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新興宗教の勧誘の断り方は?

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昔から宗教に興味があったので、キリスト系・仏教系問わず、新興宗教でも縁があった時は、資料を受け取ったり、話を聴いたりしていました。
しかし、いずれの宗派も絶対的な確信を持つことは出来ないので、入信することはありませんでした。
その中で、昔からの友人が「あなたを救いたい、あなたのために24時間勤行をする」などと親切心で熱心に勧誘しています。「その気は無い」と断りつつも20年になります。(最近は年に数回程度ですが)

そして、数年前、主人の余命宣告を受けた時、私としては人生の中で一番宗教を求めていました。しかしながら、その数ヵ月間はまったく連絡がありませんでした。

その事から、最近は「私が一番必要としていた時期に縁が無かったのだから、あなたの宗教に入ることは絶対にあり得ない。」と明確に何度も伝えています。
「勧誘であれば、話をすることは無い。勧誘の話は聞きたくない。勧誘の電話はしないで」ということも何度も伝えています。

それでも、「そろそろわかってくれた?入信する気になった?」と連絡して来ます。

その友人と同じ仲間が他に数人いますが、熱心に勧誘されているのは私だけです。他の友人たちは最初の頃に断っているためにその後は勧誘していないようです。

できることならば、他の友人のように勧誘を止めてくれたならば、その友人が企画する同窓会にも参加したいのですが、私の顔を見れば執拗に勧誘をするので参加できませんし、他の友人たちとも疎遠になってしまってます。

今まで「宗教に興味がある」という態度をしていた私の責任でもありますが、20年かかりましたが、「入信しない」という結論が出たので、それで納得して欲しいのです。

20年分の期待感があるので、宗教抜きの友人関係は無理なのでしょうか?
その子が中心の他の仲間たちとの関係も含めて、バッサリと縁を切るべきなのでしょうか?


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

肉屋に「八百屋になれ」とか言うなっていう話でしょう

私はいつもこのように断っています。
「魚屋は魚屋でイイんだよ。オマエのやっていることは魚屋に肉屋になれとか、八百屋になれといっているようなもんだ。そばには蕎麦の良さ、うどんには饂飩の良さがあって、それで十分オイシイ=救われているのになんでわざわざラーメンを押し付けてくるような真似するのか。それはお前自身が本当の宗教を知らないからだよ。何故なら、❝この宗教でなきゃ救われない❞❝ほかの宗教は一切認めない❞なんていうアブナい狭い考え方や排他的な精神自体がいかに❝宗教的でない❞アブナイ教えであるか、ということを自分で言っていることにさえ気づかないのか?それに気づけないくらい、オマエは世界観が狭いし自分たちを客観的に見る力がないのだ。」
本当に満ち足りている人は、何かをわざわざ義務的に拝んでよりどころとする必要がありませんし、本来お釈迦様も❝拝まれる❞的なものではなかったはずです。
禅を究めた道元も「私の死後、この教えを禅とか曹洞宗などというな」と喝破されています。それが宗教の究極である私は思っています。
つまりラーメンでたとえると、究極のラーメンとは、麺とツユでウマい!ということであって、ウマいということには絶対にこの麺とこのスープでなけりゃイカン、などという押しつけがましい事もないのが本来の宗教(調理)というものです。
さらにラーメン(宗教)とは所詮、料理ということであって、それを食べる人間側のほうが料理・宗教よりも大事な本体であるにもかかわらず、このラーメン(この宗教)こそすべてだ!!とか押し付けてくる人間は、本体であるこっち(人間)を度外視した盲信状態。頭が…、イエ、考え方がおかしいと私は思います。
私は友達づきあいを私がやめた人がいます。
彼はあるモノにハマるまでは、まともだったのですが、あるモノに入信して以来、立場で接してくるようになりました。
宗教の前に、ビジネスの前に、立場の前に、人間が先でしょう。
しつこい勧誘の宗教の本質はビジネスです。献金という名の高額受講料を払って新興宗教の講座を受けているようなものです。
そんなものに頼らんでも人生幸せに暮らしてきたでしょう。それでいいのです。
あなたはあなた、わたしはわたし、を尊重するのが本当の宗教でしょう。

