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仏教とキリスト教の比較についてのお奨め本

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はじめまして。

最近、カトリック教徒の女性と結婚し、
仏教とキリスト教の違いについて考えるようになりました。

両者の比較について、わかりやすく解説している文献があれば、
教えていただけませんでしょうか。

雑学程度の内容よりは、もう少し思想的なところまで踏み込んだ解説があるとありがたいです。
(イメージ的には、雑学以上、学術未満といった感じでしょうか。わかりにくくてすみません。)


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

それぞれの観点からの本をオススメします

ご結婚を機に宗教の相違について関心を持たれたのですね。手放しに信じたり疑ったりするよりも良い姿勢だと思います。

さて、書棚をあさってみたのですが、なかなか良い本が見当たりません。仏教とキリスト教、あるいはイスラム教それぞれの立場から書かれたものはあるのですが、本当に中立な立場から書かれたものは少ないように思います。
もっとも雑学程度であればムックなどで「三大宗教比較!」的な本もありますが、それではきた3さんのご要望には応えられません。

私自身は、僧侶ですからまず仏教の学びはイヤでもしています。自宗派に偏重しますが。
あとは旧約聖書・新約聖書・コーランの日本語訳をそれぞれ読んで、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の雰囲気を味わいました。

あとは一般の書籍で、私の好みとするところを上げておきますね。

『仏教聖典』仏教伝道協会
ホテルに時々置いてありますが、どの宗派に偏る事もない初期仏教の教えが書かれています。

『仏教のこころ』五木寛之著 講談社
私が五木寛之さんを好きなので上げました。仏教について書かれ、対話の部分があり、浄土真宗について書かれています。

『なんでもわかるキリスト教大事典』八木谷涼子著 朝日文庫
知人に頂いたのですが、キリスト教全般の知識から各教派の違いについてなど、内容は多岐にわたります。

『禅マインド ビギナーズ・マインド』鈴木俊隆著 サンガ新書
たまたま今読んでいるのですが(笑)、故スティーブ・ジョブズの愛読書として知られています。欧米では禅の知名度が高いので、お読みになっても良いかもしれません。

ご参考になればよいのですが。

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

比較思想

きた3さん、先日はありがとうございました。

真宗大谷派正徳寺の釈理薫です。

この間、神学を勉強しにドイツに留学している友人に話を聞きましたら、神学では”神様前提”なので、キリスト教と他宗派を比較すること自体が疑いが差し挟まれていると考えるようです。
なので、純粋なキリスト教神学者の他宗派との比較本を紹介してはいただけませんでした。

そのかわり、『比較思想』という学問分野もきちんとあります。
これは第三者的にいろいろな宗教や思想を比較する学問です。
そこで有名な方の本を一冊ご紹介できればと思います。

『西洋は仏教をどうとらえるか 比較思想の視座』峰島旭雄著

現在すでに絶版になっているかもしれませんが、古本でもそれほど高価ではないと思います。

著者の峰島旭雄先生は、大正大学の先生で、日本の比較思想の第一人者のひとりです。
ご参考になさってください。

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平松理薫(釈理薫)
真宗大谷派(東本願寺)僧侶 東京品川 日夜山正徳寺 住職 主な活動...

質問者からのお礼

なごみ庵 浦上さま

丁寧なご回答をいただき、ありがとうございます。
お薦めいただいた書籍、まずは『仏教のこころ』から読んでみようと思います。

私自信は、大学時代から仏教の教えに共感を持ち、
独学であれこれ本を読んだりしているのですが、
最近は妻の影響もあってキリスト教についての本も読んでいます。

その中で、キリストの教えで共感したり、感心したりすることがあると、
「このことに関して仏教ではどのように考えるのだろう」と疑問に思うことが多く、
今回の質問をさせていただいた次第です。

両者の比較を扱った本はなかなかないようなので、
やはり、それぞれについてゆっくり学んでいく他はなさそうですね。
(今日は内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』を読んでいましたが、仏教の話はほとんど出てこなかったので、やや拍子抜けしてしまいました。)

その過程で色々と疑問が出てくると思いますので、
また改めて、質問させていただければと思います。

この度は、本当にありがとうございました。

釈理薫様

ご回答いただき、ありがとうございます。
また、先日はありがとうございました。向源でお会いしたときに伺ったお話は、
とても刺激的で、楽しいひとときでした。

>神学では”神様前提”なので、キリスト教と他宗派を比較すること自体が疑いが差し挟まれていると考えるようです。

そうなのですね。このこと自体、キリスト教の基本的な考え方を示しているようで、とても面白いです。ありがとうございます。

お勧めいただいた以下の本も、先ほどアマゾンで中古品を注文してみました。
大事に読んでみようと思います。ありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。

