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大事な人を二人も失くしました

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初めまして。長らく辛い日々が続いています。一年半ほど前に片親を亡くし、その後、彼女(婚約者)に別れを告げられました。
その後、ボロボロの心で何かに惹かれるように巡礼に出かけ霊場各地を巡りました。自分の未熟さに気付くとともに大切な人を失くす前から平凡な事が至極の幸せであると思いながら過ごしてきたにも関わらず、それすらも理解し切れていなかったのではないかと思い知りました。
巡礼の途中、京都で事情を知った尼さんから、「辛いことがあっても試されてると思ってしっかり生きて行けば、必ず仏さんは見てくれている」という言葉が心の支えとなっています。

一時は吹っ切れたと思っていましたが、やはり辛いという気持ちに変わりはありません。親を亡くし、事後処理に追われ半年ほどのちに婚約者は僕の元を去りました。恐らく、色々なことにいっぱいいっぱいになっている僕が頼りなく思えたのでしょう。

周りの友人や、同年代の人が結婚したり街でカップル等を見かけると胸をえぐられるように辛いです。
また、亡くなった母に対しても子供として何も恩返しできず、これからもっとしてあげられるはずだったのにと申し訳なさと、なぜ救ってあげられなかったのかという気持ちでいっぱいです。
正直なところ、なぜ周りの人は物事がトントンすすんでいくのになぜ自分は思わぬところでつまずいてしまうのかと辛くなります。

しかし、最後はどこかで必ず自分にも幸せが訪れると信じで日々過ごしております。こんな僕にこれから日々を過ごして行く上でのアドバイスをいただけないでしょうか。よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

過去と、今と、未来と

vinceroさま、はじめまして。なごみ庵の浦上哲也と申します。

ご質問を読ませて頂き、私も胸が詰まるような思いがいたしました。
お母さまを亡くし、婚約者とも悲しい別れをされたのですね。

人にとって、親は自分の過去、配偶者は自分の今、子どもは自分の未来を意味するのだそうです。vinceroさんは、過去と、今と、もしかしたら婚約者との間に出来ていたかもしれない未来を、短い間に失ったのです。

そんなvinceroさんが嘆き悲しんでいるのを、誰が責められましょうか。大いに悲しむべきです。涙を流し、泣き叫んでこそ、立ち直る力が湧き出てくるのだと私は思います。

母を失うのは、男性にとっても女性にとっても重大な事です。私は「死の体験旅行」というワークショップを主催していますが、このWSに参加した方は自分の最も大切なものを見出します。そしてそれは、圧倒的に「母」が多いのです。

vinceroさんならずとも、自分が生まれてから母親が亡くなるまで、母親が存在しないということは有り得ない事態でした。ですから誰にとっても異常事態なのです。だから悲しんでいいのです。

そして愛する人を失ったのですよね。これも辛いことです。相手が生きてこの世に存在するだけに、もしかすると母を失ったことより辛いかもしれません。

大きな2つの悲しみを背負って、よく耐えていらっしゃると思います。もし自分だったら耐えられるかどうか、自信がありません。

そしてよくぞhasunohaを見つけ、その辛いお気持ちを打ち明けて下さいました。vinceroさんのお気持ちが回復するには、まだまだ時間がかかると思います。辛い時には、どうぞhasunohaでも直接でも、そのお気持ちを打ち明けて下さい。何も良いアドバイスなど出来ない私ですが、そのお気持ちをお聴きすることはできます。

最後に…私もvinceroさんに幸せが訪れるよう、心から念じております。

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

命が尊いのなら、死もまた尊い。

vinceroさん、はじめまして。
長谷川哲真ともうします。

お母様の死を迎え、心が不安定になってらっしゃる様子ですね。
母親という、自分の人格形成に最も重要な存在が、
死という変化を迎えたのだから、当然の事と思います。

母親は、子の人格の一部を担っています。
その事は、子どもが友達と喧嘩したとき、
「お母さんに言いつけてやる!」と言うのに、よく現れています。
子にとって、母は内なる存在です。

ところで、あえて「死という変化」という言葉を使いました。
人は必ず死を迎えます。
しかし、内なる存在である母は、消えることはありません。
お母さんは、たとえ亡くなっても、お母さん。
私は、たとえお母さんが亡くなっても、お母さんの子です。
その母が死を迎えたとき、内なる母がどの様に変化するかが
その後の人生を大きく左右します。

