hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

新興宗教の勧誘の断り方は?

回答数回答 5
有り難し有り難し 184

昔から宗教に興味があったので、キリスト系・仏教系問わず、新興宗教でも縁があった時は、資料を受け取ったり、話を聴いたりしていました。
しかし、いずれの宗派も絶対的な確信を持つことは出来ないので、入信することはありませんでした。
その中で、昔からの友人が「あなたを救いたい、あなたのために24時間勤行をする」などと親切心で熱心に勧誘しています。「その気は無い」と断りつつも20年になります。(最近は年に数回程度ですが)

そして、数年前、主人の余命宣告を受けた時、私としては人生の中で一番宗教を求めていました。しかしながら、その数ヵ月間はまったく連絡がありませんでした。

その事から、最近は「私が一番必要としていた時期に縁が無かったのだから、あなたの宗教に入ることは絶対にあり得ない。」と明確に何度も伝えています。
「勧誘であれば、話をすることは無い。勧誘の話は聞きたくない。勧誘の電話はしないで」ということも何度も伝えています。

それでも、「そろそろわかってくれた?入信する気になった?」と連絡して来ます。

その友人と同じ仲間が他に数人いますが、熱心に勧誘されているのは私だけです。他の友人たちは最初の頃に断っているためにその後は勧誘していないようです。

できることならば、他の友人のように勧誘を止めてくれたならば、その友人が企画する同窓会にも参加したいのですが、私の顔を見れば執拗に勧誘をするので参加できませんし、他の友人たちとも疎遠になってしまってます。

今まで「宗教に興味がある」という態度をしていた私の責任でもありますが、20年かかりましたが、「入信しない」という結論が出たので、それで納得して欲しいのです。

20年分の期待感があるので、宗教抜きの友人関係は無理なのでしょうか?
その子が中心の他の仲間たちとの関係も含めて、バッサリと縁を切るべきなのでしょうか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

肉屋に「八百屋になれ」とか言うなっていう話でしょう

私はいつもこのように断っています。
「魚屋は魚屋でイイんだよ。オマエのやっていることは魚屋に肉屋になれとか、八百屋になれといっているようなもんだ。そばには蕎麦の良さ、うどんには饂飩の良さがあって、それで十分オイシイ=救われているのになんでわざわざラーメンを押し付けてくるような真似するのか。それはお前自身が本当の宗教を知らないからだよ。何故なら、❝この宗教でなきゃ救われない❞❝ほかの宗教は一切認めない❞なんていうアブナい狭い考え方や排他的な精神自体がいかに❝宗教的でない❞アブナイ教えであるか、ということを自分で言っていることにさえ気づかないのか?それに気づけないくらい、オマエは世界観が狭いし自分たちを客観的に見る力がないのだ。」
本当に満ち足りている人は、何かをわざわざ義務的に拝んでよりどころとする必要がありませんし、本来お釈迦様も❝拝まれる❞的なものではなかったはずです。
禅を究めた道元も「私の死後、この教えを禅とか曹洞宗などというな」と喝破されています。それが宗教の究極である私は思っています。
つまりラーメンでたとえると、究極のラーメンとは、麺とツユでウマい!ということであって、ウマいということには絶対にこの麺とこのスープでなけりゃイカン、などという押しつけがましい事もないのが本来の宗教(調理)というものです。
さらにラーメン(宗教)とは所詮、料理ということであって、それを食べる人間側のほうが料理・宗教よりも大事な本体であるにもかかわらず、このラーメン(この宗教)こそすべてだ!!とか押し付けてくる人間は、本体であるこっち(人間)を度外視した盲信状態。頭が…、イエ、考え方がおかしいと私は思います。
私は友達づきあいを私がやめた人がいます。
彼はあるモノにハマるまでは、まともだったのですが、あるモノに入信して以来、立場で接してくるようになりました。
宗教の前に、ビジネスの前に、立場の前に、人間が先でしょう。
しつこい勧誘の宗教の本質はビジネスです。献金という名の高額受講料を払って新興宗教の講座を受けているようなものです。
そんなものに頼らんでも人生幸せに暮らしてきたでしょう。それでいいのです。
あなたはあなた、わたしはわたし、を尊重するのが本当の宗教でしょう。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1600件を超えました


丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

普通の顔をして

すっぴんさん、こんにちは。

20年とは長いお付き合いですね。途中、連絡がなかったものの、20年。長いです。
そして、“そのご友人”はあなたと見ると執拗に勧誘をするとのこと。

すっぴんさんは「入信しない」という結論が出たので、納得して欲しい。
かつ、宗教抜きの“そのご友人”との友人関係は無理なのか。
その子が中心の他の仲間たちとの関係も含めて、バッサリと縁を切るべきなのでしょうか?