「仏教全般」問答一覧

仏教で気持ちが楽にならないです。

全体: 仏教はこの世が苦しくてたまらない人が解脱or楽になる為に信仰している。 今回のタイトル: 全く楽にならない。 なぜ 1楽にならない助けて!というと本人の思考、もしくは生まれる前の前世が最悪だったからというどうしようもない提案をされる。 さてその本人の考え自身も、彼自身が会得したものではないという事すら苦しみなのです。 人を殺めていいという環境に生まれた人が、別環境に押し込められて考え方を根性で変えよ!というような暴論。 また前世は証明されたわけではないのにどうしようもない変えようがない物をあげて耐えろ!という暴論。 2信じないのなら離れろ!という暴論 信じないのなら離れて、消えて。みたいな事を言われます。だとしたら楽にならないけど仏教を続けて一部の人は楽になるのに一部の人は楽にならないわけでそれ自身が苦しみになるのでは? ブッダの考え方はとても好きだけど、その後の仏教の考え方が嫌いな場合でも信仰をやめて離れろよ?的な暴論が苦しい。 論理を求めたから仏教にたどり着くのに論理がしたいなら仏教の論文でも書け!みたいな無理な事を求めるのは根拠はない!根拠は俺!みたいな考えではないですか?それこそ私が嫌いなものです苦しみの根源です。 3圧倒的な不幸な人より煩悩にまみれた仏教徒の方が幸せ スマホに、結婚や性行為に、家に、車に、欲しい物に、他の生物を食べて生きる事、を普通にやってて、それ以下の苦しみしか得てない人は一切幸福が得れない。 結局煩悩を満たす為に欲を満たすしか方法がないという事なのではないか?という結論に至りそう。 4論理的に反論できない時は、修行が足りないorその人に聞いてみろ。その人の不幸は実際に本人の気持ちにならないとわからないという逃げ。そしてその中に内包するお前はそんな事情も知らないで嘆いてるんだろ?という攻撃。 修行なんていつまで続けるか?という区切りがありません。だとしたら楽にならないのでは?という事。また早く死ぬ可能性もあるわけで惨憺たる人生のまま亡くなってしまう事もあるわけでその人自身は苦しむ為に生まれたの?を否定できなくなる。 5織田信長は天下を取れたという事。 彼は焼き討ちしたのに幸福な人生を生きた。 ↓ 楽になりたいのです。さて上の説明を含めてどうすれば良いでしょうか?

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不審と信心と往生について

1年前にも同じような質問をしたのですが 41願のことを「信心を得たものは諸根が具足する」と書いてある本があって(蜂屋賢喜代という方の四十八願講話という本です)、それなら 身体が具足することが信心を得た証拠になるじゃないか、おかしいじゃないかと思っていろいろな善知識の方に相談しました。 すると先生のように、身体は関係ない、と様々な方からいろいろな理由で言われました。香月院深励師の本には『初住以上の菩薩』と書かれてありました。 そこで素直に「そうだな、合理的に考えて41願以降の願が念仏者に向けられているとは考えられないし、41願のことは考えなくていい」と思えればよかったのですが、なぜか「41願によって信心を得たものは諸根が具足する」という思いが1年ほど強迫観念のように頭にありました。 今も、前ほどではありませんが、1日に何度も「41」という数字が頭に浮かびます。これは疑いなのでしょうか? この不審があっても、往生の障りにはならないのでしょうか。念仏や生起本末には疑いがないのですが、この不審が頭に浮かぶたびに 「こんな心じゃ往生できない」と思ってしまいます。 けれど今はもう不審の「内容」は嘘だと分かっていて、41願の内容は念仏者ではない菩薩のことだと思っています。 この心は蓮如上人の言葉で言うと、自力の心を振り捨てて、の自力の心なのか、妄念妄執がおこるのもとどめるにあらず、の妄念妄執の心なのか、専門的に言えばどちらなのでしょうか 長文失礼しました。変な質問ですみません。ご返事いただければ幸いです。

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世界は美しい 人生は甘美である

皆様ご多忙の中とは思いますが、目に留まりましたら、お話を聞かせていただけたら幸いです。 タイトルの言葉を、仏陀の最期の言葉として知ったのは、数年前に納棺師日記という本を読んだ時です。びっくりして一瞬時間が止まりました。最近ふとその言葉を思い出しまして、いい言葉だよなあ、と感動しています。 御釈迦様の時代にもきっと今以上にたくさんな悲惨な事や恐ろしい事があったと思うのですが、最期にそういう言葉を言われた、というのが、 この世の中、どんなに嫌で悲しい事があったり、様々な人間がいて争いごとが尽きず酷い現実があっても、「世界は美しく、人生は甘美である」という事は、 世の中に悪なんて存在しないんじゃないかな、性善説みたいなことだろかと受け止めてしまうのは、飛躍しすぎでしょうか。 あいにく私はこの言葉の背景や前後の言葉を知りませんが、その道のプロの方々が、どのように受け止めたり、とらえられているのかお話を伺ってみたいと思いまして、質問させていただきました。 沢山の方が質問されている中で、緊急性の低い内容でお手間とらせてしまって申し訳無いのですが、、よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 20
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三毒の瞋恚について

