原始仏教から後期密教まで
スマナサーラ長老とダライ・ラマ法王、
どちらかと言うなれば、どちらを支持されますか?
現在は、在家の僧侶で自営業です。専業僧侶の皆さんにいろいろと質疑応答したいです。人生そのままが、そのものが、修行だと思っています。
誰にでもあることなんで、敢えて書きません。そもそも、煩悩と自らを護るための自己防衛機能の境界線は、自由と自分勝手の違いにしか過ぎません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人に依ることなく、法に依ること
伊藤博雲さま
人に依ることなく、法に依ることが大切となります。
自灯明 法灯明
「仏陀の教えとはどういうものなのかを理解した上で信心すべきことを知るべきであり、これは大変重要な点である。正直で開かれた心を持ち、懐疑心を持って詳しく調べ分析することにより、その理由を探究し、根拠を確かめた上で、智慧に支えられた信心」により仏道を歩むべきとなります。
「映えあるナーラーンダー僧院の十七人の成就者たちへの三種の信心による祈願文」(造 ダライ・ラマ法王猊下)より
多くの師による教えも、しっかりと検証することが大切なことになります。
「師の教えを、ただ尊敬だけをもって受け入れるべきではなく、金細工師が、その扱っている金が本物か偽物か、その金を焼いて、切って、磨くことをもって慎重に吟味するように、そのようにして師の教えも受け入れていくべきである」とありますように、例え師の教えであろうとも、批判的、合理的に検証を繰り返して、しっかりと納得した上にてその教えを修習することが大切なことになって参ります。
頑張って参りましょう。
川口英俊 合掌
質問者からのお礼
我々凡夫は、悟れません。そういう意味では、信仰の部分も一部あると思います。
少なくとも、本物と邪義を見極める眼だけは必要ですよね。
前回に引き続き、ありがとうございました🙏
追記:私は上座部も大乗も金剛乗も崇敬しています🙏