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新興宗教の勧誘の断り方は?

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昔から宗教に興味があったので、キリスト系・仏教系問わず、新興宗教でも縁があった時は、資料を受け取ったり、話を聴いたりしていました。
しかし、いずれの宗派も絶対的な確信を持つことは出来ないので、入信することはありませんでした。
その中で、昔からの友人が「あなたを救いたい、あなたのために24時間勤行をする」などと親切心で熱心に勧誘しています。「その気は無い」と断りつつも20年になります。(最近は年に数回程度ですが)

そして、数年前、主人の余命宣告を受けた時、私としては人生の中で一番宗教を求めていました。しかしながら、その数ヵ月間はまったく連絡がありませんでした。

その事から、最近は「私が一番必要としていた時期に縁が無かったのだから、あなたの宗教に入ることは絶対にあり得ない。」と明確に何度も伝えています。
「勧誘であれば、話をすることは無い。勧誘の話は聞きたくない。勧誘の電話はしないで」ということも何度も伝えています。

それでも、「そろそろわかってくれた?入信する気になった?」と連絡して来ます。

その友人と同じ仲間が他に数人いますが、熱心に勧誘されているのは私だけです。他の友人たちは最初の頃に断っているためにその後は勧誘していないようです。

できることならば、他の友人のように勧誘を止めてくれたならば、その友人が企画する同窓会にも参加したいのですが、私の顔を見れば執拗に勧誘をするので参加できませんし、他の友人たちとも疎遠になってしまってます。

今まで「宗教に興味がある」という態度をしていた私の責任でもありますが、20年かかりましたが、「入信しない」という結論が出たので、それで納得して欲しいのです。

20年分の期待感があるので、宗教抜きの友人関係は無理なのでしょうか?
その子が中心の他の仲間たちとの関係も含めて、バッサリと縁を切るべきなのでしょうか?

2014年6月2日 1:07

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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

肉屋に「八百屋になれ」とか言うなっていう話でしょう

私はいつもこのように断っています。
「魚屋は魚屋でイイんだよ。オマエのやっていることは魚屋に肉屋になれとか、八百屋になれといっているようなもんだ。そばには蕎麦の良さ、うどんには饂飩の良さがあって、それで十分オイシイ=救われているのになんでわざわざラーメンを押し付けてくるような真似するのか。それはお前自身が本当の宗教を知らないからだよ。何故なら、❝この宗教でなきゃ救われない❞❝ほかの宗教は一切認めない❞なんていうアブナい狭い考え方や排他的な精神自体がいかに❝宗教的でない❞アブナイ教えであるか、ということを自分で言っていることにさえ気づかないのか?それに気づけないくらい、オマエは世界観が狭いし自分たちを客観的に見る力がないのだ。」
本当に満ち足りている人は、何かをわざわざ義務的に拝んでよりどころとする必要がありませんし、本来お釈迦様も❝拝まれる❞的なものではなかったはずです。
禅を究めた道元も「私の死後、この教えを禅とか曹洞宗などというな」と喝破されています。それが宗教の究極である私は思っています。
つまりラーメンでたとえると、究極のラーメンとは、麺とツユでウマい!ということであって、ウマいということには絶対にこの麺とこのスープでなけりゃイカン、などという押しつけがましい事もないのが本来の宗教(調理)というものです。
さらにラーメン(宗教)とは所詮、料理ということであって、それを食べる人間側のほうが料理・宗教よりも大事な本体であるにもかかわらず、このラーメン(この宗教)こそすべてだ!!とか押し付けてくる人間は、本体であるこっち(人間)を度外視した盲信状態。頭が…、イエ、考え方がおかしいと私は思います。
私は友達づきあいを私がやめた人がいます。
彼はあるモノにハマるまでは、まともだったのですが、あるモノに入信して以来、立場で接してくるようになりました。
宗教の前に、ビジネスの前に、立場の前に、人間が先でしょう。
しつこい勧誘の宗教の本質はビジネスです。献金という名の高額受講料を払って新興宗教の講座を受けているようなものです。
そんなものに頼らんでも人生幸せに暮らしてきたでしょう。それでいいのです。
あなたはあなた、わたしはわたし、を尊重するのが本当の宗教でしょう。

2014年6月2日 18:23
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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

普通の顔をして

すっぴんさん、こんにちは。

20年とは長いお付き合いですね。途中、連絡がなかったものの、20年。長いです。
そして、“そのご友人”はあなたと見ると執拗に勧誘をするとのこと。

すっぴんさんは「入信しない」という結論が出たので、納得して欲しい。
かつ、宗教抜きの“そのご友人”との友人関係は無理なのか。
その子が中心の他の仲間たちとの関係も含めて、バッサリと縁を切るべきなのでしょうか?