悩んでしまいますね。

さて、私事で恐縮ですが、お寺には色々な勧誘がやってきます。電話でも、訪問でも。
向こうさんは「普通の顔をして」ご来寺されます。
何度も断っても、「普通の顔をして」やってきます。
『この辺りの担当になりました(知らんがな)、御住職いらっしゃいますか?(まず名乗りなさい)、おいしいミカンのご案内です(頼んでません)・・・etc.』

たまにですが、向こうさんに期待感を持たせてしまうこともあります。

でも、関係ないようです。期待感は。
そして、向こうさんは、こっちの都合なんてお構いなし。向こうさんの都合で、勝手に声をかけてくるだけ。
そのため「普通の顔」という面をかぶった“そのご友人”には、あなたの言葉は届きません。

宗教ぬきにしたお付き合いも出来ません。残念ながら。
その子が中心の他の仲間たち、とのお付き合いも・・・。

20年分の期待感を、罪悪感に変えて、あなたが背負うことは無い。
「普通の顔」をして、あなたも断りつづけましょう。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1600件を超えました


「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

心にしっかりとした軸を持ちましょう

こんにちは。ご相談拝読させて頂きました。

20年間断りながらも、自分の心が辛かった時に勧誘が来なかった事を少々不満に思っているご様子ですね。

これは貴女自身が生きる上で心にしっかりとした軸が無いからではないかと思います。

軸は自信を持って生きて行く信条とでも申しましょうか。

その軸を必ずしも宗教でとは申しません。貴女が自信を持って生きて行ける信条が有るのであればのであればそれでいいのです。
軸がしっかりしていれば、必要以上に新興宗教の勧誘がつきまとう事も無いでしょう。

実は私も有髪なので新興宗教の勧誘に会った事があります。
その新興宗教の言うには「人間は生まれながらのカルマが多くて決して幸せにはなれないけど、この信仰宗教に入ればそれを消滅させる方法が出来る。つまり信仰宗教に入ってさらに新興宗教の入信者を増やせば、その事の徳によってカルマが消える。それがたった一つのカルマを消す方法で、それをしないと幸せになれないし不幸が来る。」とのことでした。

だから彼女らも幸せになりたい、不幸になりたくないの思いで必至に攻めてきますよね。

(もちろん、そんな都合の良いカルマなんて無いですよ。
もしこの世にカルマと呼べるものが有るとすれば、
それは自分で作ったもので、自分でしか解消出来ないでしょう。
人にどうこうして解消出来るものなんて無いんですよ。)

私は勧誘して来た人に、「それでは、貴女は本当に幸せになれたの?何か素敵な奇跡があったら話てみて。」と、どんな奇跡を話してくれるかと聞いていたら、何も話さず何と涙目になってうつむいてしまいました。

勧誘に来る彼女達も悩み苦しむ泥沼の渦中の人たちなのです。

苦しみの泥沼から自分が助かりたくて近くにいる人の足を捕まえて中に引きずり込もうとする感じが新興宗教の勧誘と言えるのかもしれないと思います。

泥沼に引きずり込まれないためにも、自分がしっかりとした軸を持って生きるという事が大事ではないかと思います。

泥沼の外と中ではお付き合いは恐らく難しいと思いますよ。

合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1600件を超えました


仏道に入門して36年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

私の場合。

マルチ商法、私も学生のころからの同級生に誘われました。
宗教の勧誘しつこくてイヤ。けど寂しいので私にかまってくれる人を失うのは怖い。どうすればいい?
と相談を受けたり、いろいろありました。

「宗教以外の用件なら連絡して」
そう言って、相手がどう反応するか。

宗教は宗教と別にして、関係が継続するなら大切にする価値はあると思います。
ぷっつり、縁が切れたならそれはそこまでの関係だと思います。

ひとつの目安になればと思います。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1600件を超えました


宗派は浄土真宗 なむあみだぶつです。 北陸の小さな田舎町で住職して...