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

普通の顔をして

すっぴんさん、こんにちは。

20年とは長いお付き合いですね。途中、連絡がなかったものの、20年。長いです。
そして、“そのご友人”はあなたと見ると執拗に勧誘をするとのこと。

すっぴんさんは「入信しない」という結論が出たので、納得して欲しい。
かつ、宗教抜きの“そのご友人”との友人関係は無理なのか。
その子が中心の他の仲間たちとの関係も含めて、バッサリと縁を切るべきなのでしょうか?

悩んでしまいますね。

さて、私事で恐縮ですが、お寺には色々な勧誘がやってきます。電話でも、訪問でも。
向こうさんは「普通の顔をして」ご来寺されます。
何度も断っても、「普通の顔をして」やってきます。
『この辺りの担当になりました(知らんがな)、御住職いらっしゃいますか?(まず名乗りなさい)、おいしいミカンのご案内です(頼んでません)・・・etc.』

たまにですが、向こうさんに期待感を持たせてしまうこともあります。

でも、関係ないようです。期待感は。
そして、向こうさんは、こっちの都合なんてお構いなし。向こうさんの都合で、勝手に声をかけてくるだけ。
そのため「普通の顔」という面をかぶった“そのご友人”には、あなたの言葉は届きません。

宗教ぬきにしたお付き合いも出来ません。残念ながら。
その子が中心の他の仲間たち、とのお付き合いも・・・。

20年分の期待感を、罪悪感に変えて、あなたが背負うことは無い。
「普通の顔」をして、あなたも断りつづけましょう。

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「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

心にしっかりとした軸を持ちましょう

こんにちは。ご相談拝読させて頂きました。

20年間断りながらも、自分の心が辛かった時に勧誘が来なかった事を少々不満に思っているご様子ですね。

これは貴女自身が生きる上で心にしっかりとした軸が無いからではないかと思います。

軸は自信を持って生きて行く信条とでも申しましょうか。

その軸を必ずしも宗教でとは申しません。貴女が自信を持って生きて行ける信条が有るのであればのであればそれでいいのです。
軸がしっかりしていれば、必要以上に新興宗教の勧誘がつきまとう事も無いでしょう。

実は私も有髪なので新興宗教の勧誘に会った事があります。
その新興宗教の言うには「人間は生まれながらのカルマが多くて決して幸せにはなれないけど、この信仰宗教に入ればそれを消滅させる方法が出来る。つまり信仰宗教に入ってさらに新興宗教の入信者を増やせば、その事の徳によってカルマが消える。それがたった一つのカルマを消す方法で、それをしないと幸せになれないし不幸が来る。」とのことでした。

だから彼女らも幸せになりたい、不幸になりたくないの思いで必至に攻めてきますよね。

(もちろん、そんな都合の良いカルマなんて無いですよ。
もしこの世にカルマと呼べるものが有るとすれば、
それは自分で作ったもので、自分でしか解消出来ないでしょう。
人にどうこうして解消出来るものなんて無いんですよ。)

私は勧誘して来た人に、「それでは、貴女は本当に幸せになれたの?何か素敵な奇跡があったら話てみて。」と、どんな奇跡を話してくれるかと聞いていたら、何も話さず何と涙目になってうつむいてしまいました。

勧誘に来る彼女達も悩み苦しむ泥沼の渦中の人たちなのです。

苦しみの泥沼から自分が助かりたくて近くにいる人の足を捕まえて中に引きずり込もうとする感じが新興宗教の勧誘と言えるのかもしれないと思います。

泥沼に引きずり込まれないためにも、自分がしっかりとした軸を持って生きるという事が大事ではないかと思います。

泥沼の外と中ではお付き合いは恐らく難しいと思いますよ。

合掌

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仏道に入門して36年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