死には、幸福も不幸もありません。
生まれた者に平等に訪れるものです。
しかし、死をどう受け止めるかは、人それぞれです。

世間では「命は尊い」と言われます。
命の中身は、生・老・病・死です。
命が尊いのならば、
生も、老も、病も、
死もまた尊いのでは無いでしょうか。
その尊い死とは、仏様になるという死です。
仏となって、あなたの仕合わせを願い生きる力をもたらす存在になるのです。

「死」の事を「成仏」という言うことがありますが、
その裏には、亡き方を尊く思い、
その尊い方に支えられて生きてゆくという意味が隠されています。

死を尊く受け止める事が出来ると、命そのものを尊く受け止める事が出来ます。
vinceroさんが、vinceroさんの命を尊く思うのです。
その思いは、元は、お母様がvinceroさんの事を尊く思う事から始っています。

死は亡き方との関係を大きく変えますが、
心の中の対話が無くなるわけではありません。
是非、vinceroさんの内なるお母様を尊く思い、
そのお母様に、尊ばれる人生を送られて下さい。

合掌

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45歳 独身 銭湯通い 浄土真宗の僧侶だけど、「中観派です」って言って...

空と縁起

vincero様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「愛別離苦」・・最近は下記問いにて扱わせて頂きました。

問い「父にどう言うべきか迷っています。」
http://hasunoha.jp/questions/426

愛別離苦のみならず、生・老・病・死、怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦と・・私たちには様々な苦しみがあります・・

仏教では、これらの苦しみの根源として、「実体へのとらわれ」を一つの大きな問題として考えることとなります。

この世におけるあらゆるモノ・コトにおいては、それそのものとしての自体・実体・自性において成り立っているものは何らとしてありません。このことを仏教的には「空」と申します。

ところが、私たちは「無明」という根本的な無知のために、そのことが分からずに、実体へのとらわれ、執着が生じてしまい、それが多くの悩み煩い(煩悩)のもととなってしまいます。

そして、煩悩による行為が悪業となり、その悪業によって、この迷い苦しみの輪廻をいつまでも彷徨い続けてしまうことになります。

そのため、その根本的な問題としてある「無明」を対治していくことが仏道において求められるものとなります。

と申しましても難しいのも確かです・・

そこで、最近では「縁」ということについて、今一度しっかりと改めて考えて頂くことをお勧めさせて頂いております。

あらゆるモノ・コトは、実体が無いと申しましても、何も無いということではありません。確かにモノ・コトは有ります。有りますが、そのありようは「縁起」として、ということとなります。そして、無数の「縁」を通して、更に様々に留まることなく変化していくものであります。

この「縁」を正しく理解していくことで、現実のモノ・コトのありようを真正面から捉えることができるようになれば、死や愛別離苦の現実も受け入れられつつ、ではいかなる「縁」を実際に調えていければ良いのかということも少しずつ分かってくるのではないかと存じております。

「幸せ」につきましては下記の拙回答にて扱わせて頂いておりますので、どうかご参照下さいませ。

問い「生きる目的が見つからず、就職するのが憂鬱です」
http://hasunoha.jp/questions/508

vincero様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

浦上様
ありがとうございます。今日は母の日ですが、ラジオで亡き母の思い出というテーマでトークが交わされていました。マザコンという批判的な表現もありますが、誰にとっても母親は大きな存在ですね。前向きな気持ちで進んで行きたいと思います。

長谷川様
今でも母が亡くなったことが夢のように思え現実ではないように思えることもありますが、心の中の母を大切に母に尊ばれるような生き方をして行きたいと思います。

川口様
愛別離苦という言葉を何年か前にテレビで耳にして「それは、大切な人との別れはつらいよな」というような漠然とした感じで分かったように思っていましたが、母が亡くなり切実に実感したのがこの言葉でした。実感するまでは分からないような感覚で、分かったようなつもりになっていたけれどももう少し深く考えれていれば母にもう少し孝行して上げられたのではないかと後悔しております。これから、良い縁を築けるように精進して行きたいと思います。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

