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大事な人を二人も失くしました

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有り難し有り難し 24

初めまして。長らく辛い日々が続いています。一年半ほど前に片親を亡くし、その後、彼女(婚約者)に別れを告げられました。
その後、ボロボロの心で何かに惹かれるように巡礼に出かけ霊場各地を巡りました。自分の未熟さに気付くとともに大切な人を失くす前から平凡な事が至極の幸せであると思いながら過ごしてきたにも関わらず、それすらも理解し切れていなかったのではないかと思い知りました。
巡礼の途中、京都で事情を知った尼さんから、「辛いことがあっても試されてると思ってしっかり生きて行けば、必ず仏さんは見てくれている」という言葉が心の支えとなっています。

一時は吹っ切れたと思っていましたが、やはり辛いという気持ちに変わりはありません。親を亡くし、事後処理に追われ半年ほどのちに婚約者は僕の元を去りました。恐らく、色々なことにいっぱいいっぱいになっている僕が頼りなく思えたのでしょう。

周りの友人や、同年代の人が結婚したり街でカップル等を見かけると胸をえぐられるように辛いです。
また、亡くなった母に対しても子供として何も恩返しできず、これからもっとしてあげられるはずだったのにと申し訳なさと、なぜ救ってあげられなかったのかという気持ちでいっぱいです。
正直なところ、なぜ周りの人は物事がトントンすすんでいくのになぜ自分は思わぬところでつまずいてしまうのかと辛くなります。

しかし、最後はどこかで必ず自分にも幸せが訪れると信じで日々過ごしております。こんな僕にこれから日々を過ごして行く上でのアドバイスをいただけないでしょうか。よろしくお願いします。

2014年5月7日 22:48

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

過去と、今と、未来と

vinceroさま、はじめまして。なごみ庵の浦上哲也と申します。

ご質問を読ませて頂き、私も胸が詰まるような思いがいたしました。
お母さまを亡くし、婚約者とも悲しい別れをされたのですね。

人にとって、親は自分の過去、配偶者は自分の今、子どもは自分の未来を意味するのだそうです。vinceroさんは、過去と、今と、もしかしたら婚約者との間に出来ていたかもしれない未来を、短い間に失ったのです。

そんなvinceroさんが嘆き悲しんでいるのを、誰が責められましょうか。大いに悲しむべきです。涙を流し、泣き叫んでこそ、立ち直る力が湧き出てくるのだと私は思います。

母を失うのは、男性にとっても女性にとっても重大な事です。私は「死の体験旅行」というワークショップを主催していますが、このWSに参加した方は自分の最も大切なものを見出します。そしてそれは、圧倒的に「母」が多いのです。

vinceroさんならずとも、自分が生まれてから母親が亡くなるまで、母親が存在しないということは有り得ない事態でした。ですから誰にとっても異常事態なのです。だから悲しんでいいのです。

そして愛する人を失ったのですよね。これも辛いことです。相手が生きてこの世に存在するだけに、もしかすると母を失ったことより辛いかもしれません。

大きな2つの悲しみを背負って、よく耐えていらっしゃると思います。もし自分だったら耐えられるかどうか、自信がありません。

そしてよくぞhasunohaを見つけ、その辛いお気持ちを打ち明けて下さいました。vinceroさんのお気持ちが回復するには、まだまだ時間がかかると思います。辛い時には、どうぞhasunohaでも直接でも、そのお気持ちを打ち明けて下さい。何も良いアドバイスなど出来ない私ですが、そのお気持ちをお聴きすることはできます。

最後に…私もvinceroさんに幸せが訪れるよう、心から念じております。

2014年5月8日 1:24
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有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

命が尊いのなら、死もまた尊い。

vinceroさん、はじめまして。
長谷川哲真ともうします。

お母様の死を迎え、心が不安定になってらっしゃる様子ですね。
母親という、自分の人格形成に最も重要な存在が、
死という変化を迎えたのだから、当然の事と思います。

母親は、子の人格の一部を担っています。
その事は、子どもが友達と喧嘩したとき、
「お母さんに言いつけてやる!」と言うのに、よく現れています。
子にとって、母は内なる存在です。

ところで、あえて「死という変化」という言葉を使いました。
人は必ず死を迎えます。
しかし、内なる存在である母は、消えることはありません。
お母さんは、たとえ亡くなっても、お母さん。
私は、たとえお母さんが亡くなっても、お母さんの子です。
その母が死を迎えたとき、内なる母がどの様に変化するかが
その後の人生を大きく左右します。