悩んでしまいますね。

さて、私事で恐縮ですが、お寺には色々な勧誘がやってきます。電話でも、訪問でも。
向こうさんは「普通の顔をして」ご来寺されます。
何度も断っても、「普通の顔をして」やってきます。
『この辺りの担当になりました(知らんがな)、御住職いらっしゃいますか?(まず名乗りなさい)、おいしいミカンのご案内です(頼んでません)・・・etc.』

たまにですが、向こうさんに期待感を持たせてしまうこともあります。

でも、関係ないようです。期待感は。
そして、向こうさんは、こっちの都合なんてお構いなし。向こうさんの都合で、勝手に声をかけてくるだけ。
そのため「普通の顔」という面をかぶった“そのご友人”には、あなたの言葉は届きません。

宗教ぬきにしたお付き合いも出来ません。残念ながら。
その子が中心の他の仲間たち、とのお付き合いも・・・。

20年分の期待感を、罪悪感に変えて、あなたが背負うことは無い。
「普通の顔」をして、あなたも断りつづけましょう。

2014年6月2日 13:09
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おきもち

「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

心にしっかりとした軸を持ちましょう

こんにちは。ご相談拝読させて頂きました。

20年間断りながらも、自分の心が辛かった時に勧誘が来なかった事を少々不満に思っているご様子ですね。

これは貴女自身が生きる上で心にしっかりとした軸が無いからではないかと思います。

軸は自信を持って生きて行く信条とでも申しましょうか。

その軸を必ずしも宗教でとは申しません。貴女が自信を持って生きて行ける信条が有るのであればのであればそれでいいのです。
軸がしっかりしていれば、必要以上に新興宗教の勧誘がつきまとう事も無いでしょう。

実は私も有髪なので新興宗教の勧誘に会った事があります。
その新興宗教の言うには「人間は生まれながらのカルマが多くて決して幸せにはなれないけど、この信仰宗教に入ればそれを消滅させる方法が出来る。つまり信仰宗教に入ってさらに新興宗教の入信者を増やせば、その事の徳によってカルマが消える。それがたった一つのカルマを消す方法で、それをしないと幸せになれないし不幸が来る。」とのことでした。

だから彼女らも幸せになりたい、不幸になりたくないの思いで必至に攻めてきますよね。

(もちろん、そんな都合の良いカルマなんて無いですよ。
もしこの世にカルマと呼べるものが有るとすれば、
それは自分で作ったもので、自分でしか解消出来ないでしょう。
人にどうこうして解消出来るものなんて無いんですよ。)

私は勧誘して来た人に、「それでは、貴女は本当に幸せになれたの?何か素敵な奇跡があったら話てみて。」と、どんな奇跡を話してくれるかと聞いていたら、何も話さず何と涙目になってうつむいてしまいました。

勧誘に来る彼女達も悩み苦しむ泥沼の渦中の人たちなのです。

苦しみの泥沼から自分が助かりたくて近くにいる人の足を捕まえて中に引きずり込もうとする感じが新興宗教の勧誘と言えるのかもしれないと思います。

泥沼に引きずり込まれないためにも、自分がしっかりとした軸を持って生きるという事が大事ではないかと思います。

泥沼の外と中ではお付き合いは恐らく難しいと思いますよ。

合掌

2014年6月2日 13:56
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おきもち

仏道に入門して30年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

私の場合。

マルチ商法、私も学生のころからの同級生に誘われました。
宗教の勧誘しつこくてイヤ。けど寂しいので私にかまってくれる人を失うのは怖い。どうすればいい?
と相談を受けたり、いろいろありました。

「宗教以外の用件なら連絡して」
そう言って、相手がどう反応するか。

宗教は宗教と別にして、関係が継続するなら大切にする価値はあると思います。
ぷっつり、縁が切れたならそれはそこまでの関係だと思います。

ひとつの目安になればと思います。

2014年6月2日 18:01
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おきもち

生きる道幅を今よりほんの少しでも拡げる手伝いはしたいと願う。 治療や...

