弱い人は生きていけない?
私は弱い人間だと思います。
怖い人などに太刀打ち出来ませんし、気を使いすぎて損をすることなどはとても多いです。争いをどうしても避けようとしてしまいます。それはそれでいいか、と思ってしまうのですが、こんな人間は果たして生き残れるのか不安になります。
お坊様はどのように思いますか?ご意見をお伺いしたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
物差しは気持ちにはない
物事を見極めるには、自らの思いを物差しにしてはなりません。自燈明という言葉がありますが、自らの五感、眼、耳、鼻、舌、身体という器官から事実を学ぶのです。目は好き嫌い、損得は言いません。物事に善悪もつけません。耳もどんな言葉でも受け入れて何も言いません。
味だって美味しいとか不味いは言いません。魚は魚の味がします。
人間の迷いは、事実に触れた後の思いを握ることから始まります。思いは真ではないですよ。そこが勘違いの始まりなんです。そこに気づくことが第一歩なんです。
死ぬまでお散歩気分で生きればよい
弱ければ生き残れないというのは、超ざっくり言うならば事実だと思います。
言い方を変えるなら、寿命が尽きたら死ぬ。
では、寿命とは?
たとえば私の寿命とは、私をこの世に生かしているご縁(諸条件)の総称だと思います。
もしも私が病気で点滴が必要になったら、その点滴もご縁・寿命の一部。
点滴を施してくれる看護師さん、入院手続きをしてくれる家族も寿命の一部。
たとえば冬でも服を着ていれは凍死しないで済むなら、服も寿命の一部。
あなたを生かしている諸条件・寿命が生きるための「強さ」であり、あなたは、寿命が尽きるまで生きれば良いだけです。
それを仕事や勉強に置き換えるなら、クビになるまで仕事すればよい。
学校を退学になるまで勉強すればよい。
クビになるまでは働く権利がある。
退学になるまでは通学する権利がある。
ならば、生きる権利だって、寿命が尽きるまで(生命維持の諸条件が弱くなるまで)ある。
だから自分で自分をクビにする必要はなく、自分で「私は弱い」と思っていても、実際には、死ぬまで生きれば良いだけ。
ゴールに向かって無理矢理頑張る必要もありません。
ゴールの方から近づいて来てくれるので、のんびりお散歩気分で。
だからこそ人はより快「適」な生活を選ぶようになっている
誰だって不快なことはきらいでしょう。
貴女もそう。誰もがそうです。私だってそう。
ネコだって日当たりの良いところ、暖かいところを好む。😼
キーワードは適切の「適」。適当ではなく貴女限定で貴女だけに適する適切さの追求が大事です。
魚だって冷たい水で暮らす魚もいれば熱帯魚もいます。
寒冷地で育つ植物もあれば灼熱の日差しの下で育つ果実もあります。🐟
人間だって気候に応じて衣服を変える。
では、それぞれが絶対的に強いか?そうではないはずです。
別の環境・分野・職種に行けば向き不向きがある。
自分をあらかじめ「弱いとか強い」というくくりで選別しない。
人間の個性やそれぞれの良さを的確に評価し得ない俗世の分類法で自分を仕分けしない。自分を貶めるようなことをしない。そういうネガティブ思考こそ煩悩というのです。それが自身をフリーズ、弱体化させてしまっている最大の毒素だからです。まさにボンノウ汁。こころの毒素。
人は強いか弱いかなどということではない。
お釈迦さまだって29歳まではニートですよ?
そこから真剣に求めた。
60歳で出家して120まで生きた趙州禅師もいれば、50代で亡くなられて歴史を超えて世界中を救いに導く叡智を説いた道元禅師という方もおられる。🎸の神、ジミヘンですら活動期間はわずか数年。100の内99がポンコツだろうともたった一度でも本物を求めて本物を生み出して本物になればそのたった一度の本物の浄行によってあなたが誰かの本物になればいいのです。適
私の敬愛するギタリスト「ウリ・ジョン・ロス」は歌も下手で本当に聴けたものではありません。ですが、アーティストが人を導かんとする表現力とはテクニックやスキルではない。その表現したい魂こそがアートそのものなのです。画力の下手なマンガでもそこにエネルギーを感じ取れるはずでしょう。あなたもそういうあなたの底力を燃えさせるアートや人との出会いによって「変われる」のです。優れた人間・アーティストは病んだ魂を浄化させるほどの素晴らしい力がある。それだって本人の挫折があったからこそなのです。誰もがみんな傷ついている。私だってそうです。だからこそ、そこに屈しない心が仏教の菩提心です。人生は闇や負に染まらず光明を目指す気持ちがあれば魂がモエるのです。
🎸https://www.youtube.com/watch?v=9fNPYtp6XuU
生きていけます
拝読させて頂きました。
あなたは自分自身がとても弱いことを知っておられるのです。それは自らのことを自覚なさっておられることです。それはとても大切なことです。生きていく為にはとても重要なことです。
だからこそ自分がどう生きていけばいいのか、自分はどうすれば生きていくことができるのかを真剣に考えて様々試行錯誤していくことや色々なことを検討なさっていくことができるのですし、様々なものごとをしっかりと見てじっくりと観察しながら少しずつ経験しながらも勉強していくことや身につけていくことができるのです。
そしてあなたは毎日少しずつ成長なさっていくことができるのです。
そしてあなたは多くのことを吸収なさり、様々な助けや支援やつながりを利用なさりながらあなたの未来を切り拓いていくことができるのです。
そしていつの間にかあなたは強い自分自身を手に入れていくことができる様になっていくのではないでしょうか、あなた自身が気がつかない中でもあなたはほんの少しずつでも成長して変化し続けておられるのですからね。
大丈夫ですからね、どうかご安心なさって下さい。
あなたがこれからの未来を素晴らしいご縁に恵まれながら沢山の力を得て沢山の方々からも支えられ助け合いながら健やかにご成長なさっていかれます様に切に祈っています。