若くして亡くなった同級生…

ダンス講師をしています。 私がダンサー修行中の時期に芸人をしていた中学の同級生が、2018年に亡くなっていたことを最近(数日前)知り、ショックを受けています。 その芸人の同級生とは中学時代は 「面白い奴だな~」 と思うだけの仲でしたが、2000年代になってからmixiで再会し、お互い売れないダンサーと芸人ということで色々なやり取りをしていました。 正直、今となっては私ばかりが励まされていたようにも思えます。 そんな彼は2015年に芸人を引退し、全く違う仕事に就職したと聞きました。 その後、彼の行動に「あれっ?」と不審に思ったことが1度ありましたが、まあ元気にやっているんだろうと思っていた矢先の訃報でした。 芸人仲間からの情報によれば、自殺などではなく、以前(2018年以前)から体調を崩していたということ。 彼にしては不審な行動があった時には、既に体の具合が悪かったのかもしれません。 2年も何も知らなかっただけに、ショックを受けています。 また、もし彼の早逝の原因が芸人時代の酷い生活(1日1食、カップラーメンのみなど)だったなら、それを知っていた私には家で食事を振る舞うなど、何か助けられたのではないか? 体調不良ゆえに彼にしては不審な行動を取っていたなら、それを批判しなければよかった… など、過去を振り返って後悔ばかりしてしまいます。 彼の実家は何年も前に離れた県に引っ越し済みで、現在のご住所も分からないため、いくら後悔しても、もう何もできません。 彼から元気をもらい、励まされるばかりで何もしてあげられなかった私にできることは、何なのでしょうか?

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弟が亡くなりました

初めまして。 昨日の仕事終わり、弟が事故で亡くなったと取り乱した父から電話がかかってきました。私は実家から離れたところで一人暮らしをしているのですが急遽高速バスで帰ることになりました。 涙は出るけど、取り乱して悲しむ父につられて泣いているような、現実離れした状況と雰囲気に飲まれて泣いているような気がしました。 「〇〇が...〇〇が...、もう、どうしようか、どうしようか...。まだ19だったのに、もう、、、」 泣くようなことがない父がそんなふうに泣くからつい泣いてしまったのかも知れません。 明日も仕事だしな、、穴あけられないしどうしよう。どうにか帰れない口実を作れないか。 そんなことを考えたくらいでした。本当に最低だと思います。 職場の人は当然、仕事のことなんて考えなくていいから。と帰省を了承してくださいましたが。 普通はなりふり構わず、帰る選択をするものですよね。 私は弟とあまり仲が良くなく、私が大学生になり一人暮らしを始めた頃から本当に疎遠でした。帰省しても大して話もしませんでした。両親が私の家に遊びに来ることはあっても、弟は来ませんでした。 こんな関係だったせいか、正直、あまり悲しいと思えません。 家族が亡くなったのに、帰りたくないとすら思ってしまいました。 帰れば、事故に関する色々な話も聞かされるでしょう。怖くて遺体も見たくありません。父も母も電話の時点でかなり取り乱していたので、そんな親を見たこともない物で、怖い、どうしていいか分からないから会いたくないと考えてしまいます。 薄情だと思われたくないから帰る、その時は本当にそんな感じでした。 実感がないからこんなことを思うのか 分からないですが自分にかなり引いてしまいました。 昔は喧嘩は多かったもののよく遊びました。思い返すと色々ありますが、やはりあまり泣けないのです。 こんな人って、いるんでしょうか。 私くらいですよね。 悲しいと思っていないわけではないですが、この程度。って感じで。 薄情すぎて、優しさも何もなくて、自分のことが本当に嫌になりました。 両親からはよく 2人しかいない姉弟なんだから仲良くしなさい。と怒られていました。 もっと仲良くしていれば、今の感情もまったく異なったのかなぁと考えてしまいます。

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母の死がまだ受け入れられません

母が旅立ってもうすぐで5ヶ月が経ちます。 フッとした瞬間に寂しさや哀しさが押し寄せてきます。 また母が亡くなる少し前の状況を思い出し、胸が苦しくなります。 母は癌でした。延命治療のために抗がん剤治療をしていましたが、亡くなる2ヶ月ほど前に抗がん剤をやめました。そこから痛み止めを服用し、だんだんいつもの母ではなくなっていきました。ボーッと鏡を見つめたり、意味のわからないことを言ったり。でも急にいつもの母に戻る。そんな日々が続き、亡くなる1週間前には1日中起きて家の中を徘徊したり、「どうしてこうなっちゃったんだろう」とか「どうしよう」とか「さっ!しっかりしなきゃ」と言うようになりました。薬で朦朧としつつも自我はあり、葛藤していたのだと思います。その時の母はどんな気持ちだったんだろう…と思うと胸が苦しくて張り裂けそうになります。 あんなに頑張っていた母。絶対癌に負けない!私は奇跡を起こすんだ!といつも笑顔だった母。怖かっただろうし、苦しかっただろうし、辛かっただろうと思います。 私はそんな母にまだ、良く頑張ったね‼︎と言えません。まだ母の死が受け入れられないんです。もっと母と一緒にいたかった。もっと苦しませずに看取ってあげたかった。 コロナのこともあり、自宅で看取りました。 でも病院にいれば最後あんなに苦しそうに呼吸させずに済んだかもしれない。首が青くならずに、もっと安らかに眠らせてあげられたかもしれない。お母さんごめんね。 そんなことを思って胸が苦しくなります。 いつか私は母の死を受け入れられるのでしょうか。