新興宗教に関して

すっぴん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

新興宗教でも千差万別にて、一概に全てが悪いというものではなくて、ただ問題となるのが、カルト、それも破壊的カルトの場合となります。

いずれにしても、すっぴん様は、「入信しない」という結論が既に出ておられるので、しっかりと更に意思表示されて強く断られるべきでしょうし、あまりに迷惑に、その方が相手のことを思い遣れない人のようであれば、少しずつでも関係性をフェードアウトさせていくのも一つかとも存じます。

以下は、新興宗教に関しての過去問での拙回答となりますが、すっぴん様は既にしっかりとご自身にて色々と検証されておられるご様子にて、誠に良いことであるかと存じております。

問い「無宗教の私と新興宗教信者の彼との結婚」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_325515.html

「宗教への態度」と題して回答させて頂いております。

『・・特にその新興宗教が破壊的なカルトなどで実害が生じない限りは、義理的な付き合いとしても構わないかとは存じますが、大いに疑問・疑念のある中で入信して様々な行事やイベントに参加していても、何も効果的な利益(りやく)は得られないのではないかとは存じます。・・』

問い「新興宗教をやっている夫。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002973021.html

『・・盲目的・妄信的・狂信的な信仰は誠に危険でございます。このことは、仏教、宗教・信仰について携わらせて頂いている者と致しましても十分に気をつけなければならないと存じております。そのため、拙生自身も、仏教の学びにおきましては、できるだけ批判的・合理的に検証を繰り返すことに努めて参りたいと考えている次第でございます。・・』

とにかく、新興であろうがなかろうが、宗教に対しての態度は常に批判的・合理的に検証を繰り返すことが大切であるかと存じております。

また、下記問いも少しご参照下さいませ。

問い「師を探すには」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002848305.html

川口英俊 合掌

2014年7月2日 8:25
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おきもち

質問者からのお礼

法昌さま、向井 真人さま、回答頂きありがとうございます。
「泥沼の外と中ではお付き合いは恐らく難しいと思いますよ。」そして、「宗教ぬきにしたお付き合いも出来ません。残念ながら。 」の回答に納得しました。
考えてみれば、「宗教に興味があった」というよりは、「何故、そこまで盲信できるのか」っていうことに興味があったように思います。「軸が無い」というよりは、盲信できる何かがあれば、強すぎる自分軸だけでなく、謙虚・感謝などを身に付けられるかもしれないという期待があったように思います。

そして、結論として「人間は一人では生きられないけれど、私は死などの恐怖にもそれほど動揺しない強さがある」という確信を持ちました。

今後も、今まで同様に「宗教に関することであれば連絡しないで欲しい」と普通の顔で断り続けたいと思います。ありがとうございました。

泰庵さま、丹下 覚元さま、回答ありがとうございます。
「宗教と仕事と健康食品の押し売りは友人同士ではNG」なるほどですね。
私自身、それほど友人付き合いを大切にする方ではないので、「連絡をしてくる数少ない友人」の縁を切ることに若干の抵抗がありましたが、「縁が切れた時は切れた時」で構わないという気がして来ました。
ありがとうございます。

