嫌なことがあった時の対処法
こんばんは。いつもお世話になり、ありがとうございます。
質問です。
嫌なことがあった時に、
あからさまに、不機嫌になったり、
他人から、腹を立てているな、と思われたくありません。
自分自身が未熟で、謙虚じゃないせいで、腹を立てたりするのだと思うのです。
嫌なことがあっても、穏やかに心やすらかに過ごせるコツのようなものがあれば、お知恵を拝借したいです。
人前ではなんとか我慢してるつもりですが、腹を立てているのは、底が浅いので、バレてると思います。発狂しそうになります。沸点が低いです。ひとりになると、泣き叫んだりします。
負の感情に振り回されたくありません。
他人には期待しないようにしてるのですが、理不尽なことがあると、腹が立ちます。
考えないようにしようとしていても、とらわれてしまいます。
心が健康な状態で、過ごしたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
先に私に「たてごと」があると知る。
心が自由自在、おだやかなる人は、何事があっても心をそこにとどめません。
川の流れや滝というものは常に形が変わっていながらも、人間はその水の流れを川と呼び滝と呼びます。
カーナビや地図では川のカタチは変わりません。
現実の川の流れは台風で形が変わっていながらも、カーナビ上では過去のデータのままです。
この過去のデータのままであるという所に鍵があります。
人間の頭は目の前の変わりゆく現実よりも、脳内データを今も続いている真実であるかのように錯覚しているのです。
現実の川の流れ、形は雨の量で変わっているのに、頭の中のカーナビデータが古ければ現実と流れとズレが生じます。
虹上でもデータの方を真実と錯覚してしまえば、生きて動いている現実とのズレが生じます。それが迷いというもの。
単純に、キッチンの水の流れはどうでしょうか?
流れている時は流れている時。
止めれば水の流れも、水の落ちゆく様も止まります。
蛇口の水を止めたのに、水が流れていると思い込んでいるのはおかしいです。
水を止めても流れてしまうというのであればそれは蛇口の故障、水のトラブル、クラシⓅンです。おなじように過ぎ去ったことを今もあたかも継続しているかのように錯覚するのが脳のトラブル「執着」や「悩み」というもの。これが続けばまさしく生活暗です。くらし闇…。おっと。
家庭で嫌なことがあった、夫とすれ違いがあった、子供が思い通りになってくれない、親とうまくいかない、仕事・職場で嫌なことがあった、そういう時に心はそのことに反応し、つらい状態が続きます。それを、とどめてしまうということがあろうかと思います。
それが執着ということの流れ、事象の川・滝の流れをひとすくいして、そこ「だけ」を握り続けている様子です、もう流れているのに。もう、そのことは去っているのに。
生きた事実の方に目を向けて過ぎたことをとどめないという方法も執着を無くす良い方法ですが、もっと良い方法は、あらかじめ自分の要求や設定持ち込まないことです。望ましい状態や条件付けがあると人間は思い通りにならない時に心がプンプンします。いやな事になってしまうのです。社会に存在する自分と波長の合わない人間も、他の人にとってはイイ人だったりするもんです。
では、誰にとって「嫌な」ことなのか。
そこに事前に「たてごと」があることに心を鎮めて目を向けてみましょう。私、という。
私も振り回されています。
bmj BMJさん、ご質問ありがとうございます。
セルフケアを探してみてはいかがでしょうか?
ストレス解消といっても良いのかもしれません。
不機嫌にもなり、腹も立つのが私です。他の私はどこにもおりません。
質問者からのお礼
回答をいただき、ありがとうございます。お礼が遅くなり、申し訳ありません。自分を持ち込まないというのは、難しいですね。でも、そうできるように努力したいです。
ストレスは猫たちのおかげで、あまりないと思っているのですが。。。
働き続けなくては、いけませんし、ひとりでは生きていけませんし、世の中きびしいですね。
それでも、自分は恵まれているのでしょうが。