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仕事 我慢 心療内科

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私の職場は従業員10人ほどの小さな会社です。

職場に怖い人(70歳)がいて、耐えきれず「あの人が怖いので辞めます」と工場長に言いました。
辞めてほしくないようで、ずっと話を聞いてくれて「社長や僕からあの人に話をする」と言っています。
何回か言い方がキツいなど注意をしてはいるようですが「私はなおせん」の一点張りのようです。

従業員さんが私が怖がっているから優しい言い方にしてほしいと言ってくれたようですが怒ってしまい私に「あんたにはなんも教えん」と言ってきました。
それからますます怖くなりトラウマです。
それ以降さらにキツくなり、態度も明らかに不機嫌です。

まだ社長からは話をしてないみたいですが今の状態で話をしたら悪化しそうで怖いです。

もう同じ場所にいることすら無理だと思い何回も辞めると言いましたが会社は聞いてくれません。
正直私もほんとは辞めたくありません。
あの人が怖いだけで、仕事内容も好きで職場の方もとてもいい人ばかりです。
仲良しの従業員さんからは「心が心配だからすこし休んで!辞めてほしくない」と言われます。
工場長や社長もその考えのようです。

ですが近々、心療内科にいきます。
あの人といると動悸、めまい、耳なりなどの症状が出てきたからです。
何をしていても考えてしまい憂鬱です。
それにますます嫌われてしまい、ずっと休んでいるのに今さら出勤するなんて出来るのかと考えてしまいます。
きっとまたキツいことを言われる...結局、私が我慢することになる。と思ってしまいます。

あの人が辞めたら、居たい職場なのに...我慢して働くのか...いやでも今さら出勤できるのか...心療内科に行くほどしんどいのだから仕事を辞めるべきだ...いやでもお金いるしな...
とずっと考えてしまいます。

我慢して出勤するか?
あの人がいる限り同じことの繰り返しになるから辞めるか?
意見をいかせていただけたら嬉しいですm(_ _)m

何を言いたいのかよくわからない文章ですいません。
長文すいません。

2022年8月30日 0:02

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「違い」には背景があるのかも

ご相談拝読しました。

苦手な人が職場にいると辛いですよね。一度こびりついた苦手意識は中々取れませんし、変にこちらから注目してしまうような傾向も生じて余計に辛いこととお察しします。

ですが、お話をお聞かせ頂くと、その人以外はみんなかなえさんの味方のご様子。それはとっても強みでしょう。かなえさんの性質にも理解を示してくださっているようなですので、このまま辞めてしまうのは中々もったいないのかなとも思います。なんとか発想を切り替えて苦手意識を克服したいところです。

まず、相手はお婆ちゃんです。普通にケンカしたら力では絶対に勝てます(実際にしてはいけませんよ)。それに周りはみんなかなえさんの味方です。

このことに何よりの自信を持ちましょう。

そしてかなえさんは相手のことを嫌いなのではなく苦手なのです。それは伝えてもいいことです。

「私はあなたのこういう言い方や態度が苦手です。それに私は精神的に打たれ強くない方なので配慮してもらえると助かります。」

と、(難しいでしょうが)面と向かって言えたらそれだけで何か変わるかも?と思えます。相手が変わるかどうかではなく、自分として伝えるべきことを伝えられたという事実がかなえさんを支えるのです。それでも変わらないなら相手はもう取り合っても仕方ない人ですから。

それから、目線を変えればその人は70歳でも元気に働く凄い方です。職場でもキツイ性質に注意はされても、認められている部分もあるのではないでしょうか。そういうところは敬意を払ってもいいのかもしれません。

それはだから相手を許すという話ではなく、「これまで苦労してきたのだろうな?」とか「今も頑張っているのだな」と相手の背景に思いをはせるということです。自分とは違うその相手の生きてきた時代や環境の違いから、今の自分にとっては怖いことだけど、この人にとってはこれは普通のことなのかもしれないと、違いの発見に繋がるならば、その人はその人のままに、自分は自分のままに共存していける道が開けるかもしれません。

くれぐれも無理はせず、できる範囲でいいので、せっかくの素敵な職場で仕事を続けるための対策に出てみましょう。

2022年8月30日 15:34
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個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