「パートナー・親族・友人と宗教」問答一覧

特定の宗教を信じる元彼に未練ばかりです

 以前、ある宗教を信じる彼と交際を続けることについて質問させていただき、彼と別れ2ヶ月ほど経ちます。  当時、別れるか私が入信するかの選択を突如迫られました。彼の宗教の排他的な考えが受け入れられず、彼の短期間での変化も側で見たため、自分がその考えに染まることを恐れ、彼が求めた、宗教に話を聞きにいくことさえしませんでした。公式の動画を見たりなど勉強は必死でしました。  彼は優しくなりたいと思いつつも、人の気持ちが理解できない、自分中心の考えになってしまう等の部分がとても多く、一緒に生きるのは困難を伴う人であることを頭では理解していました。また、私が入信しても、いつかまた彼が宗教以外の大きな何かに惹かれたとき、今回のようにそれと天秤にかけられ、自分が何かを捨てたり妥協し変わることでしか、そばにいられないような気がしました。そのこともあり、その宗教に足を踏み込み大好きな彼と一緒にいたいという思いを無理に塞ぎ込むような形で別れを選びました。  それなのに、今でも大好きなのです。  彼に、私に歩み寄る選択肢はなかったと思いますが、自分自身も、聞きにさえいかなかったことで彼をどれだけ傷つけ、信頼を失わせたかを思うと胸が苦しいです。このせいで、彼が宗教の道にいくのをさらに後押ししたかもしれません。彼の生き方を尊重するために、結婚のためかたち上入信することさえもしませんでした。排他的な考えをしていたのは自分ではなかっただろうかと思っていつまでも悩んでいます。  彼は宗教にこれからより身を捧げます。良い考えに混じっている一部の排他的な考えにより、当時の考え、自分で決断する力を彼が失うかもしれません。  彼は、どうして俺のことをそんなに愛するなら、話さえも聴きにこないのかと言っていました。いかない理由については何度も彼に説明しましたが、あまり理解してもらえませんでした。きっと信者でない私との愛は偽りのものだった、さらに私には宗教を学ぶという向上心がない、という考えをその宗教の学びにより感じていると思います。そんな私のことなんてもうどうでもいいと思います。とても悲しくて悔しいです。    理性を働かせ彼と接触することを必死で控えていますが、いつか心が理性に追いついてくれるでしょうか。  いつまでも彼の信じる宗教を悪く見てしまうことも治せません。 質問がまとまらずすみません。

有り難し有り難し 19
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宗教を信仰するのが嫌です

私の家族は宗教を信仰しています。 でも家族のなかで私だけは宗教を信じておらず、信仰したくありません。 悪いものではないのは分かるのですが、強制するものではないし、私は信仰するのが向いていないなと思います。 正直信仰することがストレスでしかないです。 私が信仰したくない、という事を伝えたうえでも家族はお祈りをしよう、一緒にお寺に行こう、と言ってきて、信仰することを強制させられます。 (家族は優しいので、怒ったり責めたりはしてこないし、やんわり優しく言ってくれますが) 今は半年に1回お寺に行くか行かないか、1ヶ月に1回お祈りするかしないかという感じで、とても中途半端に信仰を続けている状態です。 (これでいいのかと家族に聞くと、まったく信仰しない状態になるよりは中途半端でも信仰した方がいいと言っていました) いつまで信仰を続けていくつもりなのか家族に聞いてみると、これからもずっと信仰を続けるつもり、と言っていました。 今私は高校生なのですが、将来大人になってもずっと宗教と付き合っていかなければいけないこの状態が続くと思うとしんどさしかなく、この状態から抜け出したいです。 これは宗教を信じていない私がいけないのでしょうか?? また、どうしたら家族が信仰しろ、と言ってくるのをやめさせられ、私は信仰しないでいいようになれると思いますか?? 文章力がなく分かりにくい文章ですいません。 回答いただければ嬉しいです。

