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とらわれから逃れるには

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有り難し有り難し 15

過去の出来事にとらわれてしまい、毎晩辛くて眠れません。

昼間は仕事でなんとかごまかしていますが、夜になると色々思い出し涙が止まらず、お酒を飲んだ勢いでこのまま死んでしまおうと思う日も多くなりました。
実際に突発的な行動に出てしまい、本当に自殺してしまわないかと恐くなります。

数年前から座禅をしていますが、最近では座禅中も考え事をする時間になってしまい余計に辛くなります。

心ここに在らずで、いつ自ら命を絶ってしまうか分からない状態から抜け出すにはどうしたらよいでしょうか?

2021年3月18日 20:00

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

脳内消化不良にはこれが有効⤴✨

手っ取り早いのはその心のモヤモヤをちゃんとお話することでしょう。
暇なときにお電話いただければ私なんぞでよければお話をお聞きします。サックリ程度で。人間の心っちゅうモンはやっかなところがあるモンでして、気になっていることが何度も出てくるのですわな。それはあなたにとってのモヤモヤ。この心のモヤモヤを本来の仏教では衆生といいます。外のどこかの他人様ではなく、自身の内なる意識。自分がそれを何とかしたい迷いの思い。内なる子羊ちゃん。🐑メぇ(迷)~。
だから、そのさまよえる子羊ちゃんをすくってやらなきゃいかんのです。問題意識が生じるのは内なる自身の心というステージ上ですから、主演もサブもヒロインも全部あなたですから救いごたえ、手応えがありましょう。
ちゃんと向き合うということです。
そうすると、きちんとした言葉になります。ドラマがあるはずです。ストーリー化されるはずです。「私はあの時、あの場で、あの人によって、あんなことされたんだ。それがどうしても納得がいかん。おかしい。うん。何度考えても、何度も我慢してきたけれども、でもどうしても私の本心がゆるせない。納得がいかない。どうしたらいいんだろう?」という叫びになるものです。
お釈迦さまも生老病死という人間が絶対に避けられない現実から救われたいと願い、その心の叫びが菩提心という悟りを求める原動力になり、その願いは達成され多くの人を救い、私も救い、いずれあなたも救うでしょう。
心底、この悩みを解決したいという大菩提心・大発心を奮発するのです。
たった一つの悩みが何と、その人の今後の人生を大きく変えるというエネルギーになるのです。内科、歯医者さんにいって治療スッキリ、ホナさいならでも別にいいのですが、仏教とは人間性すらも高める教えでもあります。アタシの悩みが解決すればそれでオッケーあとは勝手気ままに生きてやるわい、というケチな気持ちでは自分が救われただけで、その後も誰かにゴメーワクをおかけする可能性は無きにしもアラジンです。
よって、あなた様も含め、今後この文言を目にされる御方がこれを機縁とし、自分の晴れない悩みが生じたら、内科に行ってホナサイナラという程度で終わってしまうのではなく、さらなる心の豊かさを追求して世の中を善導する善玉菌となるぞぅ🐘ぐらいの仏サマ的向上心も持ってみましょう。自ずから自己の心が善導されましょう。✨

2021年3月19日 6:33
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有り難し
おきもち


丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の法話 あけましておめでとうございます。 新しい年を迎えました...
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質問者からのお礼

お礼が遅くなり申し訳ございません。
ご回答いただきありがとうございます。

自分の感情を言葉にして話す事が苦手ですが、仏教を学び生きる原動力としていきたいと思います。

「過去にとらわれる」問答一覧

もしもの話ばかり考えてしまって絶望する

はじめまして。タイトル通りです。 私はこれまでいろんな失敗をしてきました。さらに最悪なことに、失敗すればミスを誤魔化そうとしたり、言い訳をしてしまったり。 それでもなんとかここまで人の道から外れるような大きな過ちはしないで生きてきました。 しかし過去を振り返ってみると、いつも道を踏み外さない『ギリギリ』を歩んできたなあと思います。本当に今の自分があるのは、運と環境のお陰です。 たまたま周りに相談できる人がいたから、たまたま予備や保険があったから、たまたま大事にならなかったから。 これから先、未来のことは、「常に誠実でいよう」「失敗をしても正直に告白しよう」と、前向きに考えられます。 けれども、「もしもあのとき相談できる人がいなかったら?」「もしもあのとき代わりが見つからなかったら?」「もしもあのとき大事になっていたら?」と、ふと『もしも』の話が頭によぎってしまうのです。 「もしも明日地球が爆発したら?」という馬鹿げた話ならば一蹴できるのですが… これから起こるかもしれないことではなく、既に終わってしまったことの「もしも」を考えたところで、現実は変わらないことはわかっています。 「危ない橋を渡ったけど結果オーライ!次から気を付けよ!」くらいに現実を受け止めるにはどうしたらいいでしょうか。