私の場合。

マルチ商法、私も学生のころからの同級生に誘われました。
宗教の勧誘しつこくてイヤ。けど寂しいので私にかまってくれる人を失うのは怖い。どうすればいい?
と相談を受けたり、いろいろありました。

「宗教以外の用件なら連絡して」
そう言って、相手がどう反応するか。

宗教は宗教と別にして、関係が継続するなら大切にする価値はあると思います。
ぷっつり、縁が切れたならそれはそこまでの関係だと思います。

ひとつの目安になればと思います。

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新興宗教に関して

すっぴん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

新興宗教でも千差万別にて、一概に全てが悪いというものではなくて、ただ問題となるのが、カルト、それも破壊的カルトの場合となります。

いずれにしても、すっぴん様は、「入信しない」という結論が既に出ておられるので、しっかりと更に意思表示されて強く断られるべきでしょうし、あまりに迷惑に、その方が相手のことを思い遣れない人のようであれば、少しずつでも関係性をフェードアウトさせていくのも一つかとも存じます。

以下は、新興宗教に関しての過去問での拙回答となりますが、すっぴん様は既にしっかりとご自身にて色々と検証されておられるご様子にて、誠に良いことであるかと存じております。

問い「無宗教の私と新興宗教信者の彼との結婚」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_325515.html

「宗教への態度」と題して回答させて頂いております。

『・・特にその新興宗教が破壊的なカルトなどで実害が生じない限りは、義理的な付き合いとしても構わないかとは存じますが、大いに疑問・疑念のある中で入信して様々な行事やイベントに参加していても、何も効果的な利益(りやく)は得られないのではないかとは存じます。・・』

問い「新興宗教をやっている夫。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002973021.html

『・・盲目的・妄信的・狂信的な信仰は誠に危険でございます。このことは、仏教、宗教・信仰について携わらせて頂いている者と致しましても十分に気をつけなければならないと存じております。そのため、拙生自身も、仏教の学びにおきましては、できるだけ批判的・合理的に検証を繰り返すことに努めて参りたいと考えている次第でございます。・・』

とにかく、新興であろうがなかろうが、宗教に対しての態度は常に批判的・合理的に検証を繰り返すことが大切であるかと存じております。

また、下記問いも少しご参照下さいませ。

問い「師を探すには」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002848305.html

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

法昌さま、向井 真人さま、回答頂きありがとうございます。
「泥沼の外と中ではお付き合いは恐らく難しいと思いますよ。」そして、「宗教ぬきにしたお付き合いも出来ません。残念ながら。 」の回答に納得しました。
考えてみれば、「宗教に興味があった」というよりは、「何故、そこまで盲信できるのか」っていうことに興味があったように思います。「軸が無い」というよりは、盲信できる何かがあれば、強すぎる自分軸だけでなく、謙虚・感謝などを身に付けられるかもしれないという期待があったように思います。

そして、結論として「人間は一人では生きられないけれど、私は死などの恐怖にもそれほど動揺しない強さがある」という確信を持ちました。

今後も、今まで同様に「宗教に関することであれば連絡しないで欲しい」と普通の顔で断り続けたいと思います。ありがとうございました。

泰庵さま、丹下 覚元さま、回答ありがとうございます。
「宗教と仕事と健康食品の押し売りは友人同士ではNG」なるほどですね。
私自身、それほど友人付き合いを大切にする方ではないので、「連絡をしてくる数少ない友人」の縁を切ることに若干の抵抗がありましたが、「縁が切れた時は切れた時」で構わないという気がして来ました。
ありがとうございます。

