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サークルをやめたい子を止めるべきですか?

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こんにちは。
大学の演劇サークルで新人の指導係をしています、ひなこと申します。

毎日稽古して厳しく教えるのが伝統のサークルで、新人が何人もつらい、やめたいと言い出しております。
逃げると後悔するよと引き留めても頑として怖いから嫌だと言われます。
このまま引き留めていて良いのでしょうか。
彼らの人生の選択として
やめることを祝福し、応援すべきなのでしょうか。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

メインはそっち(シゴキ)ではないかと。

結論:いろんな人のいろんな可能性の花を咲かせる前に、つぼみの時点で刈り取ってしまわずに、変な伝統、シゴキはやめて、寛容な受け入れシステム導入をした方が良いかと思います。
何処の業界も厳しさをウリにしている世界があります。和尚の世界にもあります。
ですが、メインは厳しく指導することの方ではないはずです。
だいたい、そういう所は本道から外れてしまうことがあります。
体力がある人だけが通れる、認められる、というのはアカデミック・ハラスメントならぬ体力版のハラスメントです。
修行道場でも、そういうところがありますが、時代錯誤も甚だしいと感じておりました。
お釈迦様も道元禅師もそんなシゴキはしていません。ぶっちゃけデキル人、才能がある人は、そんなスパルタ・ゲートをくぐらなくても❝デキる❞のであって、シゴキを受けたからそうなった、という訳でもないと思います。
あなた自身、真剣に考えるべき事は❝厳しさを乗り越えるという達成感❞が自分がレベルアップした、人をレベルアップさせたなどと勘違いしないことです。
程よい加減、楽しめる方が、本当の意味で対等に勝負できるのではないでしょうか。
必ずしも体力に恵まれた方ばかりではないからです。
厳しさを体験しなくても心の平安、安らぎ、悟りは得られます。
根性、ガッツ、粘り強さが無くても、ワザの道は究められます。
苦行よりも力を抜かせることによって道が開けることもあると思います。

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おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

あなたの新人時代はどうでしたか?

 新人さんたちも大人ですから、
嫌なものを無理やり続けさせるのも限界があります。
演劇を続けて後悔するか良かったと思うか、
演劇を辞めて後悔するか良かったと思うか、
彼らの先の人生は分かりません。

 でも、ひなこさんは続けて良かったと思っているのでしょう。
新人の頃は辛いこともあったでしょうが、
でも乗り越えて今は良かったと思っている。
その体験談を話されてはいかがでしょうか?

 新人さんたちも演劇が好きで入部したはずですから、
将来に希望が見えたら我慢しようかとなるかも知れません。
それでも辞めてしまう人も出てくるでしょうが、
それはその人の選択。
引き止められなくても、
ひなこさんの責任ではありませんから、
そこだけは心しておいてほしいです。

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有り難し
おきもち

 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱サラし、親戚筋の超覚寺に入寺、45歳で住職継職。  遺族の分かち合いやお悩み相談などグリーフサポート活動を続け、お寺の掲示板による法語伝道にも尽力している。カープ坊主の会会員。
こちらに法事が入っていなければ、ご希望の日時に相談させていただきます。 想いを吐き出しても、あなたの環境は変わりませんが、あなたの気持ちは変わっていきます。 どうぞ安心してお話しください。

始めまして、洞然坊の大橋慈峰です。

サークル、クラブ活動は、学生時代の大切な思い出ですね。私も学生時代、体育会 柔道部の部員でした。時代柄辞めたいの一言で、学校を辞める覚悟が入りました。
今も時間の許す限り、母校の高校で少年、中学、高校生の指導、OBチームの監督をしています。
今は昔と違い、中々縛りが効かず、去る者は追わず、来る物拒まずが現状です。
辞めたい物を止める事より、辞めたくならない楽しみを見つけ出さすのに、日夜苦労しています。弱い選手でも、楽しめる試合に出す。強い物はよりスキルを上げる試合に出す。など皆が参加出来、全ての部員がチームの一員として、個人個人性格を見ながら指導しいます。楽しかったら辞め無い訳で、楽しさを見つけさす努力が必要ですね。今のご時世辞めたい部員を強引に残すのは、不可能と思います。部員集め、指導と大変と思いますが、コツコツと分かり合える様に、コミュニケーションをより 作って下さい。

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有り難し
おきもち

始めまして、洞然坊の大橋慈峰です。小さな修験道のお寺で、住職しています。

今までに引きずられずに自分で納得出来る指導を

こんにちは。ご相談拝読させて頂きました。

大変厳しい演劇サークルなのですね。

ところで、ひなこさんはその指導方針は納得がいくものなのでしょうか?

サークルは、志しを共にする仲間が切磋琢磨に磨きあって共に向上して行くものであると私は思っていました。

そんなに厳しくてやめたい後輩が続出するのであれば、もしかして指導方針をもう一度省みて本当にそれでいいのかを今一度考えてみる時期では無いでしょうか?
たとえ、伝統であっても、やめて行く子たちが気になるという事は、ひなこさんもその伝統に違和感を感じているのではないですか?

せっかく演劇を好きなひなこさんの仲間が辛い思いをして、もしかしたら演劇が嫌いになってしまったりするかもしれません。
それは勿体ないと思うのですが…。

サークルの演劇は皆がプロになりたいわけでは無いと思います。
人生の一時期を大好きな演劇をする事によって仲間とともに素晴らしい時間を紡ぎたいと思っておられる方も少なくはないのではと思います。

ひなこさんは(というより伝統の教え方)「プロの養成所」を意識しすぎておられるのではないでしょうか?

たとえ「プロの養成所」のように厳しくはないサークルであっても、皆で楽しく輝いて演劇をしていたら、それぞれの意識もすこしづつ向上して、もっと、もっととレベルは上がり、いずれはプロになるひとも出て来るのではないでしょうか?

楽しくない事を強要されてプロになることの方が難しいと思いますよ。

楽しさと希望があってこそ、厳しさに耐えられるのだと思うのですが。

いかがでしょうか?

もし、どうしても伝統の教え方を変えられない場合は、やめたい子たちが演劇を嫌いにならないうちに、やめさせてあげて、演劇を勉強する場は他にも一杯あることを教えてあげて下さい。自分に合った場で楽しく演劇を続けられるように…。

合掌

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おきもち

個別相談可能
仏道に入門して40年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さんだと思っております。 法昌という法名で、和歌山県の高野山の西禅院が所属寺院ですが、 普段は東京都町田市のマンションで手作りの密壇でひたすら修行を続けている  はぐれ行者です。 伝法灌頂も中院流の一流伝授も授了させていただいております。 娘を持つ母であり、一家の主婦でもあり、親の介護もあったりします。 エッセイや文章、そして漫画家として漫画も描いております。 イーハトーブクリニック萩原医師の指導をいただきヒプノセラピスト(催眠療法士)でもあります。 基本的に隣のおばちゃん的な、でも変わった尼僧です。
ご相談可能な時間はその日ごとに違うので、いくつかご都合を書いてくださいね。 人生で悩んだ時に、最善の答えを与えてくださるご神仏と、あなたは心の奥で必ず繋がっています。ご自身の心の中からご神仏のお答えが受けられるようにアドバイスをさせて頂きます。 ◆著書:「神さま仏さまがこっそり教えてくれたこと」「迷いをすっきり消す方法」「幸せを呼ぶ仏像巡り」

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