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なぜ心の病になるのか

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世の中には心の病になる人、ならない人がいますがどうしてですか?

精神科医に聞いてもわからないと言われたので困っています。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

本当に心の病でしょうか・・・。

 ワシは医学のことは解りませんので医学的な見解を抜きで話します。ご了承ください。
 NHKの番組に『バリバラ〜障害者情報バラエティー〜』で精神的な障害を持つ方々が多く登場します。その人たちの中には最近医師に言われるまで自分に障害があるなんて気付かなかったという人もおります。そのような方たちが言うにはこの障害を個性として見て欲しい。理解して接してほしいということでした。本当に必要なのは心の病を治すことより、周りの人が理解することではないでしょうか? 心の病を病気と見るか個性や性格と見るか?ではないでしょうか?
 ワシが初めてうつ病を知った時、人間として落ち込んだ日があってもいいのではないかと学生ながら思いました。何でも明るくとか、前向きにとかポジティブな感情が本当に正しいのか?そのようにならなくてはいけないと思う環境が病んでいるのではありませんか?
 ワシがそんなことを言ってもこのような障害や病気を持った人には生きにくい社会には変わりありませんけどね。と嫌味を言いつつこの回答を終わらせていただきます。

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ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

ひとであるからこそだれもが持っている「やまい」

以下は誤解があるかもしれませんし、あくまで私見によるものです。
そんな考え方もあるけど、わたしには合わない、ということの方が
強いかもしれません。それでもよろしければ。。。

小生は、「こころのやまい」というものは、誰しも持っているし、
実はやまいではないかもしれないとも思っております。

人間というものは自分自身を見つめることが出来る生き物です。
鏡というものがいい例ですね。
しかしそれによって、わたしたちは自分自身というものが
いまいちわからないようになってしまいました。

本当の自分と、別な自分がいる。そう思ったり、
逆に自分との相性が良すぎて、コミュニケーション等によって、
自分を確かめることをしなくなる、という現象も生みました
(誤解があるかもしれませんが、小生はこの自分との好相性が
後天的な自閉症と関係していると思っています)

見つめる自分が近すぎたり遠すぎたりすると、
そこに近視や遠視のように焦点がぼやける現象が起きるのではないかと
思うのです。
これが俗にいうこころのやまいというものでありましょう。

小生はド近視でありますが、別に病気だとは思っていません。
感覚のズレなんだと思うのです。

だからメガネなどで矯正をすることが必要になります。
こころのやまいにおいての矯正、これは、小生の経験から言えば、
自然のなかでの生活です。

土、風、水、火、これらとともにある生活を送る。
みどりにふれ、水にふれ、風にふれ、そして、自然のぬくもりに触れる。
これが矯正です。

でも、それだけでは治らないことがあります。
今はかかりつけの先生と共に、歩むことが大事でありましょう。

さちあれさちあれ。合掌

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善巧方便

モカ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

心の病には色々とございますが、例えば、鬱病の場合では、なりやすい人となりにくい人ということはあるようです。

うつ病になりやすい人・うつ病になりにくい人
http://allabout.co.jp/gm/gc/302130/

鬱になるタイプの条件とは?
http://utsuguide.jp/a00kiso/a04nariyasui.html

こんな人が危ない!うつ病の原因になりやすい性格、17タイプ
http://goodluckjapan.com/utsu_type/

もちろん、先天的な遺伝や性格因子の問題、あるいは後天的な外部・環境要因によってもケースは色々と異なってくるのではないかとは存じます。

さて、以前に下記問いにて「障がい」に関しての拙考え方を少し述べさせて頂いておりますが、心の病であろうがなかろうが、障がいであろうがなかろうが、人間誰しも皆一様に「無明・煩悩・悪業」という苦しみを生み出してしまう要因を抱えていることには変わりがないものであるかとは存じております。

問い「女なのか、男なのか。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1003003944.html

問題は、それぞれの心の状態のより良い変容へと向けて、どのように取り組んでいくべきかということが大切となります。

釈尊は、まさに迷い苦しみにある一人一人、それぞれの心の状態に応じて、その改善へと向けての解決方法をご教授なされました。まさに名医が病気に応じて適切な治療を施し、薬を処方する如くにでございます。

善巧方便というものでございますが、その教えがまとめられているのが仏典であり、現在ではその仏典を頼りとして、自分にあった治療法・処方箋を探すことも可能ではございます。

ただ、本当に自分に合ったものかどうか、効くのかどうかは自分では判断できないこともありますので、仏典の注釈書や後代の様々な論師・大師方による解説書等も参考にしながら、先生や法友と共に見極めていく必要もございますし、修行の実践を積んでいかなければならないこともありますので、実際においては色々と慎重さが求められるものであるかと存じております。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

人生ままならない!そのうち、何とかなる気持ちも大事!

