hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

身近な人の死が怖い

回答数回答 1
有り難し有り難し 10

タイトルの通り、身近な人の死が怖いです。

数年前に、仲の良かった先輩を亡くしてから身近な人に対する死がとても怖いです。

自分の死に対する恐怖は無く、むしろ自分の事に関して無感情と言うか、無関心で、死のうがなんだろうが何とも思っていないのですが、
親や友達など、自分に親しい人の死がとても怖いです。

生物として生まれてきた以上、死というのは必ず来るし、受け入れなければならないのは分かっているのですが、何故か意味もなく怖いと思ってしまいます。

乗り切る方法などはありますか?

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

こんにちは。

お話聞かせてくれてありがとうございます。

意味なくというより、意味を言葉にうまく表せないまま怖い気持ちを抱えることは変じゃないです。

その上で、乗り越えたいなら、『自分は生き延びる』という気持ちを育てることを大切にしてほしいです。
周りの人を失う怖さはある意味、孤立予防の防衛反応という意味合いもあります。
また、ご自身より周囲のことを大切に扱うからこそ、起こる感情だと思います。

自分も大切に。
自分自身のためだけでなく、自分を支えてくれた人のためにも、生きるために必要なスキルの獲得や自分磨きを大切にしてください。

わたしも、歳を重ねるにつれて、知ってる人を見送る機会が増えてます。
寂しいなんて思わずちゃんと葬式しなきゃいけないことはわかるけど、でも、やはり、寂しいです。
わたしは寂しさの感情は乗り越えるというより、一定の割合以上、自分の心の中を占めないように調整してる感じです。

参考になれば。

率直な想いを聴かせてくれてありがとうございました。

{{count}}
有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

煩悩スッキリコラムまとめ