死には、幸福も不幸もありません。
生まれた者に平等に訪れるものです。
しかし、死をどう受け止めるかは、人それぞれです。

世間では「命は尊い」と言われます。
命の中身は、生・老・病・死です。
命が尊いのならば、
生も、老も、病も、
死もまた尊いのでは無いでしょうか。
その尊い死とは、仏様になるという死です。
仏となって、あなたの仕合わせを願い生きる力をもたらす存在になるのです。

「死」の事を「成仏」という言うことがありますが、
その裏には、亡き方を尊く思い、
その尊い方に支えられて生きてゆくという意味が隠されています。

死を尊く受け止める事が出来ると、命そのものを尊く受け止める事が出来ます。
vinceroさんが、vinceroさんの命を尊く思うのです。
その思いは、元は、お母様がvinceroさんの事を尊く思う事から始っています。

死は亡き方との関係を大きく変えますが、
心の中の対話が無くなるわけではありません。
是非、vinceroさんの内なるお母様を尊く思い、
そのお母様に、尊ばれる人生を送られて下さい。

合掌

2014年5月9日 16:56
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有り難し
おきもち

39歳独身 嫁さん募集中   (このネタで笑いが取れるうちは独身でも良...

空と縁起

vincero様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「愛別離苦」・・最近は下記問いにて扱わせて頂きました。

問い「父にどう言うべきか迷っています。」
http://hasunoha.jp/questions/426

愛別離苦のみならず、生・老・病・死、怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦と・・私たちには様々な苦しみがあります・・

仏教では、これらの苦しみの根源として、「実体へのとらわれ」を一つの大きな問題として考えることとなります。

この世におけるあらゆるモノ・コトにおいては、それそのものとしての自体・実体・自性において成り立っているものは何らとしてありません。このことを仏教的には「空」と申します。

ところが、私たちは「無明」という根本的な無知のために、そのことが分からずに、実体へのとらわれ、執着が生じてしまい、それが多くの悩み煩い(煩悩)のもととなってしまいます。

そして、煩悩による行為が悪業となり、その悪業によって、この迷い苦しみの輪廻をいつまでも彷徨い続けてしまうことになります。

そのため、その根本的な問題としてある「無明」を対治していくことが仏道において求められるものとなります。

と申しましても難しいのも確かです・・

そこで、最近では「縁」ということについて、今一度しっかりと改めて考えて頂くことをお勧めさせて頂いております。

あらゆるモノ・コトは、実体が無いと申しましても、何も無いということではありません。確かにモノ・コトは有ります。有りますが、そのありようは「縁起」として、ということとなります。そして、無数の「縁」を通して、更に様々に留まることなく変化していくものであります。

この「縁」を正しく理解していくことで、現実のモノ・コトのありようを真正面から捉えることができるようになれば、死や愛別離苦の現実も受け入れられつつ、ではいかなる「縁」を実際に調えていければ良いのかということも少しずつ分かってくるのではないかと存じております。

「幸せ」につきましては下記の拙回答にて扱わせて頂いておりますので、どうかご参照下さいませ。

問い「生きる目的が見つからず、就職するのが憂鬱です」
http://hasunoha.jp/questions/508

vincero様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

2014年5月10日 8:36
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有り難し
おきもち

質問者からのお礼

浦上様
ありがとうございます。今日は母の日ですが、ラジオで亡き母の思い出というテーマでトークが交わされていました。マザコンという批判的な表現もありますが、誰にとっても母親は大きな存在ですね。前向きな気持ちで進んで行きたいと思います。

長谷川様
今でも母が亡くなったことが夢のように思え現実ではないように思えることもありますが、心の中の母を大切に母に尊ばれるような生き方をして行きたいと思います。

川口様
愛別離苦という言葉を何年か前にテレビで耳にして「それは、大切な人との別れはつらいよな」というような漠然とした感じで分かったように思っていましたが、母が亡くなり切実に実感したのがこの言葉でした。実感するまでは分からないような感覚で、分かったようなつもりになっていたけれどももう少し深く考えれていれば母にもう少し孝行して上げられたのではないかと後悔しております。これから、良い縁を築けるように精進して行きたいと思います。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

