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大事な人を二人も失くしました

回答数回答 3
有り難し有り難し 24

初めまして。長らく辛い日々が続いています。一年半ほど前に片親を亡くし、その後、彼女(婚約者)に別れを告げられました。
その後、ボロボロの心で何かに惹かれるように巡礼に出かけ霊場各地を巡りました。自分の未熟さに気付くとともに大切な人を失くす前から平凡な事が至極の幸せであると思いながら過ごしてきたにも関わらず、それすらも理解し切れていなかったのではないかと思い知りました。
巡礼の途中、京都で事情を知った尼さんから、「辛いことがあっても試されてると思ってしっかり生きて行けば、必ず仏さんは見てくれている」という言葉が心の支えとなっています。

一時は吹っ切れたと思っていましたが、やはり辛いという気持ちに変わりはありません。親を亡くし、事後処理に追われ半年ほどのちに婚約者は僕の元を去りました。恐らく、色々なことにいっぱいいっぱいになっている僕が頼りなく思えたのでしょう。

周りの友人や、同年代の人が結婚したり街でカップル等を見かけると胸をえぐられるように辛いです。
また、亡くなった母に対しても子供として何も恩返しできず、これからもっとしてあげられるはずだったのにと申し訳なさと、なぜ救ってあげられなかったのかという気持ちでいっぱいです。
正直なところ、なぜ周りの人は物事がトントンすすんでいくのになぜ自分は思わぬところでつまずいてしまうのかと辛くなります。

しかし、最後はどこかで必ず自分にも幸せが訪れると信じで日々過ごしております。こんな僕にこれから日々を過ごして行く上でのアドバイスをいただけないでしょうか。よろしくお願いします。

2014年5月7日 22:48

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

過去と、今と、未来と

vinceroさま、はじめまして。なごみ庵の浦上哲也と申します。

ご質問を読ませて頂き、私も胸が詰まるような思いがいたしました。
お母さまを亡くし、婚約者とも悲しい別れをされたのですね。

人にとって、親は自分の過去、配偶者は自分の今、子どもは自分の未来を意味するのだそうです。vinceroさんは、過去と、今と、もしかしたら婚約者との間に出来ていたかもしれない未来を、短い間に失ったのです。

そんなvinceroさんが嘆き悲しんでいるのを、誰が責められましょうか。大いに悲しむべきです。涙を流し、泣き叫んでこそ、立ち直る力が湧き出てくるのだと私は思います。

母を失うのは、男性にとっても女性にとっても重大な事です。私は「死の体験旅行」というワークショップを主催していますが、このWSに参加した方は自分の最も大切なものを見出します。そしてそれは、圧倒的に「母」が多いのです。

vinceroさんならずとも、自分が生まれてから母親が亡くなるまで、母親が存在しないということは有り得ない事態でした。ですから誰にとっても異常事態なのです。だから悲しんでいいのです。

そして愛する人を失ったのですよね。これも辛いことです。相手が生きてこの世に存在するだけに、もしかすると母を失ったことより辛いかもしれません。

大きな2つの悲しみを背負って、よく耐えていらっしゃると思います。もし自分だったら耐えられるかどうか、自信がありません。

そしてよくぞhasunohaを見つけ、その辛いお気持ちを打ち明けて下さいました。vinceroさんのお気持ちが回復するには、まだまだ時間がかかると思います。辛い時には、どうぞhasunohaでも直接でも、そのお気持ちを打ち明けて下さい。何も良いアドバイスなど出来ない私ですが、そのお気持ちをお聴きすることはできます。

最後に…私もvinceroさんに幸せが訪れるよう、心から念じております。

2014年5月8日 1:24
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有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

命が尊いのなら、死もまた尊い。

vinceroさん、はじめまして。
長谷川哲真ともうします。

お母様の死を迎え、心が不安定になってらっしゃる様子ですね。
母親という、自分の人格形成に最も重要な存在が、
死という変化を迎えたのだから、当然の事と思います。

母親は、子の人格の一部を担っています。
その事は、子どもが友達と喧嘩したとき、
「お母さんに言いつけてやる!」と言うのに、よく現れています。
子にとって、母は内なる存在です。

