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浄土にいった父について

回答数回答 2
有り難し有り難し 7

浄土真宗の考え方で好きなものに
倶会一処というものがあります。

若くして父が亡くなって悲しむ母に、父とはお浄土でまた会えるよと伝えてあげたいのですが
浄土では仏になる、(煩悩をなくす)修行?をしているのだと聞きました。

そこで質問なのですが浄土にいったものに、
好きだった人という感情は、
父は母、母は父に会えたという感情は存在するのでしょうか?

そんなドラマみたいな話、と思われるかもしれませんが頭で思い描いえがいてるような
またあえたね!というような再会ができるのかが
とても気になっています。

お答え下さると嬉しいです。
よろしくお願いします

2022年7月16日 15:38

この問答を娑婆にも伝える
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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

経典の内容から想像すると

経典に書かれている内容から想像するしかないですね。
まず、極楽浄土の住人には神通力があり、全ての過去世の記憶を思い出せるそうです。
ということは、前世だけでなく、前々世も前々々世もです。
ですから、懐かしい思い出を思い出せますが、直近の前世だけを特別視するかどうかは不明です。
また、極楽浄土の住人は蓮の華から生まれますので、極楽浄土に女性はいません。というか、性別の違いが必要ないのです。
当然、恋愛も必要ない世界でしょうね。
そうなると、極楽浄土で再会したときには、この世の私達とは全く違う感覚かもしれません。
過去の恋人に再会した場合も、幼稚園のときに好きだった子と大人になって再会したような感じで、激しい恋愛感情は無くなっていて、懐かしい仲良し友達の一人という感じかもしれませんね。
でも、べつにそれは不幸なことではありません。
とにかく、極楽浄土では神通力を持った菩薩様になるので、無数の生命達を平等に慈しむ心が芽生えているのではないでしょうか。

2022年7月16日 21:18
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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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再会できてます

其仏本願力
聞名欲往生
皆悉到彼国 
自致不退転 

浄土真宗の僧侶です。

浄土宗と浄土真宗と解釈が違うところがあります。
仏の世界は広いけれど、100%会うのは無理とは言い切れないです。

ただ、会う方法や、会ってからのその後まではわからないです。。

七夕のように一年に一回だけかもしれないし、
すでに、ずっと一緒にいてるかもしれない。

あるいは、修行中は忙しいから、こけ様様の夢の中を待ち合わせ場所にしてるかもしれないです

娑婆での時間より、仏に成ってからの時間の方が遥かに長いです。

これから先も会えない確率よりは、すでに、これから、そのうち、会う確率の方が高いと思いますよ。

2022年7月17日 11:35
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世の中こわい。人もこわい。 大きい人の都合に振り回される 報われない。...
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「浄土真宗」問答一覧

浄土真宗における戒名について

先日祖母が他界しました。故人は浄土真宗大谷派です。曽祖母の遠縁にこれまでお世話になっていましたが、住職の健康問題があり今回の葬儀も対応いただくことができず先行きがわからないこと、体調不良の以前からも車で40分ほどの距離の法要をお断りされていたこと、葬儀や法要の際に酩酊や二日酔いのような状態で途中で退席することがあり、今後お付き合いできるか不安な点が多々あります。 母(亡くなった祖母の娘)はこれまでのおてつぎのお寺に関係から、法名をお寺にお願いすることを躊躇っています。母は不安を要素があるお寺にお願いするなら、祖母の人柄を知った上でで「釋尼幸楽」としたいそうですが、またこの法名が問題ないのか心配だそうです。そもそも戒名についての前提知識がないのですが、お寺から「頂く」べきですか?そもそも故人の遺族が(宗派のルールについて調べた上で)法名をつけることはできるのでしょうか? また、これまでお世話になっていたお寺(曽祖母の関係者)から、曾祖父のお寺に変えたい、と母が希望しています。地区名(都道府県、市、地区名)はわかっているのですが、存命のものがおらずお寺の名前がわかりません。どうにかして見つけることは可能なのでしょうか?可能性のあるお寺に聞いてみることは可能なのでしょうか?