モカさん、他の問いも拝見しました。かなり悩みが深そうですね。
人生は四苦八苦、思うようにならない、ままならないものです。

昭和30年代の高度成長期、植木等さん(お寺出身の喜劇役者・ミュージシャン)の歌に、こんな歌詞がありました。

ゼニのないやつは 俺んとこへこい
俺もないけど 心配すんな
見ろよ青い空 白い雲
そのうち なんとかなるだろう~

お金もモノも無い時代、ただ将来の希望が満ち溢れていた時代を象徴しているうたです。

モカさんのいる今は、モノも情報も十分ですが、
「ままならない」ことへの絶望感・閉塞感が多い時代でもあります。
「心の病」が多い原因もこんな点にあるのでは?と思っています。

ただ「見ろよ青い空 白い雲」は昭和より美しいはずです。
「そのうち なんとかなるだろう~」という半ばイイ加減な気持ちを持つ事も大切ではないでしょうか?
心の病になる・ならないの境界がこの点だと思います。

少し目線を上にして、青い空をみて、なんとかなるだろぅ~、と思えないでしょうか?

質問の回答ではないかも知れませんが、アドバイスとして受け取って頂ければと思います。

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石川県金沢市内の城北地区鳴和町で浄土真宗本願寺派のお寺をお預かりしておりま...

「病気と向き合う・看病」問答一覧

親戚を殺してしまったと思っています

私は統合失調症を含む精神病を持っています。非常に読み難くてすみません。 私は22.3の頃引きこもりになり、昼間は一歩も外へ出られない生活をした事があります。人生の壁を越えられなくて、夜になったら母の車で真っ暗な海へ行き、姉がくれた願い叶う、お金持ちになれるなどと言った自己啓発の本ばっかり読んでいました。それも何一つ叶わなかったんですが、本の読み方を間違ってたんだと今は思います。 そんなある日、病気の親戚の叔父さんが危ないと電話が家に入りました。 私はそうだ、願えば叔父さんの病気良くなるかもしれない、と思い、母がTVを観てる前で一生懸命に叔父さんの病気が治るイメージをしようと祈っていました。そしてふと叔父さんが病院のベッドで酸素マスクをつけて色んな管で繋がれて横になっているイメージがぼんやり見えたのです。 その瞬間、母が「そんな訳無こうちゃー!」(そんな訳ないだろ!という意味です)と叫んで、そしたらその瞬間イメージが出来なくなり、いくら頑張っても頭の中は真っ暗で、私は泣きました。その3日後くらいに、叔父さんは亡くなりました。 そうしてまた夜中車の中で本を持って祈っていました。叔父さんの死から何日か経った後、私はもうこのままだと本当に死ぬしかなくなる、誰か助けて、と思って、誰とも、母すら会話をしてなかったので、昔姉に連れられて見てもらった霊能者の方ならテレパシーで話せるんじゃないかと思ってまた祈っていたら、何か頭の天辺に濁った緑のもやもやと姉の顔のイメージが湧いて、その後霊能者さんの姿が私に乗り移る幻覚をみました。 それから数日して霊能者さんが私から離れてくれないと妄想していたある夜、叔父さんを呼んであげようか、と言われました。私は凄く会いたかったのでお願いしたのですが、その叔父さんは私を恨んでいて、『お前が俺を殺したんだーーー!!!』と私を指差しました。私はその時発狂し、精神病院で無理矢理注射を打たれて入院しました。 もし叔父さんに本当にテレパシーが出来てたとしたらと家族に話すと、姉は貴方は殺してないよ、大丈夫。と言ってくれます。母は、それがもし本当やったら私のせいで叔父が亡くなった様なものじゃないか、と怒ります。私がもし普通に見送れていたらと思います。今もあの時の解釈が上手く出来ません。悲しくて、申し訳無い事をしたと思っています。何かお言葉を頂けませんでしょうか?

