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大事な人を二人も失くしました

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有り難し有り難し 28

初めまして。長らく辛い日々が続いています。一年半ほど前に片親を亡くし、その後、彼女(婚約者)に別れを告げられました。
その後、ボロボロの心で何かに惹かれるように巡礼に出かけ霊場各地を巡りました。自分の未熟さに気付くとともに大切な人を失くす前から平凡な事が至極の幸せであると思いながら過ごしてきたにも関わらず、それすらも理解し切れていなかったのではないかと思い知りました。
巡礼の途中、京都で事情を知った尼さんから、「辛いことがあっても試されてると思ってしっかり生きて行けば、必ず仏さんは見てくれている」という言葉が心の支えとなっています。

一時は吹っ切れたと思っていましたが、やはり辛いという気持ちに変わりはありません。親を亡くし、事後処理に追われ半年ほどのちに婚約者は僕の元を去りました。恐らく、色々なことにいっぱいいっぱいになっている僕が頼りなく思えたのでしょう。

周りの友人や、同年代の人が結婚したり街でカップル等を見かけると胸をえぐられるように辛いです。
また、亡くなった母に対しても子供として何も恩返しできず、これからもっとしてあげられるはずだったのにと申し訳なさと、なぜ救ってあげられなかったのかという気持ちでいっぱいです。
正直なところ、なぜ周りの人は物事がトントンすすんでいくのになぜ自分は思わぬところでつまずいてしまうのかと辛くなります。

しかし、最後はどこかで必ず自分にも幸せが訪れると信じで日々過ごしております。こんな僕にこれから日々を過ごして行く上でのアドバイスをいただけないでしょうか。よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

過去と、今と、未来と

vinceroさま、はじめまして。なごみ庵の浦上哲也と申します。

ご質問を読ませて頂き、私も胸が詰まるような思いがいたしました。
お母さまを亡くし、婚約者とも悲しい別れをされたのですね。

人にとって、親は自分の過去、配偶者は自分の今、子どもは自分の未来を意味するのだそうです。vinceroさんは、過去と、今と、もしかしたら婚約者との間に出来ていたかもしれない未来を、短い間に失ったのです。

そんなvinceroさんが嘆き悲しんでいるのを、誰が責められましょうか。大いに悲しむべきです。涙を流し、泣き叫んでこそ、立ち直る力が湧き出てくるのだと私は思います。

母を失うのは、男性にとっても女性にとっても重大な事です。私は「死の体験旅行」というワークショップを主催していますが、このWSに参加した方は自分の最も大切なものを見出します。そしてそれは、圧倒的に「母」が多いのです。

vinceroさんならずとも、自分が生まれてから母親が亡くなるまで、母親が存在しないということは有り得ない事態でした。ですから誰にとっても異常事態なのです。だから悲しんでいいのです。

そして愛する人を失ったのですよね。これも辛いことです。相手が生きてこの世に存在するだけに、もしかすると母を失ったことより辛いかもしれません。

大きな2つの悲しみを背負って、よく耐えていらっしゃると思います。もし自分だったら耐えられるかどうか、自信がありません。

そしてよくぞhasunohaを見つけ、その辛いお気持ちを打ち明けて下さいました。vinceroさんのお気持ちが回復するには、まだまだ時間がかかると思います。辛い時には、どうぞhasunohaでも直接でも、そのお気持ちを打ち明けて下さい。何も良いアドバイスなど出来ない私ですが、そのお気持ちをお聴きすることはできます。

最後に…私もvinceroさんに幸せが訪れるよう、心から念じております。

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...
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命が尊いのなら、死もまた尊い。

vinceroさん、はじめまして。
長谷川哲真ともうします。

お母様の死を迎え、心が不安定になってらっしゃる様子ですね。
母親という、自分の人格形成に最も重要な存在が、
死という変化を迎えたのだから、当然の事と思います。

母親は、子の人格の一部を担っています。
その事は、子どもが友達と喧嘩したとき、
「お母さんに言いつけてやる!」と言うのに、よく現れています。
子にとって、母は内なる存在です。

ところで、あえて「死という変化」という言葉を使いました。
人は必ず死を迎えます。
しかし、内なる存在である母は、消えることはありません。
お母さんは、たとえ亡くなっても、お母さん。
私は、たとえお母さんが亡くなっても、お母さんの子です。
その母が死を迎えたとき、内なる母がどの様に変化するかが
その後の人生を大きく左右します。