有り難し有り難し 13
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(編集部より。規約により投稿の一部を変更しています。)  大好きな彼は、ある宗教の信者同士の元に生まれました。たまに通っている程度でしたが、最近とてもその考えに心惹かれ、とても熱心に通っています。  彼とはずっと一緒にいたいと心から思っていました。ただ、私がその宗教に入らないと結婚できないそうです。理由は、その宗教以外の人が生まれつき持っている罪を私が払う必要があるから、また、彼が地獄に落ちないためには信者同士で結婚するしか方法がないからだそうです。  私は、彼がその宗教を信じていても良いと思っています。ただ、彼といるためには私が宗教に入り、その考えを持たないといけないというように、その宗教(つまり彼側)私の意見や私の考え自体を阻害するなら、彼と一緒にい続けるのは無理だろうかと悩んでいます。  正直、その宗教の考えは、自分には理解しがたい部分が多いです。その宗教を信じ続けないと天国にはいけない、その信者同士の結婚をすることでしか幸せになれない、という考えが心苦しいです。  また、彼はあまりにも毎日考えが変わり、どんなに話しても何日後かには私と決めたことなど全て変わってしまいます。  彼が宗教に熱心に通い出して、数週間という短すぎる期間しか立っていません。今の彼は、もう宗教の考え方しか頭になく、これからの人生に様々な規制をきたす、本格的に宗教に入る儀式をするなどの決断をしようと毎日悩んでいます。  また、私にその宗教の話を聞くよう毎日言ってきて苦しいです。あまりにも彼氏が受けている影響が強すぎることと、聞きに行って自分の考えが失われてしまうことが恐ろしく、いけません。  彼は、私が妥協して宗教に入るか、別れるかの辛すぎる2択の答えを求めてきます。  彼に神様を信じ続けてもらっても構いませんが、あまりにも今本当かどうか怪しいことに頭を占められ、儀式などを受けることで、これからの生活に様々な規制がかかってしまうことがかわいそうで、苦しむことが想像できるので入って欲しくないです。ただ、彼はあまりにも自分に自信がなく生きずらそうなので、その宗教に入ることが1番生きやすい方法なのかもしれません。信者同士の元に生まれた彼にとっては、このままその宗教に入り生きていくことがいちばんの幸せなのかもしれません。  私は彼を止めるべきなのでしょうか。また、私達が付き合い続けることで、明るい未来はあるのでしょうか。

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宗教の悩み

(編集部より。規約により投稿の一部を変更しています。) 私は今宗教が理由で自殺したいと考えるぐらい精神的に苦しい状況です。 私は生まれたと時(亡くなった祖父の代)からある宗旨でした 現在は27ですが今まで色々葛藤はありながらも朝夕熱心に信心してきました。 しかし色々な事があり(話すと長くなる)世間一般のような無宗教で普通な人のように生きたいと強く思うようになりました。周りの人をみると羨ましくも思ってしまいます 祖母にはやめた人を今まで見たけどろくな人生をおくったひとはいないとかやめたら必ず罰があたると言われました 実際に私のやめた人や知ってる人でもみな癌や重篤な病気で早くに亡くなっています。 お寺の住職にはやめると家族が積んできた功徳を全て無にし家族とも縁をきることになると言われました 宗教をやめるということは大きな罪なのでしょうか? やはり自分もやめるとそのような末路になり不幸になるのでしょうか? 死んだら地獄に落ちますか? もう頭の中が宗教の事や恐怖心や罪悪感でいっぱいで生きるのも辛いです。 謗法とか気にせず普通な人生を送りたかったです。 信者からすればこんなありがたい御信心をなぜやめてしまうのかとか言うと思います。 そうやって言われるのも苦しくなります。 ホームページや御利益体験談などをみるとこの宗教がものすごくありがたいみたいなのです 癌が消えたり不治の病が治るとか、だが信行を怠ったり疑いの心を持ったりすると体が悪くなったり怪我をしたりして信心を起こさせるためにお罰を下さったとか。 この宗教が正しければ正しいほどやめることへの恐怖心がとてつもなく大きいです またこの宗教は功徳も大きい分罰も大きいと思いこんでしまっています。 だから今まで熱心にしてきた分やめることへの恐怖心や罪悪感などがどうしても忘れられません。 それでもやめて忘れてしまい周りのように普通に生きたい、でもやめたらろくな人生を歩めないかもしれない、この家に生まれた以上信心(家の仏壇やお寺との関係)を相続していかないといけないとか色々毎日考え頭の中が錯乱し何をしても楽しくありませんし生きた心地もしなく現在は精神安定剤を飲んでいますがもう限界がきています できれば忘れてしまい前向きに生きれる方法はないのでしょうか? 今後やめたとしどのように実家と付き合いどのように生きていければいいのか分かりません。