「パートナー・親族・友人と宗教」問答一覧

身内の死と知人の言動について

初めまして。先日、叔母が亡くなりました。独身で孤独死で時間も経っていたため直葬をしました。 叔母は新興宗教に入っていましたので、同じ宗教の知人夫婦にそこのお寺にお願いしていただけることにならとてもありがたい費用でお経をあげていただいたりできました。 直葬なので葬儀社で遺体を安置させていただいていたのですが、葬儀社さんのご好意で無料でお花と祭壇など用意してくれていました。私も叔母を花で送りたかったので持って行きました。 するとその知人夫婦の旦那さんが葬儀社に先に来て「花束なんてやめろ!」「嘘のマンダラの掛け軸なんかかけやがって」 と葬儀社の社長さんに文句を言ったそうです。 私たち遺族は火葬が終わった後、社長さんから聞くまで知りませんでした。 葬儀社さんもお金のない私達遺族のためにとても良い金額で直葬の手配をしてくれたのに。そして花を持ってた私にも「今日はいいが、なぜ花を添えたらいけないか教えてやろうか!花はあーでこーでこうだからだめなんだ!添えるのはあの◯◯じゃないとだめなんだぞ!」と説教してくるのです。 私たち遺族は宗教などには無頓着で何も知らなかったのです。ていうか、私、遺族亡くしたばかりなんですが、と、かなり腹が立ちました。イライラしながら火葬してお骨を拾ったのです。叔母には申し訳ないですが。 でも我慢しました。叔母は親の姉妹なので泥を塗りたくなかった。そしてそのお寺でお経あげてもらい帰ろうとしたらまたその旦那さんに呼び止められ「さっきの話の続きなんだが、」とまた花の事をしつこく言ってくるのです。「花は枯れるから死を表すんだ、この宗教だけが素晴らしい、他は嘘ばかりだ、もっと知りたければゆっくり教えるぞ」と言ってきたのです。 私は笑って誤魔化しました。はーそうですか、へぇーみたいに。しつこいし、めちゃくちゃ腹立ちました。骨拾ってきた人間に対して言うか?と。もう関わりたくありませんが、いつか叔父が亡くなったらまた関わらなければならない。そんな事を考えるともう死んでしまいたいと思うようになりました。どこに相談すればいいのか、どうすればいいのかわかりません。そのお寺にクレームいうべきか?私はもう金輪際家族共にかかわりたくないのです。カルト教団ではないはずなのにまるでそのひとのせいでカルトとしか思えません。御助言ください。よろしくお願い致します。

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現状から脱したいです。

数年前、会社が大好きで、もっと働きたいと正社員にしてもらいました。職場内で彼氏も出来て2年が経ちました。 生きていく中での苦しみがあり、会社の薦めでクリスチャンになり、安心感を覚えたこともあります。教会は会社が持っています。 彼と結婚をしたい、と最近強く思うようになりました。 神より、薬より一番の安定の源は彼の存在です。それが、一歩間違えると依存だともわかってはいます。そこも理解してくれています。 結婚をしたいと思うのに、社長の価値観のせいで先に進めません。将来に希望がないです。 せめて、と彼に色々と声をかけても先延ばしされています。疲れたからまた今度、と。 社長は、ノンクリスチャンもクリスチャンにした上で結婚をしろと言います。 社長の許可無しに結婚すら出来ない状況です。 そのために違う神を信じていた人がクリスチャンになったり、どうしても受け入れられなかった人は会社を辞めて別れてしまったりしています。 先輩の姿と、自分達の将来が重なり、先に進めません。 彼が先延ばしにするのはこの事があるからかと思います。実際、社内で付き合っているということは秘密にし続けています。 彼には彼のポリシーがあり、神を信じることはないと断言しています。そうなると、どう先に進めばいいのか。宗教って、こんなことのために使うものではないのではないか?と思います。 家族のようという環境とこの歪んだ会社の方針に嫌気がさし始めました。 毎日毎日やめたくてしかたがありません。 週末デートする度に彼に将来のことを嘆き、喧嘩も耐えません。 こんなことなら付き合わなきゃ、入社しなきゃよかった。 見えない将来への不安にストレスを感じ、太り、生理も遅れやすくなりました。 会社の意向で嫌なのに精神の手帳を取得し4年が経ちました。社長は、もう返せるけど、コロナ渦だから保持していなさいと言います。 コロナ渦が落ち着き、転職を仮に出来るようになったとき、一般雇用か障害者雇用か。 様々なことが頭のなかを支配し、苦しいです。  この状況からぬけだしたいです。