死には、幸福も不幸もありません。
生まれた者に平等に訪れるものです。
しかし、死をどう受け止めるかは、人それぞれです。

世間では「命は尊い」と言われます。
命の中身は、生・老・病・死です。
命が尊いのならば、
生も、老も、病も、
死もまた尊いのでは無いでしょうか。
その尊い死とは、仏様になるという死です。
仏となって、あなたの仕合わせを願い生きる力をもたらす存在になるのです。

「死」の事を「成仏」という言うことがありますが、
その裏には、亡き方を尊く思い、
その尊い方に支えられて生きてゆくという意味が隠されています。

死を尊く受け止める事が出来ると、命そのものを尊く受け止める事が出来ます。
vinceroさんが、vinceroさんの命を尊く思うのです。
その思いは、元は、お母様がvinceroさんの事を尊く思う事から始っています。

死は亡き方との関係を大きく変えますが、
心の中の対話が無くなるわけではありません。
是非、vinceroさんの内なるお母様を尊く思い、
そのお母様に、尊ばれる人生を送られて下さい。

合掌

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45歳 独身 銭湯通い 浄土真宗の僧侶だけど、「中観派です」って言って...
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空と縁起

vincero様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「愛別離苦」・・最近は下記問いにて扱わせて頂きました。

問い「父にどう言うべきか迷っています。」
http://hasunoha.jp/questions/426

愛別離苦のみならず、生・老・病・死、怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦と・・私たちには様々な苦しみがあります・・

仏教では、これらの苦しみの根源として、「実体へのとらわれ」を一つの大きな問題として考えることとなります。

この世におけるあらゆるモノ・コトにおいては、それそのものとしての自体・実体・自性において成り立っているものは何らとしてありません。このことを仏教的には「空」と申します。

ところが、私たちは「無明」という根本的な無知のために、そのことが分からずに、実体へのとらわれ、執着が生じてしまい、それが多くの悩み煩い(煩悩)のもととなってしまいます。

そして、煩悩による行為が悪業となり、その悪業によって、この迷い苦しみの輪廻をいつまでも彷徨い続けてしまうことになります。

そのため、その根本的な問題としてある「無明」を対治していくことが仏道において求められるものとなります。

と申しましても難しいのも確かです・・

そこで、最近では「縁」ということについて、今一度しっかりと改めて考えて頂くことをお勧めさせて頂いております。

あらゆるモノ・コトは、実体が無いと申しましても、何も無いということではありません。確かにモノ・コトは有ります。有りますが、そのありようは「縁起」として、ということとなります。そして、無数の「縁」を通して、更に様々に留まることなく変化していくものであります。

この「縁」を正しく理解していくことで、現実のモノ・コトのありようを真正面から捉えることができるようになれば、死や愛別離苦の現実も受け入れられつつ、ではいかなる「縁」を実際に調えていければ良いのかということも少しずつ分かってくるのではないかと存じております。

「幸せ」につきましては下記の拙回答にて扱わせて頂いておりますので、どうかご参照下さいませ。

問い「生きる目的が見つからず、就職するのが憂鬱です」
http://hasunoha.jp/questions/508

vincero様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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質問者からのお礼

浦上様
ありがとうございます。今日は母の日ですが、ラジオで亡き母の思い出というテーマでトークが交わされていました。マザコンという批判的な表現もありますが、誰にとっても母親は大きな存在ですね。前向きな気持ちで進んで行きたいと思います。

長谷川様
今でも母が亡くなったことが夢のように思え現実ではないように思えることもありますが、心の中の母を大切に母に尊ばれるような生き方をして行きたいと思います。

川口様
愛別離苦という言葉を何年か前にテレビで耳にして「それは、大切な人との別れはつらいよな」というような漠然とした感じで分かったように思っていましたが、母が亡くなり切実に実感したのがこの言葉でした。実感するまでは分からないような感覚で、分かったようなつもりになっていたけれどももう少し深く考えれていれば母にもう少し孝行して上げられたのではないかと後悔しております。これから、良い縁を築けるように精進して行きたいと思います。

