後悔をしていても、反省はしていないのか。
はじめまして。
私は昨年まで、自分のことで一杯一杯でした。
ようやく解決出来たと思って振り返ると、残されていたのは数々の悪行でした。
(詳細が書けずに、申し訳ありません。)
落とし前が付けられたものも有りますが、
現在残されたのは私から何か償いが出来るものでは無い上に、もし発覚すれば相応の仕打ちを覚悟しなければいけないものです。
(流石に刑務所に行くような事ではございませんが、厳しい批判を受けることは想像に難くありません。)
自らの罪を自覚してから、毎日後悔しております。
しかし、それはあくまで発覚して責められることを恐れているだけで反省をしていないのではないかという疑念がわき上がっているのです。
そうであれば、自分は再び人を傷つける事をしてしまうのではないかと怖いです。
他の方へのお坊さんの回答を見て毎朝お寺か神棚で懺悔をしているのですが、
それすら自らの罪責から逃れる為の自己満足では無いかと考えるようになってしまいました。
沢山傷付けられて、自分は真っ当に生きると決めた中学生時代の誓いが粉々に打ち砕かれた今、私が罪悪感から解放されて生きることなど許されないのではと思っています。
お手隙の際にご教示お願い致します。
追記
最近は地震も多いですし、天気も不安定ですね。ご自愛くださいませ。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
仏様に照らされ、許されて生きる道があります。
誰だって、いつ罪を重ねるかわからない不安定さを抱えています。
善人だ!思い込んで生きている人のほうが、よほど傲慢なのです。
あなたの数々の罪を振り返り、反省をなさり、だからこそ心がけなど 周りに対する行動も含め 変わられた点もあるのではないでしょうか。
罪悪感を持ち続けながら生きることは、苦しいばかりではありませんよ。仏様に手を合わせる生き方は、私を常に気づかせ、進むべき道へと向かわせてくださる。
あなたが今実行していらっしゃる生き方を、懺悔の生き方から、今日もありがとうと感謝の生き方へ。
仏様に照らされ、許されて生きる道があります。
質問者からのお礼
中田さま
ご回答ありがとうございました。他の方へのご回答も度々拝見しており、大変嬉しいです。
仰る通り、二度と周囲を裏切らずに生きたいと心から思えるようになりました。
今でも自分勝手ながら、時々償えなかった事が明るみに出る事を恐れる事がありますが、
この痛みを背負うことで、金輪際同じ過ちを繰り返さないようにしようと誓います。
20代前半でこの境地に至ることが出来た事は幸運だったのかもしれません。