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理解してもらえない病

 うまく伝えられるかわかりませんがよろしくお願いします。  現在、不安症と強迫性障害という心の病でクリニックに通ってます。 家族は夫と二人暮らしです。 以前は専業主婦として家のこと全てできていたのですが、現在はあれこれこだわってしまいほとんどできていません。 もう一年くらい主人が外の仕事も家の中のこともやってくれています。 それは感謝なのですが、意見が違い口論になるとすぐ『病気さんの言うことだから。』と私の言うことをほぼ全否定されて辛いです。 どんなに【病気は関係ない。気持ちをわかってほしい。】と伝えても、鼻で笑うばかりです。 最近では本当に醜い言い争いになってしまい、いつ離婚になってもおかしくありません。 でも実際本当に離婚になってしまった場合、何をするにも時間がらかかってしまう病をかかえて社会でやっていく自信はなく泣ける日々です。 主人は気持ちの切り替えも早い方なので次の日には新しい気持ちで接してくるのですが、毎回『病気さん』とバカにするので、【新しい気持ちで接してこられても心の中では笑ってバカにしてるんでしょ?】と思うと私の方はなかなか前へ進むことができません。 なので『しつこい!』と言われ、なかなか 仲直り にはなれません。 この状況、どう乗り越えたらよいのでしょうか?

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病は気から?

これまで、何度もハスノハでお世話でなっている身でありながら、またご相談に頼らざるを得なくなったこと誠に申し訳なく思っています。 私は、半年前から持ち合わせている希死観念と就活に失敗したことによる軽い抑うつらしき状態に苦しんでいるのですが、自身の精神状態について両親が難色を示し、医療機関を受けたくても受けられないということでとても悩んでいます。 というのも、両親の中では「自分が病気だと思いこめばいつでも自身を病気にすることができる」という考えがあって、精神科医に自身の精神状態の判断を委ねることに大変懐疑的な考えを持っているようなのです。(特に母は福祉法人で働く過程で悪徳な医師を多数見てきたらしくその考えがより顕著な傾向にあります。) もっとも、自分としては両親が疑いを持つのも無理もないと思っています。というのも、私は、声こそ大きくないですが、会話ができないわけではなく、食事も食べようと思えば食べることができ、夜寝られないということもない状態で、客観的ちょっと落ち込んでいる健常な人とされても致し方ないと思うからです。 ただ、物が食べられるといっても食欲が自然に湧くわけではなく、もっぱら延命の為に義務的に食べている状態で、睡眠に関しては四六時中漠然と眠気があるという自分でも訳の分からない健康状態にあります。 何より一番つらいのが、将来の展望を悲観するたびに胸が本当に痛くなったり、頭が回らなくなったりすることです。ただ、それは自身にしか体験できない苦しみで、両親に理解されたことはないです。 私がこんな状態になったきっかけとして、自分の生殺与奪を他人に操作される事に対する強い抵抗があり、今生でやることが思いつかなくなったのをきっかけに、「いつか痛みへの恐怖を告白して自分をぶっ殺す」という願望を持つ一方で、「両親が悲しむのを想像すると死ねないなぁ」という感情を自覚して、二つの考えで板挟みになってしまったことが挙げられると思っています。それで、当初はカウンセリングすら行きたくないと思っていました。 その後、自分だけではどうしようも無いと思い直し、第三者の助けを求めることを決意したのですが、その際に上述した両親の反対があってとても悩んでいます。 私としては、こんな状態になりたくてなったつもりはないです。でも、やっぱり逃げているだけなんでしょうか。

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口コミが不安すぎます

以前こちらでご相談させて頂き、 その時頂いたお言葉も励みにして来ました。 有難うございます。 ただ、次は先天性の病気が見つかり、大きな手術を受けざるを得なくなりました。 持病も抱えてる中、お薬もあまり使えない体質で、 そんな手術を受けないといけないなんて、きっと治療中辛いことが分かるだけに、 状況は飲み込めても、そんな辛さにまた耐えないといけないなんて、悲しくて辛くて心がついてきません。 それでも仕方なく病院も探し行きましたが、 もう今までで既に限界だったので、それを超えてしまって、体調を崩してます。 そうなるのは不安も強すぎるからだとも思うのですが、 合併症の怖さが心に残り、先生を信頼できるのか不安で、 また、偶然見てしまった患者さん達の口コミで、 入院中、看護師達の態度の悪さに泣いてる等の、信じられない口コミを多数見ました。 それを見てから更に不安が増強し、思い詰め、 もともとストレスがかかると熱が出る事があるのですが、 ここ数日、熱が出てしまっています。 何もなければ、 何も考えず、楽しくいれたかも知れないと悲しいし、 面会もほぼできない中、 私も医療職なので、看護師の悪い評判を見ると何となく想像できてしまうのですが、 そんなので任せれるか、 不安過ぎて辛くて、毎日泣いてしまいます。 ただ、もう簡単に他へ行けないし、転々とするのが良いのか分からず、看護師の事も、もし本当でも我慢せざるを得ないのかと…思うだけでストレスで、どうにかなりそうです… でも、今は面会できず、 変な事されたらどうしよう、状態を見落とされたらと、 自分で自分の身を守らないと誰も守ってくれないかも知れないと、 でも、どうしてこんなに思い詰めないと駄目なのかと辛いです。 今まで症状や薬による悪化で辛く頼っても放置された経験もありますし、 この方と思う人以外、信じられません。 自分では客観的に見れないのですが、 思い詰め過ぎなのでしょうか。 病状や手術だけでも心配なのに、 更に口コミが心配過ぎて、手など震えてくるのですが、考え過ぎですか。 全てを信じませんが、あまりにもひどい口コミなので、事前に誰かに相談すべきかとも思いましたが、 誰に言えばいいか分かりません。 悩み続けても答えは見つからず、 2度目で申し訳ありませんが、 ご助言頂けると幸いです…。