相手を問題視する過剰な私的反応だけ鎮めて公的に行動

心療内科に行くより「物事や他人さまの発する言葉、音声のキャッチの仕方を変える」とイイと思います。リアクションを変える。ものの道理を知る。自分流のネガティブな意味を添えない。ワタシ的に受け止めない。
元々「そんな悪い意味はそこに添えられていない」と常に思うことです。
どんな怒鳴り声のトラブルでもそれを静かに静止できる人たち(例:駅員さん・クレーム処理係)に真似ぶ=まなぶのです。
人は物事を受け取る・受け止める時につい自分の身を守る気持ちが生ずるために自分に危害を加えられるのではないか?と保身・防衛の意識とリンクさせて物事を悪く考えるところがある。わたくしモードOFF。仕事中は完全仕事モードにて。
「怖い」と思うのもよくわからない人だから怖いだけなのです。もともとそういうきつい言い方の人は多いものです。ガテン系の職場では言葉や態度がワイルドなのも当たり前です。
私にとって嫌いなあのオッサンも誰かにとってはイイ人だ守る人がいるということを念じましょう。
たとえ話を致します。
ある島にずっと一つの習慣を続けていた先住民族ボンゲ族が居ました。
その島ではワイルドなスキルが無いと生きていけません。
釣り、狩猟、火おこし、農耕、自然との共生、現代人はポチ一つで何でも手に入りますがそういうスキルは失ってもいけない大切なスキルです。
そこに外部から財力のある団体が島に移住して企業をたてて先住民族のボンゲ族の力を借りながら現地での狩猟や漁業や農耕などの実働をお願いいたしました。ある時、そこの企業に新たに入ってこられた若い女性が先住民族スタッフのタンゲ(仮名)とトラブルに。その女性と先住民らとは生活習慣も文化も言語感覚も異なり、うまくいきません。「キモ…!ムリ。」先住民族タンゲは上司に怒られ、態度を改めろと諭され困惑してしまいます。
「ど、どうしてオラだけが?何か悪いことしただか?」
彼はいつも通りの生活をしていただけなのです。
世の中には自分のキャパを超えて「凄い」人が存在しますが、その人も別にあなたにわざと危害を加えたいわけではないことを見抜きましょう。行動やキャラがすごい・すさまじい人でも、悪気があるわけでもないのです。昭和、平成、令和と文化も言語表現も異なるもんですダ。( ゚Д゚)オラも言い方キツかったかも知らんですが悪気あったわけじゃねだよ。ゆるしてちょんまげ。

2022年8月30日 16:47
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お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

あなたを優先しましょう

拝読させて頂きました。
あなたは職場の怖いその人がいるだけで動悸やめまいや耳なりがする症状が出てもういたたまれない程にしんどい思いをなさっておられるのですね。職場の状況や人間関係やそれぞれの方達の思いはわからないですけれども、あなたが今も大変精神的に辛い思いをなさっておられることを読ませて頂きました。あなたのその辛い思いを心よりお察しします。
今のあなたの心の状況では職場で通常業務を行うことにもかなり支障をきたしておられるのではないでしょうか。また日常生活を送る上でもかなりしんどいのではないかと想像します。
お仕事も大事かとは思いますが、先ずはあなた自身のことを優先なさりできる限り心休まる様にご生活なることかと思います。
一度心療内科等を受診なさり専門医にお話しなさってみてあなたの状態を診断頂き、あなたが思っておられることを医師やカウンセラーさんにもゆっくりお話しなさってみてはいかがでしょう。そしてあなたの心の中から出していきましょう。あなたの心の緊張が和らぎ少しずつその症状が落ち着いていく様にと対応や治療なさっていかれることが望ましいと思います。
あなたにとって本当はその人とのご縁は二の次三の次なのです。いずれその人はやめていかれます。あなたにとって過ぎ去っていく人であるのです。本来なら通り過ぎていかれる存在ですから流していく様な人ですけれども、今のあなたの心はいっぱいいっぱいになり間に受けてしまうでしょうから、余計に逆効果でしょうからね。
ですから先ずはあなた自身のことを優先なさって下さい。あなたが落ち着いて生きることを一番に考えてあなたを癒して下さいね。
あなたのお気持ちにゆとりが生まれる様になって毎日を豊かに皆様と一緒に充実なさって生きていくことできる様になります様切に祈っております。

2022年8月30日 20:27
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有り難し
おきもち

個別相談可能
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラーメンが有名な処です。)これからも皆様のご質問に対して誠心誠意回答させて頂きたいと存じます。まだまだ修行中の身ですので至らぬ点あろうかとは存じますが共に精進して参りましょうね。お寺にもお気軽に遊びに来てください。
ご相談は朝から午後5時まで受け付けております。 人間関係や恋愛のお悩み、自殺願望、大切な方の死に直面した苦しみなど、どんな内容でも構いません。一人で抱え込まずに、ぜひお辛いお気持ちを吐き出してください。 仏様や神様、ご先祖様は、いつもあなたを見守り、聞いてくださっています。あなたが少しでも穏やかな気持ちになれるお手伝いをさせていただきます。

質問者からのお礼

まとめてのお返事ですいませんm(_ _)m

お返事をいただきありがとうございます!!!
ポジティブに私が考え方をかえると言うのは大事ですね!
すこし元気になりました。
ありがとうございました☆

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