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自分について

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家庭内の話になるのですが、よく親と約束ごとをするのですが、平気で期待を裏切ってしまいます。約束したからにはちゃんと約束守りたいと思っているのですが、どうにでもなれと思うことがあって平気で破ってしまう事が多々で、そのたびに罰則があってって感じで、もうなにもかも嫌になってます。

2022年3月11日 21:48

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分自身に期待感が高いのが邪念ともなります。

拝読させていただきました。

家族や友人や会社も含めまして、多くの約束事があります。

約束のことを仏教では「戒律」ともとらえることができます。
「戒」「律」とは別ものであり、合わせて熟語と成ります。

こうさんは家族との約束は仏教でいう「律」となります。律とは字の如く、律するということであり、ひとつの社会的・規範的なルールです。複数に生じるルールですね。「赤信号は守ろう。」というような感じです。
しかし、大切なのは「戒」であり、自分への約束事ととらえます。いわゆる自身がブレないための軸であります。人は時代、環境、年代など含め、欲に負けたり、欲に流されたり、自身への甘えという欲も含め、皆自身への戒めが足りないときに、「あれ?おかしいことを自分はしている。」と気づいていくものです。
ダメだなと気づく こうさん は良いことであります。世にゆうマインドフルネスです。
気づかなければ、反省が生まれなく、自分がどのようにして、自分らしく生きていくことが、心地が良いのかを探る善い機会ととらえてもらうことがいいと思います。

完璧な人は世の中にはひとりも居ません。自分らしく生きている人も少なくなってきている令和時代となってます。それは社会にルールが増え過ぎたことも一つの要因であります。
人は自由が欲しいからルールや法律を築き、ルールや法律から解放されたいから自由を探し続けます。
家族間での約束事を守れない、破ってしまったことで、気になることを探究していくことも大切です。「なぜ、約束できないのか?」ということを。
縛られたくない自身というものは誰ももっています。どの時代でもです。しかし、私たちは時代や親や環境を選んで生まれてきているものではなく、どこまでいっても家族を大切に思えるようにどのように、心を赴いていく気持ちが大事です。
家族での約束を守れないことに対して、他の家族との比較はしてはならないことを念頭において、考えてみてはどうでしょうか?もしくは質問内容からでは家族間での約束内容がみえないものですので、約束により約束できないことが正解もあります。

戒めという自分自身への約束をしておくことで、他人と約束を破られても裏切りとは思わないことへと心は赴いていきます。
「節操」「節義」なども同類語であります。

合掌

2022年3月11日 23:11
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