強迫観念に悩んでいます。
初めての相談です。
私は、昔から強迫観念があり確認癖が酷い時は、主にドアノブやガスコンロや水道が止まっているかとか触って確認していました。
今は、その強迫観念は和らいでいるのですが、、自分は昨日あった事を覚えていないと怖い(記憶が薄らぐ感覚が怖い)
です。変なことを言ってごめんなさい。
楽しかったこと、面白かったことをメモしとかないと忘れてしまうんじゃないかと思ってしまいます。
楽しかったこと→暗記→誰かに話さないと
と、縛られているようです。
お笑い芸人なの?と言われますが、今までの人生で楽しかった記憶がなかなかないので、笑ったことを暗記したいと思ってしまいます。
旦那に話すと「上書き保存」「その時あったことをポンポン話すことが臨場感あって面白い」と、言われました。
私には上書き保存すると、過去を塗り替える恐怖があります。(楽しかったことを忘れる)
川の流れるようにサラッとして生きたいです。物凄く暗記癖があってしんどいです。よろしくお願い致します。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
少しだけ力を抜いて、でも更なる楽しみ探しに行きましょう…
『確認癖が酷い時は、主にドアノブやガスコンロや水道が止まっているかとか触って確認』されるとのこと…とても親近感を覚えます。私もそうです…潔癖症かつ再々確認をしないと落ち着きません。旅に出てから玄関施錠が気になって三日間ほど旅行を楽しめなかった記憶があります…帰ってきて施錠されていたことに安心し、その気分が旅行以上に嬉しかった様な そんな記憶もあります。
ただ、私の場合そのような気持ちも年齢と共に落ち着いてきたようです。もうその時はその時だと…自分の命は、家の方では無くこちらにあるんだし…と 開き直る様になりました。
楽しいことは忘れたくないですよね…でも、ある意味 一生懸命に記憶しないと忘れてしまう様な楽しみって、大事な楽しみとしてはちょっとパワー不足ですよね。
ならば、もっと楽しいことで過去の楽しみを上書きしてしまいましょう。忘れようとしても忘れられないくらいの楽しみで…。
そして、「楽しかった経験」は御自身の行動によって生み出すものが最強です。物を買った、もらった、トクした…などということではなく、どこかへ行った、何かを作った、今まで出来なかったことが出来た…そういった経験こそが本当の楽しみになります。それらは忘れることが出来ません…。
暗記癖ですか…羨ましいです…頭の良い証拠です。私は暗記する能力が無いと端から諦めてしまい、今はとにかく全てをメモしています。机、枕元、車の運転席、そして風呂場(子供用の磁石式お絵かきボード)まで 色々なところにメモ&筆記用具を用意して忘れぬうちにメモしています。それでも時々、『あっ、さっき良いことを思いついたのに…』と悔しい思いをするのですが。
何事も完璧にするのは難しいし、余計にストレスとなってしまいます。
「出来る範囲で、精一杯」…これが物事全てに対しての仏教的スタンスです。
どうぞ、力を抜いて、でも楽しいことには全力で取り組みましょう。その結果、忘れることが出来ない楽しい経験が出来るのです。
仏様があなたを優しく微笑みながら、見守って下さっています…。