有り難し有り難し 11
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過去の後悔から抜け出せません

オンライン、オフライン問わず初めて悩みを打ち明けます。よろしくお願いします。 大学進学にまつわる過去の決断について吹っ切れずに悩んでいます。 私は日本の高校を卒業後、海外の大学に進学し帰国後日本の会社に入社した新卒社員です。しかし、高校時代の進路決定で医学部に内部進学しとけば良かったと毎日後悔しています。現在、再受験に向けて勉強し始めました。 ですが、どうしても医学部に内部進学した人たちの事がずるく感じてしまい、同時に、なぜ私はその道を選ばなかったのか後悔の念が募り、勉強に集中できません。 私が海外の大学に進路を決めたのは、その当時やりたい事がなく、学部問わずジェネラルに学べる米国のカレッジで広く学びたかったからです。ただこれは言い換えれば、専門性を決めることを後回しにしていただけだったと後悔しています。 実際高校時代は成績も良かったので、簡単に行けるなら医学部志望にしとけば、とおっしゃる先生方もいたものの、なにか本当にやりたい事が先に見つかるのではないかと思い海外進学に逃げてしまいました。 海外に行っても特に好きなことも嫌いなことも見つからなかったので、先生方の言う通り、夢なんてはなから見ずに医師になったけば良かったと猛烈に後悔しています。 ただ勉強に集中し(仕事も激務ですが、、)受験に勝つのみなのですが、それをせずにかなり簡単に内部進学する道があったのに、余分な努力をしているようで涙が止まりません。 前向きに受験にチャレンジできるマインドセット作りをご教授頂きたいです。。。

有り難し有り難し 2
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メンタルの病気だった過去を消したい

昔、メンタルの病気にかかりました。 現在は通院も完全に終わり、毎日を元気に過ごしています。 しかし、頻繁に当時を思い出して、恥ずかしくて情けなくてたまらなくなります。 両親は優しく見守ってくれました。そのおかげで立ち直れたのだと思います。 しかし反面、私の兄弟は、私を大変迷惑がっていた事は強く感じていました。 先日、兄弟のSNSを偶然見つけてしまいました。 そこには当時の私に対して、怒りの気持ちで沢山だったと書かれていました。 私は家族を振り回して疲弊させました。 だから嫌われても当然で、仕方ない事だと思っています。 しかし今回、兄弟の気持ちを実際に目の当たりにして、心が折れそうです。 今は実家を出ていて時々帰るのですが、引きこもっていた当時の私を近所のおばさま方は、私の状態を知っていた地元の友人達は、どう思っているのだろう? そんな事を考えて眠れなくなります。 誰も私を知らない場所へ逃げてしまいたい。 一から全てやり直したい。 しかし今は家庭があるので、逃げる事は出来ません。 ネットを見ると病気は恥ずかしいものではないとよく書かれていますが、私にとっては到底そう思えるものではありません。 恥ずかしい過去です。 過去は気にしないと言ってくれる伴侶と出会えて幸せなのに、過去の事を思い出しては自ら幸せな気持ちをぶち壊して、次の日もまた思い出してぶち壊して、の繰り返しです。 義母も、夫がうっかり喋ってしまい事情を察しているようです。 だから会いたくありません。 とても優しい人なのに、本当に私の勝手です。 現在交流のある新しい友人達にも、何かのきっかけで病気だった事がばれてしまったらどうしよう。 あの頃から今に至るまで過去に囚われ続けています。 どうすれば解放されるのか、 どうか知恵を貸して頂けないでしょうか。 宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 31
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自分に落ち度がある嫌な過去を忘れたい

忘れられない過去についてです。 私は中学生のとき、吹奏楽部に所属していました。先輩、後輩、同級生に下手だと言われました。 中2のとき、クラスのとある男子につまらない人と言われ、それで面白い人になろうと、部活中、練習よりも人を笑わせることに専念していました。周りとの練習の差を開かせてしまいました。この頃に、先輩に直接ではありませんが下手だと言われました。 中3になり、様々な原因から視界に人(特に男子)入ってくる事が苦痛になり、合奏中は、隣の席の男子が視界に入らないよう、ずっと下を見ていました。ずっと下を見ているので、私以外のパートの人たちが指導を受けている間は、どうしても眠くなってしまい、寝て、少し起きて、気がつくとまた寝ているを繰り返しました。他にもありますが、こうした態度が周りからの信用を無くしました。 中2の後半から少しずつ、私に対してクラスの人がネガティブな言葉を投げてくるようになっていて、その言葉が常に頭の中を支配して、何事にも集中力できませんでした。 下手なのは分かっていたので、肺活量を鍛えるだとか、楽譜を家に持って帰って曲を聴き、自分のパートの動きを確認するなどそれなりのことをしていたつもりです。 しかし、嫌な事を言われた事が頭から離れず、そのせいで勉強に集中できず、課題がなかなか進まなくて時間がかかり、そして疲れて、アニメを見て現実逃避してしまい、そういった家での練習がまったく続かず、楽器がまったく上達しませんでした。 自分への甘さ(心がボロボロでもできる限りのことはしていたので自分に対して甘かったとあまり思いたくないのが正直な気持ちです)から引き起こしたことですが、それでも下手だと言われると落ち込みました。それが表情に出てしまうと、練習しないのが悪いのにどうしてショックを受けるの?と言われ、より落ち込みました。 現在は、成長したと自分の中で評価をしています。それでも何かの拍子で昔を思い出し、頑張ってるはずなのに自分に甘いんじゃないかと気になったり、私の知らないところで下手だった私を部員たちが笑っているんじゃないかと不安で仕方がありません。以前と同じように何事にも集中できなくなります。 当時の私が変われなかったのは、人のせいにして生きていたからなのでしょうか? 長々と書き連ねましたが、今の私に厳しい言葉や助言をしてほしいです。

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