病気の治療を拒み亡くなった元夫の気持ち

元夫はアルコール依存症、うつ病で、最後は肝臓が機能しなくなり亡くなりました。私が関わったのは亡くなる2ヶ月前からでしたが、もうすでに身体は弱っていました。何年も肝臓を患っていたようですが、うつ病もあり治療はしなかったようです。 亡くなる2ヶ月ほど前にはなんとか病院まで連れて行きましたが、絶対に病院には行きたくないという本人の強い拒否があり受診にはいたりませんでした。 うつ病なので、死にたいと言うこともありましたが、やはり子供もいることですからきちんと治療をしてほしかったです。 元夫ですが、やはりまだ何かしてあげられたのではないかと思ったり、どうして命をもっと大事にできないかという怒りがこみ上げたり、また、これから子供に関する相談はできる人が居なくなってしまったという喪失感があったりで、私自身とても混乱しています。 せめてもの救いは亡くなった後の柔らかい表情でした。全てから解放された安堵の表情をしていました。 元夫なのにこれほど喪失感が強くなるとは自分自身も思っていませんでした。 本人が希望しなかったとはいえもう少し体を大事にして子供のためにも長生きしてほしかったです。 私が少しでも楽になるにはどういう風に思考を変えれば良いか。これからどんなふうに元夫が亡くなったことを自分で納得していけばいいのか。 助言していただきたく相談しました。 また、亡くなった元夫の気持ちというか、今どんなふうに残された私たちに言いたいのか、教えていただきたいです

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

父に話しかけて受け入れてくれるかな

いつも回答ありがとうございます。大変参考になります。 以前にも申しましたが、今年1月に父が亡くなりました。 私は父の事があまり好きでなく、自ら進んで会話しませんでした。話し掛けられても「うん?」とか「ハイハイ」と言った程度の返事しかせず、ろくに目も合わせませんでした。挨拶もろくにせず、一言二言でした。 去年末母が「お父さん、長生きようせんかもしれん。優しくせんと、後悔するよ」と言い、その約3時間後に父の容態が悪くなり、緊急入院となり、その40日後に帰らぬ人になりました。 今私は、父に毎日線香をあげ、「お早う」や「行ってきます」「お休みなさい」と言った挨拶をしています。 そして「今日こんな事があったよ」とか、「ほら、今日のご飯持って来たよ」等々話し掛けています。 然し私は父の生きている間、殆ど言葉を交わさなかった親不孝者。こんな私が写真に向かって色々話し掛けて、父は受け入れてくれるか不安です。 私の話を「そうか、そうか」と聞いてくれたら良いんですが、もしかしたら「何を今さら」と怒っているのでは無いかと感じてしまいます。「こっちが話しても、ろくに返事もせんかったやないか」と思われているのではと思います。 私としては、父を大事に出来なかった分、母と仲良くして、その姿を父に見て貰い、今の日常の色々な事を報告したいと、色々話し掛けていますが、父には不快感を与えているのでは?と思います。 実際の所、どうなのか判りませんが、父が私の話を怒らずに聞いてくれたら嬉しいなと思います。 「今更話しても遅い」と、思われている場合、私は父に色々話しかけるのをやめるべきでしょうか?

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

死にたいと思い続けています。

こんばんは。 私は19年前に、長女を不慮の事故で亡くしました。主人とお風呂に入っていて、目を離したのか、その一瞬で溺れてしまったのです。1歳になったばかりのとても可愛い時期でした。 私は娘の死を受け止められずらにいました。お葬式の日に泣いてばかりいました。そんな私に主人の親戚達が言いました。 泣いていたら、主人を責めてるみたい。 誰も悪くない、事故なんだ。運命なんだ。 泣くのはやめなさいと。 運命?こんな可愛い小さなこの子が死んでしまうのが運命?私は泣き喚いて叫びたかったのですが、できませんでした。 暗く閉ざした部屋で、泣きながら死にたいと思っていましたが、私には4歳の長男も亡くした長女と双子の次男もいて、この子達の為にも頑張る、頑張らなきゃと前を向いたつもりでした。 次男の1歳半検診の日に話しをした、保健婦さんに「ちょっと心が疲れているようだし、頑張り過ぎてるみたい。気持ちを押し込めてるでしょ?」と言われ、専門医に主人と行くといいとアドバイスをして頂きました。 私は、勇気を出して長女を亡くした日から自分の心が辛いって叫んでいる。無理して頑張っている。本当は、あなたのせいで、あなたが目を離したからって責めている。何であの子が死んで私が生きているのかわかない。私も本当は死にたいの。 今後の為にも一緒に受診して欲しいって話しました。答えは無理でした。そんな時間はないと言われました。行きたいなら1人で行ってと。それから、19年間私は心の奥底で主人を責めているのです。そんな自分が嫌で嫌で、その更に上から自分を責めて貶しているのです。死にたい気持ちで心が溢れているのです。時々、そんな自分が崩れて、過呼吸を起こしたり、死にたいと口にしたりするのです。そんな私を主人や子供達は面倒くさそうに、遠くからみているのです。 生きるってなんだろう?19年も経つのに、心が前に向かない私は家族が思うように面倒な人間なんでしょうか?死にたい気持ちが消える日は来るのでしょうか?

