とりあえずやってみよう が嫌なんです
企画を決める時には、それを成功させるために、期間、大きさ、金額、人員、時間などリサーチし相談、話し合いの上で決めなければいけないと思います。
私は先輩からそう教わりましたが、その先輩方々はそれを「なんとなく、だいたいこれくらい」「こんなことになるとは、どうしょう」「でも、まぁなんとかなんでしょ」と言います。上記のことばかり言うもんですから、本当に大丈夫なのか、不安だと強い口調で全員のまえで言いました。
が、とりあえず現状決まっていることだけを、脈絡もなく告げられ、時間、人員配分、私自身の役割の説明もないまま「とりあえずやってみよう」と言われました。
途中から怒りじゃなく笑いが出そうになり、マスクがあってよかったです。
人の思考を変えることは難しいし、こちらの気力が削られることは分かっています。
ただ、失敗すればいいという嫌なことも考えてしまいます。
私は今後、どういう気持ち、態度で先輩達と接していけばいいでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
仕事には感情を持ち込まない
企画を立案する時は、企画書というものがあると思います。企画書には達成した時の最終形を具体化し、達成するために必要な手順、予算、人員、期間などを明記します。さらに何故この企画が必要なのかという背景を説明します。また、予測できる難題や未達成の場合の弊害なども書いておくとわかりやすいものとなります。
これらが不明確なままで企画を実行に移すと、あなたが心配されるように不安になりますし、失敗する可能性も高くなります。
物事を始めるとき、準備が完璧に出来れば8割は成功したも同然と言います。それほど準備というものは大切なことです。もしあなたの職場が過去にも、「とりあえずやって見よう」というやり方で来たのであれば、すでに結果は出ているはずです。それでうまく行ったのであれば、企画にそれほどこだわる必要はないかも知れません。上手く行ってないなら問題点を抽出し、課題として次の企画に生かさなければなりません。
具体的なことはご相談内容だけではわかりませんが、先輩方々は何となくマンネリに陥っているのではないかと思われます。それに対するあなたの不安や不満は理解出来ますが、強い口調で言うまでのことではなく企画の修正案として意見を述べたり、補強案として提出すれば済むことではないかと思います。
仕事に感情を持ち込むと誤解されやすくなりますので、仕事として淡々とこなして行けばいいのではないかと思います。
追伸
お返事ありがとうございます。仕事に求められるのは的確な判断と素早い実行力です。これらは現状を冷静に分析することによって得られます。これからもお仕事頑張って下さい。
安心感の共有がない?
実験してみてわかることもあります。
失敗しても良いという「安心感」を、チームの中であなただけが共有できていないのは、なぜでしょうか?
長期的に見てみれば、今回はただの実験や練習であり、命がけで行う必要はない段階かもしれません。
「とりあえずやってみよう」の「とりあえず」は、今回は肩ならしにすぎないという意味ではないでしょうか?
質問者からのお礼
りゅうよう様
お返事ありがとうございます。
自分の不満や不安が膨らみすぎて感情的にになっていました。
先輩方には感情的になってしまったことについては謝罪し、今後きっと同じようなことがあるでしょうが、淡々と業務をこなしていこうと思います。
話を聞いて頂きありがとうございました。
願誉浄史様
お返事ありがとうございます。
安心感が自分にだけないと指摘され、自分自身と向き合っているところです。
やってみようがポジティブではなく無責任な言葉に聞こえてくるからなのか。
話を聞いて頂きありがとうございました。