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新興宗教一家の彼女との今後について

お世話になっております。 新興宗教一家の彼女との今後について悩んでいます。 彼女とは交際1年3ヶ月という状態です。 私にとっては初めての彼女であり、彼女も1ヶ月以上続いたことがないというのでお互いに長い付き合いであることは意識しています。 ただ、彼女の一家が新興宗教を信仰しており、そこに一抹の不安を覚えます。 彼女の両親も宗教関係で結婚し、彼女自身も熱心に信仰しているという様子です。 毎週お祈りのようなものも行っており、将来的に結婚するのであれば一緒に行ってほしいということも聞いています。 私自身、付き合った当初より宗教に関係がありそうだと感じていたため、彼女側の親族関係を上手くするためにもと入信を覚悟していました。 ただ、最近になって本当にそれでいいのかというようなことを考えてしまいます。 彼女は私のことをとても好いてくれている様子で、ずっと一緒にいたいと言ってくれますし、私自身も彼女のことがすごく好きです。結婚も将来的にしたいと言ってくれています。 しかし、まだお互いに20代前半ということや私自身が宗教と共存するということに不安を感じています。 宗教についてネットで調べてもWikipediaさえないような状態なので、どのようなものかもあまり想像ができておりません。 ただ今後自分の人生で彼女ほど好きになれ、自分のことを好きだと言ってくれる人に出会える気がしないので、辛い未来は想像できますが乗り越えたいと思ってます。 話が二転三転してしまい恐縮ですが、相談させていただきたいことは私のこの選択がどのような未来をつくるかということです。 私自身それなりに色々と経験してきて人よりは心身ともにタフな自信があり周りもそれは評価してくれています。 そのため、苦しい未来はあるだろうけど自分なら耐えられるとは思っています。 とは言っても上記で述べたように不安はあるので、何かしらの回答いただきたく思います。 駄文で恐縮ですが、よろしくお願いします。

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家系は個人より尊重されるべきでしょうか?

父の家系が100年以上続く熱心な宗教の一端です。そちらの親族は9割が信者で、本家から嫁いできたような人も珍しくありません。 私も長期休みに帰省する度に墓参りや大きな本部に挨拶に行くなどさせられてきました。 が、私は宗教に大らかな母方や海外留学の経験、クリスチャン系の学校を出た等の影響もあり、宗教全般に関して「考え方や歴史は興味深いと思うし、御朱印集めや神社仏閣巡りは楽しい。が、価値観等に関してはできる限りフラットでいたい」という考え方です。 しかし祖父が癌を患ったこともあり、死ぬ前にと可愛がっている孫達を入信させようとしています。 父は祖父ほど熱心に信仰していませんが、私が入信したくないと説明しても、生い立ちや親族のプレッシャーから「入信するのは絶対。イエスかはいしかない」と言います。 普段は私のしたいことを全面的に応援してくれるだけに、ショックも大きいです。 どうしても振り切れず、とうとう昨年洗礼の初期段階のようなものを受けさせられました。 私が生まれる前より親族には多方面でお世話になり、現在も応援して頂いている身です。それに対して本当に感謝していますし、非常に恵まれているとも感じます。 親族の皆様がいるからこそ、今こうして元気に楽しく生きているというのも分かっています。 しかし、それでも入信するのは本当に嫌なのです。「たかが20年ほどしか生きていない若造が何を」と鼻で笑われると知っていても、自分の主義主張を否定され、それ以外に選択肢はないと決められるのは嫌なのです。 先祖代々の信仰やしきたりは、自分の心に素直で自由であることよりも尊重されるべきなのでしょうか? 私にもっと決断力や振り切れるだけの力があればよかったのですが。 現在新型肺炎の流行に伴って、帰省等が憚られているので親族からも洗礼の続きからも距離を保てています。 もうすぐ大きな転機があるということもあり、出来るだけ心残りは残しておきたくないです。 「フラットでいたい」と主張しつつ、こちらでご相談させて頂くことをお許しください。 よければ、仏教という観点からアドバイスを頂けると非常にありがたいです。 どうぞよろしくお願い致します。