有り難し有り難し 36
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恋人が新興宗教の信者でした

いつもお世話になっております、相談させてください。 恋人が新興宗教の信者をしています。 本人の祖母が信者で3世のようですが、家族やコミュニティの影響が強く「宗教に入ってくれとは言わないけど、宗教の関係も大切にしたい」と付き合ってから言われて知りました。 私はお寺も神社も機会があるときにお参りをするような人間ですが、普段から宗教を意識したことがないのでびっくりしました。しかし本人が自分の宗教を押し付けてこないのであれば「宗教が付き合う付き合わないの理由にはならないから」と言いました。 しかし先日初詣に行こうと誘ったときに、一緒に出掛けはしたものの「私はお参りしないから」と言われ、周りで楽しくお参りをしている人たちを眺めながら、やっぱり宗教が違うと一緒に楽しめることが減るのだろうか、というのと何となくこれからも頭の中で宗教のことを考えながら付き合うことになるのかなと思ってしまいました。 恋人のことは好きなのですが、デートに行くときも話をする時もなんとなく「これはタブーじゃないか」などと考えてしまうなど、宗教のことが頭をよぎるたびにもやもやします。 恋人とはこれからも付き合っていきたいと考えていますが、どのようにすればこのもやもやを乗り越えられるでしょうか。また、このもやもやはどこから来ているのでしょうか。 ご相談させていただけますと幸いです。 よろしくお願いいたします。

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義実家と宗教

はじめまして。自分ではどうしたら良いかわからなくなってしまったので相談させて頂きます。 私は1年ほど前、天理教の教会の長男である夫と結婚しました。夫は天理教からは離れており、教会を継ぐことはありません。私は特定の宗教は信仰しておらず、結婚するにあたって不安はありましたが、夫の人柄に惹かれて結婚を決意しました。 付き合っている時、夫には私はこれからも天理教を信仰する事は無いと思うとは伝えてありました。 そして結婚式では色々あって、私も強く断れず、あれよあれよと言う間に天理教式の結婚式を挙げる事になってしまいました。少し抵抗はあったものの、結婚式は自分の為にするわけでは無いからと最後は納得して、色々な方に祝福してもらいこれはこれで良かったなと思っていました。 そして1年ほど経ち、特に天理教とは関わらず夫婦で仲良く暮らしていました。 そんな時、義両親から急に天理教の儀式に言って来なさいと言われました。それがどんなものかは夫から後で教えてもらい、信者になるような儀式だとわかりました。夫からは行く必要は無いからと言われたものの、私の意思や気持ち関係なく信仰を押し付けてくる義両親に嫌悪感と怒りの気持ちが湧いてしまいました。 今思うと結婚式も結局は同じだったのだと、結婚式まで後悔する気持ちが消えません。 今では義理の実家の事を考えると気分が悪くなり、体調を崩すようになってしまいました。私の状態は夫から義両親に伝えてもらい、天理教を信仰するつもりが無い事も伝えてもらいました。 このままではいけないと思うものの、心と体が拒否してしまい、自分ではコントロール出来ず苦しいです。義理の実家にももう数カ月行けていません。仲良くしたいとも思えなくなってしまいました。 私はこれからどうして行ったら良いでしょうか。堂々巡りで出口が見えません。何かアドバイスを頂ければと思います。よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 2
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一般家庭の私と新興宗教法人が実家の彼

私は地元で普通の会社員をやっており、両親ともにサラリーマン家庭で育ってきました。 1年前、友達の知り合いで出会った方が4歳上の方でご実家が宗教法人をされているが家庭でした。 毎日電話やメールのやり取りをしていてとても楽しくて惹かれていきましたが宗教の知識が全くない私は会ってしまったら好きになってしまうかも…と思っていました。 先日初めて会い、彼の優しさや誠実さ、面白いところや私と価値観が合ってるところなどたくさん知ることができてどんどん惹かれていきました。 あと2ヶ月後、彼は実家を継ぐことになります。地元でも大きい宗教法人です。 彼には私に背負わせたくないから簡単に付き合ってとか結婚をしてほしいとかは言えないと言われました。 でも、初めてその人に出会ってその人と歳を重ねていって色んな経験をしたり、頼って欲しいと初めて思い、そんなことを言わないで欲しいと言おうと思いましたが私の家族や、私の知識のなさを思うとその場ではなにも言えませんでした。 好きだけで決めてしまえることではないと思っています、家族のこともあるので。簡単なことではないことも分かっています。 全くの無知識でなにも宗教に触れたことがない私でも彼の役に立つことはできますか?