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

悲しみから抜け出せない

20日の日にとても大好きな父が亡くなりました。 自分は母を4年前に病気で亡くしてます。 その病気の介護のときからの15年間父親と生活していました。 母の死後、父と2人で田んぼをやってコレからはもっと2人で田んぼ大きくして行こうとしていました。ところが去年の4月頃に父に前立腺癌が見つかり、父は入退院を繰り返す様になりました。 それまでは父と2人で楽しく作業していた事が自分1人になり苦痛の作業になり、自分でもどんどん自分がすさんんで行くのがわかりました。 そして12月になり病院から「これ以上治療は出来ないので、緩和治療になります」と言われました。頭が真っ白になりました。そして泣いて泣いて泣きました。 家に戻る事も無く年を越し、1月10日に転院しました。そして改めて父を見て見るとがっしりとしていた身体はヒョロヒョロで、色は白く、お腹の両脇からは尿を出すための管が出ている、そんな身体になりながらも自分が行くと「ちゃんとご飯食べてるか?」「無理はするなよ」と私の事を気遣ってくれます、私は家に帰ると毎日泣きました。1月19日、父は大分弱って起き上がる事はなく、だか問いかけると目を開け「うん」「ちがう」などの返答をしていました、そして夕方に父に「どうする?今日俺、病院に泊まる?」と聞くと、とても嬉しそうに「うん、うん、」と答えてくれました。次の日の朝、「おはよう」と問いかけると目を閉じたまま、何の反応もありませんでした、先生が来て「今日は危ないかもしれないです」と言われました、それからは、父の耳元で「俺は親父が大好きだよ」「親父俺を1人にしないでくれよ」「反応してくれないとわかんないよ」「ほら一緒に田んぼいくべ」など色々言ってました、そしてお昼になり、父の呼吸は止まりました…67歳でした。 それから私は喪主として御葬式を務めあげました。 そして今は大きな家に自分1人となってしまい、家の中、納屋の中、田んぼ、すべてにおいて私が大好きだった、元気だった頃の父の姿が重なって見え、涙が止まらなくなってしまいます。本当に大好きなのです。 また一緒田んぼをやりたい、会いたい、他愛無いことで喧嘩したい、会いたい、話したいです。 ツライ、ツライ、ツライです

有り難し有り難し 28
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父親の死と子供の心のケア

初めまして。つい一週間ほど前に父親の葬儀を終えました。私は遠方に嫁いだため、最期会うことができませんでしたが一ヶ月ほど前に入院していた父の所へ会いに行っており、その時最後かもしれないと意識はしていたつもりです。が、生前とても可愛がってもらい気にかけてもらっていたし私も父が色々あっても大好きだったので最期会えなかったのを申し訳ないと思ってしまいます。頭の中では、受け入れなくてはならないと分かっているのにもう自分が死ぬまで父に会えないという事実がなかなか受け入れられません。また、今まではあまり深く考えなかった自分の死というのも強く意識してしまい怖さを感じます。時間が流れれば、全て受け入れられる事だとは思いますが、頭の中が色んな感情でゴチャゴチャしてしまい混乱しています。こんな事では優しくて時には厳しかった父に怒られてしまいそうです。 ただ、こんな感情の今の私を支えてくれる家族は勿論います。主人と子供たちは優しく、理解してくれて助けてくれ支えとなってくれています。その中で中学生の長女が初めての身近な死を経験し私以上に悲しみを感じていたようで、体調を崩したり精神的にもやや不安定になっています。私は自分の感情を優先していた事に気付きハッとしました。娘へのケアも考えなくてはいけないと、今になって感じています。娘は祖父の死によって、いつかは親の死が訪れる恐怖もやはり感じているようです。どのように話をしてあげればいいでしょうか? 私自身も、今はまだ辛いし娘と同じように先の事に恐怖も感じています。私も娘も今を乗り越えるために是非ともアドバイスをお願いします。