少し、仏教(日本の仏教、大乗仏教?かわかりませんが)を調べてみたのですが、三毒という概念が出てきました。そこの怒り、瞋は世の中を悪くする毒だという考え方に触れました。 ですが、私が思うにこの毒こそ、今の世の中に必要な薬ではないのでしょうか? 今のしらけきっている世の中では本当に救われる存在に対して別に心動かさない。私と関係ないという愛のない空気が漂っています。そんな中だからこそ、ちゃんと憎むべきだと思うのです。不正や、不義を見つけ、恨み、ほかの不正、不義に怒り、徳をかざすもの(徳の騎士)達の闘いこそが、この世の中に血を通わせると思うのです。確かに多くの人達が死ぬでしょう、正義もみつからないでしょう。ですが、不毛なものではないと思うのです。その痛みを知ったからこそ愛を求め、与えることができるのではないのでしょうか。転じて、少し仏教ディスをしますが、なぜそういった熱い魂を毒と切り捨て、平穏という退廃を望むのですか?それは持っているもののみ、自身の苦しみに気づかずに他人を傷つける愚者を増やすだけではないのでしょうか?それでは真に救うべき絶望に抗い、戦う者達に失礼ではないですか?そのものらは心の安寧のために戦っていると?一度、絶望したものは死ぬまで安寧とは無縁の人生を送るでしょう。そんな者達に安寧は残されていると?彼らはただ絶望と戦い、苛烈に人生という闘争の中、死ぬことだけが救いだと思うのですが、どうでしょうか?

有り難し有り難し 27
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心願成就

いつもありがとうございます。 前回、彼との関係が終わってしまい、立ち直りたいと相談いたしました。 そして、温かいご回答をいただき、私は煩悩のかたまりであったのだと気付くことができました。 その後も毎日のように泣いてしまうこともありますが、なんとか壊れそうな心を抱き締めるように日々生活しています。 そんな折、よく行くお寺さんでご祈祷をしていただこうと思いました。 いつもは少し離れたところからお参りするだけでしたが、ご祈祷のときはご本尊の真ん前でお参りさせていただきました。 その際に『病気平癒』や『心願成就』など願いたいことをお寺さんにお伝えしてご祈祷いただくので、私は『心願成就』にいたしました。 ただ、ご祈祷いただいている最中、私は心の中で特に願い事を思い浮かべることはしませんでした。 今の状況の私であれば『彼と復縁できますように』ですとか、もしくは『新しい出会いがありますように』など具体的な願い事を伝えた方がよかったのかもしれませんが、私はご祈祷中『いつもありがとうございます。』ということと『煩悩だらけの私を許してください。ごめんなさい。』ということでした。 ただご祈祷後に御札をいただいたのですが、その際に『願い事が叶ったときにまたお寺に納めてください』と言われ、やはり具体的な願い事を願ったほうがよかったのではという想いが出てきました。何をもって願いが叶ったことになるのかと。 仏様も心願成就と言っておきながら具体的な願い事がないのだと何を叶えればいいのか分からないとお思いになるのでは?と考えたりして、せっかくご祈祷していただいたのに、その機会をちゃんと活かせなかったのではないかと少し不安になりました。 もちろん、仏様に感謝をお伝えするのも間違っていたとは思いませんし、本心に違いないのですが不安になるということは、私は願いたいことがあるにも関わらず、仏様の前で素直になれなかったのかもとも思います。仏様はそんな素直になれない私をどう思われるでしょうか? 煩悩があり、さらに素直にもなれない私。 もしくは素直になれないのは煩悩があるからなのかもしれません。迷いがあるからかもしれません。 仏様はすべてお見通しでいらっしゃるのでしょうか?広いお心で救おうとしてくださいますでしょうか? 私は救っていただきたいと願っています。 許していただきたいと願っています。

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学ぶ方法が知りたい

仏教をもっと知りたくて、ネットを活用していたところ、 hasunohaさんを知りました。 過去のQ&Aを拝見させて頂くと、 実際の僧侶の方々のお答えの方が難しい言葉を並べた活字より、 私には馴染みやすいような気がします。 (以下はプロフィールと重複しますが) 縁あって(しかもまったく別件で2度)、真言宗に関わるようになり 30年近くになります。 その頃は少しずつ、作法等を教わったのですが、 2年ほどで絶縁したため、基本を知らず、現在に至ります。 昨年、不思議なご縁の下で ホントに自分がやりたい事は何か?を 時間を掛けて自分に問い、 やはりご縁のあった仏道を進みたい。 今世に生まれた意味を知りたい。 そして少しでも人様のお役に立つのなら・・・ まずは 読んでるお経の意味を知るべきよね、 仏教用語的な言葉の意味も知るべきよね、 と、ネットで検索三昧。 そうなるとどんどん拡大してしまって、 真言宗ってそもそも・・・ 父方は浄土真宗でお寺さんもすぐ近く。 浄土真宗ってどんな考え方なの? 大日如来、阿弥陀様やお釈迦様って? などいろいろと知りたいことが増えてしまいました。 言葉が適切かはわかりませんが、 効率的な学び方を教えて頂きたくてこの場をお借り致しました。

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