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まともな会話が出来ないカルト信者の両親

(編集部より。規約により投稿の一部を変更しています。) 私の両親は、共に熱心な某宗教の信者です。私は子供の頃から信心する気は無いです。 それをいつも貶され、お願いしても私の考えは全く聞き入れられず、尊重されたことはありません。 とにかく何を話しても宗教に結びつけ、 悩みがあっても話を聞いたり一緒に考えることなく、 『お経をあげなさい』しか言われず、その後はお経、信心、御書、宗祖のすごさ…など聞いてもいない事を延々と話し続けます。 特に幼い頃は大変苦労いたしました。 信心は人生の羅針盤!などと言っていましたが、私は宗教でなく両親の考えが聞きたかったのです。 しかしそれが得られない環境でしたので、精神的な拠り所がなく ひどい摂食障害に高校生の時はかかり、生理が止まる程でした。大人になるとうつ病などの難治性ストレス病にかかりました。 何気ない会話やちょっとした相談をしても、まずはお経!信心!ご本尊様!のオンパレードで すぐに本題から逸れ、信じていない私を貶し、信者を誉め称えます。 つまり信者であれば認めるがそれ以外は悪、ダメ人間扱いです。疲れます。 私の親しい友人の家族が亡くなった時も、 信心していなかったからだと断じておりました。 とんでもない人間だと呆れましたが、ここまで洗脳が深いともう何を言っても無駄なので、私を含め親族も諦めています。 元々の負けず嫌いな性格もあるようです。 それ以外にも驚く程無神経な発言も多いのですが、母も高齢になり、こうした発言もだんだん老化現象のように処理している自分にホッとしています。しかし やはり唯一の母親がカルト宗教に依存して己を保っているという事実や、成り立たない会話、他人や私へのひどい発言は、わかっていても私を苦しめます。 人を貶してひどい言葉を平気で吐くことについては、一切情報を渡さない事で対処したいと思っていますが、 子供が生まれたばかりで付き合いを一切断つ事はできずにいます。 今までお世話になった事も数えきれない分、愛憎が深いのだと思います。 母の言葉に心動かないようになりたいです。 どうすればもっと心の距離を取れるでしょうか。

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ある宗教の夫と離婚した後の心のあり方

(編集部より。投稿の一部を変更しています) 彼とは長い間付き合っていました。とても仕事熱心で真面目な人でした。付き合っている時に、彼の父親はとある大学の教授をしていて、今は引退していると聞かされていました。彼自身もある大学を卒業していて私の両親にもそう説明していました。彼の言う事を信じていました、大好きでした。 結婚後、私は彼の実家がある宗教の教会を営んでおり、彼の父親が教会の会長であることを知りました。誰も何も説明してくれませんでしたし、何も教えてくれませんでした。ただ彼の実家に帰った時に色々な儀式に参加したり、会話の情報が耳に入ったりして徐々に知識が頭の中に入っていきました。引越しの時彼の履歴書を見て、別の大学を卒業していたことを知りました。ずっと付き合っていて、真実をこんな形で後で知る事になって私はショックでしたが、様子を見ることにしました。彼は次男なので教会を継ぐことは無いだろうと思ったし、彼から直接、教会を手伝え信者になってくれ、とも言われていなかったので。何より彼を愛していたからです。 彼の実家から遠い場所へ引越すことになりました。なかなか頻繁に会いに行けないことを彼の両親も事情を察知して理解してくれるだろうと思っていました。しかしご家族は私にお布施を要求するようになりました。実家に帰って教会を手伝って欲しいと言うようになりました。 私はとてつもない不安を感じていました。彼に相談しても、仕事に疲れているのかその話題になるとキレるばかりで、説明もなく話し合うこともありませんでした。彼も色々な事情があり本当の事を言えずこういう結果になったのだと思いますが、悲しい言い方をすれば、私は「騙されたのだ」と感じざるを得ませんでした。素晴らしい宗教に恵まれてありがたいと素直に思えたら結果は違っていたかも知れません、しかし私はそう思えませんでした。何を信じ何を求めて幸せを感じるか人それぞれですが、私は沢山の葛藤の末離婚を選びました。こんな結末になるとは夢にも思っていませんでした。今でも過去の幸せな記憶が蘇り、涙が止まらないこともあります。もう過ぎた事なので何も変えられないし、過去を振り返っても仕方がありませんが、この悲しみとこの苦しさに、どう心の整理をつけたら良いのかわかりません。ご教授お願いいたします。

