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仕事の人間関係の心構えについて

回答数回答 1
有り難し有り難し 7

こんにちは。
仕事の人間関係の心構えについて相談させてください。

私は相手の気持ちを過敏に考えてしまう性格で、相手の要求に応えなければ、と考えてしまいます。
仕事仲間に要求をされた時に、断った後に気まずい雰囲気になるのが苦手で、応えた方が楽だと思い、無理をしても応えるようにしています。
しかしこの状況に疲れてしまいました。

また、仕事仲間で普段は普通に接していても機嫌が悪いと私にイライラした態度をぶつけてくる人がおり、そのような時はとても悲しく辛くなります。

今後は要求に断れる人間になるか、もしくは応えられる人間になれるように努力すべきか、どちらが良いのでしょうか。
また、機嫌が悪いのを私に態度でぶつけてくる相手にどのような心持ちでいれば良いのかご教示頂きたいです。
宜しくお願い致します。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

また始まったか。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

こんばんは。亀山純史と申します。

「今後は要求に断れる人間になるか、もしくは応えられる人間になれるように努力すべきか、どちらが良いのでしょうか。」というご相談ですが、どちらかに決めることは出来ないでしょう。
仕事をする上で大切ことの一つに、「どのように、誰が働くことが、もっとも効率的か」ということがあると思います。所謂、「適材適所」です。たとえ、あなたがこの仕事においては適している、と思われても、あなたがこの仕事をすることで、あなたが手がけている他の仕事に支障をきたしたり、あなた自身、健康を損ねてしまうようでは、その時点でのあなたとその仕事の関係は、必ずしも「適材適所」ではないわけです。一方、この仕事を自分が引き受けるれば、自分が出来る仕事の範囲が広がる、あるいは、他の人の仕事が順調に進む手助けになる、ということもあります。つまり、あなた自身、無理をせず、全体を見て仕事を引き受ける、ということが大切でしょう。

次に、「機嫌が悪いのを私に態度でぶつけてくる相手にどのような心持ちでいれば良いのか」ということですが、「また始まったか。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。」と思ってみてはどうですか。仏教における私たちの苦しみの一つに、「怨憎会苦(おんぞうえく)」という苦しみがあります。怨み憎む者にも会わなければいけない、という苦しみです。誰でも、機嫌の悪さを私に態度でぶつけてきたら、いい気持ちにはなりません。この苦しみから逃れるための手段が、「また始まったか。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。」です。南無阿弥陀仏は仏様からの呼び声です。「早く目覚めてくれよ。」という呼び声です。ここで一つ、注意点があります。それは、「誰」が目覚めるのか、と言えば、それは相手ではなく、あなた自身だ、ということです。ここがユニークなところです。一見すると、相手に対して、そのような態度をとることを戒めようとするための、仏様からの言葉のように感じるかもしれませんが、仏様は他人に対しての戒めのために、あなたの口から南無阿弥陀仏という言葉となって出てくることはないのです。あくまでも、あなたの口をついて出て来る南無阿弥陀仏は、あなたへの呼びかけであるのです。「この世は、怨憎会苦の世界であることに、目覚めてくれよ。」という呼びかけです。

以上が私からの回答です。ご参考になれば幸いです。

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