに対して失礼ではないか。
身勝手ですが、そんなことを思うようになりました。

続ける自信がないならお線香をあげるなどのことは初めからせず、謝罪だけに留めるべきでしようか?

他の相談者さん達は、皆飼っていたペットに対して愛情を持っているか、供養を続けていく意思がしっかりとある方ばかりに思えたので、気になってしまいました。

2020年6月26日 4:54

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

想いが薄れ供養を忘れても、構わない、大丈夫です。

先ずは
仏具を買うまでのその想いを
どうぞ大切になさってください。

家のお仏壇があれば
朝夕にお参りするのは
昔からの日本の習慣でしたが
つい忘れてしまっても
それで天罰が下るようなことは
仏教では言いません。

お参りできる時に
お参りなさってください。

2020年6月26日 9:13
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和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

大事なことは何かを考えて

今まで、虫や動物を少し蔑ろにして来たかもしれないと、自分の行動を反省できたという事は本当に素晴らしいことだと思います。

気がつかなければ、そのままだったのですから…。

もちろん、余裕のある時に線香を供えるなども良いのですが、でも1番の供養は今後虫や動物を今まで以上に大事に思って行動することだと私は思いますよ。

形に囚われず、まず、あなたの生き物を大事に思う心をだいじに大事に育てることが本当の供養になると思います。

線香を供え続けることに神経質になるより、周りの生き物を大切に思う心を大事にしてください。

その心が、今まで蔑ろにした生き物がいたとしたら、その生き物たちへの供養になると思いますよ。

2020年6月27日 0:07
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仏道に入門して36年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

できる範囲で供養してあげてください

ご質問有難うございます。
拝読させていただきました。

生き物を飼うのは、とても難しいですよね。
後悔先に立たずといいますが、酷い態度をとってしまったことは、いくら後で悔やんでも取り返しがつかないものです。

供養というものは、様々な形があります。
それは、感謝の気持ちで「少しでも恩を返したい」という気持ちもあれば、後悔の気持ち「悪いことしたな」というお気持ちもございます。

りりらさんが、自分の知識がないばかりに失わされた命について後悔しておりますね。
できる範囲で大丈夫です。

供養するというのは、何もお線香だけではありませんが、とりあえずお線香をあげられたらいかがでしょうか?

ちなみに忙しいとは、「心をなくす」と書きますが、供養をする心もお仕事や日々の生活で忘れてしまうかもしれません。
しかし、りりらさんの今の供養してあげたいというお気持ちを大切にされたらよろしいのではないかと私は思います。

供養する方法には、決まりはございません。
りりらさんのできる供養の仕方で、買われていた動物や昆虫を安心させてあげてください。

2020年6月26日 5:40
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合掌 私は日蓮宗の坊さんです。 2人の男の子を持つ父親でもあります...

質問者からのお礼

1番大切にすべきなのは「〜せねばならぬ」という形ではなく、気持ち・想いなんですね。
テレビや本・道徳の教科書なんかで何度も見たはずの言葉なのに、分かっていなかった。改めて気づかされました。

今あるこの想いを大切にして、今後の自分の人生にも繋げていけたらと思います。同じことを繰り返してしまわないように…(お線香はとりあえずあげます!)
皆さんお忙しい中答えて頂き、本当にありがとうございました。