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異宗教間の恋愛は不毛でしょうか。

 お付き合いしている方がいます。彼の家庭はキリスト教徒で特に母親が敬虔な方です。一方、私の家庭は仏教徒。同じく母親が熱心に信仰しています。  彼自身は、「子どもの頃は信じていた」「子どもの頃みたいには信じていないけど、神社やお寺には手を合わせたくはないかな」と言っています。  私は、父を幼少期になくしており、私達家族にとっては、仏壇に手を合わせることは父を想うことに直結しています。特に母はその思いが強く感じます。このことは、彼にもシェアしています。  彼とは幼馴染で、家族のこともある程度知っていて、交際前からフランクに何でも聞き合える関係です。しかし、宗教については、センシティブなことなので、どこまで聞いてもいいのか、怖くてこれ以上踏み込んで聞けない自分がいます。 年齢的にも、結婚も考える歳です。お互い信仰心の強い家庭で育ったことは、お互いの信仰心を理解できることに繋がるのではないかと思っています。 一方で、これから、どこまで宗教が違うことが障害になるのか不安です。年を取って旅立った時、同じお墓に入れないのかな、空の上では会えないのかなと思うと悲しい気持ちになります。  異宗教間の結婚は、どんな問題が待ち受けているのでしょうか。解決の糸口はあるのでしょうか。愛していても離れる決断をするほうが幸せなこともあるのでしょうか。。

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新興宗教の信者との関わり方

身内の信者(以下A)との関わり方について悩んでいます。 身内であるAはとある宗教への入信をしているのですが、そのすすめもあってAと恋人のためなら…と私も入信?をしました。 恋人は幼いときにAに入信させられています。 しかし現在恋人の仕事が大変で、人並みに稼ぐことができていません。 Aは良かれと思い、その宗教にまつわる講義やお供えなどたくさん声をかけてきますが正直生活上お金を出すのも、時間を割くのも負担です。 しかしそれをやんわり告げると激昂し、 恋人が働いていないからお供え代もろくに払えない、たったいくらも払えないのか、それでは家族が幸せになれない、徳を積みなさい、二人の付き合いが祝福されないなどと言ってきます。 Aにとって宗教の世界が唯一の居場所で、とても大切なものであることは理解しています。 ですが、生活を崩してしまうようでは本末転倒であると私は思います。 また、その道の考えでいうならば もう入信したのだから幸せになれないという理論は違うと思います。 そもそもその宗教は 宗教ではない、仏の道だ、天への道だ 求道したからには天に繋がっているとしていますが内容を話せば罰せられるとして 詳しく人にも相談出来ずにいます。 本当に仏の道であるならば そんな徳を積め!と言って無理に講義を受けさせたり、お花代をやたら請求したりしないですよね? Aとはこの先も絶対付き合っていかねばなりませんが、そうした行事に毎回参加することはとても厳しいです。 でも断ればこちらが悪になります。 どのように付き合っていけば良いでしょうか?

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