有り難し有り難し 21
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彼の信仰心の受け止め方について

初めてご相談させて頂きます。 彼は、祖母の代から ある新興宗教を信仰している信者三世です。その新興宗教はネットで調べた範囲ですと、社会的に穏健派のようです。私は、神は森羅万象に宿っているという漠然とした神道的な考えで生きてきました。 彼も私も離婚歴があり、彼には病の子供がいます。前の奥様との離婚原因の1つは宗教観の違いであり、子供との面会も拒否されています。 彼はそれでも信仰を続けています。「子供に会えない理由が宗教なのに、どうして続けるのか?」と聞いたところ「今までどうにかこうにかやってこれたのは○○神様のおかげだ。子供が幸せに生きていく為にも○○神様の力が必要だ。だから、信仰を止める訳にはいかない」といいます。私としては家族の守り方に違和感を感じてしまうのです。 神社参拝や家に神棚を祀る事について聞くと「神社には低いものがいるから好んでは参拝しない。」「神棚は1つにしたい。それぞれの部屋にそれぞれの神様の神棚を祀るのも嫌だ」と言います。 宗教の自由とは言いますが、自由の範囲の折衷案を見出せずにいます。 ○○神様にお参りし、彼曰く偶然とは思えない出来事が複数起きたため本当の神様だと信じるようになったそうです。 同じ宗教の方と一緒になった方が彼も幸せになるのかなと思います。でも折り合いがつけば一緒に生活できるのかなと淡い期待も捨てきれず‥。私自身が偏見からの非寛容になっていないかという思いもあります。何が本質でどこまでが寛容さなのかアドバイスを頂けたら大変有難く思います。

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熱心に信仰する母との付き合い方

こんばんは、初めて相談させて頂きます。 私の母はもう30年ほど、とある宗教に熱心に信仰しております。 日本では有名な宗教で、お布施の要求や品物を買わせるような宗教ではありませんし、私も母に誘われて講演会等は行ったことがあり、〝親や夫を大切にする〟ということが基本の教えだと思います。そこまでは私にも理解できますが、母の信仰はそれよりもさらにさらに深く、宗教の教えが全ての母とは当然価値観が合わず、宗教の価値観を私に押し付けてくることが私の悩みです。 長年信仰している影響か、起きたことはすべて宗教に報告し、その不安や心配を信仰で解決しようとするので、いつのころからか母には悩みを相談できずにいました。 最近では少しでも子育ての愚痴を言うと 「(宗教の)〇〇先生に言うから」や、夫のことを話すと 「(宗教の教え上)そんなことではダメ」 「あなたが今幸せなのは宗教のおかげ」 など何でもかんでも宗教に絡ませてきます。しかし母が信仰に対して気持ちが冷めている時は、宗教を否定したり、都合の悪いことは宗教側に隠していたり、そうやって振り回されることもとても嫌です。 母は娘の私だけは信仰を理解してくれていると勘違いしているようにも思います。 子育て真っ只中の今、たまに母に助けてもらっていましたが、母のことを否定しているのに助けを求めることは自分勝手だなと改めて思い、自立して母とは今まで以上に距離を取り付き合う方法しかないのかなと最近は思っています。話す内容もうわべだけにしたほうが良さそうだなと思いつつも、悲しい親子関係だなぁと思いますし、母は信仰しつつも私を育ててくれたことは事実で、感謝をしなければいけないのに、どうしても母の信仰を受け入れられない、理解できない、その辺の矛盾している部分も悩んでいます。 母の信仰のことは夫にももちろん打ち明けていませんし、父も母の宗教には大反対で父に話すことだけは暗黙の了解で絶対にNGでしたが、2人きりの時に内緒で相談すると、もう信仰はしていないと思っていた父は激怒、母に問い詰めてはいないものの、それ以来父は母と距離をとっていて実家に帰ると空気が悪く、相談した私のせいだなと思っています。 こんな風に母のことを誰にも相談できず、一人で悩み続けることも辛いです。 何かアドバイスがあればよろしくお願いします。

有り難し有り難し 7
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