有り難し有り難し 16
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最後の課題にアドバイスをください

尊敬する大好きな恩師が亡くなって2年。 病気と余命宣告を同時にされる3ヶ月前まで夢を語っていた恩師。半年後に亡くなりました。この現実を受け入れることは出来ません。人はいつか死ぬと分かっていたし、元々敏感な方でした。でも、病気と余命宣告を同時にされる3ヶ月前まで恩師は夢を語っていました。なのに3ヶ月後には夢を諦め死に備えて身辺整理。恩師は自ら余命を聞き、身辺整理をし弁護士に遺言の立ち上げを頼みました。そしてもし自分が死んだらあなに貰った手紙を棺に入れるよう息子に頼んでいいかと聞かれました。妊娠中の私は、促進剤を入れる前に恩師に会いに行ってから出産しました。恩師の危ない状況を聞き、2日退院を早め、その足で恩師の元へ行きました。意識が朦朧としていたけど、頷いてくれました。そしてその日に亡くなりました。産後2日目のことで、痛みを抑えながらお葬式へ行き、自分の手で手紙を入れました。それからは子育ての日々。衝撃的な事で、受け入れる時間もなく今日まできました。あんなに夢を語っていた恩師が亡くなったことで、人の死は無条件に突然訪れるものなんだと初めて強く実感しました。普段は忘れているけどいつも死と隣り合わせなんだと。それから生きるのが怖くて、家族を失うのではないかと不安です。だから後悔しないために、常に最悪の状態を考えています。今車が突っ込んできたらこの位置は危ないとか、もしあの看板が落ちてきたら危ないから走ろうとか。父の癌を早期発見したのも私で私が家族の命を守りたいという気持ちに苛まれています。もし家族の誰かが倒れたら誰に119番を頼んでAEDを誰にどこから持ってきてもらうかなど常に頭でシュミレーションしています。それでも人は死ぬのでこの行動が全て結果になるとは思いません。もっと楽しく生きれる人が生まれたらよかったのに。死の恐怖に潰されるくらいなら最初から無でよかったのにと考えてしまいます。でも、恩師とこの世で出会えた事、恩師と過ごした時間は私にとって最高の宝物です。今までもこれからもずっと私の大切なかけがえのない時間です。恩師が亡くなってから悩んだりしても、自己解決できるようになりました。恩師の教えがあるからです。でも恩師が亡くなったことや受け入れられないこと死の恐怖に関しては悩んだままです。きっと恩師の死は私に与えてくれた最後の課題なのです。どうかアドバイスいただけませんか。

有り難し有り難し 15
回答数回答 2

死に目にも会えず、苦しくて仕方ありません

お恥ずかしい話なのですが、私は10年ほどお付き合いをしていた、不倫関係の相手がおりました。 私は独身で、相手に家庭がございました。 その彼が先月、55歳という若さで突然病死し、既にお骨になった後、私の耳にその事実が届きました。 奥さまとは長年家庭内別居状態で、私達が付き合い始めた頃に傾き始めた会社も5年前には倒産し、50過ぎで新しい職に就くプレッシャーや強い責任感などから、自分の身体を後回しにした結果でした。 私も貞操観念の欠如と言われるのは承知の上で、自死された彼のお父様と同じことにならぬ様、 彼に寄り添い支え続けた10年でした。 彼は22歳の若さで、会計事務所の所長さんの強い勧めで、5歳年上のお得意様のお嬢さんと訳も分からぬまま結婚し、 私は私で、彼と出会うまでお付き合いをしたことが有りませんでした。 ですから、私達は初めて本当に心から愛し合える相手同士でした。 私達の間柄を知る周りの方々も、 私と付き合う前から、彼の口から奥さまについての苦悩を聞かされており、 世間では、ただただ愛人の側が悪いと言われるけれど、不倫不貞で片付けられない、お互いでないとダメだった強い絆で結ばれていた二人と感じて下さっていた様で、 皆さんがご焼香に行かれるとき、彼の家の中には勿論入れないが、家の外から手を合わせたらどうかと連れていって下さいました。 私には余命宣告を受けている母が一人いるだけですので、彼を亡くした今、この先路頭に迷う人生を思うと恐怖しか有りません。 また、こんな50過ぎのおばさんに、いつも沢山の愛情と安心を与え、大切にしてくれた彼を亡くし絶望で胸が苦しくなります。 誰にでも公平に思いやりを掛ける慈悲深い人でしたから、もうこの世で修行をする必要がないと、 神様が早々に連れていったのかも知れません。 私には霊感が無いため、彼がそばにいる気配すら感じません。 それにホーキング博士が唱える様に、魂もあの世も無いなら、死んでも会えないということになります。 もう死んでも会えないのかと思うと、母に心配を掛けたくないのに、泣けて泣けて、どうしようもなくなります。 人の道に外れた自業自得の人間が、助けを願うのはお門違いと思われるでしょうが、どうかお助けください。苦しくて苦しくて仕方ありません。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