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1人息子が亡くなり、泣いてばかりです。

2か月前に23歳で息子が亡くなりました。1人暮らしをしていました。夜、オンラインゲームをしていたところ、急に音信不通になり、心配した県外の友人が警察に連絡してくれ、私のところに連絡があったのは3日後でした。その日の朝、新しく始まったバイトについて、ラインで返事をくれたのが最後でした。 私がその日の夜に送ったラインは既読になりませんでした。いつも『見てなかった』と返事が遅くなる息子だったので、気にしていませんでした。 8年前に夫を亡くし、唯一の私の家族でした。いろいろな経験をしてほしかったこともあり、息子と話し、1人暮らしをさせました。 息子が亡くなった日から涙が出ない日はありません。同級生から息子が私のことを誇りに話していたことを聞き、仕事をしなければとは思いますが、まだ、お休みをいただいています。 夫がいるお墓には納骨出来ず、うちにいてもらっていますが、「母さん、冗談だよ、びっくりした?」って笑いながら帰ってきそうな気がします。 バイトで生活出来ず、連絡をくれた時など、「ちゃんと生活出来るようにならないとダメだよ」と強く言ったこともあります。今は後悔ばかりです。 なんで、私じゃなかったんだろう。私の寿命と交換出来るものなら、してあげたい。息子としたかったこと、たくさんあるのに、今はもう出来ません。本当は息子のところにいきたい、息子に会いたい。 家を買い、私が死んだら、息子が好きにしていいからねって話をしていたのに。 来年の国家試験も「頑張るよ!」って返事をくれたのに、受けさせることすら出来ない。 息子がかわいがっていた飼い犬の世話をしながら、どうにか生活していますが、思い出すのは息子の笑顔ばかりです。 毎日夢なんじゃないか、目が覚めたら息子がいるんじゃないかと思いながら、日々を過ごしています。 私が泣いている姿を見て、「母さん、しっかり」って言ってると思うんですが、実際どう過ごしていったらいいのか、わかりません。なんで、息子だったのでしょうか。 言葉がまとまらなくて、すみません。ただ、息子が亡くなった今、どのように生きていったらいいのか、わかりません。日に日につらさが増してきます。

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祖父、愛犬の死について

先日祖父が亡くなりました。そして祖父が亡くなった2日後愛犬も亡くなりました。 祖父は施設に入っていて、コロナ禍ですので本当に危ない状況になって連絡があり、家族で会いに行き、その2時間後に亡くなりました。94歳で大往生だと思っています。しかし、愛犬の死については少し引っかかってしまいます。 愛犬は祖父が亡くなる前日、自宅の2階のベランダから落ちて入院しました。毎朝ベランダに出るのが日課で、その日もいつもの様に母がベランダに出ていましたが、目も見えなくなりまだ朝は暗いのでこのような事故が起きたのかと思います。骨は折れませんでしたが下半身は麻痺していて、命はありましたが介護が必須になりました。お見舞いに行きましたが本当に苦しそうでした。そして祖父のお通夜の日の朝に亡くなったと連絡がありました。その日は友引でしたので、祖父が寂しくないように一緒に連れていってくれたのかなと思います。愛犬も洋犬で16歳まで生きたので大往生だと思っています。このまま命があっても自由に動けず昼間も1人で留守番なので愛犬のためなら、生前とても可愛がってくれた祖父と一緒に逝くのは幸せなのかなと前向きに考えています。 しかし、母が自分のせいてこうなってしまったと責めているところもあります。愛犬も恨んでると不安に思っているところがあります。兄もショックを受けていて、生きている意味が無いと受け入れられてない状況です。私も一気に大切な存在を亡くし、頭が混乱しています。 愛犬が恨んでいるのか、感謝してるいるのかそんなことは愛犬にしか分かりません。ですが、どうしても気になってしまいます。あの事故がなければ生きてたのかなと思ってしまいますし、これも運命、寿命だったとも思っています。今はこの気持ちの波が激しいです。 愛犬は恨みながら、まだ生きたかっと思って亡くなったのでしょうか。幸せだったと感謝してくれているのでしょうか。祖父の死と続いてしまいとても憔悴しています…。何かこの死の連続も意味があるのでしょうか。上手くまとまらず申し訳ありません。お助け下さい。