「親・家族・恋人・大切な人の死が悲しい・乗り越え・立ち直る」問答一覧

私のせいで母は天国にいってしまった

母をくも膜下出血で亡くしました。 自宅で私と一緒にいたのですが、 朝起こされて見ると廊下に倒れていて 痛いと言っており、どこが痛いか聞いても痛いしか言わないので怒ってしまいました。あのとき病院に連れて行っていたら助かったはずなのに… 廊下で寝だしたので布団を掛けて、寒いと言うので暖房を付けて、私は母が眠っている間に家事をしていました。一度母は起きてトイレに行き、また廊下で寝ていました。しばらくして起きてこないので起こそうと思って横向きに寝ている母を起こすと、既に息はしていませんでした。救急車に運んでもらいましたが、既に手遅れ。息がなくなっていたのはお医者さんによると救急車を呼ぶ30分前くらいだったそうです。私が早く病院に連れていけば、痛いと言った時優しくしていれば、もっと母と仲良くしていればこんなことにならなかったのに。私が今まで母に優しくしてこなかったせいで、まだ60歳にもなっていない母を死なせてしまいました。 母に謝りたいし、感謝の気持ちも、大好きだという言葉も伝えたいに、もう母に私の声は届きません。母が最後に聞いた私の声は、きっと怒った声です。 母は生まれ変わっても私と一緒が良いと言ってくれたことがありますが、こんな私に対して今も思ってくれてるでしょうか、思っていてほしい。こんなひどい私だけど思っていてほしいと願ってしまいます。 母を死なせてしまった私が、今母のためにできることは何なのでしょうか。私の思いは母にどうやったら届くのでしょうか。

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祖母、母と相次いで亡くしました。

初めて質問させていただきます。 昨年10月末に祖母(97歳老衰)を、11月中旬に母(67歳病死)を亡くしました。祖母と母は実の母子です。たった二週間の間に二人も亡くしたのですが、全く悲しくありません。祖母への感情は老衰なので「素晴らしい生き様を見せてもらえた」と思い、母への感情は長らく闘病していて最後は祖母の葬儀にも出席出来ないほど衰弱していたので「やっと楽になれたのかな」と思っています。二人が亡くなる1~2か月前から両者とも危ない状況が続き、電話が鳴る度に動揺したり父と病院へ対応しに行ったり、正直その事に疲れきっていた…誰にも言えませんが、そんな思いもあります。(私自身も仕事と家事と育児と毎日フル稼働) 母とは、私の物心ついた頃から愛情は感じておりましたが、過干渉なプチ毒親で、過干渉以外にも価値観の押し付けや、意見すると見放す発言等、良い親子関係だったとは言い難いです。病気になってからは弱音を吐いたりするようになっていましたが、完全に寝たきりになった昨年夏からは「誰とも会いたくない、あんたや孫にもこんな姿見せられない!」と…近くに住んでいるのに拒絶され、祖母のことがあるまでは会う回数も減っていました。私はその時「最後まで勝手な人だな…」と思っていました。それでも体調が良い日は電話をかけお互いに色々な話をして、生んで育ててもらった感謝を伝えたり、母の過去の過ちを謝ってもらえたり、最後には今まで絶対にしてもらえなかった「褒める」をしてもらえました。その時初めて「あぁ私褒めてもらいたかったんだ…」と母に対する負の思いが払拭出来たように感じました。それから少しして、母の死を迎えましたが悲しいというよりは、むしろ今は母を近くに感じています。きっと私の中にいてくれるし、孫やその先代々まで…と考えると不思議と悲しくないのです。私の子供たちにもそう伝えています。 周りの人や職場の人からは「お辛いでしょうが…」とか「これからだよ喪失感…」とか言われるのですが、正直「???」と思って聞いてます。 そこで、質問ですが、この思いは「今」だけなのでしょうか?この後、猛烈な喪失感に襲われるのでしょうか?私が二人の死を受け入れきれていないのでしょうか?この「悲しくない」の感情は罰当たりな考え方なのでしょうか? 拙い文章で恐縮ですが、是非お答えいただけますでしょうか。よろしくお願いいたします。