新興宗教に関して

すっぴん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

新興宗教でも千差万別にて、一概に全てが悪いというものではなくて、ただ問題となるのが、カルト、それも破壊的カルトの場合となります。

いずれにしても、すっぴん様は、「入信しない」という結論が既に出ておられるので、しっかりと更に意思表示されて強く断られるべきでしょうし、あまりに迷惑に、その方が相手のことを思い遣れない人のようであれば、少しずつでも関係性をフェードアウトさせていくのも一つかとも存じます。

以下は、新興宗教に関しての過去問での拙回答となりますが、すっぴん様は既にしっかりとご自身にて色々と検証されておられるご様子にて、誠に良いことであるかと存じております。

問い「無宗教の私と新興宗教信者の彼との結婚」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_325515.html

「宗教への態度」と題して回答させて頂いております。

『・・特にその新興宗教が破壊的なカルトなどで実害が生じない限りは、義理的な付き合いとしても構わないかとは存じますが、大いに疑問・疑念のある中で入信して様々な行事やイベントに参加していても、何も効果的な利益(りやく)は得られないのではないかとは存じます。・・』

問い「新興宗教をやっている夫。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002973021.html

『・・盲目的・妄信的・狂信的な信仰は誠に危険でございます。このことは、仏教、宗教・信仰について携わらせて頂いている者と致しましても十分に気をつけなければならないと存じております。そのため、拙生自身も、仏教の学びにおきましては、できるだけ批判的・合理的に検証を繰り返すことに努めて参りたいと考えている次第でございます。・・』

とにかく、新興であろうがなかろうが、宗教に対しての態度は常に批判的・合理的に検証を繰り返すことが大切であるかと存じております。

また、下記問いも少しご参照下さいませ。

問い「師を探すには」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002848305.html

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1600件を超えました


川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

法昌さま、向井 真人さま、回答頂きありがとうございます。
「泥沼の外と中ではお付き合いは恐らく難しいと思いますよ。」そして、「宗教ぬきにしたお付き合いも出来ません。残念ながら。 」の回答に納得しました。
考えてみれば、「宗教に興味があった」というよりは、「何故、そこまで盲信できるのか」っていうことに興味があったように思います。「軸が無い」というよりは、盲信できる何かがあれば、強すぎる自分軸だけでなく、謙虚・感謝などを身に付けられるかもしれないという期待があったように思います。

そして、結論として「人間は一人では生きられないけれど、私は死などの恐怖にもそれほど動揺しない強さがある」という確信を持ちました。

今後も、今まで同様に「宗教に関することであれば連絡しないで欲しい」と普通の顔で断り続けたいと思います。ありがとうございました。

泰庵さま、丹下 覚元さま、回答ありがとうございます。
「宗教と仕事と健康食品の押し売りは友人同士ではNG」なるほどですね。
私自身、それほど友人付き合いを大切にする方ではないので、「連絡をしてくる数少ない友人」の縁を切ることに若干の抵抗がありましたが、「縁が切れた時は切れた時」で構わないという気がして来ました。
ありがとうございます。

「パートナー・親族・友人と宗教」問答一覧

親の宗教について

今自分がいる宗教について悩んでいます。 私の両親は自分の意思で新興宗教に入りました。 私も生まれた時から当たり前のように宗教に入っていました。 高校まではそこに違和感もなかったです。 ただ、高校から進学校に入り、勉強が忙しくなり、宗教的なお祈りが毎日できなくなりました。その信仰ではもらったお守りをきちんと扱えていないと神様にお詫びをして、信仰的な約束をします。高校生の時にある粗相があり、無理矢理夜中まで教会で信仰的な約束をしろと数人に囲まれ説得されました。 嫌だと言っても自己否定で毎日説得され約束をしました。 そこから守っていましたが、だんだん出来なくなりました。 大学生に入ってからも同様のことがあり、その時は周りの人をその宗教に入れるように説得され、三日間断り続けましたが、無理矢理、約束をしてしまいました。 その後も試みましたが、自分自身無理矢理勧誘することをいいと思えないこと、また自分が信仰をしていて幸せと思えていないこともあり、約束を守れていません。そんな自分も悪だと思い苦しいです。 親はとても熱心なので、朝早くから夜遅くまで小さい時からほぼ家には居なく暮らしています。そのことや、他の宗教団体を否定するような考え方(元彼の宗教を悪魔だと否定しています)がとても苦しく、自分が親になった時自分の子供にこの信仰を受け継ぎたいと思えない自分がいます。 今もまた今度粗相になったら、どのような約束をしないといけないのだろう、どのように怒られるのだろうと毎日一日中不安で苦しいです。 前の粗相の時した約束を毎日していますが、そのことも自分を縛っている気持ちでとても苦しくてたまらないです。 今真剣に交際している人がいます。 将来的な結婚の話も出ています。彼や将来の自分の子供に自分が今悩んでいるようなことを経験してほしくないという気持ちが強く、この宗教に入って欲しいと思えません。 両親は本当に熱心なので、親のことを否定もしたくなく、また自分自身も嫌なのに、この信仰をやめるのが怖いです。(行かないと言うと、悪いことが起こる、神様から見放されたと言われます)神様や霊的なことを信じるからこそ、信仰をやめるのが怖いです。 どの宗教にも属さず神様と繋がって社会の役に立つのはダメなことなのでしょうか。これからどのようにこの信仰と向き合えばいいのかもうわからないです。