弟が亡くなり混乱しています

昨年11月に弟が57歳で急逝しました。リウマチの痛みとの闘い、胃潰瘍、十二指腸潰瘍も患っており、死因は胃からの出血性ショックでした。私達夫婦の隣室で倒れる音に気づき、様子を見に行ったところ既に焦点が定まらず、救急搬送しましたが心肺停止の状態で、一時、心臓蘇生したものの二時間頑張り、息をひきとりました。弟は人との交わりを好まず、私達夫婦と息子ふたり、叔父、従兄で葬儀を営み見送りました。私達姉弟は、小学生の時に父を亡くしました、祖母と母との家庭で成長、私は結婚で実家を離れ、弟は祖母亡きあとも母と暮らしておりましたが葛藤を抱えた暮らしでした。怜悧で感受性が強く、優しいところもありながら社会のなかでよき部分を発揮することがなかなかできず、職場でも人間関係がうまく結べずしんどいながらも一回の転職で仕事を続けており、仕事に誇りも抱いていたようですが、10年前、母が亡くなったころ、事実上解雇のうなかたちで退職、その後起きた東日本大震災で傷んだ古い実家を畳み、私の家の一室で暮らすようになりました。シニカルなところがあり、私の中の家族とはざっくばらんとはいかないながらそれなりの距離感で過ごしていましたが、感覚の違い(特に私の夫)や、お酒を飲むと不穏な表情を現すことなど私にとっては正直、心痛むこともありました。 また、年数を重ねるほど、実家を処分したお金も目減りしていた様子で、なくなる半年ほどは困窮していたといってもおかしくありませんでした。プライドが高いところがあるので、援助も様子をみながら、障害者年金を数年前から勧め、拒んでいたのをようやく手続きはじめた矢先ありました。いなくなり、私自身、弟のことをかなり気にかけていたことに改めて気づきました。なんとか支えていこう、と思うことがある意味、支えだったのかもしれません。でも、亡くなるまでの期間、苦しい思いをさせていたのでは?拒まれてももっとはっきりとした例えば経済的な支援をしていれば、と悔やまれますし、ただただ寂しくてならず、気持ちが不安定で夫に対して感情を爆発させて怒らせてしまいました。でも、どう気持ちをおさめてよいのかわからないでいます。自分でも困惑しています。どうか、指針をいただけたらと思いご相談しました。

有り難し有り難し 14
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おじいちゃんの死

4日前に大好きなおじいちゃんが亡くなりました。91才でした。 いつも笑顔で本当に優しかったおじいちゃん。 もう会えないことが寂しくて仕方ありません。 亡くなる前日病院に会いに行ったときはまだしっかり意識はあり、最後に見たのは私が病院から帰る時 「またの またこいのう」という優しい言葉と笑顔でした。その時直感で、これが最期かなという気がしたした。 悲しくて寂しくてふいに涙が溢れます。 そこで、いくつか教えて頂きたいことがあり、お応え頂けたら幸いです。 おじいちゃんの息子(私の伯父)は28才という若さで自死をしてしまいました。 優しい伯父でしたが、きっと色々なことがあり鬱から抜け出すことができなかったのだと思います。 母の弟なのですが詳しいことは聞けませんが、幼い子を残し旅立ちました。 私の伯父も天国にいるのでしょうか? そしておじいちゃんは伯父に会えますか? 私もこれから生き抜き、生涯を終えた時、またおじいちゃんに会えますか? 会えるのは一瞬ですか?一緒に過ごせたりしますか? 残された高齢のおばあちゃん一人の為に私が出来ることは何でしょうか? おじいちゃんが私へ伝えたいメッセージがあれば知りたいです。 沢山質問してごめんなさい。ひとつでも知りたくて、おじいちゃんとの繋がりを確信したいのです。 よろしくお願いします

有り難し有り難し 23
回答数回答 2

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