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父の死の受け止め方について

先日、父が亡くなりました。まだ60代でした。 元々、滅多に風邪もひかない人で、体調が悪いと言い出してから数日で倒れ、心筋梗塞と重度の糖尿病が発覚して入院し、手術の予定日の朝に突然、呼吸と心肺が停止しました。 父は、あまり自分の話をしない人でしたが、母から聞いていた限りでは、辛い経験を幾度となくしてきたようで、それらを父はいつも独りで抱え込んで、弱音を吐くこともなく耐えてきたのだと思います。さほど強い人ではないので、そのせいか少しひねくれてしまったところもありますが、頑張り屋だったのでしょう。 体のことも、入院時には主治医から「よく生きて病院まで辿り着いた」とまで言われたほどなので、実は随分前から体調は芳しくなかったのだと思います。そんな様子は全く見せてくれなかったので、私たち家族には正に『青天の霹靂』で、あれよあれよという間にいなくなってしまったという感覚です。 母と弟には、非常に大きなショックだったようで、時折放心したようになったり、色んなことを悔いたり、「早すぎる」と泣いたりしています。 私はというと、悲しくないわけはないのですが、どこか腑に落ちたというか、納得してしまったような感覚なのです。 父はさほど強くもないのに、これまで多くの苦難に独りで耐え忍び過ぎたと思います。 そしてこれから先、母を看取ることや、自分が寝たきりや要介護になることは父にとって、この上なく耐え難い苦痛であり、それを避けられたことは、父にとって決して悪いことではなかったと思えてしまうのです。 これは私自身の死生観ですが、生き抜いた先に穏やかに眠れる場所があるなら、それは『救い』だと思いますし、私もいつかそこに辿り着けることに安堵感すら抱いています。 体から解放された父はこれからは、痛い思いも苦しい思いもせず、誰かに傷つけられたり、辛い思いをしたりすることもなく、『楽』になってくれているように思えるのです。 なので、母や弟のような悲しみ方が私には出来ず、このまま日常にスっと戻れてしまうようなのですが、周りとの温度差がありすぎて、これは私がまだ悲しみを実感出来ていないだけなのか、それとも私の感覚が少しズレているのかと考えてしまいます。 私のこの感覚や考え方は、特殊なものなのでしょうか?

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友人の突然の死 どう受け入れたらいい?

出会いは、私が東京に上京して1年目の頃。元々は、SNSで知り合った子に紹介されて出会った子(女子会)。お酒を飲む事、話が合う事でいつの間にか2人で合う事の方が多くなった友人がいました。悩みやすい私の話を聞いて、いつも励まして、褒めてくれる唯一の存在。何かあると連絡する関係。そんな友人が亡くなりました。会う約束をしていたのですが、会う数日前から連絡が取れず、紹介してくれた友人とも連絡が取れず(後に、LINEのアカウントを新しくしていたと判明)。別の共通の知り合いにも、協力して連絡してもらうも既読にならない。共通の知り合いは、近日にあったりしていない事もあり、私と考えること、緊迫感のの温度差がありました。ですが、亡くなったかもという曖昧な返信がその子の繋がりからあり、住所を知っていたその子が元同僚と一緒に、その子の家に行ってくれる事になりました。 すると、その子の部屋を片付けるご両親と初めに知り合った友人がいたそうです。そして、連絡が取れなかった友人は骨となり、遺影が飾られていたそうです。 ご両親に話を伺うと、病死で亡くなったとの事。ですが、はっきりした病名は言わず、何か濁すような言い方に感じたそうです。また、必要ない限り周りに言わないでほしいとお母さんがおっしゃっていたそうです。 その話を聞き真実がわかったものの、現実味もなく、話を聞いただけで、現実味のあるものを直接目にしていない私は、現実を受け止められずにいます。 コロナ禍で、ご実家に伺うことも出来ない。また、亡くなった子の最後を、片付けを手伝っていた友人に聞いていいのかどうか。今まで親族を見送ってきましたが、友人は初めて。そして、お通夜もお葬式というものがなく、その子の最後の姿のを見ることもなく死を実感できない。 心でその子に話しかけたり、いろんな思い出を振り返ったりしようとしても、他ごとに逃げてしまう。食欲も睡眠欲もある。でも、ずっと頭の中で、どういうこと?が離れない…私は、その子の為に何が出来るのでしょうか。そして、その子の死を真実として、自分に言い聞かせるにはどうしたらいいのか、教えて頂きたいです。まとまらない文章で、すみません。