有り難し有り難し 19
回答数回答 2

友人関係ふっきれそうです。

何度も同じ内容の相談で失礼します。「友人との関係がぎくしゃくしています。」「不安です。」等でお坊様方に相談、ご回答を頂き本当にどうもありがとうございます。お陰様で吹っ切れそうです。彼女達と話しても私は不快になる。それから私は直接勧誘はされてはいないのですが私以外3人のうち2人が某新興宗教にいつからか解りませんが加入していた事がわかりました。それが決め手になりました。私の実家は浄土真宗本願寺派ですし夫も偶然ですが浄土真宗本願寺派です。二人共新興宗教とは無縁で生きてきました。浄土真宗本願寺派の事(仏教)を私も夫もきちんと勉強した事はありませんが私の実家の母は毎回菩提寺の行事等に参加をしております。母の実家は曹洞宗なのですが祖父祖母はお寺参りを欠かさない2人でした。そのような環境で生きてきた私は全く新興宗教に興味がありませんし興味を持とうとも全く思いません。そんなことより持病の症状を寛解期に持っていく為にはどういう食事をしたら良いか(避けなければいけない食べ物もあるので)等自分の身体の事を中心に考える様になりました。 お坊様、どうもありがとうございます。またhasunohaにお世話になってしまうかもしれませんがこの件については吹っ切れました。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

身内の死と知人の言動について

初めまして。先日、叔母が亡くなりました。独身で孤独死で時間も経っていたため直葬をしました。 叔母は新興宗教に入っていましたので、同じ宗教の知人夫婦にそこのお寺にお願いしていただけることにならとてもありがたい費用でお経をあげていただいたりできました。 直葬なので葬儀社で遺体を安置させていただいていたのですが、葬儀社さんのご好意で無料でお花と祭壇など用意してくれていました。私も叔母を花で送りたかったので持って行きました。 するとその知人夫婦の旦那さんが葬儀社に先に来て「花束なんてやめろ!」「嘘のマンダラの掛け軸なんかかけやがって」 と葬儀社の社長さんに文句を言ったそうです。 私たち遺族は火葬が終わった後、社長さんから聞くまで知りませんでした。 葬儀社さんもお金のない私達遺族のためにとても良い金額で直葬の手配をしてくれたのに。そして花を持ってた私にも「今日はいいが、なぜ花を添えたらいけないか教えてやろうか!花はあーでこーでこうだからだめなんだ!添えるのはあの◯◯じゃないとだめなんだぞ!」と説教してくるのです。 私たち遺族は宗教などには無頓着で何も知らなかったのです。ていうか、私、遺族亡くしたばかりなんですが、と、かなり腹が立ちました。イライラしながら火葬してお骨を拾ったのです。叔母には申し訳ないですが。 でも我慢しました。叔母は親の姉妹なので泥を塗りたくなかった。そしてそのお寺でお経あげてもらい帰ろうとしたらまたその旦那さんに呼び止められ「さっきの話の続きなんだが、」とまた花の事をしつこく言ってくるのです。「花は枯れるから死を表すんだ、この宗教だけが素晴らしい、他は嘘ばかりだ、もっと知りたければゆっくり教えるぞ」と言ってきたのです。 私は笑って誤魔化しました。はーそうですか、へぇーみたいに。しつこいし、めちゃくちゃ腹立ちました。骨拾ってきた人間に対して言うか?と。もう関わりたくありませんが、いつか叔父が亡くなったらまた関わらなければならない。そんな事を考えるともう死んでしまいたいと思うようになりました。どこに相談すればいいのか、どうすればいいのかわかりません。そのお寺にクレームいうべきか?私はもう金輪際家族共にかかわりたくないのです。カルト教団ではないはずなのにまるでそのひとのせいでカルトとしか思えません。御助言ください。よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