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回答数回答 1

真宗の日ごろのお勤めをはじめたいです。

うまくいかない恋愛を前に常に間違える自分は相手を困らせ、自分も傷つくの繰り返しで、自分で判断するよりもまだいくらかよいか…と占いにはまって抜け出せなくおりました。(まだ抜けきってませんが。。) 恋愛に対して、よろしくないとか凶とかばかり出ていたのでしたが、それが念仏を唱えさせていただく契機になるのだから占いの上での人間的な欲望ベースの吉凶もあてにならないなと思えてまいりました。 悲しみ、不安、妬み、怒り、今はそうした感情が湧いてきたときに念仏を唱えさせていただきます。それから何もない時でもことあるごとに。 最近は、私につらく当たる上司も、報われず悲しい顔をしているあの人も、妬ましいと思ってしまった幸福そうなカップルも、馬鹿にして軽蔑してしまった人も皆、等しくともに極楽浄土へ向かい仏になるのだと思うとその方々の身の上にも念仏を唱えさせていただいている自分がおりました。 念仏をいただくとも阿弥陀様がもらすことなく私たちをお救い下さるというのになぜ、さらに勤行を重ねていらっしゃる方々がいるのかなんとなくわかった気がします。 この娑婆でこの私が今一歩、執着を離れ心穏やかに、(併せて周りの人も穏やかに)いられるためにもう一歩踏み込んでみたいと思っていますがまずなにをはじめたらよいでしょうか。 ただ、その行為自体にすがろうとか執着してしまうということは避けねばとは思います。 ちなみに、私の家自体は本家から離れ菩提寺もないのですが父方が大谷派、母方が本願寺派です。 (それにしても仏教は面白いですね。みんな根っこは同じでもお釈迦様の教えが多様に分かれていって、親鸞上人の教えもさらに多様に分かれていって。人の数だけ救われ方がある、のでしょうか?) ※すこしとりとめのない感じになってしまいすみません。

有り難し有り難し 20
回答数回答 1

浄土真宗に対するカルチャーショック

先日質問をさせて頂きました。 今回はお盆にあった事と、つい最近あった事についての質問です。 私は曹洞宗です。今年亡くなった祖母は禅宗から浄土真宗になりました。(祖父が浄土真宗だったからです) 祖母の新盆があり、お寺にお参りしてきました。 納骨堂には祖母の遺影を置いてきました。 広場でお経をあげられた後、お坊さんから精霊馬を置いている人は居ないかと聞かれ、皆さん手をあげず、私は自宅では飾って居ますが、手をあげませんでした。 その際、皆さんよく勉強されている、浄土真宗では飾らない、また、故人はお盆には帰ってこない、何故ならもう成仏しているから。と喜々として語られていました。 ちょっとショックでした。 確かに浄土真宗教義ではそうなのですが 言い方を変えると二度亡くなった感じに感じました。 曹洞宗の私は成仏した成仏してないに関わらず、お盆とはそう言う物だと思って居たからです。本来の教義からすると離れるのかもしれませんが、こちらから成仏した成仏してないの確認は出来ませんので、一律に帰ってくるものだと思うようにしていました。 正直今後宗派が違う祖母のお寺のお盆参りには行かない方が良いのかとすら悩みました。 先日祖母の月命日があり、お寺にてお経をあげてもらったそうです。こちらからお願いして頂いたそうです。祖母の納骨堂の前でお経を貰ったそうです。 既に成仏していると言う考えなのであれば、納骨堂の前でするのではなく、本堂の阿弥陀如来の仏像の前でするのではないのか?と思いました。 浄土真宗では納骨堂に意味があるのでしょうか?そこに居ないで阿弥陀如来に手を合わせるのであれば意味が無いのかと思ってしまいます。 そしてそのお寺では死後の菩提寺が無い人に対して浄土真宗になればうちのお寺で対応すると言うような手法を使われているそうなのですが、こういう事は良くあることなのでしょうか? あまり祖父母が浄土真宗としてのお参りなどをこれまでしてきていなかった事と、子供の頃から曹洞宗のお盆で慣れて居た事もあり、面食らって居ます。

有り難し有り難し 60
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