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回答数回答 1

父の死について

私はずっと父について後悔してることがあります。 現在私は母と姉の3人で暮らしてます、父は、7年前癌で亡くなりました。 亡くなる1、2年ほど前、健康診断に再検査の文字があったと父は夕食を食べながら軽くいつもの雑談という感じで話してました。 私も深刻に受け取らず大丈夫でしょ、と父に軽口のように話しました。 母と姉が検査したほうがいいと言う中、父は私の言葉を信じてしまったのです。 そして異変を感じた時には手遅れになりました。 母は時々父は検査をしなかったことを後悔していた、すればよかったと言っていたと思い出したかのように話しますが、家族は皆私が言った軽口を覚えていませんでした。 父が自分で検査をしなかった、馬鹿な父だと思っています。 あんなにも母と姉は心配し、助言したにも関わらず、父は私の言葉を信じてしまったばっかりに寿命を縮めたのです。 私が殺したのです。 当時私は成人したばかりで親孝行なんてしたこともありませんでした、そして最後までまともに親孝行できずに父はいなくなりました。 お見舞いは弱っていく父を見たくなくて殆ど行かず、20歳にもなって人が亡くなる事が理解できず父の遺体を見て笑う始末。現在、家族と墓参りに行っても墓を見るのも嫌です。 夢で時々父に会いますが、起床後は嬉しい気持ちよりも、なぜ父が死んで私が生きてるのか考えてしまいます。 現在、母にはできる限りの親孝行をしているつもりです。 しかしずっと家族の為に働き続けてきた父には何もすることが出来ず、病気で苦しんで亡くなりました。 亡くなったのは随分前のことなのに今でも父の生前話を明るくできません、どのように気持ちを整理しらいいのかわからないのです。 いつか母が亡くなることを考えると耐えられるか自分にはわかりません。 どうやったらこの気持ちが楽になるのでしょう。

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友人の死 生きていきたくない

先月、友人が亡くなりました。 突然の病死でした。 生まれた時から一緒で、あんなに大切な存在はいませんでした。きっとこれからも出会えません。 まだお互い大学生です。 彼女も私も自分の夢に向かっているときで、余裕がなくて全然連絡を取れていませんでした。 失ったのは彼女という存在だけでなく、彼女の家族との関わり、これまでの思い出、一緒に関わってきた人たち、などの関係も壊れてしまいました。 私ほど彼女と仲が良かった人はおらず、かといって家族でもない。 誰ともこの孤独と耐えられない胸の痛みを共有することはできません。 今とても不安定で、もともと悩みばかりだった生活が、彼女の死によって一気にどん底に落ちてしまいました。 なぜ彼女が死ななくてはならなかったのか、なぜ私は大切な友人と生きていくことを許されないのか、なぜ周りの人は生きているのに彼女だけ、どうしてあんなに大切な子を失わなくてはいけないのか 考えても考えても何もわからず、苦しくて胸が張り裂けそうになって、全て諦めたくなるのです。 こんなに辛い生き地獄を生きなくてはならないのなら、いっそ死んで楽になりたい。 彼女の元に行きたいわけではありません。きっと自分が楽になりたいだけなのです。 彼女がいない現実をこの先何十年も生きていくのが怖いのです。 私はどうしたらいいのでしょうか。どのように考えたら救われるのでしょうか。生きていかねばならないのでしょうか。

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夫と死別しました

夫を自死で亡くしました まだ26歳でした 結婚して3年目1歳の娘がいてマイホームを購入し、さぁこれからと幸せな未来を考えていたとこでした。 ずっと仕事で悩んで暗い顔していていたのにどうしてあげることもできず… 今思えば助けを求めていたのに助けてあげられませんでした。 最後に家を出たときに無理に笑ってじゃあねって言った顔が常にリピートされて あのとき嫌な予感がしたのに引き止めなかった自分に腹が立ちます。 毎日後悔ばかりで夫がいないことがつらすぎて息も苦しくて生きてるのがいやで夫と同じ方法で同じ場所で死にたいと思ってしまいます。 ですが娘を1人にするわけにいかないので生きていかなくてはいけなくてもどかしいです ここ何日か泣きたいのに泣けなくなってしまって 遺骨は夫の実家のほうにあり側に夫がいないというのもありますし 両親が泣いてる姿を見ると私はたった4年一緒にいただけなのだから 悲しんではいけないと思ってしまいます 夫にとって私と娘が1番だとわかってはいますが 周りが私に気を遣い夫から離されると本当に愛されていたのかわからなくなってしまいます 悲しいのにどう悲しんでいいかわからないんです 本当は遺骨のそばで1人で夫に話しかけて泣いていたいんです 普通に仕事に行き普通に笑っている自分が怖くて嫌いです 私はずっと夫の奥さんでいたいと思っています ですが夫の両親は違う人と結婚してほしい 背負っていくのは親の役目だからと… 私はずっと背負って生きていってはいけないんでしょうか ずっと愛していてはいけないのでしょうか 夫を亡くしただけでも引き裂かれるようにつらいのに 想うことさえも奪われたら生きていけません。 夫にものすごく会いたいです…