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否定された私の本心

いつもありがとうございます。息子が亡くなり、七ヶ月が経ちました。その間主人と2回ほど大きな喧嘩をしました。やはり私が前を向けていないから。息子が亡くなってから私の中には常に死にたい、もう消えたい、皆に迷惑ばかりかけてる私は必要無い。その思いがずっとあります。けど、まだ次男が居るから…また私が自殺何かしたら迷惑かけてしまう。けどもう、死にた。その間で気持ちが行ったり来たりして、どうしたらいいかわからない事を主人に思わず言ったら、私の思い全てを否定されました。そんな事自分が一番よくわかっている。ずっと考えて考えて、ただそんな思いがあることだけ、聞いて欲しかっただけなのに私の全てを否定され…あぁ、この人はやっぱりわかってはくれないんだ。と、心から失望しました。それからは、もう二度と主人に対して、自分の本心、思いは言わない。私がその度に壊れていき、やっぱり他人なんだ。と。自分が苦しくても、自分の中で処理しなければいけない。もう二度と誰にも自分の本当の思いは言わないと決めました。息子との、約束が果たせるまでは、相手に合わせ、その時が来たら、私は自分の思いに素直になりたいと思います。生きても地獄、死んでも地獄。それなら、死んで地獄を選びます。こちらには、沢山助けて頂きました。心からありがとうございました。また、何かしら有れば、ご相談、報告させて頂きたいと思います。本当にありがとうございました。

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母の気持ちが知りたいです

私の母は明るくて人望も厚く、太陽のような人でした。 ですが60代で骨折を繰り返し、杖の生活に。その後、糖尿病で脚も壊死して、片足を切断。最後の1年は、ベッドの上で過ごしていました。 持病でたくさん薬を飲んでおり、骨折と切断した脚の痛み、薬の副作用などで、常に痛みや気持ち悪さに苦しみ、ここ数年は入院も頻繁にしていました。 今年の3月に白内障の手術をした際に体調を崩し、意志疎通ができないまま、その3ヶ月後に71歳で亡くなりました。 あんなにアクティブだった人が、晩年は体調が優れる日はあまりなく、行きたいところへも行けずベッドの上での生活。その上コロナでお見舞いも1度しかできず、寂しい・つらい気持ちで亡くなったのではないかと思うと、胸が痛みます。 私の姉の子ども(2人)は、母が元気だった時(50代)に産まれましたが、両家の折り合いが悪く、1歳頃から高校まで、母は孫に会うことができませんでした。 母が70歳の去年の夏に、私の第一子が産まれ、母も抱っこをしたりミルクを飲ませたりしてくれました。 姉の分も孫と過ごさせてあげたい、ベッドの上での生活なので孫を見ることが生き甲斐になればと思っていた矢先でした。 旦那の両親や祖父母が私の子どもを可愛がるのを見ると、有難いと思う反面、母ももっと孫と遊びたかっただろうな、成長を見たかっただろうなと涙して、やるせない気持ちになります。 特に、母より長生きしている祖父母が遊んでいる姿を見ると、この人たちの為に産んだんじゃない、母の笑顔や喜ぶ姿が見たかったのにと、妬みの感情で涙してしまいます。母も元気で長生きしたかっただろうなとか、祖父母はひ孫まで見て楽しそうに暮らしてるのに、母は孫さえ充分に過ごせなかったとか、色々な感情が混ざっているのだと思います。 日が経つにつれ徐々に気持ちの整理がついてきて、少しずつ涙の時間も減りましたが、その反面、普通に生活している自分が申し訳なくなります。 子どもの成長を喜んだり、旅行や美味しいものを食べて幸せを感じた時、母もそうした時間をもっと過ごしたかっただろうなと、切なくてまた涙です。 母は空から子どもの成長や、私たちのことを見守ってくれているでしょうか? 私が笑顔で人生を楽しむことを、喜んでくれているでしょうか? そして、自分の天寿を全うしたら、また母に会えるでしょうか? ご意見、お聞かせください。

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