ところで、あえて「死という変化」という言葉を使いました。
人は必ず死を迎えます。
しかし、内なる存在である母は、消えることはありません。
お母さんは、たとえ亡くなっても、お母さん。
私は、たとえお母さんが亡くなっても、お母さんの子です。
その母が死を迎えたとき、内なる母がどの様に変化するかが
その後の人生を大きく左右します。

死には、幸福も不幸もありません。
生まれた者に平等に訪れるものです。
しかし、死をどう受け止めるかは、人それぞれです。

世間では「命は尊い」と言われます。
命の中身は、生・老・病・死です。
命が尊いのならば、
生も、老も、病も、
死もまた尊いのでは無いでしょうか。
その尊い死とは、仏様になるという死です。
仏となって、あなたの仕合わせを願い生きる力をもたらす存在になるのです。

「死」の事を「成仏」という言うことがありますが、
その裏には、亡き方を尊く思い、
その尊い方に支えられて生きてゆくという意味が隠されています。

死を尊く受け止める事が出来ると、命そのものを尊く受け止める事が出来ます。
vinceroさんが、vinceroさんの命を尊く思うのです。
その思いは、元は、お母様がvinceroさんの事を尊く思う事から始っています。

死は亡き方との関係を大きく変えますが、
心の中の対話が無くなるわけではありません。
是非、vinceroさんの内なるお母様を尊く思い、
そのお母様に、尊ばれる人生を送られて下さい。

合掌

2014年5月9日 16:56
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有り難し
おきもち

39歳独身 嫁さん募集中   (このネタで笑いが取れるうちは独身でも良...

空と縁起

vincero様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「愛別離苦」・・最近は下記問いにて扱わせて頂きました。

問い「父にどう言うべきか迷っています。」
http://hasunoha.jp/questions/426

愛別離苦のみならず、生・老・病・死、怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦と・・私たちには様々な苦しみがあります・・

仏教では、これらの苦しみの根源として、「実体へのとらわれ」を一つの大きな問題として考えることとなります。

この世におけるあらゆるモノ・コトにおいては、それそのものとしての自体・実体・自性において成り立っているものは何らとしてありません。このことを仏教的には「空」と申します。

ところが、私たちは「無明」という根本的な無知のために、そのことが分からずに、実体へのとらわれ、執着が生じてしまい、それが多くの悩み煩い(煩悩)のもととなってしまいます。

そして、煩悩による行為が悪業となり、その悪業によって、この迷い苦しみの輪廻をいつまでも彷徨い続けてしまうことになります。

そのため、その根本的な問題としてある「無明」を対治していくことが仏道において求められるものとなります。

と申しましても難しいのも確かです・・

そこで、最近では「縁」ということについて、今一度しっかりと改めて考えて頂くことをお勧めさせて頂いております。

あらゆるモノ・コトは、実体が無いと申しましても、何も無いということではありません。確かにモノ・コトは有ります。有りますが、そのありようは「縁起」として、ということとなります。そして、無数の「縁」を通して、更に様々に留まることなく変化していくものであります。

この「縁」を正しく理解していくことで、現実のモノ・コトのありようを真正面から捉えることができるようになれば、死や愛別離苦の現実も受け入れられつつ、ではいかなる「縁」を実際に調えていければ良いのかということも少しずつ分かってくるのではないかと存じております。

「幸せ」につきましては下記の拙回答にて扱わせて頂いておりますので、どうかご参照下さいませ。

問い「生きる目的が見つからず、就職するのが憂鬱です」
http://hasunoha.jp/questions/508

vincero様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

2014年5月10日 8:36
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

浦上様
ありがとうございます。今日は母の日ですが、ラジオで亡き母の思い出というテーマでトークが交わされていました。マザコンという批判的な表現もありますが、誰にとっても母親は大きな存在ですね。前向きな気持ちで進んで行きたいと思います。