「動物・ペットについて」問答一覧

ペットを捨てた

去年の秋頃、犬を拾いました。 夜道を車で走っている際、不自然な歩きかたをしている犬を発見。 体中の毛がボロボロで、また怪我をしているようだったので、動物病院にて処置してもらい、そのまま持ち帰りました。 家に持ち帰ると、母は困ったような反応をしていましたが、 結局、翌日には名前をつけて可愛がっていました。 私は仕事でほとんど家にいないので、世話は母が行ってくれていました。 初日から、犬は異様に私達に懐き、依存的と感じるほどの振る舞いをしていました。その様子から、きっと捨てられた飼い犬なのだろうと予想していました。 半年経ったくらいに、母が円形脱毛症になっていることを発見しました。 犬は年老いており、過去の手術かなにかで下顎を失くしているため口が開きっぱなしで、部屋に染み付くほどの異臭を口から放ちます。 母は異臭や世話疲れから十分な睡眠がとれず、ストレスが溜まっていたようでした。 仕事で忙しい私に気を使い、文句を一つ言わず世話を続け、 症状が体に出るほどストレスを溜め込んでいた母に申し訳なく思い、 犬を捨てることにしました。 動物愛護団体に持っていけば殺処分になってしまうため、 悩んだ末、林に捨てようと考えました。 犬の異常な懐きかたが、「もう誰も僕を捨てないで」と言っているように感じていた私たちにとって、その犬を捨てることはとても残酷でした。 また、年老いて下顎が無く、本来は人間のもとでしか生きていけないであろう犬を林へ放ることは、殺すことと同じだと思います。 捨てる日、母は「ごめんね」とずっと泣いていました。 犬は、林に着くまでの車内で、ずっと私の膝の上から私の顔を見上げていました。 犬を林に放つも、犬はしばらく私についてきていました。 「最後まで面倒見れなくてごめん。幸せに生きてね。」 泣きながらそう伝えると、犬は草むらのほうに入っていき、私についてこなくなりました。 自分が拾ってきて、自分は何もせず、 母と犬に迷惑やら悲しさだけを味あわせ、結局犬を捨てたこと。 悲しい、切ない、罪悪、苛立ちなど 色んな感情や想いがとっ散らかっています。 まとまらない文章でつらつらと長文に仕上げてしまい申し訳ありません。 この出来事を、どう捉え、何をすべきなんでしょうか。 お言葉をいただきたいです。 よろしくお願いいたします。

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亡くなった犬への後悔

正直な所、私が殺してしまったようなものです。 幼い頃から犬が欲しくて、小学生の頃にようやく飼うことができました。 犬がシニアになった頃から大きな病気をいくつも患うようになり、この子の為になるように勉強し、動物病院に勤めました。 犬の体調が悪い時は同伴出勤し、入院した時も長く一緒にいられるように8時に出勤・22時過ぎに帰宅したり、特別に医療機器を持ち帰り自宅でも治療をしておりました。 ですが、勤務先でなくかかりつけ病院で大手術を受け見た目が大きく変わった為、職場の方に根掘り葉掘り聞かれるのが嫌で、その後同伴出勤することはなくなりました。 1番苦しいのはこの子なのに、向き合うのが嫌で家に帰るのが辛くなり、夜遅くまで帰らなかった時期もありました。 ある日の朝、犬の食欲が無く体調が悪そうだったのですが、仕事から帰宅後の様子次第でかかりつけ病院へ行こう考えておりました。 深刻さは理解しておりましたが、今までも何度かあったしきっと大丈夫だと思い出勤しました。 この時に職場の人の目を気にせず同伴出勤するべきだったと後悔しています。 まもなく定時になるという頃に、家から職場に連絡が入り、犬が亡くなっていたと知らされました。 家族は仕事や学校でしたので、犬は最後の瞬間もひとりでした。 家には粗相の跡があり、体も汚れ食餌もできていない状態。 孤独で苦痛に耐えていたのかと思うと苦しい気持ちになります。 家族が帰宅し犬を見つけた時、最後の力を振り絞ったのか、一声だけ鳴いたとのことです。 私は連絡を受けた後直ぐに帰宅しましたが、最後の瞬間に立ち会うことはできませんでした。 死後硬直しかけている少し温かい感触を覚えています。 やりたいことを全て楽しんでから後を追おうと考えていましたが、来年も花火を見たいなど欲が出てしまい、後を追うことをやめ数年が経ちました。 ここまて長々と書き連ねましたが、結局は「私はこれだけ頑張った」とアピールしたいだけ。 誰かに「あなたのせいじゃない」と言って欲しいだけなのかと思います。 最愛の愛犬を殺しておいて、自分だけ救われたいだけです。 犬の死にどう向き合い、自分の気持ちにどう折り合いをつけるのが正解なのでしょうか。 いつか、また犬を飼うことは許されるのでしょうか。 貴重な時間を割き、最後までお読み下さいましてありがとうございました。

