お金がさきですか、奉仕が先ですか
生きていくためにお金は欲しいけれど、お金を稼ごうと思うと、気持ちが荒んでしまいます。競争も嫌いで、この競争社会では生きづらさを感じます。自分ひとりのために生きている気がして、空しくなってしまいます。もともと、勉強は苦手ですが、人の役に立つことなら勉強が好きになれます。
ある経営者が、「人に奉仕したいと思うなら、まず資金が必要だから、そういう高尚な目的は後にして、まずはお金を稼ぐことにフォーカスして、大義は捨てろ」といわれていましたが、それは本当でしょうか。
また昨今、「やりたいことを仕事にしろ」と世間でいわれますが、私の場合、好きなこともやりたいこともありません。
競争に勝ったり、ことによって収入を得るという生き方ではなく、サービスを提供しようとしているうちに、自然に収入を得られる生き方は駄目でしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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give&take
入口が違う程度
こんにちは、初めまして。
あなたは、「ある経営者」の言葉に考えさせられて「それは本当でしょうか」と問うています。それは、会社なりを「経営者」として運営していくためには、仕入れの資金や人件費等の原資が必要だから、そこに「フォーカス」する必要があるという意味のことを言っているのでしょう。
ここまで書いて、良くわからないのがあなたの背景、この問題への立場です。
今、どちらかにお勤めで、労働者としての自分に疑問を持ち、「サービスを提供しようと」何か事業を展開しようと考えているという立場でしょうか。それとも、現在労働者としての立場で、「競争」ではない労働形態を探している、ということでしょうか。
その点がわからないので、「お金がさきですか、奉仕が先ですか」という問いには答えにくいのです。漠然とした一般論よりも、あなたの具体的な立場に対する回答をしたいと思うからです。
とはいえ折角なので、一般論を簡単に言います。
善意の「サービス」が「自然に収入を得られる」道になることもあるでしょう。しかし、それはどれだけ小規模であっても、やがて「経営」という観点がどこかで必要になって来ると思います。
一方、「経営」でお金に「フォーカス」してばかりでは、この資本主義社会では生き残っていけません。従業員を思う健全な経営、社会をより良くする方向性・理念や、快適な「サービス」が伴っていないと淘汰されるからです。
何れにせよ、その「奉仕」が先でも、「お金」が先でも入り口が違う程度の話だと思います。いずれ、同じことに悩むのですから。
簡単には以上です。
追記
ご返信ありがとうございました。
ご事情が分かりました。
お役に立てれば何よりです。
また、ご質問下さい。
「衣食足りて礼節を知る」が当てはまります
昔に福祉活動・市民活動に注力し、ボランティアにて自分のお金も随分使いました。
結果、お金が尽きても、私生活・仕事も犠牲にしてやらなければという義務感により、やがて潰れました。
余裕が無いと継続するのは難しいものです。
「衣食足りて礼節を知る」ということであります。
物心両面で余裕を持てるようにしてからが良いでしょう。
川口英俊 合掌
質問者からのお礼
釋 悠水様
ご回答をありがとうございます。
お答えの難しい抽象的な質問をしてしまいました。
小規模の経営をする立場で、質問いたしました。
勉強になりました。
川口英俊様
ご回答をありがとうございます。
自分が最低限の経済力を持っていないと、奉仕はやはり難しいということがわかりました。
それよりも、川口様が身を粉にしてボランティア活動をしておられたことに、感動いたしました。模範とさせていただきます。
和田隆恩様
ご回答をありがとうございます。
奉仕が先ということを肝に銘じておきたく存じます。
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いつも無償でご回答くださり、感謝の念に堪えません。
本当にありがとうございます。