長谷川様
今でも母が亡くなったことが夢のように思え現実ではないように思えることもありますが、心の中の母を大切に母に尊ばれるような生き方をして行きたいと思います。

川口様
愛別離苦という言葉を何年か前にテレビで耳にして「それは、大切な人との別れはつらいよな」というような漠然とした感じで分かったように思っていましたが、母が亡くなり切実に実感したのがこの言葉でした。実感するまでは分からないような感覚で、分かったようなつもりになっていたけれどももう少し深く考えれていれば母にもう少し孝行して上げられたのではないかと後悔しております。これから、良い縁を築けるように精進して行きたいと思います。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

婚約した彼の突然の死。生きる糧が欲しい。

先日、長年お付き合いをしていた彼が急性の病で亡くなってしまいました。 亡くなる前のデートで、「来年には籍を入れよう」とずっと待ち焦がれていた言葉をくれていました。 私たちは付き合いも長いですが、本当に仲良しで、喧嘩も少なく、レスもなく、本当に愛し合っていました。 まだ同棲はしていませんでしたので、やっと毎日一緒に暮らせると思っていた矢先、彼は倒れ、帰らぬ人に。 ご家族からお話を聞いた時には、信じられなくて。 何かの悪い夢か、嘘なんじゃないかと。 奇しくも、告別式は私たちの記念日でした。 十何年目の記念日が、お別れの日になってしまいました。 今、すごく会いたいです。 悲しいです。 この辛い今を生きる糧として、彼の赤ちゃんが欲しい。 何か奇跡が起きて赤ちゃんができないか…。 赤ちゃんにはその分、たっぷり愛情を注ぎたい。 赤ちゃんができているかは分かりません。 これは私の願いです。 次の生理が来るのも怖い。 来ないで欲しい。 私に生きる力を与えてくれる生命が宿ってくれないか、願ってしまいます。 本当に彼のいなくなってしまったこの世界に生きることが辛いです。 食事を取るのも悪に感じます。 彼はどんなに苦しかったか。 悔しかったか。 彼は死んでしまう前に、私へメッセージを最後の力で残してくれました。 そこには私への気持ちで溢れていました。 苦しい時に私を想ってくれたこと、本当に嬉しくて。本当に悲しくて。 なるべく早く彼の元に行きたいと願ってしまいます。 私は、彼のいないこの世界で何も頑張ることができません。 これまで生きてきて、早く死にたいと願うなんて初めてです。 自死はできない。 自死は彼も悲しませるし、私の家族も友人たちも悲しませてしまうから。 私も彼と同じ病で同じ苦しみを味わい、死にたいです。 本当にまだ彼のこと愛しています。大好きです。 私はこれから何を糧に生きれば良いのか。見つかるのでしょうか。 苦しいです。 まだまだ修行の足りない私にアドバイスをいただければ幸いです。

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大好きな祖父の死が受け入れられません

文才がなく、読み難い文章で申し訳ありませんが、御教授頂ければ幸いです。 小さい頃に両親が離婚をして、祖父母に育ててもらいました。私にとって祖父母は両親以上に親だと思っています。 一昨日、大好きな祖父が亡くなりました。 10年前に末期の前立腺がんと診断され、それから懸命の治療をしてきました。昨年に末期の糖尿病を患い、今度は食事制限が始まりました。 今年に入り、血栓が見つかり、脚がぶくぶくに浮腫んで歩くこともままならなくなった祖父。 先月、いつもの抗がん剤治療のため病院へ行ったら、酸素飽和度が低くなっているため治療が出来ず、そのまま入院。酸素投与をしながら様子を見ることに。 脚の浮腫もあり、入院中も寝たきりで家族とは祖父が帰宅したら家での介護は難しいかもしれないね、と話していた矢先、祖父の容態が急変。 その時一命は取り留めたものの、間質性肺炎を患い「いつ何が起こるかわからない状態」と医師に告げられました。 入院中出来る限りお見舞いに行き、ときには病院へ泊り込み。個室だったため24時間家族の誰かしら祖父の近くにいる状態が続きました。 ある夜、祖父が私のことを呼んだので「何をしてほしい?」と聞いたら「苦しい、痛い、もうおしまい」と祖父が言いました。私はそれを聞いて祖父に隠れて泣きました。私が少しでも長く祖父の傍にいたいという気持ちは祖父にとって苦痛でしかないのだろうかと思い、とても辛かったです。 祖父の最期は家族全員で見守りました。呼吸が浅くなり、そして止まり、心臓が少しずつペースを落としていきました。 死ぬ間際まで耳は聴こえると聞いていたので、ひたすら「じじ、じじ、大好きだよ」と祖父の頭を撫でながら耳元で伝えました。 祖父はどんな気持ちで旅立ったのでしょうか? すごく苦しくて痛くて辛かったんでしょうか? 私の最後の言葉は届いていたのでしょうか? 祖父母の家から徒歩数分のところに住んでいるのに、入院する前になんでもっと会いに行かなかったんだろうととても後悔しています。 医師に言われて、私なりに覚悟をしていたのですが、今も祖父の死を受け入れられません。 入院中脚をさすってあげたり、お口の中を拭ったりしかしてあげられませんでした。もっと沢山お話をすれば良かった。ひ孫を見せたかった。 辛くて悲しくてどうしようもありません。立ち直れません。会いたいです。