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猫が車にはねられてしまいました。

気分転換を兼ねて、いつもは車で行くスーパーへ、徒歩で向かいました。 途中で100均にもより、思ったより時間をかかってしまったので、一旦は家へ帰りかけましたが、Uターンしてスーパーへ向かう事にしました。 幹線道路から数本中に入った道なのですが、割と車が多い道です。 信号待ちをして、渡り始めると、建物の方から黒い猫が横切ってきました、多分私には気が付いていて、人間が来る前に通り過ぎようと思ったんじゃないかな、急いで車道に出て行きました、走ってくる車に全然気が付いていないようでした 「猫!危ないよ!」って言った瞬間、猫も車に気付いて身をひるがえしましたがドンッと鈍い音がしました。 車は走り去って行きましたが、猫は苦しそうにもがいて、のたうち回っていました もう、どうしてあげたらよいのか、パニック状態で、猫がバタバタするのを見ながら、日曜日の夜も診てくれる救急動物病院 を探そうと、携帯は手がゆう事効かずうまく扱えないし 血塗れの猫は、だんだん動かなくなり横たわって でも、 猫を抱き上げる事はできなくて、さすってあげる事しかできませんでした、暖かくて、フワフワなのに。 猫は亡くなってしまいました、目も閉じてあげられなかった。 私が歩いて通らなければ、猫が横切った時に足を止めてあげていれば もっと早く大きな声で危ないって言ってあげれば、 私がスーパーに車で行ってたら、 100均でのんびりしなければ、 そのまま家に帰っていれば、 この黒い猫は轢かれなかったかもしれない 。 子猫じゃないけど、大人猫でもない、中ぐらいの黒猫で、毛並みも綺麗だから、飼われていたんじゃないかな あまりにも、かわいそうで、道路に放っていけないと思っていたら、声を掛けてくれた女性がいて、その方に段ボールをもらって家の玄関まで連れてきました、もしかしたら気を失ってるだけなら、病院へ急ごうとおもって、何度か確認しましたが、もう体温が低くなってしまいました。 私のせいで亡くなった気持ちで、苦しくて 命を奪ってごめんなさい。

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亡くなったペットと新しいペットについて

いつもお答えをありがとうございます。 私には幼少期より共に過ごしていた猫がおりました。 猫は10年以上前に亡くなりましたが、20年の歳月を共に暮らした大切な家族でしたので今でも忘れられず、折に触れてお墓に手を合わせたりお線香や好きだった食べ物をあげたりして供養を続けています。写真や家に残る傷を眺めては懐かしく語ることも我が家の日常です。 物心つく前に犬と小鳥もいたそうですが、こんなに長い時間を共に過ごしたのは猫だけだそうです。 亡くなって10年以上経ち新しく動物を迎えたいと思うことも何度かありました。しかし思い出も家の傷も亡くなった猫だけのもので、新しい動物を迎えることを亡くなった猫は許してくれるのだろうか、嫉妬深かった猫でしたから猫に申し訳ないと思い迎えることができずにいます。 また、生きている以上必ず亡くなる日がきます。亡くなった猫とは長い時間を共に過ごしたこともあり家族一同心から悲しみ、受け入れるまでにも長い時間がかかりました。あの悲しみをまた抱えることへの抵抗が少なからずあり、総じて私たちにはまだ迎える準備ができていないのだと話し合ってきました。 前置きが長くなってしまいましたが、新しい動物を迎えるとしてそれを亡くなった猫はどう感じるのだろうか、許してくれるのだろうかと思っています。 また猫ばかり供養しているわけですから、犬や小鳥はどう思っているのだろうと申し訳なくなってきました。あまり思い出もお墓もなく伝え聞いているだけの犬と小鳥に、どう思えばいいのか正直わからないところです。 仏教にはこのような場合への教えはありますでしょうか。 お答えをいただけたら幸いです。

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