回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
全然問題ありません。
ご質問拝読いたしました。
仏教とは、
仏さまになる道、
仏さまになるための教えです。
富士山登頂に喩えると、
静岡県から
山梨県から
またどの道を通って
登るのかと
いうことだと思います。
愚僧は
修験の真似事を
長年しておりました。
真言を唱え、
印を結び、
心に諸仏諸尊を
念じて、
全国の諸霊場を
巡っておりました。
しかし、
この道は果てしなく厳しい。
衆生済度には、
易行道、念仏の道が
相応しいと
転派いたしました。
逆もまた真なりです。
必ず観えてくる世界が
ございます。
精進さないませ。
お幸せを祈念いたします。
両方とも大切にしてください
こんにちは。
ご家庭の宗派が浄土真宗であるが、真言宗の教えが気になっているのですね。
信教の自由が憲法で保障されていますので、お家の宗派とご自分の信仰を別々に持っていても何の問題もありませんよ。ただし両方とも大切にしてください。
あなた個人の信仰は自由です。
いろいろ知ってください。
ご質問文拝見したところ
個人の「信仰」としての真言宗、家の「宗旨」の浄土真宗の狭間で悩まれていると感じました。
少ない情報で判断を急がず、真言宗の教え、浄土真宗の教えを知ってください
同じ仏弟子として共通すること、本尊の違い、はたらきの違い、についての情報を集めてください。その上での理解だと必ずしも結論を急いでの択一が最善でないことに気付くと思います。僧侶として道を究めるわけでないなら双方のいいとこどりでいいと思いますよ。
真言宗から見た浄土教と浄土真宗から見た真言の視点が完全に一致しているわけではありません。
でも、浄土真宗僧侶の私は震災追悼や児童福祉などの社会貢献活動分野で真言宗や他宗の僧侶から学ぶこともたくさんたくさんあります。
私以外でも真言の教えに尊さを持っている僧侶はいると思います。
真言宗でも浄土の教えに興味を持たれた方は過去にいらっしゃいます。
智山派の覚鑁上人はたしか、浄土に関する研究をされていたと記憶しています。
私のところには
「最近規則が変わり、本山での戒名納骨を断られた」と泣いて相談にいらっしゃった方、
「実家の宗派と同じ様式の戒名をつけてあげたい」という相談もありした。
また「修行で心折れそうなときに必ず救う阿弥陀如来がどれだけ心強いか」という言葉や「大日如来が阿弥陀如来のはたらきをすることがあっても、阿弥陀如来が大日如来にはなれない」という話も聞きました。
仏教をもっと知っていただいてから、選んでも遅くないかと思います。
参考になれば。。
質問者からのお礼
回答大変ありがとうございました。
基本は、仏教みんな同じ方向に向かっていることに、
分かりました。
回答に、大変感謝致します。