有り難し有り難し 10
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友人の死を乗り越える

以前、親友の死について質問をさせて頂きました。そこにあった彼女の死から学び自分らしく生きていくことが大切だというご解答がとても心に響き、前向きに生きてきたつもりです。 しかし、今になってまた彼女を失った悲しみが押し寄せてきて辛いです。 もう3年も経つのに、一時は気持ちが落ち着いていたのにおかしいでしょうか。 彼女の携帯は動いていないのですが、SNSのアカウントが残っているので最近は連日そこにメッセージを送っては涙しています。もちろん既読になることはないのですが、近況を報告したりすると少し気持ちが落ち着くと同時にもういないんだということを再認識して辛いです。 こんなことはやめたほうがいいのは分かっているのですが、どこかまだ受け入れられていないのかもしれません。 さらに、最近また子供を授かることができました。そのことを親友に報告したかったという気持ちが大きいような気がします。 赤ちゃんが部屋の中を見回してニコニコしているのを見るともしかして会いにきてるんじゃないかと思い嬉しいと同時に悲しくなってしまい、涙が出てしまいます。 夜中にお墓参りに行けば会えるんじゃないかなど馬鹿なことを考えて主人を困らせることもありました。子育ては楽しいし、普段の生活は明るく過ごせていると思います。ふとした時に気持ちが落ち込んでしまうのです。 何度も繰り返すこと辛い気持ちは乗り越えることができるのでしょうか。

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叔母の死が心に引っかかっています

今年の三月に、お一人様だった叔母がガンで亡くなりました。 彼女は海外生活が長かった為、自己主張が激しく、他人への接し方も物凄く厳しかった上に人の悪口ばかりを言う人だったので、周囲の人達から避けられていました。また、実姉である私の母とも会えば直ぐケンカになってしまう事が多かった為、彼女一人では出来ない身辺の世話は、長年私の役割になっていました。 (私が思春期に入る頃に別の病気で帰国してきた時は勉強面でこちらがお世話になることが多かったのですが、こっちもこっちで反抗期だったのでやはり喧嘩の繰り返し…。落ち着いて接し合う事が出来るようになったのは、私が大学生になって彼女への接し方を学んできた頃からだったと思います。 クリスマスにはお手製のディナーを振る舞ってくれたり、紫陽花の季節には一緒に遠出をしたりと、いい思い出もだんだん作れるようになっていました。) ですが、8年前にガンが発覚して (たまたま私が家を訪ねた時に物凄く体調を崩している姿を発見し、「このまま死にたい」という彼女を泊まり込みで1ヶ月掛けて説得して病院につれていきました) 以降、入院中はほぼ毎日病院に通い、退院しても診察の度に病院まで送り迎えをし…。彼女がだんだんと弱っていくさまを一番近くで見ていました。昨年春に余命宣告された時には涙が溢れて止まりませんでした。 病状が悪化してからも、彼女は先述の通り我が強かったので、在宅介護の方に説得されても頑なに意思を曲げず最期まで自宅にいる事を選びました。最期の日、意識のあるうちに「私の叔母さんでいてくれてありがとう。大好きよ」とお別れをしました。 そして、息を引き取ったあとは、彼女から生前言われていたとおりの手はずを整えて葬儀も終えました。 …なので、何もかもを完璧に終えたはずなんです。終えたはずなんですが、私だけがまだ、叔母の死を受け入れきれてない気がするんです。 叔母が好きそうな猫のグッズを見つけたり、よく一緒に行った場所へ行ったり、出かけるために車の運転席に座ったり…。そんな一瞬にさえも、叔母の存在を思い出してしまって、なんとも言えない気持ちになってしまうのです。 他の人はもう、彼女の死を受け入れて前へ進んでいるのに、このままでは私だけが取り残されてしまったままになってしまう様な気がして、不安でなりません。どうしたら、私も前向きになれるのでしょうか…