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病気が怖くて死にたくなります。

言ってることがめちゃくちゃで まとまりがなかったらごめんなさい。 5年前に愛猫を亡くしてから 死の恐怖と病気の恐怖に襲われました。 最近は、逆に恐怖に疲れて 自ら死にたくなる時があります。 涙も自然に出てきて自分が無意識に どうなるか分からなくて 遺書まで書きました。 腕を切ったらどうなるんだろう、 この川に身を投げたらどうなるんだろうと 考えることが最近は増えました。 人前で字を書くのにも手が震えたり テンパってしまい意味のわからない 発言をしてしまったり。 周りから悪口を 言われてるような感覚にもなります。 体の不調も出てきました。 胃痛や胸焼け、体の痛み 何か大病だと思い込みが止まりません。 家族には軽く自分の悩みを相談してますが 「そんな生き方してて人生損しない?」 「あんたは大丈夫」 「この約立たず」 もう、余計に死にたくなります。 それでも頑張って生きると言うと 姉に否定されます。 「頑張って生きる必要ないでしょ」と.. じゃあ、どうしたらいいのか... 幼少期から布団に入るとすぐに 体が動かなくなっているはずのない 友人が現れたり、誰かが後ろで 話していたり...意識はちゃんとあるのに 幻覚幻聴のようなものにも悩んでいます。 精神科のほうに予約の電話をしても 自分が悩んでいる症状を話すと 面倒なのか断られてしまい、母には 「くだらない恥ずかしい」と言われ 誰に相談したらいいかも分からず 相談させていただきました。

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日に日に苦しくなります

3度目のご相談になります。 20年間疎遠だった父が植物状態になり間も無く3ヶ月になります。 転院の際に、胃ろうをしない点滴だけの自然な看取りを選択したので、1日1日痩せ細り顔色もどす黒くなり、見るのが辛く面会も遠のいてしまいました。 両親の熟年離婚から父とは疎遠になり、その理由が父の浮気と自己破産であった為、2年前の突然の父の訪問も、お金のトラブルに巻き込まれるのではないかとの恐怖が立ち、居留守を使ってしまいました。父がその時に残した手土産と小さなアルバム。そこには電話番号も書かれていましたが、直ぐには電話できずに5ヶ月後にやっと一度だけ電話した事があります。それでも、父からまたお金の無心の電話が来るのではとの不安から非通知で掛けてしまいました。 去年のお正月に父が4日程入院した時に父の知人から知らせを受けたにもかかわらず、母も弟も私も病院には行きませんでした。関わる事を拒否したのです。 今、20年ぶりの再会が無言の父との対面になり、苦しくて、悲しくて、日に日に心身ともに衰弱しています。 去年のお正月に父が倒れた時に、どうして行ってあげられなかったのか、どうしてちゃんと父と向き合わなかったのか、治療が必要な状態だったのなら、どうして経済的にも身体的にも看てあげる事ができなかったのか、毎日自分を責めています。 父の金銭感覚による悪夢再来に怯え過ぎて、高齢な父に何もしてあげられなかった事の罪悪感で押し潰れています。 後悔しても過去には戻れず、どうしようも無い事は百も承知ですが、悔やまずにはいられません。 毎日毎日こんなにも涙が出るのかと思うくらい泣いています。 娘には、私の状態がもっと最悪になり、おかしな行動が見られたら強制入院させてくださいと、頼んでありますが、父と別れて一人になった高齢の母を援助しているので、何とか踏ん張りたいとは思っています。 気を紛らす意味もあり、仕事を再開したものの、ケアマネという仕事をしている為、高齢の父親を娘さんや息子さんが一生懸命に介護している姿を目の当たりにすると、自分の後悔がまた募り、余計に苦しくなっています。 昔は父が大好きだったことも、何もかも手遅れな状態になってやっと思い出している愚かさです。 主人も弟も、関わらない選択をした事を間違っていなかったと思う。と言います。 ほんとにそうでしょうか。 私は間違っていたと思います。

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