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お経を聞く意味とは?

回答数回答 2
有り難し有り難し 16

初めて質問させていただきます。
なぜ、耳でお経を聞くのでしょうか?文字ではなく、声に出して読まれるのは何故ですか。
それらはどんな効果があるのでしょうか?
お経を読んでいただく際の心構えを教えてください。

葬式や法事など…お経を耳に入れる事は、私にとって非日常の事になります。
一つ一つの言葉の意味はわかるようでわかりません、漠然と「最後は仏様のところに行くんだろうな…」と思いながら、葬式の時は故人に思いを馳せ、時には眠気と戦ったりもしてしまいます。
一昨年、祖母が亡くなりました。祖母の葬式の際、父親は最前列で船を漕いでうとうとしていました。
父親は喪主ではありませんでしたが、祖母の一番近いところに住んでいたので、車を出したり通夜でご遺体と過ごしたり、とにかく疲れていたのだと思います。私は、父がお経を聞いている間に休息が取れているなら、安らかに睡眠が取れているなら十分だと微笑ましくなりました。
しかしそれは私の考えであり、実際には父は「早く終わってくれ」と思っているのかもしれません。
ありがたいお言葉を、故人の前で私たちに聞かせてくださっているのは理解ができます。批判の気持ちは全くありません。
聞く人間により、状況によりお経を聞く気持ちがばらばらになっているのも事実だと思います。(もちろん一人一人が違う視点を持った人間なので当然だと思います。)

長い間、この儀式が続いているということはやはり効果があるからで、一言で済むかもしれない(とても失礼なことを言っているのは承知ですが)ことを、長々とお伝えいただくのはやはり意味があってのことなのだと思います。

タイトルに戻るのですが、どのような気持ちでお経を耳に入れたらいいのでしょうか?
正解というのはあるのでしょうか?

・故人のこと、生死について考えさせられる
・安らげる、眠くなる
・だるいと感じる人もいる
・時間的な拘束で、現世から引き離す(?)
・パワーを感じる
・意味を理解し、有り難がる
全てが正解ならば、それはそれで納得します。

母親が先日難病を診断され、近々お葬式をやるかもしれません。こう言っては悪いのかもしれませんが、唯一無二の葬式ですので、後悔のないようにのぞみたいです。

面倒な疑問かもしれません、失礼だったら申し訳ないです。まとまりのない疑問ですが、ご回答頂けますと幸いです。

2022年11月15日 7:24

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

功徳を積み、他者に回し向ける

仏教は、悩み苦しみをなくすテクニックの教えです。
お経(お釈迦様の教え)を読んだり聞いたりすることは、悩み苦しみをなくすための勉強の一環であり、また、仏・法・僧の三宝に親しむ機会になります。
つまり、お経によって、仏の教えをマスターしやすい性格に近づく。
お経には、心に功徳(善い癖)を積もらせる効果が期待できます。
また、その功徳を他者に回向(えこう。回し向け、分かち合うこと)できるという考え方があります。
お坊さんや弔問客がお経によって自分の心に功徳を積み、その功徳を亡くなった方やその他の生き物たちに回向するという意味があります。
まぁ実際には、そのような意味・願いを込めた儀式として、日本の伝統文化になっているのです。
仮に弔問客や遺族が「お経早く終わらねぇかなぁ」と思っていたとしても、ご住職は、ご住職自身が(独りきりでも)功徳を積んでその功徳を故人の来世の幸せのために回し向けるぞ、という願いを込めながら読経しているはず。
また、そのようなお坊さんの儀式自体が一つのお供え物(奉納)という感覚もあるかもしれませんね。
とにかく、自他の幸せを願ってやっている儀式だと思っていただければ有難いです。
また、お坊さんをおもてなし(供養)することにも功徳があると考えられます。
法事などの機会に、僧侶やお寺(教団)に対してお布施やお食事を供養することも功徳になります。
以上、私の個人的な考えも含まれています。

2022年11月15日 12:46
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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意味を考えずに音に身を委ねる

さめこさん、はじめまして。質問を拝読しました。

さめこさんは、お経を音読する理由や効果、心構えが知りたいのですね。

お経は声に載せて読経することにより、経本による音の空間ができているとイメージしてください。人が吐き出す毒は3つ(貪欲・怒り・愚痴)あると仏教では説きますが、読経の空間では3つの毒は排除された清浄な空間ができあがります。

葬儀や法事の参列者を清浄な空間に身を置いてもらうことで、心穏やかになってもらうことができます。経本の意味を考えるのではなく、清浄な空間に身を委ねてもらえたらうれしいです。

清浄な空間を心地よいと感じる人も多いもので、よく船をこいでいる方もいます。子どもはお父さんやお母さんの膝の上で熟睡していたりします(笑)

仏教的には読経を聴くことで功徳を積むことになりますが、難しく考えずご先祖さまに想いを寄せて心から手を合わせてください。

合掌

2022年11月16日 14:20
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有り難し
おきもち

徳島県の高野山真言宗寺院で住職をしています。 本山布教師心得として自坊の...
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