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父の死

回答頂けたらありがたいです。 先日、離れて暮らす74歳の父が4ヶ月間の闘病の末亡くなりました。白血病でした。 入院後すぐに医師から余命数週間から数ヶ月と家族だけに宣告され父に悟られないように平常心で接してきました。 父は「来年は~」と未来の話をしたりして私達家族は「そうだね!早く治さないとね」と苦しくて胸が張り裂けそうになりながら嘘をついて父を励ましていました。 変に優しくしたら悟られると思い4ヵ月の間お見舞いには行くものの、いつも通りの素っ気ない態度を取ったり、車で片道1時間半の病院だったのもあり毎日はお見舞いに行けず、でも毎日行っておけば良かったとか、もっとありがとうの言葉を伝えれば良かった、お父さん大好きだよって伝えれば良かった…と後から後悔が押し寄せてきて泣いてばかりいます。 息を引き取る前に「お父さんの娘で良かったよ、ありがとう」と伝える事は出来たのですが意思疎通も出来ない中で言っても…もっと会話が出来るときに何故言わなかったんだろうとグルグル考えては泣いての繰り返しです。 父が亡くなってからテレビを見て笑うのも、美味しいご飯を食べるのも普通の生活をしている事自体、申し訳ないような罪悪感があり辛いです。 父は私の気持ちを分かってくれているでしょうか? 生きてる時と変わらず見守ってくれているでしょうか? 本当に辛いです。

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祖母の死が自分のせいではないか。

今月祖母が亡くなりました。脳梗塞からの誤嚥性肺炎で、死因は急性呼吸狭窄症候群というものでした。 ここ一年は、胃ろう生活で口から食べることを一切許されない状態でした。 その状態を、不憫に思った私は、施設に往診に来てくれている主治医に、何とか口から食べさせたい旨を伝えて、なんとか、検査入院させてもらえました。結果は、やはり、難しいとのことでした。丁度、胃ろうの交換の時期に当たっていて、いつもはA病院でして貰っていた物を、今回は検査入院できる、B病院で、胃ろうの交換をすることになりました。 入院中は、意識もはっきりしていて、ハナセハしない物の、手は動かせたりしてました。しかし、胃ろうの交換の時、胃の内容物が、逆流してしまい、肺に入ってしまったと主治医からの説明がありました。極めて危ない状態であると言われました。交換から帰ってきた祖母は、とても、苦しそうな呼吸にかわっていて、私は大変なことをおばあちゃんにしてしまったと思いました。主治医は、簡単な処置だから付き添いも要らないですよ、と言われてたので、とても、納得出来ませんでした。そこから、六時間後には、もう、祖母の意識は薄れているようで、マスクタイプの人口呼吸器などを付けて貰いましたが、翌早朝、いきをひきとりました。 私が、口から食べさせたいなんて、思わなければ、相談しなければ、こんな結果にならなかったんじゃないか。おばあちゃんは、息が出来なくて、苦しみながら亡くなったんだと、母や、母のお姉さんに、申し訳ない、いろんなきもちがわっと来て、胸が苦しいです。 ネットとかで調べても、そもそも、胃ろうしてる時点で、延命治療なんだから、とか、胃ろう交換に、耐える体力がなくて、病気や老いの方が、何枚も上手なだけだったとか、でてくるのですが、いつもの、A病院で、いつも通り交換を、していたら、まだ、おばあちゃんは、生きてて、あんな苦しい死に方しなかったんじゃないかと、自分を責めてばかりです。 おばあちゃんは、今どう思っているのでしょうか。

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