父から新興宗教に家族で入ろうと言われた

初めて質問いたします。 当初父から新興宗教に入信する話を聞いた時、不出来な子供である自分を育てて貰った恩もあり、切実な父の思いに報いたいという気持ちが湧き上がりました。 しかしながら、私は思春期に仏教の教えに出会って以来個人的に仏様を信じています。より深く知りたいと思い、大学では仏教に関わる学問を学んでいます。 そのため、その新興宗教は私の知る仏教の教えとかなり違うために、かなり抵抗感があります。 このことについて父は浄土宗の住職資格を有しており、そのような矛盾点は百も承知の上で「新興宗教に入りたい」というのです。 元々幼い頃父も入信していたそうですが、頭の片隅に置いておく程度だったそうです。実際に我が家では仏教も含めて宗教の話が会話に出たことはほとんどありません。 父の思いに対して、私以外の家族は「父の気が済むならばそれでいいのではないか」とあまり興味がない様子です。わたしも父の気が済むようにして欲しいし、家族間に荒波を立てたくありません。 父は私の仏教への思いに対して「○○(新興宗教)は仏教も包括してるから、仏壇があっても仏教を信じてても大丈夫」と気にしない様子です。 しかしその宗教に入信する儀式を受ければ、私の本当の気持ちはどうであれ縁に背くことになり、素直な気持ちで仏様を拝することができなくなるのではないかと考えております。 しかし、そもそも自分が心の底から何を信じたいのか、本当に仏様を信じているのかわからないようになってしまいました。 ただ驕り高ぶって仏教を学んでいるだけではないか。 わたしの仏様への思いは若者特有の迷いから誘発される、一時の「流行」「ファッション」であるかもしれない。 ただの「ファッション」であるほどの軽い気持ちならば、そのように抵抗を抱かず入信してもよいのではないか···など考えてしまいます。 もう私は父や家族に良い顔したいのか、 それとも父との溝がうまれて死に際まで私が入信しなかった事が思い残しになっても良い、という覚悟で入信しないか、どちらも決心がつきません。 長々と文章を失礼致しました。 どうかお力をお借りしたいです。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

コロナ禍の親の宗教

実家が飲食店を営んでいます。コロナ禍でお客さんが全く来なくなり、店を閉めるという瀬戸際まで来ております。いろいろあって、赤字承知の上で、借入金で生活しながら店を続けることになりそうなのですが、ここにきて、親の宗教活動が度を超えてきた気がします。 有名な宗教団体とは違いますが、親の信仰は毎日数回熱心にお経をあげることを良いとしており、また親が役員のようなことをしていることもあって、催事の取り仕切りなど、かなりの時間を宗教関係に費やしてしまっています。 お店や生活の心配もあって、特に今は熱心にやっているように見えました。 姉も同じように活動していますが、宗教の用事で仕事のシフトを断ったりしているようです。 私自身、県外で一人暮らしをして20年近くになり宗教とは離れていますが、心の安定やコミュニティづくりとして、親の宗教に理解を示しているつもりでした。 今の親を見ていると、宗教をやることで事態を好転させようとすることに執着しすぎて、生活や仕事に割く時間が減っているように感じました。親も高齢でエネルギーが限られており、いつも疲れているような感じがします。 かと言って、宗教はほどほどにしなさいと言って親が聞くとも思えませんし、言ったことで家族関係が離れてしまったらと思う一方、近くで相談にのれていないという引け目もあります。 親の生活が傾いて、お金のサポートをしたり一緒に暮らすことは可能ですが、できればそこまで行ってほしくないし、それまでに宗教でボロボロになりやしないかと思っています。 今の時点で、親に意見をぶつけるべきなのか、様子を見るべきなのか。 またそれとは別に、本当に店を続けるべきなのか親の生活をどうするべきなのか、そちらの心配もあって胃が痛いです。 まとまりませんが、よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る