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大好きなおばあちゃんが亡くなりました

今週大好きなおばあちゃんが亡くなり毎日泣いています。 祖母にとって私は初孫で一番思い入れがあったようですごく可愛がってくれました。祖父と2人揃って私の花嫁姿とひ孫を見るまでは死なないよといつも言ってました。 私は2年前に結婚式をして、祖母達は参列できませんでしたがDVDや写真で見せることはでき喜んでくれて、1年前に妊娠した時も喜んでくれましたが初期で赤ちゃんの病気が分かり人工死産をし、悲しい報告をしてしまいました。 それから半年以上経ちまた妊娠して報告できました。 しかし祖母は元々心臓が悪く結構悪化してて月一くらいで会いにはいっていましたが、先月は行けなかったんです。 同居してる従姉妹から連絡があり、先週家に行った時は意識はあったけど目も開かず喋ることもできず。 家族がみんな集まって性別わかったよとか祖母にたくさん話しかけたりしに行ったその次の日の明け方に亡くなりました。 心臓が悪いため生前苦しそうな時もありましたが亡くなる時は安らかに眠るようだったということを聞いた時は少し安心しました。 最後にちゃんと話したのは先々月。 祖母の家に行ってお話してる時に祖父もお喋り好きなので祖母と話してるとよく割って入ってくることが多く、私は特に気にしてなかったですが、祖母は私が帰った後に従姉妹にもっと私と話したかったのになと言っていたそうで、もっと一緒にいればよかったと後悔しています。 定期的に会いに行けてた方ですが、もっと祖母と話せばよかった、先月会いに行けばよかった、もっと早く妊娠してればひ孫見せれたのに、祖母はもっと話したかったのかな、心残りだったのかなと毎日考えて泣いてしまいます。 1人目妊娠した子を亡くしたのも1年前の12月でみんなからは祖母が様子見に行ってくれたんだよとか励ましてくれます、 妊娠中なのもあり元気に産まれてくることが祖母にとっても嬉しいことだと思うので前向きになりたいですが全然なれそうにありません。 祖父に祖母の分まで抱っこしてねと話してますがやっぱり祖母と揃って会って欲しかった。 夢で会って祖母と話すまでしないと気持ちは楽になれそうにありません。 長々とすみません。 どのようにして立ち直ればいいのか教えて頂きたいです。

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父親が亡くなり3年半が経ちますが。

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母と別離。虚しい気持ちから抜け出せません

数ヶ月前、母が癌で亡くなりました。まだ50代前半でした。 長かった闘病から開放された母のことを思えば、きっと今は安らかなのだから、悲しむことばかりではないと思うのに、夜になって布団に入ると、涙が止め処なく溢れて止まりません。 私は実家暮らしで、過保護な母に甘えて育ったところもあり、母が癌になってからも、通院も介護も最期までずっと一緒でした。 今までの人生でも泣いてばかりでしたが、こんなにも深くて底が無い、別離の悲しみというものを知りませんでした。 この悲しみを知らないままで居られたなら、どんなにか幸せだっただろうかと。 神様仏様が居られるなら、なぜ今この時、この瞬間の悲しみからは救ってくださらないんだろうと自分勝手なことを考えてしまいます。 どこまでも他力本願な考えです。 また、最後には耐え難い別離が待っているのだと思うと、人と関係を深めることも避けてしまいます。 ここ数年、四六時中、病気や死に纏わることが頭から離れません。 そしてまた、この虚しさは今生きている人間では誰も、根本的な解決はできないと考えてしまいます。 他の人の体験談や仏教の教えなどを読むと、その時は気が紛れるものの、結局は一時的なもので、この先の人生を明るく楽しく生きていくなんて、とてもじゃないけれど無理だと感じます。 いつかは、自らの死によってこの悲しみから開放されると考えると気持ちが楽になりますが、自死する勇気はないです。 母は最期まで前向きな人だったので、こんなことを考える今の自分は本当に情けなくて、顔向けできません。 変わらない絶対の安心という境地に至れたらと願いますが、今の自分には信じられません。 元々、神経質でネガティブな性格でもあり、この堂々巡りの暗い考えから抜け出す方法が分かりません。 長文失礼致しました。

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