生きる意味とは
私はずっと死ぬ事ばかりを考えてしまいます。『早く死にたい、なんで私なんか生きてるんだろ。生きてたって人に迷惑かけるだけなのに』と、生きている事への罪悪感に苛まされています。
私よりも長生きしたい人はたくさんいるはず。生きる意味って何でしょうか。
私には全くわかりません。
周りの人間に対して不信感を抱いている 幸せな人をみるのが辛い
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
意味は考えなくて良い
人は生まれたら必ず死にます。
どちらが良くてどちらが悪いとかではなく、必ずセットになっています。
必ず死ぬから安心して生きられるのです。
物を食べても必ずなくなる。昨日食べたチャーハンの味は今は口の中にはない。
数年前にあった事故はすでに解決している。
常に生死は同時に起きていて変化しっぱなしの一生です。
今、あなたにとって都合の悪いことがあるから、悶々と生きる意味について考えていらっしゃるのでしょう。生きるということは、個人の都合中心ではないのです。ただそうした出来事が起きているだけ。人に迷惑をかけるのはみんなそう。しかし、それは迷惑ではないのかもしれない。あなたという存在は人に安心を与えているかもしれません。
私の娘は重度障害でほぼ横になったままで、助けがなければ生きていけません。喋る事も食べる事もできません。それでも生きているということだけで、私を安心させてくれています。
あなたという存在が大切なのです。
自分の都合や物差しだけで物事を見てはいけません。生きる意味なんて初めからないのです。ただ法に任せ命を全うしている。その働きの中で色々な思いが出てくるのです。感動したり喜びに涙したり。この身体を通して周りの環境と関わり合い一体とながら。自我を中心に生きるのではないのです。思う以前の様子、物事に触れた瞬間の事実に参じていきるのです。好き嫌いよりも前、善悪よりも前、損得よりも、言語化よりも前の様子があります。それが事実。
生きる意味なんてなくて良い。考えなくて良いのです。
坊さんも何も考えず、読経したり、坐禅したりするわけです。淡々とそれになりきって。そうやって生きていくのです。